表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

207/248

第206話「海の国の決戦④」

 【Yes】を押したと同時に、世界は純白の光に染まった。


「う、ぐぅ……ッ」


 光の発生源は、言うまでもなく自分だ。

 身体の内側から押さえきれない、無限の魔力が光の奔流(ほんりゅう)となって周囲に放出されている。

 その光の中でオレは、第一封印を解除した事によって自分の身体を構成するアバターが、指先から毛先の一本一本まで全てのデータが変換されていく。

 更には背中から二つの翼が生えるという、異質な感覚に息苦しさを感じながら、ただひたすらに耐えていると。

 感じていた苦しみは急に、まるで嘘だったかのように消失した。

 代わりに自分の中に残ったのは、先程までのアバターとは根本的なものが違うという感覚だった。

 これを表現するのならば、生まれ変わったと例えるのが適切だろうか。


「……でも悪くない」


 抱いた感想を、小さな唇で呟いた。

 過去にオンラインゲームでは、色んな人達からオマエは人間離れしていると言われた事がある。

 頭のネジが外れてるとも、野良で組んだプレイヤーから(ひょう)された事だって何度もあった。

 だがこれは、冗談や比喩(ひゆ)表現とかではない。アバターとはいえ、正真正銘の人外への転化だ。

 ゲームがリアルに影響を及ぼすこの世界で、自分が変わる事に対する恐怖心とかは不思議と全くない。

 むしろ身体の内側から、全身に(みなぎ)る天使の力に自然と笑みがこぼれてしまう。

 今なら灰色の天使──イヴリースにも勝てそうな気がしながら、オレはゆっくり(まぶた)を開いた。 


『第一の封印を解除完了。全ステータスが向上、同時にセラフィックスキル〈天の翼〉を獲得しました。今後は堕天使化した際に、MPを常に消費する事で飛行する事が可能です』


 全ての工程が完了した結果を、サポートシステムとして〈ルシフェル〉が口頭で教えてくれる。

 その中で注目したのは、頭の中に流れて来た翼の制御方法だった。

 どうやら思考操作型で、意識を翼に向ける事で望む飛行をしてくれるらしい。

 似たようなゲームを過去にした事があるオレは、翼を左右に広げて軽く羽ばたかせてみる。

 すると自分の身体は、びっくりするほど簡単に地面から軽々と浮いた。


「ソラ!?」


 近くにいた、クロの声が耳に届いた。

 何も見えない光の中で、彼女はとっさにオレに向かって小さな手を伸ばしてくる。


(ごめん、クロ……)


 この事を知ったら、自分を慕う少女はどんな反応をするのだろうか。

 怒るのか。悲しむのか。

 その時に彼女が抱く思いが、どちらなのかは今は分からない。だけど少なくとも、褒められない事だけはハッキリと断言できる。

 先が見えない程の眩い世界で、オレは申し訳なく思いながらも、差し伸べられた手をそっと握った。

 そうしたら、変化を終えた自分の身体にさらなる変化が生じた。


『第一封印の解除によって、天使長だけが所有するユニークアイテムが一つ開放されました。今後はスキルを発動する事で、自動で装備している基本衣服が最上位の物に変換されます』


 広がった白銀の光が全て自分に集まり、装備していた衣服が変質を始める。

 光が無くなる事で、元の広い洞窟の景色が戻ってきた。

 すると全員の視線がオレに集まるのだが、そこには既に本来の姿はなかった。

 長い白銀の髪に金色の瞳。左右で色の違う真っ白な翼と漆黒の翼を広げ、纏っていた装備は男物から──白く美しい西洋のドレスと鎧が複合した〈セラフィム・ドレス〉となった。

 正に一言で表現するなら、神の命によって地上に降り立った天使の少女。

 これが力を得る代わりに、今後〈ルシファー〉を使用しても二度と戻ることのない、オレの堕天使としての姿である。

 真剣な眼差しを向けてくる、パートナーの少女に、自分は苦々しい笑みを向けると、


「ごめん、行ってくる」


「……直ぐに、追いつくから」


 オレの目を見て、クロは何が起きたのか言わずとも大体察してくれたらしい。

 頷いた彼女は繋いだ手を離し、自由になった自分は宙に浮くと身を(ひるがえ)した。

 今は他の人達に、自分の身に起きたことを事細かく説明している時間はない。

 こうしている間にも、地上では〈アスモデウス〉が人々に恐怖をばら撒こうとしているのだから。

 翼を大きく羽ばたかせ、オレは地上に向かった敵の後を追って、大穴から外の世界に飛び立った。



◆  ◆  ◆



 飛行する感覚は、以前に似たようなのをプレイした事があるのと、高い順応力によって直ぐに慣れる事ができた。

 高速で空中を飛びながら、大穴を一気に抜けたオレは、強化された〈感知〉スキルを海の国全域に広げる。

 身体が人間の領域を越えた影響なのか、普通の人間なら即座に容量オーバーする範囲を見ているというのに負担は全く無い。

 広げた範囲内で起きている戦況を、オレは難なく把握する事が出来た。


(今の所〈アスモデウス〉の復活で引き寄せられた、モンスター達の処理に問題はないか)


 各地では冒険者達とモンスターとの、大規模な攻防が繰り広げられている。

 全長10メートルの巨大なドラゴン。大きなカニ型モンスター。飛来してくるミサイルのようなサメ。地上を高速で爆走しながら、襲ってくる大きなアリゲーター。

 そんな色々なモンスター達が襲撃している中で、最も激しい戦地はやはり港方面だった。

 クジラ達と大砲を搭載したルーカス率いる帆船(はんせん)部隊が、大型のモンスター達と懸命に戦ってくれている。

 皆が〈アスモデウス〉の討伐を信じて、武器を手に頑張っているのだ。

 ……長期連戦はいずれ限界が来る、一刻も早く勝利条件である『アスモデウスの討伐』を達成しなければ。

 旅を共にした者達、現実世界を救う為に奮戦する冒険者達の姿に、胸の内側が熱くなったオレは、魔剣を握る右手の指に力を込める。

 広げた〈感知〉範囲内では地上に敵の姿は見当たらなかった。そうなると残る場所で考えられるのは、


(──上しかない)


 下に向けていた感知範囲を上に向ける。

 そこでオレは、今にも地上に向かって〈魅了〉をばら(ばらま)こうとしている、半人半漁の巨大な怪物の姿を発見する事に成功した。

 なるほど、確かにアレならば一気に国全域にいる者達を、自身の支配下に置くことができる。

 流石に国中の者達を、歌で〈魅了〉から開放するのは、ラウラとサラの二人でも難しいかもしれない。

 物量で攻められたら、精鋭の攻略パーティーも壊滅する事は必至だ。

 追い詰められた敵にとっては、正に逆転の一手と言える作戦だった。

 でもそれは全て、奴の思い通りに事が運んだ場合の話である。

 今回ばかりは、大災害〈アスモデウス〉も相手が悪かったとしか言いようがない。

 素早さを付与スキルで強化し、オレは遠く離れた敵に向かって飛翔する。


(ぐ……ッ!?)


 瞬間移動に等しい加速だった。

 強化されたステータスに、加速スキル〈アクセラレータ〉を使用することで、自分は通常では考えられない速度で彼我の距離を詰めた。

 敵からしてみたら、いきなり目の前にオレが出現したと錯覚するレベルだった。

 右手に〈白銀の魔剣〉を構え、速度を加えた超速の突き技〈ストライクソード〉を大きな胸の中心に叩き込んだ。


『GAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa────ッ!!?』


 耳障りな叫び声と共に、発動寸前だった〈魅了〉の歌は強制的にキャンセルされた。

 敵は忌々しそうな顔で睨みつけ、右の鋭い爪を振り下ろした。

 危険を事前に察知したオレは、翼を強く羽ばたかせ後方に大きく回避する。

 だが攻撃は、それだけで終わらない。

 爪が空振った〈アスモデウス〉は身体を勢い良く回転させ、後方に下がったオレに今度は鋭い尻尾の打撃を放ってくる。

 これを右に大きく飛んで回避すると、今度は周囲に水の刃が発生した。


『マスター!』


「わかってる!」


 翼を広げ、弾幕ゲームのように放ってくる〈アクアブレイド・ランページ〉を紙一重で避けていく。

 一撃でも直撃したら、HPが大きく削られそうな威力を肌にビリビリと感じる。

 集中して数十本もの水刃を避けきったオレは、ラッシュが止まった一瞬の隙きを利用し、土属性を付与した飛ぶ斬撃〈アース・アングリッフ・フリーゲン〉を御返しに放った。

 弱点属性の一撃を頭に受けた〈アスモデウス〉は、動きが一瞬だけだが停止する。

 魔剣を横に構えた自分は、更に加速スキル〈アクセラレータ〉を始動させ、接近した。


「ハァッ!」


 土属性を刃に纏い、高速の水平二連撃〈デュアルネイル〉が敵に大きな二筋の赤いラインを刻む。

 だがこれでも、ようやく一割削れるかといった感じだった。

 与えたダメージは微々たるものだ。どうやら最後の一本になった事で、敵のステータスが更に大幅に強化されているらしい。

 たった独りで、コレを削り切るとなると中々に骨が折れる。


(あと一人か二人くらい、援軍がほしいところだけど流石に厳しいよな……)


 頼れる仲間達は扉を開けて、地上に向かっているようだが、飛行する手段を持たない為に共闘する事は出来ない。

 つまり〈アスモデウス〉の残り一本は、自分一人で削り切るしかないのだ。

 世界を脅かす、強大な怪物に立ち向かう一人の天使。構図的には、正にファンタジーの世界だ。

 オレが白銀の魔剣を構えると〈アスモデウス〉もここが正念場と判断したのか、両手の爪と鱗の鎧を更に大きく、鋭く形状変化させる。

 睨み合う自分と怪物は、お互いに殺意をぶつけると同時に前に出て、

 ──海の国の命運を掛けた、最終決戦を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ