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第247話「神の選定」

 最初は人違いかと思った。

 しかし、何度目を凝らしてみても、目の前にいる騎士の顔はオレがよく知っている親友のロウ──志郎にしか見えなかった。

 目の前に立ちはだかる彼を見て、オレは動揺しながらも問い掛けた。


「なんで……なんでおまえが、そっち側に立ってるんだ?」


 この状況に、心が追いつかない。

 ずっと共にいた親友が、今は剣を向けてくる現実を、どうしても受け入れたくなかった。


 どうして志郎が。

 一体いつ、未来姉さん側についたんだ。もしかして、洗脳されているんじゃないか。


 そんな考えが浮かんでしまい、手のひらにじんわりと汗が浮かぶ。

 長い付き合いのある親友だ。ずっと隣にいると思っていた。けれど今、彼は未来──エルの傍らに立っている。

 いつも爽やかなイケメンスマイルを浮かべている彼は、オレの問いかけに対してわずかに肩を竦める。

 それから、迷いのない瞳で告げた。


「珍しく察しが悪いですね。見ての通り、ボクはエルの守護騎士です。もちろん、洗脳もされていません」


「守護騎士……? なんでおまえが……」


 理解が追いつかなかった。

 ジリジリと熱い陽射しの下、頭の中で声が反響して、吐き気のような違和感を覚える。

 そんな俺に、志郎は淡々と告白した。


「蒼空なら、ボクがなんでこっち側にいるのか、察しがつくんじゃないんですか?」


「そんなの分かるわけ……」


 分かるわけない。

 そう答えようとした俺は、ふと祈理の家で集まった時の記憶が脳裏をよぎった。


「……まさか、おまえはあの時のことを」 


「はい。サタンのクエストに失敗したあの日、ボクは大切な仲間を守れませんでした。……だから誓ったんです。二度と同じことを繰り返さないと。蒼空達と同じ被害者が出ないよう、悪意のない世界を求めて、エルの思想に賛同しました」


 その言葉を吐く時、一瞬だけ彼の横顔が陰った。まるで、自分の言葉に自らを縛りつけるように。

 それでも、その瞳に迷いはなかった。


「ふざけるな……そんなことして、オレ達が……イリヤが喜ぶと思ってるのか?」


 珍しく、声に怒気が交じる。胸の奥から激情がせり上がり、拳が震えた。

 だが、そんな俺の言葉を受けても、志郎は静かに首を横に振った。


「もちろん、喜ばないことは知っています。特に正義感あふれるイリヤさんは、すごく怒るでしょう」


「それがわかってて、なんでそっち側に立つんだ?」


 鋭く睨みつけた俺の視線を、志郎は正面から受け止める。

 微塵の迷いもない、覚悟を宿した真っ直ぐな顔だった。そして彼は、断言するように言った。


「ボクは、蒼空達を守る盾ですから」


「おまえ……」


 かつて何度も志郎が口にした、(タンク)として仲間の前に立ち続ける誓い。

 それをこの状況で口にした彼に、俺は返す言葉がなく、口をつぐむ。


『騎士ロウ、話は済みましたか?』


「はい。これ以上、彼と言葉を交わす必要はありません」


 一歩だけ、未来姉さんが前に出る。

 砂を踏む足音が、乾いた空気の中に響いた。

 その音が、もう二度と同じ場所に戻れないという合図に聞こえて、オレは拳を握りしめた。


『とても残念ですが、勧誘を断られた以上、次に合う時は蒼空も私達の敵です』


「……っ」


『明日、イベントの開催を発表します。そこで人類に最後のチャンスを与えるので、私の計画を阻止したいのなら奮って参加してください』


 そう告げると、未来姉さんは志郎と共に、淡い光に包まれて姿を消した。

 残された俺は、声にならない思いを喉の奥に押し込むしかなかった。




◆   ◆   ◆




 翌日。世界中に設置された教会から、天を突くように光の柱が放たれた。

 眩い輝きの中、未来姉さんはエルとして全世界の人々に告げる。

 それは新たなイベントの告知だった。



『ユグドラシル王の選定』



 イベント期間は二週間。

 報酬は参加者全員に配布される、武器or防具を更にもう一段階強化できる〈ユグドラシル・インゴット〉。


 冒険者の参加方法は二つ。

 王の選定を支持する傭兵に加わるか、王の選定を否定する反乱者になるか。


 反乱者の勝利方法は一つだけ。

 ユグドラシル城の最上階に辿り着き、王を守る最強の騎士団長を打ち倒し、王の裁定を阻止すること。


 だが期間内に誰も突破できなかった場合、教会の光が地球全土を覆い、選定外の人々は悪しき心を『洗浄』される。

 それは恐ろしい罰ではなく、人類の罪を洗い流すための処置であり、救済だとエルは説明した。


(未来姉さん……っ)


 予想外だったのは、これに対する人々の反応は異常なほどに肯定的で、SNSで否定的な意見は一つも見当たらなかったこと。

 全てに共通しているのは「それが神の意思なら自分達は従う」という、エルに対する絶対的な信仰心だった。


(……これまで〈アストラル・オンライン〉の異常現象から人類を守ってきた積み重ね、か)


 一先ず俺は自宅に集めた仲間達に、エルが姉の未来であることを伏せ、事情を説明し終える。

 当然、この話を聞いた仲間達──特に相棒の真司は言葉を失っていた。


「あいつ、なんで……っ!」


「……それは、オレにもわからない。一応、昨日帰ってすぐ志郎の家に電話したんだけど、あいつ最近、家に帰ってないらしい」


「ま、マジかよ……」


 志郎の兄──勇次(ゆうじ)いわく、友人の家に泊まるからと言って、家を出ていったきり音沙汰がないらしい。

 チャットや電話をかけても返事はなく、オレ達に聞こうと思っていたとのこと。


「それで、勇次さんに志郎のことは言ったのか?」


「こんなこと、バカ正直に言えるわけないだろ」


 大きなため息を吐き、テーブルに突っ伏す。頭の中に、志郎の姿がちらつく。

 なぜ親友はあんな選択をしたのか。なぜ未来と共に立ったのか。


 理屈はわかるけど、容認できない。

 握った拳に、軽く爪が食い込む。

 鈍い痛みを感じても、胸の奥の焦燥は消えてくれなかった。


「ソラ、大丈夫……?」


 そんなオレを心配して、隣にいるクロがそっと身を寄せてきた。

 優しい彼女の温もりに触れ、オレの荒れていた心は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 クロに「ありがとう」とお礼を言い、この場にいる仲間達に向き直った。


「取りあえず、志郎のことは一旦置いとく。オレ達が先ずやらないといけないのは、エルの暴走を止めることだ」


「……ああ、そうだな。本当に洗浄だけで済むという確証もないのに、そんな神の横行を黙って見過ごすことはできない」


 師匠──詩乃の言葉に、オレは頷いた。


「……でもユグドラシル城の攻略は、相当難しいと思うわよ」


 続けてそこに、タブレットを操作していた詩織が話を切り出す。


「難しいって、どのくらいだ?」


「先ず一つ目は、一番弱い兵士でもレベルが80以上あるわ」


「うげ、たしかトッププレイヤーの平均がそのくらいだったな。……ということは、レベルでゴリ押すのは無理か」


「ええ、しかも問題はそれだけじゃない。副団長のレベルは100。騎士団長にいたっては150で、プレイヤートップのお兄ちゃんを上回ってる化け物よ」


「……はぁ、レベルをインフレさせるのはやめてくれないかなぁ」


「それに加えて、こっちはあの城壁を突破して最上階を目指さないといけない。たぶん、攻略組全員を集めても突破は難しいと思うわ」


 詩織から手渡されたタブレットを見る。そこには兵達のレベル、城の警備状況などの情報がびっしり纏められていた。


「すごいな、これだけの情報を一体どうやって……」


「〈アストラル・オンライン〉の攻略情報をまとめてくれてる情報屋よ。最前線の情報を渡す代わりに、各国の隅々を調べてもらってるの」


「すごい! 流石は詩織ちゃん!」


「えへへ、後続のプレイヤーが強くなってくれたら、私達も助かるからね」


 黎乃が目をキラキラさせて尊敬の眼差しを向けると、詩織ははにかんで笑った。

 取りあえず、これらを総評すると攻略難易度は過去最難関。攻略組全員で挑んでも、返り討ちにされる可能性が高いだろう。


「うーん。オレが天使化して城壁を越えたとしても、この穴のない警備に見つからず最上階まで行くのは無理だな」


 実に困った。どんなに考えても、ユグドラシル城に隙がまったく見当たらない。

 タブレットの情報に目を通した全員が、オレと似たような渋い顔をすると。

 オレのスマホに、一件の着信が入る。

 一体誰だろうと思い、スマホに届いたメールを開いてみたら。


 それは〈アストラル・オンライン〉に閉じ込められているイリヤからで、メッセージに目を通したオレは目を丸くした。



 ──『ソラ師匠、イベントの詳細を私も見たよ。ちょうどユグドラシル王国の近くを通るから、〈白虹の騎士団〉も協力するね』



 

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