第33話「イベント告知」
ソファーに座り、ガラスのテーブルを挟んで蒼空は白い少女達と向かい合う。
こうして冷静に見ると、やはり夢の中に出てきた少女と彼女達はとても似ている。
しかしあの少女は感情表現が豊かだったのに対して、目の前にいる二人は例えるのならばロボットのように無機質だ。
この風景を部外者が見れば、美しい少女四人がガールズトークをしているように見えるだろう。
だが実際の内容は、ガールズトーク等とは実に程遠いものだった。
「それでは先ずは自己紹介をさせて頂きます。私は守護機関所属の使者、アルです。こちらの無口な子は同じ使者のイルです」
「オレ達の事は知ってるみたいだから自己紹介は省く。それで守護機関ってやつは一体何なんだ。そんな組織聞いたことないぞ」
「今まで世界の最重要機密として秘匿されてましたからね、知らないのも無理はありません」
「最重要機密?」
「はい、話を聞いてくださるのであればアナタ方はこれより冒険者です。であれば、知る権利があるので率直にお答えしましょう。私達〈守護機関〉はベータテストが終わった後に設立された組織です。その存在目的は、アストラルオンラインが齎す変化によってこの世界が崩壊しないように守る事」
「ベータテスト以降に設立された存在?」
「変化から世界を守る……?」
また妙な話が出てきたぞ。
詩織をチラリと見ると、自分も理解できてないと首を横に振られた。
それを見てアルは頷いてみせると、分かりやすいようにこう言った。
「つまりアストラルオンラインが、現実に起こす問題に対処する組織です」
「……なんでアストラルオンラインがそんな力を持ったのかは、知ってるのか」
「それについては、残念ながら私達にも分かりません」
「ふーん。でも原因が分かってるならなんで国の力を使ってゲームの制作を止めなかったんだ。そっちのほうが問題も起きないし、手っ取り早かったんじゃないか」
「普通のゲームならその方法が確実だったんですが、このゲームはそもそも普通ではありません。制作場所は不明ですし、あらゆる手を尽くしましたが販売を止めることはできませんでした」
「どうしてだ?」
「全ての人間がまるで操られてるかのように、いつの間にかソフトが店に並んでたからです」
「ならゲームを買うなって世界中に呼びかけられなかったのか。買ったら警察が捕まえるとか法律で罰するとかさ」
「蒼空様は、それくらいでゲームの購入者を0にできると思いますか」
「……ムリだな、絶対に物好きが買う」
「プレイする人間が一人でもいれば、その時点でアウトです。ならばいっその事強いプレイヤー達にゲームをプレイしてもらい、内側と外側で問題の解決に当たった方が被害が少ないと上は判断しました」
「なるほどな、そちらの事情は大体理解した」
と言っても、現状におけるスタンスを理解しただけで信用は全くしていないが。
アルは頷いてみせると、2枚のカードを取り出してオレと詩織の前に置いた。
真っ白なカードに、オレの名前と詩織の名前がそれぞれ刻んである。
これは一体……。
首を傾げるオレ達に、アルは説明した。
「これはアストラルオンラインをプレイされるアナタ方に、守護機関からの贈り物です」
「なんだこれ?」
「冒険者のライセンスカードです。これがあれば守護機関が運営している医療施設や宿泊施設等を無料で利用できます」
「医療施設?」
「はい、アストラルオンラインをプレイされてる方で、体調や身体に変化が起きた人の為の施設です。ちなみに呪いなどのバッドステータスをそのままにしてログアウトされますと、リアルの身体に反映されますのでご注意下さい」
「マジか」
「見たところ蒼空様は戸籍上は男性になっていますが、今は女性になられてますね。という事は何らかの呪いでしょうか。差し出がましいとは思いますが、医療施設を一度訪ねられた方が良いと思います」
「あ、あはは……今は忙しいからその内行くよ」
早く行きなさいよ、と言わんばかりに隣で睨みつける詩織の鋭い視線を受けながらオレはアルにそう答えた。
絶対に体調に変化がないとは言い切れない。
今は大丈夫でも、不調をきたしたら妹に怒られる事は間違いないだろう。
来週、来週の月曜には絶対に行くから!
そんなヘタレ全開の蒼空が、笑ってごまかすとアルは徐にもう一つ話を切り出した。
「そういえば蒼空様達はご覧になられましたか、街に出現した〈精霊の木〉を」
「……ああ、アレか。見てびっくりしたよ」
「アレが出現したのは、この街だけではありません。全世界に〈精霊の木〉は出現して、その数を今も増やしています」
やっぱり、そうなのか。
というか現在進行系で増えてるのかアレ
確認の為にテレビを点けてみると、ニュースで大々的に『世界各国に出現した謎の樹木』というタイトルで放送されていた。
映像はこの周辺と似たような有様で、どの国も道路や歩道に〈精霊の木〉が生えている。
何も知らない住民たちは驚きというよりは、困惑といった様子だ。
予想していたけど、この異変がオレ達の街だけに起きてるわけがない。
世界規模の異変を目の当たりにして、蒼空と詩織は思わず息を呑む。
アルは感情の伺えない無表情のまま話を続けた。
「このまま放置すれば木は増え続け、人のライフラインが脅かされるのは勿論の事、最悪の場合モンスターが出現する事態にまでなります」
「モンスターが? 何でそうなる事が分かるんだ」
「イベントが発生しているからですよ。スマートフォンはお持ちですか? まだアップデートの最中ですが、ホームページにイベントのお知らせが来ているはずです」
「イベント……?」
言われてスマートフォンを取り出す。
アストラルオンラインのサイトを開いてみると、一番上のお知らせにイベント情報というのが載っていた。
イベントが開催されるのか。
でもアップデートには、何も記載されていなかったが。
とりあえず確認してみると、そこにはこう記されていた。
――――――――――――――――――――――
【大型レイドバトル発生】
封印されし嫉妬の蛇。
イベント期限。
7月23日〜7月31日。
【概要】
大結界が弱まり、精霊の森に封印されている七つの大罪〈嫉妬〉の大災害リヴァイアサンが復活。
封印されていた事で力を失った怪物は、風の精霊を喰らい力を取り戻そうとしている。
【勝利条件】
リヴァイアサンの討伐。
【敗北条件】
風の精霊の80%以上の死亡。
風の精霊王シルフ or アリアの死亡。
期限までにリヴァイアサンの討伐に失敗。
【勝利報酬】
1億エル【参加人数、貢献度で分配】
【注意】
敗北した場合、世界汚染が10パーセント進みペナルティが発生します。
【推奨レベル】80
――――――――――――――――――――――
oh……。
とんでもないイベントが来やがった。
隣で同じくホームページを見た詩織が、目を見開いて硬直してしまっている。
当たり前だ。
推奨レベル【80】だと。
現在の最高レベルは間違いなく、フォレストベアを倒してレベルを【2】上げたオレのレベル24だ。
それの3倍以上のレベルが推奨されるイベントクエスト。
しかも、シルフとアリアのどちらかが死んでも敗北。
風の精霊達が80パーセント以上死んでも敗北。
期限までにリヴァイアサンを倒せなくても敗北
こちらに沢山の敗北条件がついているくせに勝利条件は一つしかないという、途轍もなく不利な護衛を兼ねたレイドボス戦である。
クソゲーか?
クソゲー展開なのか?
目の前に積み上げられた困難に対して、蒼空は目を輝かせた。
「お、お兄ちゃんなに楽しそうな顔してるの。これ難しい通り越してムリだと思うんだけど」
「うーん、そうだな。推奨レベル80の難易度は、リリースされて三日目の現状じゃどれだけプレイヤーを集めても絶対にムリだと思う。っていうか野良は集まらないだろうな。無駄に〈天命残数〉を減らす事になると思うから、今回はみんな避けるだろ」
「だよね!」
「でも、それはあくまで正攻法でやる場合の話だな。実際にリヴァイアサンを見てみないと分からんけど、もしかしたら何とかなるかも知れないぞ」
「え、何か名案があるの?」
「リヴァイアサンを見てみないと分からないって言ってるだろ。不確定の話だから今は答えられないかな」
「むぅ、お兄ちゃんってすぐに勿体ぶるよね」
「その代わり後で良い話をしてやるから、今はアル達の話の続きを聞こう」
「え、アッハイ」
話を振ると、感情の薄い彼女達もオレの話に対して驚いた顔をしていた。
まだ何とかできるかも知れない、という不確かな段階なのにそこまで驚く事なのだろうか。
アルは咳払いを一つすると、場を引き継いで説明を再開した。
「つまり今回の森のイベントによって、この世界に精霊の森が出現したというのが我々の見解です。恐らく失敗した時のペナルティは、モンスターによる現実世界の襲撃です」
「まぁ、モンスターが現れるにしろ森で街が埋め尽くされるにしても、どっちにしても敗北したら現実の方で碌でもない事が起きるのだけは間違いないな」
「はい。ですから我々〈守護機関〉は国と共同して、蒼空様や詩織様などの実力のあるVRプレイヤー様に“義務”として、アストラルオンラインから世界の守護をお願いしたいのです」
「義務……ねぇ、それってもしかして拒否権とか」
「ありませんよ。アップデートが後一時間後に明け次第、全世界で発表されますがこのカードが発行されたプレイヤー様は、アストラルオンラインの“プレイを法的に義務付けられます”ので」
アルは全く心の籠もっていない薄っぺらい笑顔を浮かべると、その場から立ち上がりこう言った。
「説明は以上となります。それでは世界の為に、ご自身の為にもアストラルオンラインの攻略のご健闘をお祈り致します」
そう言い残して、彼女達は玄関に向かう。
蒼空は詩織と共に黙ってその後ろ姿を見送りながら、
これはイベント戦以上に酷い展開だな、と胸中で吐き捨てた。