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第171話「歌姫の秘密」

 あれからソラはスライムのスーちゃんを仲間に加え、二人と一匹で街の探索を終えると、ラウラのお願いで最後に街外れにある灯台に登ることになった。


「灯台か、そういえば小学の時に一回だけ登ったことがあるな」


「そうなのですか?」


「ああ、その時は夜じゃなく真っ昼間で、日差しが暑いって感想しか抱かなかったよ」


 シンとロウの三人でゲームの話しかしてなかった事を思い出して、ソラは苦笑する。


 そんな他愛のない話をしながら、スーちゃんを胸に抱いたラウラと街を出て、二人で乗ってきた船を横切り港を少しだけ歩く。


 目の前の長い階段を上がった先に、暗い夜の海と面した陸地にそびえ立つ、全長数十メートルの塔の形をしたモノが見えてきた。


 ロデー灯台という島の名前が付けられているこの建築物。


 ラウラいわく、頭頂部に設置されている大きな魔法灯は海を照らして船を導く光であると同時に、海中にいる大型モンスターが島に寄せ付かない役割を担っているらしい。


 風の姫であるアリアが持っていた魔法灯とか、建物で使われているモノはこれの小型バージョンで、魔法石が小さくなると魔物除けの効果はほとんど無くなり、ただ携帯できる明かりとしてしか使えなくなったとのこと。


 あの〈魔法灯マジックランプ〉って、灯台の技術を流用してたのか。


 感心して歩いていると、ソラ達は灯台の側に到着する。


 灯台の入り口は一箇所だけで、関係者以外が入れないように武装した二人の犬耳族の男性と女性が、片手用直剣と盾を手に扉の前で周囲を見張っていた。


 レベルは二人とも58と中々に高くて、選択されている職業は王道の騎士だ。


 ゆっくり近寄ると二人が武器を構えてオレ達に何者かと尋ねてくるので、ラウラが前に出てフードを外して身分を明かす。


 お姫様の姿を見て、ビックリした二人。

 何か面白いくらい狼狽うろたえる彼らから、ラウラの持つ王族の権限で中に入る許可を難なく貰うことが出来た。


 彼らに礼を言ってソラ達は塔に入ると、螺旋らせん状の長い階段をソラが先頭に立って上がる。


 ラウラの手を握り、足を踏み外さないように気を付けて登って、ほどなくして登頂付近に到着。


 鍵が掛かっていない扉を開けて外に出ると、転落防止の柵の向こう側には絶景が広がっていた。


「……綺麗だな」


 自然とソラの口から、そんな言葉が出た。


 灯台という、高い場所から見下ろすロデー島の街並み。


 小さな魔法灯の明かりでキラキラと星々のように輝き、現実世界の街の夜景と遜色そんしょくのない芸術的なイルミネーションのようだった。


 思わず溜息が出てしまうほどの美しさに目を奪われていると、ラウラが自慢そうに語る。


「ソラ様、綺麗ですよね。妾にこの景色を教えてくださったのは、お母様なんです」


「王妃が?」


「はい、幼い時にお父様には内緒にして二人でこっそり夜中に別荘を抜け出しては、ここで街を見下ろして甘いホットミルクをお供に、将来の殿方についてお話をしていたのです」


 アリスといい、王族の女性は恋バナが好きなんだろうかと、ソラはなんとも言えない顔をして首を傾げる。


 つまりここは、ラウラと彼女の母親しか知らない乙女の秘密の場所というわけだ。


 そんな彼女にとって、とても大切な場所に連れてきてもらえた事は、実に光栄なことである。


「……そっか、ラウラはお母さんと仲が良いんだな」


「はい、そうですね。喧嘩なんか一度もしたことがありません」


「マジか、それはすごい」


「お母様は見た目が若いですから、街の方々やメイドの方々にも、親子というよりは姉妹みたいだと言われてましたね」


「仲が良いのは良いことなんじゃないか?」


「妾もそう思います。本当に……」


 ラウラはそう言って、両腕で抱えているスーちゃんを抱き締めて口を閉ざす。


 今は顔を伏せているので、オレの見える角度からでは彼女の表情を伺う事は出来ない。


 なんだか気まずい雰囲気が、この場を支配する。


 こういう時、爽やかイケメン紳士のロウなら何か気の利いた会話でもするんだろうが、残念ながらオレはそんな会話術は習得していない。


 それにメタい話になるのだが、もしもこれがシナリオイベントならば、下手な言動は悪手にしかならない。


 故に今は黙っているのがベターだ。

 どうしようもない状況にソラは口を閉ざして、手すりに手をかけて街の景色を眺める事にする。


 しばらくそのままでいると、不意にラウラが左腕に腕を絡ませて、そっと身を寄せてくる。


 どうしたのだろうと視線を向けると、オレを上目遣いで見上げる彼女の表情からは明かりが消え、どこか沈んだ顔つきになっていた。


 胸に抱いているスーちゃんも、落ち込んでいる様子の彼女を心配して、縦線の両目の上に器用に八の字を浮かべている。


「ラウラ……?」


 明らかに何かあるという様子に、心配して声をかけると彼女は唇をギュッと噛みしめる。


 ラウラは何か決心した表情になると、おもむろに口を開いた。


「……ソラ様は〈エノシガイオス〉の港を出発した際にお母様との会話についてお聞きになられましたよね」


「ああ、君は港を出るとき確かに王妃の体の心配をしていた。もしかして病気か何かなのか?」


「いいえ、病気ではありません。アレはそういう類のものではないのです」


 病気ではない?


 でも王妃は港の責任者のリアムの船に飛び移った際に、明らかに身体に異常をきたして倒れそうになった。


 それはソラもハッキリと見ていたので間違いはない。


 身体の異常が病気ではないとするなら、残るのは呪いに掛かっていることしか思い浮かばないが。


 ソラが怪訝な顔をしていると、ラウラは一瞬だけ躊躇ためらうように視線を下に落す。


 だが彼女は決意したのか、落としていた視線を真っ直ぐ此方に向けて、自身が抱えている一つの問題を口にした。


「実は妾達、エノシガイオスの歌姫は代々その身に───〈大災害〉アスモデウスを封じているのです」


「……ッ」


 なるほど、そういうシナリオかとソラは胸の内で舌打ちした。





◆  ◆  ◆





 話は数百年前に遡る。


 当時のユグドラシル海には今よりも沢山の島国があったが、その全ては人々の負の感情から誕生した〈幻惑の大災害〉の名を冠する〈アスモデウス〉によって滅んだ。


 放置すると世界の危機にまで発展するこの事態に天使長達は立ち上がり、長い戦いの末に〈アスモデウス〉を討伐する事には成功した。


 だがこの時、一つだけ問題が生じる。


 大災害〈アスモデウス〉が消滅する際、天使長達と肩を並べて戦っていた当時の歌姫に密かに取り憑いて隠れていたらしく、今の歌姫の先々代──ラウラの曾祖母ひいばあさんの時に突如として復活。


 天使長達が魔王シャイターンに敗れて亡き後の為、今復活されては世界が再び危機に陥る。


 そう判断した先々代は、身体から出て顕現しようとする〈アスモデウス〉を歌姫の鎮める力で封印。


 そして代々〈歌姫〉の代替わりの際に歌で〈アスモデウス〉を封印ごと身体の中に引き継ぎ、これを管理する事にした。


 でも現在各地で〈大災害〉が相次いで復活しているせいか、連鎖反応を起こして〈アスモデウス〉の力が強まっている。


 ラウラの母の体調不良は、自身に封印している〈アスモデウス〉が目覚めようとしている影響で、このままだと封印が破られるのも時間の問題らしい。


 今問題解決のために考案されているのは〈アスモデウス〉の力を分割して王妃とラウラの二人で管理する事。


 その為に彼女は一刻も早く歌姫として覚醒するために、世界最強の冒険者と名高いソラに頼みに現れた。


「そっか、それならもっと早く言ってくれたらよかったのに」


「これは〈海の国〉の問題です。もしも話して、面倒事に巻き込まれるのは嫌と断られたらと思ったら……」


「ふむ、なるほど。そういう風に思われていたのか、それはちょっとだけ心外だな」


「も、申し訳ございません……」


 少しだけ意地悪っぽく言うと、しゅんとした顔をするラウラ。


 次にそんな彼女の頭に優しく触れると、ソラは優しく微笑んだ。


「うん、良いよ。話してくれてありがとう。お母さんを苦しみから開放するために、喜んで協力させてもらうよ」


「ソラ様……」


「ところで二つだけ聞きたいんだけど、その〈大災害〉アスモデウスって王妃の外に出すことはできるのか? んでもって、出すときに何かリスクはあるか?」


「え、あ……〈アスモデウス〉が出ようとしているので、出すのは簡単です。リスクは……封印する時に守りの付与をしますので、それを使えば何もないと思いますが……」


 それは良いことを聞いた、とソラは不敵な笑みを浮かべると、彼女に一つだけ提案してみた。


「別に分割して封印しなくても、倒した方が楽なんじゃないかな」


「まさか……ですが、そんな事が……ッ!?」


 オレの提案を聞いて、目を大きく見開くラウラ。

 そんな事考えたこともなかったと、言わんばかりに彼女は戸惑う。


「もちろんラウラが良ければの話だけど、どうかな?」


「出来るのなら……でも、よろしいのですか? 相手は国をいくつも滅ぼした存在、いくらソラ様が強いと言っても……」


「良いよ、それにオレ達はもう他の大災害を二体も倒してるんだ。相手が強いのは十分に理解してるし、倒せないモノじゃない事も知ってる。だから──任せてくれ」


「………ッ」


「もう、そんな顔するなよ。可愛い女の子の涙にオレは、メチャクチャ弱いんだ」


「すみません、でも嬉しくて……」


 目尻の涙を指で拭い、精一杯の笑顔を浮かべるセイレーンの姫。


 彼女の弱々しい笑顔に、やれやれと後ろ髪をきながら、オレは胸の内で少女と母親の未来を守るために戦う決意を宿した。

 

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