第46話「ジェネラル強襲①」
拠点に戻り、少女を家族に引き渡すとクエストの完了と共に、そこそこの経験値が加算される。
すると近くにいた兵から、オレにギオルが用事があるとの事で、急ぎ執務室に向う事になった。
その道中で、歩きながらソラは、つい先程出会った暗黒騎士の男性の事を思い出してしまう。
娘……か。
なんでだろう。
ただのNPCだと思うのに、なんだかとても気になってしまう。
長年のゲーム脳からの直感でいうのならば、彼は何らかのキーパーソンの可能性は高い。
UNKの表示、序盤の地にはおよそ考えられない程の、156という圧倒的なレベル。
装備は良く見なかったから分からないが、きっとオールランクA以上はありそうな気がする。
ぶっちゃけた話、今アストラルオンラインにいる全プレイヤーが束になっても、彼に皆殺しにされる程の戦力差だ。
そんな化け物と呼べる者がいるということは、もしかしたら〈リヴァイアサン〉戦のお助けキャラなのかも知れないが、それにしては過剰戦力すぎる。
仮に彼が参戦した場合、リヴァイアサンは特に苦労なく倒せるだろう。
そうなると、今度はゲームのバランスがおかしくなる。
暗黒騎士ハルト。
彼は一体何者なのか。
悩みながら歩いていると、道の途中で一緒にいるクロとアリアを見かけた。
彼女達はオレに気がつくと、元気よく歩み寄ってくる。
「おはよー、ソラ」
「おはようございます、ソラ様」
「おはよう……なのか? ゲーム内は、今は夜なんだけど」
日本の時刻は午後21時頃なので、クロの住んでいるアメリカの時間帯は午前の7時頃だ。
この場合クロに対しては、おはようという挨拶は適切だと思うけど、果たしてこの世界の住人であるアリアはどうなのだろう。
すると、アリアは苦笑してこう言った。
「ソラ様、そもそも気まぐれに太陽は落ちて、気まぐれに登るのです。ソラ様達が居られる天上がどうなっているのかは知りませんが、わたくし達の世界では、寝て起きたら『おはよう』というのが普通なのですよ」
「ああ、そういえばこの世界、日の登り下りが完全にランダムだったな」
そうしないと、全世界の人間がアクセスしている中で、常に夜になる人達と朝になる人達で別れてしまうからだろう。
他のオンラインゲームでの対策としては、マップごとに朝と夜が固定されている物もある。
オレが3年前にプレイしていた〈スカイファンタジー〉は、正にその後者だった。
「ソラ、お使いクエストの進捗はどう?」
「んー、まだ3つ目をクリアしたところかな」
「あとどれくらいあるんだろうね」
「そればっかりは、オレにもわからないなぁ」
クロと一緒に、苦笑するソラ。
こうしたメインに繋がる『お使いクエスト』という奴は、一つや二つこなせば終わる物もあれば、場合によっては六つ七つ……最悪メチャクチャ遠回りさせられる物もある。
でもそうしないと、メインクエストがさっさと終わってしまうという理由が大半であり、後は物語に深みを与えるという理由だ。
プレイヤーからしてみると、お使いクエストを大量に入れられると、テンポが悪くなる。
だから此処は、制作側のセンスによるところが大きいと言える。
「オレの予想だけど、そろそろ本筋に絡むクエストが来るんじゃないかな」
すると何やら急に、周りが騒がしくなった。
いつもは談笑や子供のはしゃぐ声くらいしか聞こえない拠点内に、大人達の焦燥感を含んだ声が飛び交っている。
……どうやら、オレの予想が的中したか。
「ソラ様! 緊急事態です、至急応援を下さい!」
執務室から飛び出してきたギオルが、何やらただ事ではない様子で、オレ達に駆け寄る。
一体どうしたのか尋ねると、彼は深刻そうな顔でこう言った。
「〈リヴァイアサン・ジェネラル〉が現れ、真っ直ぐ此方に向かってきてます。このままだと、ここは壊滅するでしょう!」
今日、シノ達が苦戦したという中ボスか。
お使いクエスト3回クリアがトリガーなのかは知らないが、これでようやく話が進みそうだ。
ソラはクロに視線を向ける。
彼女も戦う意志を瞳に宿すと、深く頷いた。
「良し、すぐに向かおう。ここには子供達もいるから、拠点に近づかれる前に仕留めるぞ」
「私と部隊もお供します。全員で掛からならければ、あの化け物は倒せないでしょう」
おお、ついにギオルが戦うのか。
彼のレベルは18程。
最前線のトッププレイヤー達とレベルは同じくらいだが、果たしてNPCの技量はどれくらいのものなのか。
ヤバそうだったら、防御に専念してもらおう。
そう思っていると、
「わたくしもいきます!」
「「は?」」
予想外の発言に、オレとクロの声が重なる。
いや、何を言ってるんだ、この頭の中が花畑のお姫様は。
しかし、アリアは瞳に強い意思を宿すと、続けてこう言った。
「回復魔法なら使えます。皆様の足は引っ張りませんから、わたくしも連れて行って下さい」
「イヤイヤイヤ! アリア、これまでの敵とはわけが違うんだぞ、万が一狙われたら……」
全力で止めようとすると、ソラの眼の前に一つの警告が出る。
そこには『大蛇の奇襲』というタイトルと共にクエスト参加条件が載っていた。
【必須事項】アリアの参戦。
なん、だと……!?
ソラは額にびっしり汗を浮かべる。
どうやら撃退戦に見せかけた、護衛戦でもあるようだ。
◆ ◆ ◆
数百メートル離れている拠点に向かって、真っ直ぐ二足歩行で歩みを進める巨体が見える。
全長はおよそ4メートル。
顔は爬虫類で、身体は人間。
尻尾があり、その皮膚は鎧のようになっている。
右手に持っているのは、自身の身の丈ほどもある片手用直剣。
ソラ達からしてみたら、もはや大剣以上の化け物武器だが、洞察スキルから提示される情報はアレを片手用の剣だと主張する。
リヴァイアサン・ジェネラル。
【レベル】35
【HP】測定不能
遥か昔に戦った人を参考にして〈リヴァイアサン〉から産み出された上位種。
片手用直剣のスキルを使用する上に、物理攻撃半減の特性をあわせ持つ。
【弱点】風属性
よし、付与する属性は決まった。
後は作戦を伝えるだけだ。
茂みに隠れているソラは振り返ると、間近にいるフル装備のギオルに告げた。
「ギオルさん、敵のレベルは35だ。マトモに攻撃スキルを受けたら、最悪の場合は即死まで考えられる」
「うむ、となると?」
「攻撃はオレとクロの二人で受け持つから、ギオルさん達には基本的にはタゲ取りと盾で防御に専念して欲しい」
「了解した」
「アリアは、基本的にはオレとクロの回復を頼む。間違っても弓で攻撃するなよ。万が一、アイツのタゲを取ったら死ぬことになるぞ」
「わ、わかりました」
作戦は以上。
実にシンプルなものだ。
防御部隊は、ギオル含めた平均レベル17の騎士の四人編成が四部隊ほど。
そして一部隊は回復担当のアリアの警護につけるので、実質動けるのは三部隊だ。
これだけメンツが揃っていれば、初見でも何とかなるだろう。
本当ならば、レイドボス敗北条件の一つであり、神殿に必須のアリアはメンバーから外すべきである。
しかし、まさかの自動受注した〈ジェネラル〉の撃退クエストに、“彼女が同行する事”を条件とされるなんて思いもしなかった。
こうなったら、自分達にできるのは彼女の身の安全を第一に戦うことだけだ。
この作戦の唯一の問題点は、ダメージソースの要であるオレがミスをしたら、一気に全滅コースに入るところか。
ソラは整備してもらった〈白銀の剣〉を引き抜くと、クロに視線を向けた。
「ライフゲージが二本あるという事は、何らかのトリガー技を持っている可能性が高い。クロは絶対にオレから離れるなよ」
「わかった。それにしてもタゲ取りって言って、あの人たち意味が分かるんだね」
「……うん?」
言われてみれば、確かに彼らNPCはプレイヤーの専門用語の〈ターゲット取り〉。
略して、タゲ取りに対して普通に受け入れていた。
こちらも何も聞かれなかったから、違和感なく指示出しをしたが、もしかしたらそういった知識を予め入力されているのかも知れない。
困ることではないので、伝わるのならば、そこまで気にする必要はないだろう。
「良し、それじゃ突撃する前に、一つだけアリアに聞きたい事がある」
「はい、なんでしょうか」
「……万が一、君達は死んだら、復活できるのか?」
一瞬だけ口にするのを、躊躇しながらも尋ねると、アリアは苦笑して答えた。
「冒険者様は神の奇跡により、定められた回数を蘇る事ができると聞いておりますが、わたくし達の天命は此処にある限りです」
「……わかった。教えてくれてありがとう」
予想はしていたが、これで覚悟は決まった。
ここにいる“人達”は、誰一人として死なせはしない。
冒険者ソラの名にかけて、絶対に守ってみせる。
「よし、みんな行くぞッ!」
ソラは〈白銀の剣〉を構えると、漆黒の剣〈夜桜〉を抜いたクロと共に駆け出した。