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第51話「最強の弱き心」


「ふぁぁぁ……」


 目が覚めて時計を見てみると、時間は午前の10時過ぎだった。

 昨日はアリア達と一緒に回復アイテムの補充やら、武器の整備やらをしていたので、寝たのはクロが昼食になるまでの時間──つまりは午前2時過ぎくらいだ。


 解毒薬の情報は、聞いた後直ぐに攻略メンバーに教えてあげると、みんなとても喜んでいた。


 何せ〈リヴァイアサンタイプ〉の毒はレベル2になれば、トッププレイヤー達のレベル帯でもかなり行動を制限されてしまう。

 現環境では解除するためには、僧侶がスキルレベル5で取得するクリアオールを利用しないといけないのだが、こちらはMPを30消費する。

 そしてHPを200回復するヒールにMPが30使われるから、2つを合計すると僧侶はレベル18だと仮定しても3セットしか使用できない。

 こうなると僧侶のMP消費は、とんでもない量になってしまう。


 昨日の反省会では僧侶職の人達から、マジックポーションの消費問題も挙がっており、詩織達を悩ませていた。


 そこで今日の〈リヴァイアサン〉戦では、HPの回復はポーションをメインにして、毒を僧侶に回復してもらう作戦で行くらしい。


 ただ、この作戦にも問題はある。


 現状で入手できるポーションの回復量は、ピッタリ100だ。

 レベル18のHP360のプレイヤーは、3回ポーションを飲んでも全回復しない計算だ。

 オマケにポーションは面倒な仕様で、飲み切らないと、その効果を発揮しない。

 大体飲みきるまでに10秒も掛かるので、3本飲むとなると合計で30秒になる。


 この30秒は、ハッキリ言って無視できない数字だ。


 もちろんだが、時間短縮の為に3本を一緒に飲むなんて事はできない。

 これで果たして、シフトを駆使して上手く回すことができるのか。

 誰かがミスをした時点で、恐らくは回らなくなると思うが……。


 まぁ、どちらにしても、やってみないと分からない話だ。


 蒼空は苦笑すると起き上がり、部屋の外に出る。

 そして一階に下りるとそこには、



 小さな精霊の木が生えていた。



 ……うん?


 床を突き破っているわけではなく、まるで最初からそこにあったかのように、合計5本くらいの小さな木が点々とある。

 もちろん幻覚ではない。

 近づいて枝に触れてみると、少しだけざらざらする感触が手に残る。

 それと僅かに発光している特徴は、紛れもなく精霊の木だ。


「なるほど、リヴァイアサンを倒さないでイベントの2日目を迎えると、こうなるのか」


 この光景を一言で例えるのならば、5つの観葉植物を置いてるような感じだ。

 果たしてこれらは成長するのか、それともこのままなのか。

 とりあえずインテリアの一部だと思うことにして、妹の詩織が朝食を手早く済ませられるように作って置いてあるお手製のサンドイッチを頬張る。

 すると背後で「おはよう、お兄ちゃん」と眠たそうな様子の詩織が階段から下りてきた。


「おはよう、詩織。一階が面白いことになってるぞ」


「ふぇ、面白いこと……ッ!?」


 オレが観葉植物と化している精霊の木を指差すと、眠たそうにしていた詩織の目が大きく見開かれる。


「いやー、これ明日にはどうなるんだろうな」


「な、なななな……」


 限界に至った詩織の様子を見て、蒼空は即座に鼓膜を守るために防御姿勢に入る。

 その直後、


 防御しても脳天に突き刺さるような悲鳴が、家の中に響き渡った。





◆  ◆  ◆





 コンビニに用があって外に出ると、精霊の木は更に増えて、車道なんて車が通れない有様になっていた。


 これには世間も大騒ぎである。


 出る前に見たニュースでは『止まらない緑化現象』というタイトルで取り上げられていて、一部では「人類に対する自然の怒りだ!」とコメントしてる大人達もいれば。

 また別の大人達は、アストラルオンラインの攻略組に対して「プロもいるんだから、さっさとクリアしてほしい」とコメントをしていた。


 プロがいても、全滅する程の難易度なんだけどな。


 多分こういう人達は、攻略組がどれだけ必死に対策を考えているのか想像もしていないのだろう。

 まぁ、考えるだけムダな話である。


 ちなみに、これだけ精霊の木が街に広がっている状況で、果たして生活は大丈夫なのかというと。

 今の所は命綱のネット環境も、電気も水道もガスも問題なく使えている。


 なら物流はどうなのかというと、詳細は不明だが、守護機関が主導して何かしているらしい。

 テレビで見たスーパーの品揃えは、不思議な事になんの影響も受けていない様子だった。


 まさかあの白い少女達、魔術でも使って荷物を空間転移でもさせているのだろうか。


 あくまでオレの予想に過ぎないが、これだけ謎が多いと、超常的な力を使っていても不思議ではない。

 空間転移。

 文字通り、人や物を空間を通して、違う場所に移動させる事からそう呼ぶ。

 ファンタジー物とかだと、わりとポピュラーな魔術だ。

 アストラルオンラインには、今の所そう言ったものはない。

 街に固定式でも良いから、移動時間短縮の為にも実装されないだろうか。


 それとこの悪化した事態に、流石に心配したのか、現在の家の管理者である詩織に対して、海外にいる両親から「大丈夫か?」と安否確認の電話が掛かってきたらしい。


 とりあえず詩織は、オレの性転換の事は伏せて、自分達は大丈夫だと伝えたらしいのだが……。


 うーむ、実に後ろめたい気持ちだ。


 しかし正直に言って驚かせるのも、それはそれで避けたい事。

 海外で旅行していた二人の日本人が奇行に走り、事故に遭いましたなんてニュースは、見たくないしトラウマになるのは間違いない。


 そんな事を考えていると、コンビニに着いた。

 中に入ると涼しく、パーカーのフードを目深までかぶっている自分にとっては、まさしく天国のような環境だった。


「ふぃ〜、生き返る」


 おっさんみたいな事を口にしながらカゴを手にして、蒼空はエナジードリンク類を数十本ほど放り込む。

 弁当は……これといって目ぼしいのがないので、適当にハンバーグピラフをチョイスする。

 そして会計に行こうと思った蒼空は、ふと振り向くと──


 ガラス越しに、並んで歩く二人の少年を見た。

 片方は黒髪の真面目そうな顔をした少年で、もう片方は茶髪の優しそうなイケメン。

 間違いない、親友の真司と志郎だ。


「ヤバっ!」


 と呟いて、蒼空は棚の後ろに身を隠した。

 一応、目立つ銀髪はフードで隠しているが、直視されたらバレる可能性は高い。

 店内に入ってきた二人の動きを見て、目視されないように移動しながら耳を澄ますと。


「まったく、まさか終盤にジェネラルが奇襲してくるなんて思わなかったぞ」


「昨日はいませんでしたからね。予想外過ぎて、ヘルアンドヘブンも護送に失敗したそうですよ」


 なんだと?


 今の会話が聞き間違いでないとしたら、精霊の護送に〈宵闇の狩人〉と〈ヘルアンドヘブン〉が失敗したという事になる。

 つまり、レイドボス〈リヴァイアサン〉のレベルが10上がったのだ。

 蒼空が絶句していると、真司はため息を吐いた。


「蒼空の奴、よくあんなチート級のモンスターを倒したよな」


「たしか物理攻撃を、魔法攻撃に変換する付与スキルでしたね。スキルレベル25で取得したと言っていましたから、蒼空以外だと取得するにはレベル50になる必要があります」


「数字で比較すると、改めてアイツの異常さが分かるな」


「不思議と蒼空は、昔からそういったユニーク系に縁がありますからね」


「ああ、そうだな。スカイファンタジーでも、誰も見つける事の出来なかった隠し通路を偶々見つけて、その先にいた〈スサノオ〉から一人のプレイヤーにしか与えられないユニーク職業をもらった時には、誰もが驚いてたな」


 ユニーク職業〈武神〉。

 懐かしい言葉だ。

 スカイファンタジーで唯一、無属性の奥義を取得できる最強の職業の一つ。

 無属性は、あらゆる防御効果を無視する事が出来る属性で、どんなに強力な防御強化を付与しようが〈武神〉の前ではムダだった。


「ほんと、スカイファンタジーの頃のアイツはガチで最強だったな」


「ボクも〈武神〉を手に入れた蒼空にタイマンで勝ったのは、指で数えられるくらいです」


 志郎は苦笑すると、真司と二人で飲料コーナーでエナジードリンクをカゴに沢山放り入れた。

 すると、あっという間になくなる。

 原因は、オレがそれ以上の数をカゴに入れたからだ。


「あれ、これで全部か」


「蒼空が買いに来たんでしょうか」


「本気になったアイツは、引きこもりモードになるからあり得るぞ」


 正しく図星をつかれて、ドキッとしてしまう。

 流石は親友、行動パターンを読まれている。

 二人はそれから移動して、スナック類の棚で袋をいくつかチョイスすると、レジに向かった。


 オレは、つい話が聞きたくて棚に身を隠しながら、側まで近寄る。


 すると、志郎が小さな声で呟いた。


「スカイファンタジーの時は、目も当てられませんでしたから。楽しんでくれてたら良いですね」


「いやいや、楽しんでくれないと困るぞ。なんて言ったって、俺と志郎がワリカンで買ったんだからな」


「……そうですね、思う存分楽しんでくれないと、財布に致命傷を受けたかいがありません」


「ああ、せめて遊び倒して最強になって貰わないと、俺達の財布の犠牲が報われない」


「ふふ、最強の付与魔術師は、ボク達のおかげで誕生したって大手を振って言えますね」


 そう言って笑い、二人は会計を済ませてコンビニから出ていく。


 棚の影から遠ざかる親友達を見送りながら、蒼空はそこから一歩も動くことが出来なかった。


 ……真司、志郎。



 オレは、……“弱い”よ。



 この体で、親友達の前に立つのが怖い。


 信じる事が出来ない自分の心の弱さに、蒼空は顔を伏せて唇を噛み締めた。


 

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[良い点] この章をありがとう [一言] ソラアア。。。(╥﹏╥)
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