第209話「黎明の告白」
大災害〈アスモデウス〉が光の粒子になって散ると、オレは天使化が解除された上に、スキル硬直で動けなくなり落下した。
途中でクロ達を乗せたスライムドラゴンに拾われ、地面に叩き付けられて死亡する事を免れたら、そのまま皆と無事に地上に戻る事ができた。
仲間達に囲まれたオレは、賛辞と労をねぎらう言葉が贈られた後に師匠のシノから「直ぐにオマエは無茶をする」と苦笑され、軽く小突かれた。
「本当に良くやってくれた。オマエ達が〈アスモデウス〉を倒した事で、各地で仲間達が相手をしていたモンスターの無限湧きも収まったらしい」
「他の仲間達から、続々と勝利の報告が上がってきているわよ。これもお兄ちゃん達が頑張ったおかげね」
妹のシオは笑みを浮かべ、皆の前で遠慮なく、動けないオレの頭を軽く撫でる。
実に子どもっぽい扱いだけど、今は指先一つ動かせない状況だ。
恥ずかしくても、手で払いのける事すら出来ないオレは、ただ彼女の愛撫を受け入れる事しかできなかった。
子供じゃないんだぞ、と精一杯の抗議の眼差しを向けていたら、シオはくすりと笑ってそれを軽く受け流した。
そこに城門を通って、一人の少女が駆け寄って来るのを感知スキルで察知する。
少女はオレ達の前で足を止め、大きな声でこう言った。
「皆様! 現実世界の干渉が終わり、無事に今回の災害も乗り切る事ができましたよ!」
その報告をしてきたのは、何だか久しぶりに見た気がする金髪碧眼の女性『VRジャーナリスト』ことリンネであった。
どうやら彼女は、現実世界の方で此方に報告できるようにシノから頼まれ、ずっと状況を見てくれていたらしい。
オレ達の完全なる勝利が確定すると、冒険者達とエノシガイオスの騎士達は大声を上げて喜んだ。
皆がハイタッチや握手をして喜んでいる中、スキル硬直で動けないオレはクロとイノリとラウラに抱き着かれ、危うく窒息死しそうになってシオに助けられる。
「全くもう、お兄ちゃん大人気ね」
「スカイファンタジーでも、行く先々でお姫様を無自覚で陥落させてきた奴だからな」
「あの時は今以上に大変でしたね。何せソラを取り合って、他国の姫同士で争いが起きるほどでしたし……」
親友のシンとロウは、オレと昔旅をした思い出を語りながら、微笑ましそうな顔をして見守っていた。
別名第一次ソラ争奪戦と、当時のプレイヤー達から呼ばれる戦いは、最終的にオレが間に入って止めるように言ったらあっさり終結した。
ただし中立である和之国の温泉旅館で姫様全員と泊まる事が条件として出され、今となっては彼女達がダンジョンから戻ってこない自分を戻すために、共謀したのではないかという説すらあった。
だが引退した今となっては、あの美しくもヤバい姫達がどうなっているのかは分からない。運営がオレのコピーを側に置いているという噂を、以前にSNSで見たが真偽の程は定かではなかった。
(というか、恐ろしくて確認なんてできないんだよな……)
それこそログインなんてしたら、捕まって言葉にできないような目に合うだろう。
想像して思わず身震いすると、国王のトビアが注目するように大声を上げて、この場にいる全員の視線を集めた。
彼は先ず大災害〈アスモデウス〉の討伐に尽力した事に感謝の言葉を表し、ウィンドウ画面を操作し、戦いに参戦した者達に報酬を配布してくれた。
此処で、ようやく硬直から開放されたオレは、プレゼントの通知をタッチする。
目の前にはウィンドウ画面が開き、三つの選択肢が表示された。
「百万エル、アダマンタイト、補助スキル〈環境適応〉の三つから選ぶのか……」
贅沢な事に三択とも、オレ達冒険者に取っては最上位の報酬ばかりだった。
かなり悩むところであるけど、エルは海のレベリングで沢山あるし、アダマンタイトは〈カリュブディス〉の討伐で自分も二個ほど所持している。
最後に載っていた〈環境適応〉というスキルは、説明文に目を通した限りだと、水中とか空中等の行動にプラス補正が入るらしい。更には悪環境下におけるダメージも軽減されるので、今後の活動で役に立つ事は間違いないレア物だった。
というわけでオレは、ここでしか入手出来なさそうなレアスキル〈環境適応〉を選ぶ事にした。
「うーん、このスキルを出発する前に獲得出来ていたら、海の戦いとか最後の空中戦も少しは楽になっていたよな……」
「一番欲しい時に無くて、全てが終わった後に欲しいスキルやアイテムを入手するのは、ゲームでは昔から良くある事なのじゃ……」
「そうそう、ゲームをしていたら誰もが一度は通る道だね」
イノリの『ゲームあるある話』に頷きながら、オレは目の前にあるウィンドウ画面を閉じた。
すると隣りにいるクロも、オレと同じ〈スキル〉を選んだらしく、お揃いである事に隣で嬉しそうな顔をしていた。
全員が選び終えた後、獲得した報酬を話のネタに和気あいあいとしていたら、
「これより、エノシガイオス全体で祭りを開く。尽力してくださった冒険者達には、格安で全ての店を利用できるように手配しよう!」
「広場では、私が感謝を込めて歌を披露します。皆様、ぜひとも今日という日を楽しんで下さい」
国王トビアと王妃サラの言葉と共に、聞き慣れた爆発音が数回聞こえた後、暗くなっていく空にいくつもの美しい七色の花火が咲いた。
美しい夜空の風景に見とれていると、花火は芸術のようなアートを、次々に描いていく。
祭りか……。
正直なところ、蓄積された疲労がピークに達しつつあって、余り遊ぶ気力とかは残ってはいないのだが。
周囲の仲間達を見ると、自分の了承の言葉を待つように視線が集中している。
仕方ないと苦笑したオレは、次に半ばヤケクソになって言った。
「みんな、行こう!」
するとクロとイノリとラウラの三人に手を引かれ、暗くなっていく海の国を堪能するべく、城下町へ向かった。
◆ ◆ ◆
祭りを一通り堪能した後の事だった。
親友のシンとロウ、それにシオとイノリの他四人は、用事があるからと言って賑やかな祭りの中、どこかに消えてしまった。
三人だけとなったオレ達は、ラウラの案内でステージが作られた中央広場に向かった。
そこでは円形のステージの上で、歌姫用のドレスに身を包んだ王妃サラが、楽器を手にしたスーツ姿のセイレーン音楽隊と美しい音の世界を作り出していた。
周囲で棒立ちしている冒険者達とエノシガイオスの国民達は、黙って彼女達の演奏に聞き入っている。
一つの音楽が終わると、演奏は止まり隣りにいたラウラが前に出た。
「行ってきます。お二方、是非とも感謝の思いを込めた妾の歌を聞いて下さい」
「ああ、分かった」
「ここでしっかり聞くね」
彼女は離れる間際にクロに歩み寄り、「頑張ってください」という言葉を送り、観客が作ってくれた道を歩いて、パーティーを外れた。
二人っきりになると、隣にいる相棒は適度な距離から更に接近。左腕に寄り添い、右腕を絡めてきた。
急に縮まった距離に、思わず心臓が跳ねてしまう。オレはドキドキして、少しだけ顔が赤くなるのを感じる。
『マスター、心拍数に異常値が出ていますが』
(う、うるさい!)
ルシフェルの質問を一喝で止めたオレは、少しだけ深呼吸をして落ち着くように自分に言い聞かせる。
何か意図的に二人だけにされたような気がするけど、クロと一緒にいるのは嫌いではないので、この件に関して今は深く追求するのは止めておく。
オレと彼女は広場に設置されたステージの上で、美しい歌を披露している王妃サラと、それに加わったラウラを見上げた。
二人の歌姫が音楽隊と共に作り出すバラードの世界は、素人の自分では例えようのない程に凄い。
現に広場に集まる観客は、いつの間にか倍以上に増え、目の前の幻想的な景色に魅入っている。一曲が終わると大きな拍手と歓声が上がり、続いて二曲目が始まった。
二曲目は一曲目のバラードとは違い、真逆の明るくて陽気な気持ちになる音楽だ。
周りの人達もリズムに乗って手拍子をし、聞いているだけでも実に楽しい気分になる。
そんな二人の歌姫による舞台は、三曲四曲と続いて、いよいよ最後に突入した。
ピアノ奏者が奏でる旋律と、ラウラとサラの歌声が相乗効果となって、広場だけでなく王国全土に浸透するように広がっていく。
聞いているだけで、全身の産毛が逆立つ程の衝撃に、言葉を失ってしまう程だった。
オレを含め誰もが口を閉ざして、二人の歌姫をじっと見つめていると、不意にクロが抱き締める腕の力を強くした。
「ソラ」
彼女に名前を呼ばれ、ハッと半ば歌声に聞き入っていた意識が戻ってくる。
慌てて周囲に視線を巡らせると、周囲の人々は未だステージに見入っていた。
どうやら自分だけが、歌姫達が作り出す世界から戻ってきたようだ。
一体どうしたのかと、隣に視線を向けた。
すると彼女は覚悟を決めた様な顔をして、震える唇でこう言った。
「ラウラ達が歌ってるのに、ごめんなさい。わたし、……ソラに一つだけ聞いてほしい事があるの」
「クロ……?」
「あ、あのね。わたし……わ、わたし……」
「オレは逃げたりしないから、落ち着いて」
身を寄せるクロの手を、そっと上から握る。
彼女は小さな呼吸を繰り返し行い、緊張を和らげようと努める。
数分くらい待っていると、クロは落ち着いたのか真っ直ぐに此方を見つめる。
その瞳には、この空間を支配する歌声以上の、強い意思が宿っていた。
過去にも似たような目をした女の子達を、何人も見たことがある。
その目にオレは、思わず息を呑んでしまう。
クロは自分を手放さないように、少し震えながらもしっかり腕にしがみつき、
「わたし、ソラが好き。世界中の誰よりも」
桜色の小さな唇から聞こえたのは、紛れもない──愛の告白だった。
心のどこかで、彼女の事を妹のように考えていたオレは、告げられた言葉に呆然となってしまった。
……クロが、オレの事を好き?
頭の中は混乱し、まるで容量をオーバーしたPCの様にフリーズする。
だけどクロは、顔をそらさずに答えを求め、その場でじっと見ていた。
いやいや、落ち着け。
クロはハトコで〈アストラルオンライン〉の攻略を共に目指す、大切なパートナーである。
自分にとっては妹みたいな存在であり、ゲームに囚われている両親を救うまで、代わりに守らなければいけない使命があるのだ。
だから安易に、彼女と付き合うことはできない。何故なら全てが終わったら、きっとクロは両親と住んでいたアメリカに、帰ることになるのだから。
そこまで考え、ふと隣に彼女がいない日が来る事を想像して、胸にチクリと鋭い針で刺されたような痛みを感じた。
アレ、と今まで感じたことがない感覚に、自分でもビックリして首を傾げる。
クロがいなくなる事を、すごく寂しいと思った?
生まれてこの方、弟子のイリヤやイノリを含め沢山のゲーム内のお姫様に告白されても、付き合うという選択肢が頭の中に全く浮かばなかったというのに。
この数ヶ月、一緒にいた少女がいなくなることを想像すると、胸の痛みが段々と大きくなっていく。
この感覚は、一体何なんだ……。
理解することが出来ない感覚に困惑していると、一瞬だけ視界が歪みクロの姿に誰かが重なる。
『──ソラ、大好きだよ』
それは白髪の少女の姿だった。
しかもそれだけではなく、まるで封じられていたモノが解き放たれるように、断片的だが記憶を次々に思い出す。
びっくりしたオレは、彼女を見たまま口を半開きに絶句してしまった。
一気に色々な事が起きて、頭の中は軽いパニック状態に陥っている。
だけど、いつまでも勇気を振り絞って告白してくれたクロを、このまま待たせるわけにはいかなかった。
混乱しながらも、色々と考えた末に自分は、この現状を取り敢えず乗り切る為に一つの結論を出すことにした。
「く、クロ」
「は、はい!」
「好きって、言ってもらえたのはとても嬉しい。オレもクロみたいな女の子と付き合えたら、とても幸せだと思う」
「それじゃ……」
「──でも悪いけど、今すぐ答えを出すのは待ってもらえないか」
待たせて出した考えが、返事を先延ばしにするという情けない事に、内心ですごく申し訳なく思った。
返事を聞いたクロは、少しだけキョトンとした顔をすると、首を小さく傾げた。
「お断りじゃなくて、待つの?」
「うん、ちょっと気持ちの整理をしたい。それが終わったら、オレの方からちゃんと、クロに返事をするから」
「それって、ワンチャンスあるって思って良いの?」
「ま、まままぁ……ワンチャン、あるのかも……」
「……分かった。それならわたし、ソラのこと待ってるね」
答えを先延ばしにされたというのに、クロの表情は何故か明るく、言葉は活力に満ちていた。
その花のような笑顔に、オレは心拍数が更に上がり遂にはクロの顔を直視できなくなってしまう。
笑顔の理由は尋ねたけど、彼女は「ないしょ」だと言って、最後まで教えてはくれなかった。