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第42話「リアルエンカウント」

 主婦達から、逃げるように道を走る蒼空。

 胸中に渦巻いているのは、言いようのない現実世界に現れたという〈神様〉とやらに対する不安。

 まだ見たことはないが、突然現れて神様を名乗るあたり、どう考えても普通ではない。

 オマケに見た人達が、主婦達みたいに神様だと信じているとしたら、ソイツは相手を洗脳する力を持っているのではないか。


 そんなのは、到底マトモな存在だとは思えない。


 しかも各国の首領達が洗脳されて、その神様に従っているとしたら。



 これから、この世界はどうなるんだ?



 アストラルオンラインだけではない。

 それに乗じて、見えない何かが動き出している。

 例えようのない不安を感じて、蒼空は歯を食いしばった。


 とりあえず、一刻も早くコンビニに行って帰ろう。


 胸に抱くのは、外の世界に対する恐怖。

 逸る気持ちをおさえつけながら、走る蒼空。

 すると目の前に、不意に曲がり角から一つの人影が飛び出してきた。


 あ、ヤバ……!?


 慌てて回避行動を試みるが、勢いのついた身体は、ゲームみたいに動かすことはできない。

 避ける事も止まる事もできず、飛び出してきた人物と正面からぶつかってしまう。


「う……ッ!?」


 まるで、電柱にぶつかったかのような衝撃だった。

 相手は微動だにせず、対して小柄な蒼空は後ろ向きに倒れて尻餅をつく。


「す、すみません」


「おっと、こっちこそゴメンな。お嬢さん、怪我はな……うん?」


 ぶつかった相手は、身長180くらいの長身の女性だった。

 黒く長い髪は編み込みにして、キリッとした細い顔つきは大人の女性って感じだ。

 服装はダメージジーンズにノースリーブのシャツと、何だかワイルドな格好をしていて、彼女の容姿と実にマッチしていた。


 彼女は此方を見下ろすと、何やら興味深そうな顔をして、右手を差し伸べる。

 そして、残った左手で自分の頭を指差した。


「パーカーのフード、ぶつかったせいで取れてるよ」


「え、あ……本当だ」


 いつの間にか隠していた銀髪が露出している事に気が付き、蒼空は慌ててフードを被り直す。

 その様子を見て、女性は微笑を浮かべた。


「アンタ、もしかしてソラかい?」


「え、なんでオレの名前を……」


「アタシの顔に見覚えない?」


 言われて、蒼空は女性の姿をじっと観察する。

 すると現実世界ではなく、アストラルオンラインで昨日知り合いになった、一人の女性の姿と一致した。


「まさか、キリエさん?」


 思わずプレイヤーネームで尋ねると、女性はニヤリと楽しそうに笑い、オレにこう言った。


「ちょっとそこの喫茶店でお茶しようか。詩乃から男だって聞いたアンタが、なんで現実でも女の子なのか、そこんとこ詳しく聞かせな」





 ◆  ◆  ◆





 ここら辺では珈琲が美味いと有名な個人営業の喫茶店、カメダ屋。


 目立つのは嫌だというオレの希望で、店の隅っこの席を陣取ったキリエと向かい合って座る。

 するとキリエはメニューを開くと、蒼空にこう言った。


「タダで情報を聞くのもなんだ、ここはアタシが奢ってやるよ」


「おごり……?」


「ああ、好きなもん頼みな。その代わりに、色々と話を聞かせてもらうけどね」


 まぁ、詩乃が信頼する彼女に話すのは全然構わないので、悪い条件ではない。


 それに昼飯はまだ食べていないので、実のところお腹が空いている。


 頷いて了承すると、とりあえず蒼空はやってきた店員さんに珈琲とカツサンドイッチを頼む。

 キリエは珈琲とサンドイッチを頼むと、メニューを店員に渡した。


「それじゃあ、先ずは自己紹介といこうか。アタシは北条ほうじょう桐江きりえ、名前はきへんに同と書いて桐、サンズイに工と書いて江だ。社会人で、普段はこういう仕事をしてる女さ」


 そう言って彼女がポケットから出したのは、ドラマとかでよく見る本物の警察手帳だった。


 マジかよ!


 危うく椅子ごと倒れそうになるが、ギリギリのところで耐える蒼空。

 気を取り直すと、改めて自己紹介した。


「お、オレは神里高等学校の一年生、上條かみじょう蒼空そら、蒼空は蒼い空と書いて、そのまま蒼空って読みます。……桐江さん、警察官だったんですね」


「一番下っ端の巡査だけどな。とは言っても今日からは上の命令で、仕事は置いてアスオンの攻略に専念しないといけないんだ」


「アストラルオンラインの攻略……ということは、まさか桐江さんも」


「ああ、今日の朝に気味の悪い白髪のガキ共が来て、冒険者カードを渡されたよ」


 そう言って、彼女は自分が持っているのと同じ一枚の白いカードを見せるように取り出す。

 


 ……間違いない、冒険者カードだ。



 蒼空が険しい顔をすると、桐江は苦笑した。


「ほんと、どうなっちまったんだろうねぇ、この世界は。それに見たところ、このリアルの異変と同じ事がアンタの身にも起こったみたいだね」


「……はい、そうなんです。昨日ゲームからログアウトしたら、身体がこうなってました」


「そりゃお気の毒に。しかもそれ、昨日アンタから聞いた話から推測するなら、魔王を倒すまで戻れないのか。大変……なんて一言では、とうてい片付けられない問題だな」


「でもオレには、その道しかありませんから」


 どれだけ大変でも、男の身体を取り戻すには魔王シャイターンを倒すしかない。


 決意を宿した瞳で桐江を見ると、彼女は女性の店員が運んできた珈琲を手にした。


「良いね、強い男の子は好きだよ。でも、この事を詩乃は知っているのかい?」


「ゔぅ……師匠には、まだ……」


「話してないのなら、早めにしな。こういう問題を後回しにしていると、アイツは絶対に怒るぞ」


「こ、心の整理ができたら……」


 我ながら、情けない返答である。

 詩乃がどういう人物なのかは、自分が一番良く分かっていた。

 当然のことだが、性転換なんてしたことをずっと黙っていたら、彼女はどんな事情があったとしても怒る。絶対に怒る。


 信頼しているからこそ、許せない。


 詩乃とはそういう人物なのだ。

 そしてそれは、一番身近にいる親友の二人にも、言えることであった。

 今まさに臆病なオレを悩ませる一件に、見事に突き刺さる話だ。

 苦虫を噛み潰したような顔をする蒼空を見て、珈琲を一口飲んだ桐江は、くすりと笑った。


「ゲームではカッコ良かったけど、リアルの事だと、まだまだお子様だね」


 実にどストレートな感想。


 これには、何も言い返せない。


 しょんぼりした蒼空が口を閉ざすと、桐江は続けてこう言った。


「ふふ、流石に意地悪だったかな」


「いえ、事実なので大丈夫、です…」


 珈琲を一口飲んで、落ち着くことにする蒼空。

 しばらくすると、店員さんがサンドイッチとカツサンドを運んでくる。

 サンドイッチは、レタスとハムとたまごとチーズのオーソドックスな組み合わせで、カツサンドはボリュームのあるトンカツとキャベツの千切りを挟んだカロリー満点の一品だ。


 グ~と、料理を見たオレのお腹が鳴る。


 そこで桐江は、話題を切り替えた。


「そういえば、昨日今日でクロと随分と仲良くなったみたいだけど、アンタ一体どんなマジックを使ったんだい」


「……マジック?」


 唐突な話題に、蒼空は首をかしげる。


 まさかクロの話になるとは思わなかった。


 彼女とはただ一緒に楽しく冒険しているだけで、これといって特別な事は何もしていないのだが。


 桐江はサンドイッチを食べながら、実に楽しそうにクロとの関係について語った。


「アタシはね、こう見えてあの子とは3ヶ月前から詩乃に紹介されて、ゲームを一緒にするようになった仲なんだ。今でこそ多少は普通に会話できるようになったけど、そこまで来るのに2ヶ月は掛かったかな」


「はぁ……そうなんですか」


 つまり、どういう事なのだろうか。

 

 何だか要領を掴めなくて、頭の上にクエスチョンマークが浮いてしまう。

 そんなオレの顔を見て、桐江は「良いか?」と指差すと、


「そんなアイツが、昨日知り合ったばかりのヤツ……しかも今まで露骨に避けてきた男子との冒険を、とても楽しそうに女子のグループチャットで話するんだ。それはもう、大人のアタシ達はびっくり仰天さ」


「うん、まぁ、楽しいなら何よりじゃないですか?」


 実際にオレも彼女のおかげで、3年ぶりに楽しくオンラインゲームをプレイさせて貰えてる。

 最初は──正直なところ、内心でビビっていたのは親友の二人にも内緒だ。

 それを綺麗サッパリ消し去ってくれたのは、今となってはいらん呪いをくれた魔王と、初対面の人様の頭に突き技をくれたクレイジーな少女である。


 ……あれ、なんだかたった一日で、碌な目にあってない気がするぞ?


 むむ、となる蒼空。

 ともかくクロが喜んでいるのならば、お互いにWin-Winかな、と思い直すことにする。

 そう思ってカツサンドを頬張っていると、桐江はこれまでにない程に真剣な顔になって、オレに告げた。


「蒼空、あの子の事をよろしく頼むよ」


 流石に、口の中に物を入れてる状態で、答えるのは失礼だ。

 オレはカツサンドを飲み込むと、深くうなずいた。


「クロはオレの仲間だ、言われるまでもないです」


「泣かせたりしたら、承知しないからな」


 おお、怖い怖い。


 絶対に泣かせないように肝に銘じると、食事を終えたオレは「約束します」と彼女に誓うのであった。

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