第26話「トラブルメーカー」
アリアと合流したソラ達は女王シルフや村人達に見送られて村を出ると、彼女に先導してもらい出発した。
「それでは、先ずは神殿を監視と護衛をしている同胞の拠点を目指します。ここからまる一日掛かりますので、はぐれないようにしっかり付いてきて下さいね」
今までは月明かりだけである程度は灯り無しでも歩くことはできたが、今から向かうところは森の深いところだ。
視線の先には月の光すら拒絶する真っ暗な闇。
アリアが手に持つ提灯とコンパスが合体した物と、懐から一つの石を取り出した。
「それはなに?」
「魔法灯と言って、森の奥に行くための必需品です。中に太陽の魔力を浴びせた石を入れることで、光の魔法を魔力が尽きるまで発動させることができるのです。そしてこれは、同時に神殿のある方角を指し示すコンパスにもなっています」
「なるほど、面白いな」
石を入れると魔力灯は光を発して、半径五メートル以上を照らした。
「全方位を照らせるわけではないので、周囲の警戒は怠らないようにお願いします」
魔法灯を片手に、針が指し示す方角に向かってアリアが歩き出す。
その後ろを付いていきながら、ソラは軽く手足を伸ばして言った。
「あー、それなら大丈夫だ。二人は安心してピクニック気分でいて良いぞ」
「どういうこと?」
「ソラ様、索敵に自信があるみたいですが何かスキルをお持ちなんですか」
「ああ、全周囲十メートルくらいならオレが常時〈感知〉スキル発動させてるから敵が来たら二人に教えるよ」
「「ッ!?」」
オレの言葉に腕にくっついているクロが目を大きく見開いて顔を凝視して、アリアが危うく手にしていた魔法灯を落としそうになる。
歩きながら、彼女は驚いた様子で言った。
「ソラ様は伝説の〈感知〉スキルをお持ちなんですか!」
「団長達がすごく欲しがってる〈索敵系〉のスキル持ってるの!?」
「お、おう」
二人にもの凄い剣幕で聞かれて、少しだけ気圧されたソラは小さく頷いた。
やはり〈感知〉スキルはレアなのか。
師匠達も持っていない事から察するに、このスキルを取得しているのは全プレイヤーでオレだけっぽい。
……っていうか、この世界の設定だと〈感知〉スキルは伝説クラスになっているのかよ。
流石はユニークスキル〈ルシフェル〉様。
もしかしたら〈洞察〉スキルも同様のレアスキルなのかも知れない。
そんな事を思い、歩きながらソラは彼女達に答えてあげた。
「限定クエストを受けたら取得したんだ。十メートルの範囲ならこと細かく感知できるから、余程のことがない限りは奇襲は避けられると思う」
「す、すごい。ただ使えるだけじゃなく、そこまで使いこなしているんです!?」
「あー、これはステルスアクションゲーム【心眼の忍】っていうのをプレイしたお陰だな」
「シンガンのシノビ?」
「主人公の目が見えない代わりに、心眼っていう特殊能力で周囲の状況を把握できるんだけど、これが難しいのなんの……」
忍び込む屋敷の住人は、設定を間違えたのか床の軋む僅かな音にすら反応するスーパー地獄耳。
攻略のポイントは軋む床が決められているので、それを一つ一つ覚えていくのと徘徊している住人と警備の動きを時間帯で完璧に把握する事。
しかも主人公は目が見えない。
絶対に壁とかにはぶつかれないので、常に五メートル以内の状況を把握するために心眼は常に発動が基本。
最初は脳が焼き切れそうなくらいに苦痛だったので仕方なくニメートルから始めて、そこから三メートル、四メートルと徐々に慣らしていった。
一ヶ月くらいで完全にマスターすると、オレは常に五メートル以上の範囲を24時間休むことなく知覚することができるようになっていたな……。
ちなみにそれだけ苦労した技能を使ってそのゲームでやることは、屋敷の主の飲み物に毒物を仕込むという実に何とも言えないもの。
クナイで暗殺なんてしようものなら、即座に警備が来て捕まるので基本的にはどのステージも毒殺という陰湿なものだった。
実に爽快感の欠片もない。
いやー、クソゲーはスゲーよ。
最後までクソたっぷりだもん。
それに比べてこれは物音に気をつける必要がない分、知覚範囲を広げて近づいてくるモノがいないか探るだけなので気楽なものだ。
何だったら、しりとりをして遊んでも良い。
と言っても、やるにはアリアにルールを説明するところから始めないといけないんだけどな。
そんな事を思いながら、アリアに視線を向けたソラは改めて彼女の姿に息を呑んだ。
「……なんか、スゴイ装備だな」
オレ達が戦うための準備をしている間に、アリアもシルフと一緒にしっかり準備をしていたらしい。
防御力のないお姫様の衣装から軽金属が施されたバトルドレスを身に纏っており、その防御力は〈洞察〉スキルで覗き見ると中々なものだった。
〈精霊王のドレス〉。
初代風の精霊王の力が込められている衣服。MPを任意で【100】消費する事で上級防御魔法〈風精霊の結界〉を発生させる。
防御力【A】
耐久力【S】
重量【180】
うへぇ、流石は王家の装備だ。
文字通りオレ達とは桁が違う。
しかしあの重量では、アリアは残り30程度しか積載量に空きがないのではなかろうか。
ソラの視線に気がついた彼女は、歩きながら恥ずかしそうに顔を赤くした。
「そ、ソラ様、そんなに凝視してどうされたのですか?」
「ああ、ごめん。その装備って余裕がなさそうだなと思ってさ」
「そうですね、ハッキリ言ってこの服を着ていると基本重量が40以上の剣とかは持てません」
「ということは、戦闘は基本的にはオレとクロだけでやるのかな」
「いえいえ、お二人だけには任せませんよ。ほら、今回はちゃんとこれを持ってきましたので」
そう言ってアリアが取り出したのは、シンプルなデザインの〈弓〉だった。
ああ、そういえばこのゲーム弓もあったな。
弓を見たソラは、この一日で条件反射レベルにまでなりつつある〈洞察〉スキルを発動。
彼女の手に持つ弓の情報を読み取る。
〈精霊の弓〉
【レアリティ】E−
【攻撃力】E
【耐久力】F
【重量】30
一般的な風精霊が扱う弓。
長耳に弓の組み合わせは、ファンタジーゲームの王道だ。
実に森の民って感じがして素晴らしい。
ソラがうんうんと感動して頷いていると、一つの疑問を抱いたクロがアリアに尋ねた。
「矢はどこにあるの?」
「矢はアイテムボックスに収納しています。そうすれば沢山持てますし、重量制限を気にする事なく使えますからね」
「おお、その発想は無かったな。中々に面白いことを思いつくじゃないか」
「へー、すごいね」
「えへへへ、でもこれはわたくしが考えたわけじゃなく昔からある王家の技なのです」
アイテムボックスの性質を利用してそんな技を使うとは、やはりこのゲームのNPCは普通ではない。
……いや、少なくともオレは彼女をNPCとしてではなく、同じ生きている人間として受け入れつつある。
喜び、驚き、落ち込む。
そんな色んな表情を見せる彼女を見ていて、徐々にNPCという型に当てはめるのは失礼なのではないか。
オレは、そう思ったのだ。
「ソラ様、クロ様、ドジばかりしていますが今からこのアップルを投げてそれを早打ちで射抜いてわたくしの腕前を見せましょう!」
そう言って彼女がアイテムボックスから取り出したのは、オレ達の世界にあるごく普通の赤い球体状の果物『リンゴ』だった。
「うん?」
「大丈夫かな、的外して範囲外のモンスターに当てたりしない?」
「クロ様は不安を抱かれてるようですが、わたくしはこう見えて幼少時から弓だけは得意なのです」
自信満々なアリアは魔法灯を地面に置いて、リンゴを空高く遠くに向かって投げる。
そしてアイテムボックスに手を入れ、取り出した矢をつがえて構えると即座に放った。
はっや!?
オレにも真似できないレベルの速射だ。
空気を切り裂いて、放たれた一本の矢が真っ直ぐに地に向かって落ちるリンゴに向かうと。
ストン、と綺麗に突き刺さった。
見守っていたソラとクロは、襲われて悲鳴ばかり上げていた彼女の意外な特技に惜しみのない拍手をした。
「おお、今ほとんど狙わなかったのによく当てたな!」
「びゅーてぃふぉー」
「ふふん、これだけは昔から得意なのです」
あのレベルの速射で的を射抜けるのなら、殆どのモンスターの動きに対応できるだろう。
流石は風の精霊の姫。
ただのドジッ子ではなかったのか。
ソラがそう思った直後の事だった。
「ッ!?」
〈感知〉スキルに多数のモンスター反応あり。
その数は20、40、どんどん増えていく。
しかも進路は真っ直ぐ、こちらに向かってくる様子だ。
これは一体……。
暗闇の中で10メートル以上離れているソラ達に、真っ直ぐ向かってくるのはどう考えても普通じゃない。
ふとソラは、矢が突き刺さったリンゴに視線を向ける。
すると〈洞察〉スキルはとんでもない情報を提供してくれた。
【アイテム名】ハニーアップル。
その果汁はとても甘く、嗅覚のあるモンスターの注意を惹く。
【注意】狩りに利用するものであり、20メートル以内のモンスターを引き寄せるので絶対に近くで使用してはいけない。
「このドジっ子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
夜の森に、ソラの怒りの声が響き渡った。