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第36話「避けられる最強」

 このゲームがファンタジーゲームだと実感できるのは、気温システムのオンオフが自由なところだなとソラは思った。


 気温システムとは、VRゲームで良くあるマップの環境に合わせた気温の再現だ。


 例えば夏場のマップなら真夏の暑さだし、冬場のマップなら真冬の寒さといった感じに忠実に再現する。

 だがそんなことをしたら、全身金属のフル装備の騎士は暑さにヤラれてマトモに動けなくなるし、軽装備重視のプレイヤーは寒くてモンスターとの戦いどころじゃない。

 だからそういったトラブルがないように、オンとオフの機能がついているのはとても有り難い事だ。

 何故こんな事を言うのか。

 それはゲームによってはリアリティの追及といった感じに、機能をオフにできないゲームもあるからだ。


 その昔、環境システムがオフにできない上に脱げない呪いの金属フル装備で、砂漠やジャングルのマップを歩き回って精神的に殺されかけたのは、今思い出しても体の震えが止まらない。


 イヤだ、絶対に二度とヤリタクナイ……。


 ガクガク、ブルブル。

 暑さに汗を拭う仕草をするアリアを眺めながら、気温システムをオフにしているソラは震えながら後ろをついていく。

 不意に彼女は、ハッとした顔をすると此方を勢いよく振り返りこう言った。


「あ、あと少しで仲間の拠点に着きますよ!」


「おお、そっか。それは良かったね」


「……ソラ、ちょっとだけ不機嫌?」


「いや、そんなことはないよ。無事につくのは良い事だ。それくらいはオレだって分かるさ」


 震えるのを止めて明後日の方角を見て、ソラは深い溜息を吐く。

 あの後、アリアを起こしてクロを含む三人で出発すると、昼間はモンスターとのエンカウント率が低いのかあっさりとここまで来てしまった。

 道中で戦ったのは、全長4メートル程のカブト虫型のモンスター〈フォレストビートル〉とか、全長1メートルくらいのカマキリ型のモンスター〈フォレストリッパー〉くらいだ。


 ログインして、最初に戦った〈リヴァイアサン・アーミー〉は一体も見る事がなかった。


 なんというか、いないわけではないのだが、反応があるとあのモンスター達は身の危険を察したのか脱兎のごとく逃げるのだ。

 アリアの身の安全を考えるのならば、良い事なのだがイマイチ不完全燃焼である。


 もしかして、オレ避けられてる?


 他のゲームではプレイヤーレベルが一定値以上、または一定数以上同じモンスターを倒すと逃げるようになるヤツがいる事は知っているが、まさか〈リヴァイアサン・アーミー〉はその性質を持っているのか。


 だとしたら、あまりにも悲しすぎる。


 せっかくもらえる経験値が高い上に、一体倒すともれなく1000エルが入手できるという激ウマなモンスターなのに、50体倒して終わりは酷い。

 控えめに言って、後1000体くらいは倒させてほしい。

 そんな煩悩をいだきながら数十分ほど歩くと、ソラ達はようやく風精霊達が神殿を監視する為に築いた拠点にたどり着いた。


「おお、ここが拠点か。意外と大きいな」


「見張り台とかあって、基地って感じだね」


「ふぅ、ソラ様とクロ様のおかげでなんとか無事に到着しました」


 広い敷地に壁で覆われた砦。

 アリアの持つ弓と同じ物を持った妖精が壁の上から警戒していて、正に重要な神殿に対応するために作られた拠点という感じがする。

 洞察スキルで見たところ、防壁の強度はシルフ達の村と同等だ。

 これならば彼等がリヴァイアサン・アーミーに襲われても中まで入られる事は無いと思う。


 アリアが先導して、見張りに立っている女性の精霊に手を振る。


 すると驚いた精霊が、下を向いて何か叫ぶ。壁の向こうが騒がしくなり、ソラ達が近づくのに合わせて大きな扉がゆっくりと重々しく開かれた。

 待っていたのは、片手剣と盾で武装した二十人くらいの精霊族の男性と女性だ。

 初めて見るイケメンな精霊の男性に、オレは思わずこう言った。


「精霊って女性しかいないんだと思ってた」


「ソラ様、村の男性達はレベル10以上なので、近隣の村にいる同胞の救助で不在にしていただけなのですよ」


「あー、それで代わりに女性が警備してたのか」


 納得すると、アリアの歓迎に来た精霊達は一斉にその場に膝をついた。

 リーダー格なのか、一番先頭にいる強そうな二十代後半くらいの男性の精霊が皆を代表してアリアに言う。

 

「姫様、遠路はるばるこの地によくぞ来て下さいました」


「いえ、皆さんもこの地での神殿の監視ご苦労さまです」


「もったいなき御言葉。……姫様が来られたという事は、もしや〈翡翠の指輪〉の件でしょうか」


「はい、あの天から飛来した指輪は、もはやこの森全体を脅かす危険な物です。冒険者様達の力をお借りして、この地より排除することに決まりました」


「ということは、このお二方が……」


 視線を向けられて、腕に引っ付いているクロと共にオレは前に一歩出る。

 20人とはいえ、注目される事に少しだけ恥ずかしさを感じながら、ソラは口を開いた。


「オレは冒険者のソラ、この子は同じ冒険者のクロだ。この地の厄災を払う為に天より来た」


 この場の空気を読んで即興でそれっぽいのを考えたが、我ながら実に臭いセリフだ。

 それを横で聞いていたクロは「おお、ファンタジー」とよく分からない感想を漏らしていた。


「おお、貴女様が。それにその銀の髪は、もしやルシフェル様の……」


「察しの通りだ。オレの中にはルシフェルの力がある」


「……ルシフェル様の力を持つ冒険者様が姫様の手助けをして下さるのであれば、これ以上の心強い味方はいないでしょう」


 そう言って男性の精霊は立ち上がると、オレに握手を求めてくる。

 ソラは迷わずに小さな手を出して、彼と力強い握手を交わした。


「冒険者ソラだ、ここには少ししか滞在しないと思うけど、よろしく頼むよ」


「ここの指揮を任されている風の精霊ギオルです。必要な物があれば何なりとお申し付け下さい」


 何なりとか……。

 普段のオレならば、迷わずにレアアイテムを欲するところだが今は急を要する案件が一つだけあった。


「ふむふむ、それなら早速一つだけ頼んで良いかな」


「なんでしょうか。武器と防具の整備ですか?」


「それも必要なんだけど、今は最優先事項が一つだけあるんだ」


 ソラは、アイテム欄から一つだけ選択するとソレを実体化させる。

 彼が実体化させたのは、両手でやっと持てるくらいの大きな肉の塊だった。


 真っ赤で綺麗な赤み、まるで宝石のように輝く森の幻狼げんろうの肉は見るもの全てを魅了する。


 ギオルは、その肉の塊を見て驚きのあまり目を見開いた。


「ふぉ、フォレストウルフの肉じゃないですか。よくこんな希少な高級食材を入手できましたね!?」


「ああ、はぐれた姫様が生きえ……げふんごふん。襲われてるのを助けたら、ソイツがフォレストウルフだったんだ」


 危ない危ない、危うく生き餌と言いそうになった。

 ギオルはキラン、と目を光らせると顎に右手をやり興味深そうな顔をすると。


「なるほど、姫様の村で売らずに持っているということは、ソラ様はもしかしてコイツを」


「察しが良いな。こいつを美味しく調理してほしいんだ」 


「わたしが持ってるのも、調理お願い」


 そう言ってクロも、フォレストウルフの肉をアイテム欄から出す。

 ギオルは頷くと、


「了解しました。幸いにもここには、フォレストウルフの肉を調理できる料理レベル10の精霊が一人だけいます。そいつに調理してもらいましょう」


「ついでに武器と防具の修繕もしてくれると助かるよ」


「ハッハッハッ! こりゃ面白い冒険者様が来たものだ、肉の調理を最優先して武器と防具がついでときたッ!」


 よほどツボにはまったのか、ギオルは腹を抱えて笑い出す。

 全て事実なので、オレから彼に対しての言葉は何もない。

 ギオルに手招きされてやってきた調理師の精霊の女性に、ソラはクロと一緒にフォレストウルフの肉を渡し、ついでに伝言を一つだけしておく。

 女性は驚いた顔をしたが、オレが笑顔で頷いてみせると深々と頭を下げて調理するために食堂に消えた。

 次にやってきた鍛冶師の男性に武器と防具一式を渡すと、アリアはこう言った。


「それでは、わたくしは皆さんに挨拶回りと神殿の状況について聞いてきますね」


「おう、そっちは任すよ」


 ギオル達と共に、その場から離れるアリア。


 丁度良いタイミングかな。


 丸腰になったオレとクロは、道具屋で消費したアイテムの補充をした後に、食堂で現実の世界について話をすることにした。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] この章をありがとう
[一言] ルシファーが司るのは怠惰。ルシフェルが司るのが純潔。諸説あり。大罪をテーマにするとルシフェルの扱いはムズい
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