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第29話「アップデート」

「ごめん、二人ともちょっと止まって」


「うん?」


「クロ様?」


 暗い森の中をアリアが手に持つ魔法灯の明かりだけを頼りに歩いていると、クロが不意に立ち止まった。

 振り向くオレとアリア。


 一体どうしたのだろうか。


 疑問に思うと、彼女は実に申し訳なさそうな顔をしてオレに話を切り出した。


「ソラ、団長が熱中するのは良いけど そろそろログアウトして昼ご飯を食べに来いって……」


「あー、そういうことか」


 言われてメニュー画面を開くと、そこには現実世界の時間が表示される。

 今日本は午前2時30分、対して師匠とクロが住んでいるのは遠く離れたアメリカのニューヨークだ。

 その時差は日本が14時間進んでいるので、マイナスすると向こうは現在の時刻は午後12時30分頃になる。


 時間的に、クロは完全にお昼時だ。


 ここらへんでログアウトさせなければ、後にオレがVR格闘ゲームに呼び出されてシノに「クロを廃人道に引きずり込むな」と怒られてボコボコにされる可能性がある。

 それだけは絶対に避けなければならない。


「早急に対応しないとオレがヤバいな。でもクロ、ここでログアウトできるのか?」


「うーん、安全エリア以外でのログアウトはできない仕様になってるから無理」


「あー、そうだったな。このゲーム安全エリアでしかログアウトできない仕様か」


 メニュー画面を開いて確かめてみると、ログアウトの項目が暗転している。

 いくらタッチしても【安全エリアで再度使用して下さい】と表示されてダメだった。

 クロの言うとおり、ここでログアウトする事は無理そうだ。


 オレとした事が、今までずっと王都ユグドラシルにいたからすっかり忘れていた……。


 かと言って死んでログアウトした地点にリスポーンするのは論外である。

 〈天命残数〉をムダに減らすのは、自分の予想が正しければ“現実の死”に近づく行為だ。

 そんなことを彼女に勧めるなんて事は、絶対にできないしやってはいけない。

 となると取れる選択肢は以下になる。


 選択肢その1、ここから全速力でアリアの同胞の拠点に向かう。


 選択肢その2、ここから引き返してシルフのいる精霊の村に帰る。


 しかしどちらも確実に1時間以上は掛かるし〈ソニックターン〉も万能の高速移動ではない。

 チラリとソラは視線をライフポイントを表す緑色のゲージの上にある、もう一つの赤いゲージに向ける。


 まさか状態異常バッドステータスに〈疲労〉があるとはな……。


 自分もだけど、パーティーを組んでいるクロとアリアも赤色のゲージ〈疲労〉が4割ほど蓄積されているのが分かる。


 先程その事を教えてくれたクロいわく〈疲労〉は戦闘や移動などで蓄積されていき、半分に達すると警告が出て最初は〈鈍化スロウ〉が付与されるとの事。


 しかもこの時にプレイヤーの素早さ、突進、移動系のスキルはその効果を全て半減され、それでも〈疲労〉を蓄積させると最終的には〈行動不能スタン〉によって30分間は動けなくなる。


 〈疲労〉を減らすには三つの方法があり、


 一つ目は、動きを止める。


 二つ目は、宿屋で寝る。


 三つ目は、回復アイテムを使う。


 下二つはエルやアイテムを消費することになるので緊急時の手段らしく、基本的には動きを止めるのが一番コスパが良い。

 しかし見たところ半分近くたまった〈疲労〉を足を止めて回復させるのは、ゲージの減り具合から見て最低でも15分くらいは掛かりそうだ。

 こうなったら立ち止まって、ギリギリ〈鈍化スロウ〉にならないラインで〈ソニックターン〉を使用するか。

 

 頭を抱えて悩んでいると、クロがため息混じりに呟いた。


「ソラ、どうしよう」


「うーん、難しい。……っていうか、これ物理的に強制ログアウトとかさせられたらどうなるんだろ」


「なんか重たいペナルティがあるとか聞いたことあるから、団長はそこまではしないかも」


「そっか、それならオレが怒られるのを覚悟して次の拠点に行くか」


「よく分かりませんが、冒険者様は色々と大変なのですね」

 

 アリアがそう言って苦笑する。


 一応クエスト中である事と、謝罪をメッセージでシノに送ると彼女からはこんなメッセージが帰ってきた。


『事情は把握した。しかし時間も気にせず遊んでいた事実と、彼女よりも年長者であるおまえがそれをしっかり管理してやらなかった事について話がある。後日〈デュエルアームズ〉に』




 面 を 貸 せ 。

 



 シノは最後の文を強調するようにメッセージを返してくると、ログイン状態からログアウト表記に変わった。

 〈デュエルアームズ〉とは世界的人気を誇るVR格闘ゲームの事であり、彼女が5年間連続優勝を果たしているゲームだ。

 それに呼ばれるということはつまり、


 ヒェ、オレコロされる……。


 震えるソラ。

 そんな彼の様子にシノの怖い一面を見たことがないのだろう、クロは可愛らしく首を傾げて、状況を把握できないアリアは頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 次からは気をつけよう。

 心に決めるが、今回は既に手遅れ。

 果たして生きてここに帰って来られるのか、そう思いながらソラ達は次の拠点を目指した。





◆  ◆  ◆





 しばらく歩いていると不意に頭上から『ゴーン、ゴーン』という不思議な鐘の音が聞こえた。


 これは……?


 ソラが首を傾げると、歩みを止めたアリアが慌てた様子でアイテムボックスから何かを取り出してその場で組み立て始める。


「アリア?」


 何やら緊迫した雰囲気だ。

 恐らくは先程の不思議な鐘の音なのだろうが、これから何か起きるのか。

 そう思うと、テントっぽい物を組み立てながらアリアはこちらを見てこう言った。


「もしや冒険者のソラ様達は初めてなのでしょうか」


「ああ、さっきの鐘の音は何なんだ?」


「簡単に説明しますと、今から2時間後に世界のアップデートが来ます。規定時間までに安全エリアに入らないと死にますよ」


「「え?」」


 オレとクロの言葉が重なる。

 確かにメニュー画面を開いてみると、2時間後にアップデートの告知が来ていた。

 アップデートに掛かる時間は4時間。

 しかし内容は普通なら記されているのに『規定時間までに安全エリアにてログアウトしなければ〈天命残数〉が1消費されます』としか書かれていなかった。


 これは一体何なんだ。


 あまりにも不自然な告知に、ソラは一応アリアに尋ねた。


「アップデートって言ってるけど、アリアは何か知ってるのか」


「いえ、詳しくはわたくしも知りません。ですがこの世界は、このアップデートというのを“何度も繰り返してるのです”」


 繰り返している?


 昨日リリースされたばかりだというのに、その表現は奇妙だ。

 クロに視線を向けると、彼女は首を横に振った。


「わたしはコレ体験するの初めてだよ」


「……そうか」


 ということは、アリアの言葉はもしかしてベータテスト時代の時の話なのだろうか。

 しかし、オレもクロもベータテストには参加していない。

 VRヘッドギアの機能で調べてみたが、ネットにはアップデートの事は一切載っていなかった。

 つまり詳細は、キリエさんに聞かないと分からないか。


「……わかった。アップデートの件はとりあえず置いておこう。それでアリアが今組み立てているのは?」


「“簡易的な安全エリアになるテント”です。5回ほどアップデートに耐える事ができるのですが、組み立てるのに手間が掛かるのが難点ですね」


「……それが安全エリアになるのか?」


「はい、しかも最大で三人まで入ることができるアイテムです。アップデート以外でも5回使用すると壊れて無くなりますが。ちなみにお一つ10万エルほどで売ってます」


「高いわ!」


「そんなのがあるんだ」


 テントのお値段に震えるソラと、物欲しそうな顔をしてアリアの作業を眺めるクロ。

 つまり安全エリアになるということは、これがあればどこでもログアウトできるという事になる。

 もっと早く教えてくれてたら、と思ってしまうが使用回数付きでオマケに高額アイテム。

 今回みたいな緊急時に使用するものであって、気軽に扱って良いものじゃない。

 ただ廃人プレイヤーの視点からしてみると、喉から手が出るほどに欲しい。


 オレは、頑張ってエルを貯めて買おうと思った。


 組み立てていたテントが完成すると、彼女はこちらを振り返り。


「さて、用意ができました。ソラ様、クロ様、疲れも溜まっているでしょうからここらで休憩いたしましょう」


「クロも一回ログアウトしないといけないし、オレもここら辺で少し寝るかな」


「そうだね」


「アリア、悪いけどテントに入ったらログアウトするけど良いか?」


 口にして、ふとログアウトって言葉がわかるのかなと疑問に思うソラ。

 しかしアリアは理解できるのか、頷くと笑顔を浮かべた。


「天上に戻られるのですね、大丈夫ですよ。テントは世界の加護で守られてますし、一度入れば内側からしか開けられないのでモンスターに襲われることはありませんので」


 なるほど、この世界の住人にとって冒険者のログアウトはそういう認識をされてるのか。


「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えるよ」


 オレはそこでふと気がつく。

 テントのサイズがわりとギリギリだ。

 三人で入ったらかなり狭いのではないか。


 あの、オレ中身“男の子”ですよ?


 しかしソラが唯一の問題に立ち止まっていると、二人が先に入りよりによって真ん中のスペースを空けてこちらをジッと見つめた。


「ソラ様?」


「ソラ、入らないの?」


「……ッ」


 落ち着け、相手は妹弟子とドジっ子だ。

 二人とも超がつくほど可愛いが、そこまで意識する程の関係ではない。


 よし、入ったら即ログアウトしよう!

 

 深呼吸をしてソラは心を無にすると、意を決して少女達が待つテントに入った。

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