第189話「冥国の騎士」
「ヘルヘイムの騎士……ッ」
突き刺すような鋭い敵意。
以前に相手にした魔竜王の信仰者とは、文字通り次元が違う強さが、広い透明なトンネル状の空間を伝わって肌をビリビリと小刻みに震わす。
柄の長い巨大な戦斧、鋭く洗練された極東の太刀を此方に向ける二体の鎧騎士を警戒して、何が来ても対応できるようにソラとアリサが眦を吊り上げ前に立つ。
その後ろでは、肌に感じる敵の圧から役割を察したクロとイノリが、即座に動いてラウラの守りを固めた。
全神経を相手に向けながら、ソラは自身の中にある敵の情報を再確認する。
冥国ヘルヘイム──クロの父親ハルトを着脱不可の鎧で支配し、遺跡巡りをしているオレの親友を襲った経歴から、現状では立ち位置が明確になっている敵対勢力だ。
奴等の目的は、以前に襲撃を受けた友人達から天使の力が宿る指輪だと聞いている。
クエストで指輪を回収しているオレ達とは、自然と衝突する事になる相手。
まさか、こんな場所で会う事になるとは思いもしなかったけど、敵の狙いが指輪ならば戦う以外の道はない。
現に話し合う余地はないと言わんばかりに、敵から殺気が発せられている。
両者共に空気は破裂しそうな程に張り詰めていて、正に一触即発の状態だ。
そんな中で、いつでも戦えるように白銀に輝く魔剣を構えるソラを見ると、バトルアックスを肩に担いだ二本角の騎士が嘲笑った。
『クックックッ、最大に警戒すべき強者はレベル180の〈千之槍〉だけか。他は全員100にすら届いていない弱者ばかり、俺達の敵ではないな』
『油断するな、フィリー。姫様の話によると白銀は元第三騎士団の団長ハルトと戦い、女王の呪縛を解いたツワモノ。小娘の姿をしているからと侮れば、足元をすくわれるぞ』
『ハッ! 俺ですら一度も勝つ事が出来なかったあの化け物をあの小娘が? 冗談にしても笑えないぞリッター』
フィリーという名のバトルアックスの二本角の騎士は、此方の能力を何らかの手段で確認できるらしい。
レベルの差に油断してくれているみたいだが、一方で太刀を持っているリッターという名の一本角の騎士は言動も含めて只者じゃなさそうだ。
オレがそう思うと、サポートシステムの〈ルシフェル〉が肯定した。
〘はい、ヘルヘイムの騎士は頭部のグレートヘルムに実力を示す角があります。下級兵は五本角ですが、実力者である程にその本数は減ります〙
なるほど、つまり目の前にいる二本角と一本角は同じレベル150でも、実力に違いがあるという事か。
ルシフェルは目前の敵に集中するオレの思考に応えて、冥国の騎士に関する詳細な情報を伝えてくれる。
〘二本角は大隊の副団長クラスで、一本角になると団長クラスになります。そこから季節毎に行われるトーナメントで、一本角の強者を集めて戦わせ、団長クラスの中で更に序列を決めるのが冥国のルールです。マスターが以前に戦ったハルト様が第三騎士団のトップだったという事は、あの時の戦いは相当な手加減をされていたと予想できます〙
その意見に、ソラは同意した。
洗脳に抗いながらであの強さなのだから、全力ならばオレとクロはアリアと共に瞬殺されていた可能性は高い。
ルシフェルの情報提供に感謝しながら、ソラは長年のVR感覚で眼前の二体の力量差を感じ取った。
なるほど、確かに同じレベル150でも、二人の纏うオーラには違いがある。
バトルアックスの二本角が放つ威圧感は中々に強烈ではあるが、一本角が放つモノはそれよりも一段階上だ。
迂闊に間合いに入ったら、その瞬間に手にしている太刀で、上半身と下半身が真っ二つになる。そんなビジョンが容易に想像できる程に隙がない。
緊張感が漂う中、ソラ達の後ろで守られているラウラが、戸惑いながらも決意を宿した瞳で二人の騎士に問い掛けた。
「め、冥国が指輪を集めて、どうするのですか?」
その問いかけに答えたのは、一本角の騎士だった。
『海国の歌姫よ、貴女が指輪を求める理由を知っても詮無き事だ』
「……それは、聞いた妾が決める事です。指輪は妾の国の秘宝、目的も分からない輩に簡単に差し出せる物ではありません!」
『ほう、我が姫様からは常に女王の背に隠れている気弱な小娘と聞いていたが、中々に言うではないか』
「妾は、いずれは母に代わり歌姫となる身、いつまでも小娘ではいられないのです!」
ズンッと、大きな音と共に大戦斧が地面に叩きつけられる。
今まで黙って聞いていたフィリーが凄まじい殺気を放ち、もう我慢できないと言わんばかりに、オレ達に向かって力強い一歩を踏み出した。
『最初から要求を受け入れられるとは思ってはいない。そんな事より、そろそろおっ始めようか! 血湧き肉躍る、戦士が最も輝ける生死を賭けた戦いをッ!』
開戦の合図として、バトルアックスが眩いスキルエフェクトを放つ。
前のめりになった二本角の騎士が来ると、ソラが身構えたら蹴り上げた地面が大きく爆ぜて、敵は一つの砲弾となって飛んできた。
──アレは、バトルアックスのカテゴリーに属する突進スキル〈ソニックアクスト〉。
レベル10まで成長したスキルは、更に所有者によって強化されているらしい。クールタイム2秒という驚異的な短さで連続行使して、あっという間に彼我の距離を詰めてくる。
それはかつて自分が使用していた、ソニックターンに勝るとも劣らない高速移動だった。
『この一撃で沈むが良い、白銀の冒険者ッ!』
振り下ろされる大戦斧。
ソードガードで受け流す事を選択したオレは、タイミングを見計らって受けようとして、
「ッ!?」
振り下ろしながら、敵のスキルエフェクトの色が変化する。金色から緑色に、これは突進技をキャンセルしてからの回転二連撃〈デュアルアクス〉。
まさかのキャンセル技に驚きながらも、とっさに一撃目を辛うじて受け流すと、そこから高速回転して威力を増した二撃目が真っ向から迫る。
これは受け流す事は無理だ。大質量の力に押し負けて、受けた剣ごと叩き切られるビジョンが見える。
ならば回避しかないのだが、それは一撃目でするべきだった。今からでは威力も速度も増した二撃目に対し、間に合いそうにない。
防御も回避も不可能と判断したソラは、せめてもの足掻きとして緊急回避のソニックステップを発動しようとして──
「させないのじゃッ!」
後方から放たれた〈スナイプアロー〉が、正確に鎧で覆われた敵の眼球目掛けて空中を飛ぶ。
舌打ちをしたフィリーは、僅かに顔を傾けて回避。そこから生じた姿勢の歪みをチャンスだと思い、ソラは回避するのを中止。
魔剣を強く握って身体を捻り、下段からスイングアッパーの要領で繰り出す全力の〈レイジ・スラント〉で大戦斧を打ち返した。
「クロ、シフトだ!」
「りょーかい!」
硬直時間に入るソラの横を、名前を呼ばれたクロが突進スキル〈ソニックソード〉で駆け抜ける。
彼女は鮮やかなラベンダーカラーの剣を手に、勢いを利用した強力な刺突技〈ストライクソード〉を発動させた。
青いエフェクトと共に突き出される強力な一撃を見据えて、フィリーは地面を蹴って高く跳躍。
重い鎧を着ているクセに曲芸師のような華麗なバク転でクロの刺突技を避けたら、そこから遠心力を利用して横薙ぎの斬撃を放ってきた。
クロは驚きながらも、咄嗟にソードガードでバトルアックスの受け流しを試みる。
「クロ、受けるな避けろ!」
「うっ!?」
慌てて警告するが、手遅れだった。
途中でアックスの軌道が変化すると、受け流しを試みたクロの剣に対して垂直に叩き付けられる。
正面から受ける形になった彼女は、大質量の重みに踏み止まる事が出来ず、そのまま数メートル以上弾き飛ばされた。
しかも今の一撃で、防御スキルで強化した剣に亀裂が入った。後一撃を受けたら〈黎明の剣〉が折れるのは確実だ。
「……つ、強い」
事前にクロに防御力上昇を付与していたのに、強化された防御の上からHPが二割も減少。片膝をついたクロは驚いた顔をして、敵を見据える。
硬直が解けたオレは直ぐに戦線に復帰すると、バランス型の付与スキルを攻撃力上昇に全て変更した。
攻撃の途中で、軌道を此方の動きに合わせて変えてくる技術。加えてリーチの長い大戦斧も、遠心力と膂力で最大限にスペックを発揮している為に速度と威力が凄まじい。
底が見えない灰色の天使イヴリース程ではないが、ハッキリ言って強敵の部類だ。
これと対等に戦うには、守りを考えると地力の差で負けると考える。
真紅の光の粒子を纏うソラを見て、大戦斧の騎士フィリーは嬉しそうに笑った。
『今の攻防で脱落者が出なかったのは、正直に言って意外だった。貴様等の認識を改める必要があるな』
「そっちが油断してくれている間に、できれば倒したかったんだけどね……」
チラリとアリサを一瞥すると、彼女は此方には一切視線を向けずに正面にいる太刀を手にした騎士と睨み合っていた。
「────ッ!?」
ブワッと、全身に鳥肌が立つ。
二人が放つ闘気は桁違いに凄い。一瞬の気の緩みが死に繋がるような緊迫感で、死線を幾つも潜り抜けた相棒の武器を手に相手の出方を伺っていた。
そんな一秒にも満たない余所見に対し、大戦斧の柄が地面に叩きつけられる。
ハッとして振り向くと、フィリーが首を横に振った。
『化物同士の戦いには、手を出そうとするなよ。巻き込まれたら即リスポーンさせられるぞ』
「今攻めるチャンスだったのに、わざわざ忠告してくれるなんて優しいんだな……」
『こっちは貴様がいなくなったら、ただの消化試合になりそうだからな。俺は指輪よりも、強者達との戦いを楽しみたいんだよ』
「なるほどね、気持ちは分かる」
強敵を相手に余所見なんて、失礼な行為だったと謝罪したソラは深呼吸を一つ。
全神経を目前の敵に注ぐと、白銀の魔剣を正眼に構えた。
『白銀の剣士、我が名はヘルヘイム第七騎士団副団長フィリー!』
「オレは、付与魔術師ソラだ!」
漆黒の大戦斧と白銀に輝く魔剣を手に、二人の戦士は同時に前に出た。