第210話「別れの歌」
上空には、綺麗な青空が広がっていた。
ニュースによると、連日降り注いだ雨の被害は、不思議と全く無いらしい。
思い返せば、これまでの災害もそうだった。
テレビでは、エルが尽力している放送が流され、実際に人々がそれに守られている光景も何度か見てきた。
だから今回も、きっと彼女が所持する不思議な力で、どうにかしたのだろう。
色々と大変だったが、取り敢えず色欲の大災害によって苦しめられていた人々の生活は、これで日常に戻ったのだ。
連絡網が回ってきて、大事を取って今日は休校する事が決まるとオレ達は、早速〈アストラルオンライン〉にログインした。
「さて、いよいよ荒原を目指す時がやって来たな」
大災害を倒した以上、この国でオレ達がやるべき事は何もない。
王族が取り寄せた、一級品の大きいベッドで身体を起こしたオレは、床に足をつけると軽く伸びをする。
同じく準備運動を済ませたクロとイノリと客室を出たら、すぐ目の前でアリサが待っていた。
「おはよう、もう行くのね」
「はい、アリサさんはどうするんですか」
「鬼の国に行くんでしょ。途中にある村でハルト君と待ち合わせしてるから、そこまでは同行するわ」
「パパに会える!?」
「ええ、ハルト君も楽しみにしてるわよ」
どうやら、家族三人が遂に揃う機会がやってくるらしい。
喜んでいるクロを見ていると、何だかこっちまで嬉しくなってしまう。
ルンルン気分のクロを眺めながら、次に王の間に向かうと、そこでトビア王とサラ王妃に別れの挨拶を済ませた。
城の外に出たら、そこにはラウラが馬車を用意して、オレ達を送る準備をしてくれていた。
竜の国でも見た事がある、二本角の馬ことバイコーンに繋がれたキャリッジ。その後ろの客席に乗り込むと、馬車は街に向かって走り出した。
ゆっくり走る馬車の中で、ラウラは率先して海の旅であった色々な事を、一つ一つ思い出すように語った。
「本当に海の特訓では、何度も死ぬと思いました」
「オレも正直、海底ホラーが一番苦手だから、あの時は二桁以上は死ぬのを覚悟してたよ」
「危なそうな時は、さり気なくアリサさんが助けてくれてたからの。睨むだけで相手が怯むとか、反則級なのじゃ」
一方で話題のネタにされている本人は、クロの隣で大きな胸を張って、実に得意そうな顔をしていた。
──今思えば、あの時のレベリングがなかったら自分達は、後のヘルヘイムの騎士達にもっと苦戦、或いは全滅していたかも知れない。
レベルは大体の問題を解決してくれると、ゲームでは良く言われるものだが、流石に大型モンスターとの水中戦は二度とゴメンである。
苦笑交じりにオレがそう言うと、アリサ以外のメンバーは同意し真顔で頷いた。
「そういえば、話には出てきてたけど幽霊船と会う機会ってなかったな」
「言われてみたら、そうじゃな……」
『それに関しては、考えられる要素は一つだけあります。ゴーストシップのリポップは一時間です。そして一度倒されると、彼等は場所を変える特性を持っています。つまり誰かが、先に倒してしまった可能性が考えられます』
……倒されると場所を変えるとは、なんと面倒な仕様なのだ。
頭の中でルシフェルの説明を聞いたオレは、ふとソレをやりそうな人物に視線を向ける。
黒髪の魔槍使いは、視線に気付くと正直に白状した。
「あー、その事なんだけど。悪いけど私が暇潰しに、全部沈めちゃったわ」
「や っ ぱ り 貴 女 の 仕 業 か!」
思わずツッコミを入れると、アリサはテヘッと笑って舌を出す動作──テヘペロをしてみせた。
まったく、巨大モンスターもビビる相手に襲われるとは、エンカウントした幽霊船も不幸としか言いようがない。
この最強のベータプレイヤー、やることなすこと全てのスケールが大き過ぎる。
オレは、この旅で幽霊船からアイテムを入手できなかった事を、少しだけ残念に思った。
すると話を聞いていたクロは、隣で安心したような表情を浮かべた。
「……ママ、ぐっじょぶ」
「クロはホラー苦手だからな。精霊の森の時にも、ビビってオレの背中に隠れてたし」
「怖いものは、怖いんだから仕方ないの……」
「もう、可愛いんだからー!」
ホラー嫌いを指摘されてムスッとなるクロを、アリサは実に愛おしそうに撫で回した。
しかし、一週間以上もの旅で起きた出来事は、こうして振り返ってみると色々な事があったものだと感心してしまう。
オレ達は思い出しながら、海であった楽しい話に夢中になった。
──だけど、そんな楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまうもの。
国の外に出る手前で馬車は止まり、オレ達は御者の人に礼を言って、キャリッジから順番に下りた。
「もう、行ってしまうんですね」
「ああ、残った大災害はラスボスの魔王も含めたら、後四体もいるからな。名残惜しいけど、オレ達は先に進むよ」
「……そうですね。今なら妾も、アリア様とアリス様の気持ちが痛いほどに分かります」
泣くのを我慢しているのだろう。
ラウラは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、苦々しい表情を見せる。
だけど彼女は、浮かんだ涙を指で払うと、次には精一杯の笑顔を浮かべた。
「助けが必要な時は、いつでも呼んでください。ソラ様達の為なら、世界の裏側でも駆けつけますから」
「うん、ラウラも困った事があったら、いつでもオレ達を頼ってくれ」
「わたし達は、親友だからね」
「いざという時は、転移クリスタルで直ぐに飛んでくるのじゃ」
一度訪れた場所は、転移のクリスタルが有ればそこに距離関係なく、瞬間移動する事ができる。
だから会おうと思えば、どこに居ても直ぐに会いに来ることができるのだ。
「いつかまた、ラウラの歌を聞きに来るよ」
「はい。その時までに、もっと歌を磨いておきます」
別れの言葉を交わしたオレ達は背を向け、次のマップ──鬼達の国があるという荒原に向かって歩き出した。
振り返らずに真っ直ぐ歩いていると、不意に後ろの方から、ラウラの綺麗な歌声が聞こえてくる。
そこに込められているのは、──“旅立つ友の武運を祈る思い”だった。
「綺麗な歌声だね」
「ああ、なんて言ったって、──世界最高の歌姫様だからな」
そう答えると、オレはいつも隣にいてくれる少女の手を握り、次の大災害が待つ荒原を目指した。
次で長かった第三章もラストです。