第196話「リアル怪獣大戦」
目を覚ましたら、そこは自室だった。
天井を見上げながら少しぼんやりした蒼空は、ゲーム内にいた自分が何でログアウトしているのか分からなくて首を傾げる。
「……オレ、ベッドに寝転がってからログアウト操作なんてしたっけ?」
記憶の中には、ポッカリと大きな空白が出来ている。
いくら思い出そうとしても、まるで消去されたかのように思い出す事ができない。
最初は不思議な感覚に戸惑うけど、きっと疲れ切った頭で無意識の内にログアウトをしたんだろうという事で、蒼空は納得する事にした。
「二人は……まだログイン中か。多分ラウラの側にいてくれてるんだろうな……」
身体が動かないので顔だけ動かして左右を見ると、黎乃と祈理の二人が寝転がっていた。
VRヘッドギアを装着してログイン状態は、外部からの干渉を弾く仕様の筈だ。しかし自分は何故かそれらを無視して、彼女達に腕を抱きまくらのように、胸に抱かれている。
申し訳ないと思いながらも力を込めて引き抜くと、その際に姿勢が崩れて鷲掴みにしてしまった祈理の大きな胸に衝撃を受け、蒼空は一瞬だけ硬直してしまった。
「で、でっけぇ……メロンじゃなくてこれはロマンだな……」
いや、オレは一体何を言っているんだ。
甘い吐息をもらした祈理にドキッとさせられながらも、蒼空は受けた衝撃を振り払う為に頭を左右に振った。
「いけないいけない、外の現状をチェックしておかないと」
美少女二人の拘束から抜け出した蒼空は、気を取り直して床に敷かれた布団から起き上がる。
閉ざされたカーテンを開き、午後13時になろうとしているお昼の外を見た。
すると天気はやはり大雨で、街の中を歩く人の姿は一つも見当たらない。
唯一、その中で活動しているのはカニ型モンスター〈インクリーシンクラブ〉。
彼等は一体どういう思考を持っているのか、仲間同士で鬼ごっこみたいな事をして遊んでいた。
そっと見なかった事にしてカーテンを閉めた蒼空は、自室から出てリビングに下りる事にする。
そうしたら一階ではノースリーブのシャツにショートパンツ姿、長い黒髪を後ろで束ねている少女──詩織がテレビを眺めながら、口を半開きに驚いた顔をしていた。
「詩織、どうしたんだ?」
「お、お兄ちゃん、テレビ見て……」
「んー、テレビがどうし……」
言われて薄型テレビに視線を向けた蒼空は、信じられない光景に固まった。
そこにはライブ中継で、神里市の港が映し出されており、なんと巨大なカニ〈インクリーシン・キングクラブ〉が仁王立ちしていた。
以前に二度ほど遭遇して、一度は戦っているので見間違えたりはしない。
全長8メートルの巨体。八本の足で自重を支え、大きな二本の鋭いハサミは鉄なんか豆腐のように断ち切れそうだ。
遂にこんな大物まで現れたのかと思っていると、カニの前方にある海面に大きなサメヒレが現れ、
次の瞬間には空中を飛んでいる報道陣のヘリに向かい、──大型サメモンスター〈キングシャーク〉が大ジャンプと共に大きな口を開いて迫ってきた。
思わずビクッと身体が反応してしまい、身構えてしまう。
誰もが助からない、そう思う程の速度でミサイルのように飛翔したサメが接近する光景に、思わず息を呑んで見守っていたら、
野太い声で『ガニィ!』という雄叫びを上げて、海から飛び出してきたサメに対してキングクラブが鋭い右ストレートをお見舞いし、海に叩き落とした。
そこから始まるのは、正に映画のような大型モンスター同士による大乱闘だった。
カニ型モンスターは何故か港と人々を守るように立ち回り、海中からのタックルと噛みつきを二本の|甲殻〈こうかく〉を纏った腕で防ぎ、カウンターを決める。
戦闘スタイルは正にボクサーといった感じで、リズムを刻むように右左のクラブナックルが的確に叩き込まれていく。
対するサメには手足なんて無いので、基本的には噛みつくか体当たりの攻撃手段しかない。
一方的に攻撃される現状に、撤退をしようと海を泳いで逃げようとしたら〈インクリーシン・キングクラブ〉が高く跳躍して先回りするように海に入り。
──そうしてサメ型モンスターに綺麗な左アッパーで海から叩き出して、最後には渾身の右アッパーを決めた。
ゲームの中と同じように、消滅演出が入ると陸に上がり大勝利を収めたカニ型モンスターの姿は、どこか誇らしげだった。
テレビ局の人達が〈インクリーシン・キングクラブ〉をヒーローだと称える光景を何とも言えない顔で眺めた後、蒼空はそっとリモコンの電源ボタンを押した。
「ははは、もう笑うしかないな……」
「テレビ局の人達、助かってよかったわね」
「ああ、不幸中の幸いだけど、最後には良いシーンを撮れたって喜んでたのは流石って感じだな」
恐るべしジャーナリズム精神。
その一方で自分は、遂に大型モンスターが出てきたのか、という感想と何でカニが同じモンスター同士なのに人間の味方みたいな事をしているんだ、とかツッコミ所が多すぎて急な展開に処理能力がついていけない。
取り敢えず大惨事にならなくて良かったと一安心していたら、蒼空はふと詩織が此方をじっと見上げている事に気がついた。
「妹よ、そんな見つめてどうしたんだ」
「んー、お兄ちゃん、ひざ枕要る?」
「……本当に急にどうしたんだ。話の流れが分からなくて、流石に混乱するんだけど」
「ううん、なんか疲れた顔してるなーって思って」
「なるほど。詩織がそう言うんなら、オレは疲れているんだろうな……」
こういう時、妹の見る目は鋭い。
確かに攻略は大変だったけど、そんな一目で分かるほどに疲労がたまっているとは、全く思ってもいなかった。
だけどここで安易に甘えるのは、男として兄として如何なものなのかと自分に問い掛ける。
そうやって蒼空が胸の前で腕組みをして一人で悩んでいたら、
「お 兄 ち ゃ ん」
詩織が強い力を込めて呼び掛け、ジッと見つめてくる。強い圧に耐えられなくなったオレは、観念して彼女の好意に甘える事にした。
仰向けで横たわると、同じ血が通っているのか疑わしく思う程の美少女が見下ろす形となる──いや、今はオレも銀髪美少女なのだが。
横になるとショートパンツでむき出しの生足に顔が触れる事になるので、恥ずかしいがこの形が現状ではベストだ。
近い距離で見つめ合う事、体感的には数分間、詩織は少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「……なんで誘った方のお前が、そんな顔するんだよ」
「だって、いつもは黎乃ちゃんがいるから。こうやって二人っきりになるなんて、久しぶりなんだもん」
「まぁ、正面から見つめ合うのは確かに恥ずかしいけどさ。今はお互いに女の子同士なんだから、恥ずかしがる必要はないんじゃないかな」
女の子同士という言葉を口にして、蒼空は自分で地雷を踏み抜き、深いため息を吐いた。
男から性転換するどころか、銀髪碧眼少女になってしまったオレの身体。
果たして一体何時になったら戻れるのか、ラスボスの魔王を倒す頃には二十歳になっているんじゃないかという事を考えて、少しだけ憂鬱な気持ちに支配される。
暗い顔をしていると、血の繋がった妹である詩織はくすりと笑い、蒼空の頭をそっと撫で下ろした。
「私は、どんな姿でもお兄ちゃんの事が好きだよ」
「妹に告白されてもな……。でも気持ちだけでも嬉しいよ」
苦笑して答えると、──そこで不意に睡魔がやってきた。
「うん、海底神殿は攻略したから、少しだけ……休む、かな……」
「おやすみ、お兄ちゃん」
蒼空は妹の心地よいひざ枕の上で目を閉じると、そのまま深い眠りについた。