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第201話「海国の決戦準備」

 クジラ達の護衛のお陰で、オレ達は無事に海の国に到着する事が出来た。

 長い旅を支えてくれた船と、これでお別れだと思うと感慨深いものが胸中を占める。

 オレは降りる前にマストに触れて、心の中で船に礼を述べてから、設置されたタラップを降りた。

 そのタラップを設置してくれたのは、出発する際に協力してくれた港の責任者、アゴヒゲを生やした男性のリアムだった。

 彼は長いヒゲを指先で擦りながら、オレ達の帰還を喜び、口元に深い笑みを刻んだ。


「リアムさん、あの時は手助けしてくれて、ありがとうございます」


「いえいえ、私は当然の事をしたまでです。良く無事に戻られた。姫様も歌姫として覚醒されたようで何よりです」


「リアムさんが出港を手伝ってくださらなかったら、妾はこんなにも早く目的を達成する事はできませんでした」


「姫様にそう言って頂けて光栄ですな。国王は過保護ですから、準備を待っていたら後一週間以上は、掛かっていたかも知れません」


 そんなやり取りをしていると、一人の青髪の男性が、此方に歩み寄ってくるのが見えた。

 あの男性は、以前に王妃サラが広場で歌う際に隣に並んで歩いていたのを覚えている。

 記憶と洞察スキルによって、オレは即座に彼が国王のトビア・エノシガイオスだと見抜いた。

 屈強な肉体をもつ国王は、ラウラを見て実に申し訳無さそうな顔をした。


「不甲斐ない父親ですまなかった」


「お父様……」


「おまえが一人で城を飛び出した後、サラに説教されて目が覚めたよ。私の庇護下にあっては、歌姫として覚醒する事は難しいと。そして自分で選んだ者達と旅に出たおまえは、無事に歌姫として戻ってきてくれた。……結果論ではあるが、あの時に自分の意志で旅に出る判断がなかったら、明日にもサラは限界を迎え、大災害は解き放たれていた所だった」


「お母様は、もう限界なんですね」


「ああ、持って明日までだと言われている」


 正にギリギリだったのか。

 話を隣で聞いていたオレは、密かに心の中で安堵した。

 次に彼はオレの方に視線を向けると、いきなり頭を下げてこう言った。


「ソラ様、娘が大変世話になった。旅を支えて下さったアナタ方に、心から感謝を申し上げる」


 トビアはウィンドウ画面を開き、報酬としてオレ達に経験値とエルと希少な〈魔石〉を一つずつ配ってくれた。

 後ろの方で、クロとイノリが少しだけ喜んでいる声が聞こえる。オレも声には出さないが、手に入れた〈魔石〉をアイテム欄で見て心の中で拳を強く握り締めた。

 現在〈魔石〉は入手する手段が凄く限られており、冒険者の間では百万エルで取引がされる程に貴重なアイテムなのだ。

 コイツを使えば〈白銀の魔剣〉は更に強くなる。

 経験値の溜まり具合から、今回の戦いが終わればキリエに頼もう。

 今後の事を考えていると、トビアは後方で待機している馬車を指差し、ラウラに真剣な眼差しを向けた。


「城でサラが待っている、大変申し訳ないが、アナタ方とは此処でお別れだ。ラウラ、挨拶を」


「今から色欲の大災害を妾とお母様に分割し、再封印するんですよね。実はその件について、妾は一つ申したい事があります」


「ラウラ……?」


「お父様、妾は封印ではなく色欲の大災害をこの地に顕現させて、その身を討ち倒す事を提案します」


「な……ッ!?」


 頭の中に再封印の選択肢しかない父親に、旅で成長した娘は正面から向き合い、以前にオレとの話で得た二つ目の道を語った。

 真正面から、目を逸らすことなく己の意見を口にしたラウラの姿に、トビアは驚きの余り目を大きく見開く。

 彼は何度も(まばた)きをしながら、受けた衝撃からなんとか立ち直ると、辛うじてといった感じで聞き返した。


「大災害を、討ち倒すだと?」


「はい。妾達だけでは絶対に不可能ですが、天使長のお力を受け継いだソラ様や、冒険者様達の力を借りる事で、それはけして妄言や夢物語ではないと妾は断言しましょう」


「ソラ様と冒険者達の力を借りる……」


 大災害を封印するのではなく倒す、それは彼も想像した事がなかったのだろう。

 話を持ち出されたトビアは少しの時間、何かを考えるように口を閉ざす。

 順に自分達の顔を見ると、その視線は最後にオレで止まる。

 国王に視線を向けられたオレは、言葉ではなく目で大災害〈アスモデウス〉と戦う覚悟がある事を示した。

 トビアは低い声で(うな)り、後ろで待機している護衛の騎士団長らしき人と隣に並び立つリアムを見る。

 彼等はラウラの考えに同意するように頷くと、トビアは此方を見て覚悟を決めた顔になり、


「……なるほど、分かった。長き呪いを解いて平和な未来を掴むために、我々も尽力(じんりょく)をつくそう。その為にこれより、封印の儀式場を利用して対〈アスモデウス〉の戦場を用意する!」


 覇気を込めた言葉が港全体に響き渡る。

 港に集まっていた国中の人々は、その判断を支持するように大きな歓声を上げる。

 トビアは口元に笑みを浮かべ、騎士団長とリアムに指示を出した。


「騎士団長テーセウスは、戦場の用意と部隊を編成して国の守を固めてくれ。そして港の責任者リアムは、戦に参戦する冒険者達の支援を頼む」


「「承知しました、トビア国王」」


 命令に従い、二人は即座に行動を開始する。

 何だか急に慌ただしくなってくると、オレ達はトビアに城に同行して欲しいと頼まれ、此処でルーカス達と別れる事になった。


「お世話になりました、ルーカスさん」


「こちらこそ、最っ高の冒険だったぞ!」


 互いに楽しい旅であったと握手を交わし、また機会があれば皆で船旅をする約束をするとオレ達は港を後にした。

 城には馬車で向かうようで、港にはいつでも出発できるように二台待機している。

 国王とラウラが乗り込み、オレもそちらに乗るように(うなが)されたので入ろうとすると、


「ごめん、ソラ。わたし、キリエに用事があるから先に行ってて」


「クロ……?」


 目を見て、何やら真剣な様子のクロ。

 オレはこれを了承し、トビアに馬車を一台彼女の為に待機させて欲しいとお願いする。

 トビアはあっさり許可をくれると、馬車の御者(ぎょしゃ)を呼んでクロが戻ってきたら城に来るように伝えてくれた。


「トビア国王様、ありがとうございます。……ソラ、すぐに戻ってくるからね」


「おう、よく分からないけど先に城で待ってるよ」


 そんなこんなでクロとアリサの二人と此処で一時的に別れる事になると、オレはイノリと馬車に乗り出発した。



◆  ◆  ◆



「おお、アレがエノシガイオスのお城か」


 長い坂を上がった先で、以前にパンを配達した事のある門番の男性が扉を開けて、オレ達を乗せた馬車は城の中に入る。

 門の向こう側には、噴水を利用した広大な水の庭園が広がっており、遠くには竜の国に負けず劣らずの雄大なお城があった。

 馬車はその道を進み、城の前で停止した。

 トビアとラウラが先に降りて、最後にオレとイノリが馬車から降りると、そこから城の中に歩き出す。

 向かう先は当然、城の最上階だと思っていたのだが、トビアが階段を下りるのを見て眉をひそめる。


「地下に行くのか?」


「はい、お母様は万が一の事を考え、もしも大災害が解き放たれても一時的に閉じ込めておける〈封印の間〉にいるんです」


「なるほど、それが地下にあるというわけじゃな」


 ラウラの説明で納得したオレ達は、それから長い階段を下りて、大きな扉の前で足を止める。 

 左右で待機している兵士が大きな扉を開けると、トビアはオレ達に入るように(うなが)した。

 緊張しながらもイノリと中に入ると、そこは学校の体育館の五倍以上はある、巨大な空間が広がっていた。


「ここが〈封印の間〉……」


 地面には巨大な魔法陣が刻まれており、その溝には地上から流れてくる水が循環するようになっている。

 この空間を解析したルシフェルは、頭の中でオレにこう言った。


『これは失われた古代魔術で作られた大空間です。封印の陣は、水を循環させる事で大地に流れる魔力を()み上げ、大災害の力を制限する事ができるみたいですね。これを作ったのは、よほど高位の魔術師だと思います』


(古代魔術なんてものが存在するのか。それは初耳だな)


 封印の陣の影響なのか、足を踏み入れると周囲の空気が一変する。

 体感気温設定はオフになっているが、それでもこの場全体に充満している神秘的で巨大な魔力に鳥肌が立った。

 これが、大地の魔力か。

 広い空間といい雰囲気といい、メタい考え方だが正にボス戦用の部屋って感じだ。

 その中央に王妃サラは膝をついて座り、目を閉じ両手を合わせ祈る姿勢でいる。

 見たところ、魔法陣の効果なのかは分からないが、少なくとも苦しんでいる様子はない。


「お母様!」


 姿を確認すると、ラウラは真っ先に駆け出し、それに気付いたサラは祈るのを止めて彼女を正面から受け止めた。

 旅を無事に終えた事を涙混じりに語る娘を、母親は優しい顔をして仕切りに頷く。

 彼女達の姿を見たオレは、安心するとトビアと一緒に歩み寄った。

 サラはこちらを見ると、先ず頭を下げて礼を述べた。


「ソラ様、イノリ様。娘が大変お世話になり、本当にありがとうございました」


「いえ、自分達も指輪に用がありましたし、それに彼女の協力が無かったら神殿まで到達する事は出来なかったと思います」


「何よりも、友人に協力するのは当然なのじゃ」


 大きな胸を張ってイノリが言うと、サラはくすりと笑った。

 ラウラは満面の笑みでサラから離れ、改めてオレ達の事を両親に紹介した。


「ソラ様とイノリ様、それと此処には私用でいませんがクロ様とアリサ様は、妾の友人であり今回の冒険で得た大切な仲間です」


「今の貴女を見れば、どんな冒険をしてきたのか分かります。──ラウラ、素敵な人達と出会えて良かったですね」


「正面から褒められると照れるのじゃ……」


 サラから素敵な人達と言われて、隣でイノリは頬を少しだけ赤く染め、オレの後ろに隠れる。

 昔から褒められる事に慣れていない、イノリらしい行動だなと思っていると、


「ごほん、話をしている所すまんがサラに急用がある」


 そこで話の流れを断ち切るように、トビアが咳払いを一つだけすると、彼はサラの前に立って先程港でした会話の内容を彼女に伝えた。

 全てを聞いたサラは、穏やかな顔から真剣なモノに変わり、オレ達を見据える。


「大災害〈アスモデウス〉を倒す。なるほど、二体の災害を討伐したアナタ方が協力して下さるのなら、それは不可能ではありませんね」


「では今から魔法陣を対大災害〈アスモデウス〉の術式に切り替える準備を始める。準備が済むのには三時間ほど掛かるので、その間にソラ殿達には、過去の文献から得ている〈アスモデウス〉の情報を渡そう。戦う準備を終えたら、此処に仲間達と来てほしい」


「わかりました」


 話が決まると、緊急レイドイベント『色欲の大災害』の告知が目の前に表示される。

 開始時間は今から四時間後。これだけの時間があれば、作戦の打ち合わせと人員の配置は、余裕を持って行うことができるだろう。

 イノリと顔を見合わせると、オレは強大な敵と戦う準備をする為に行動を開始した。

 

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