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第153話「白銀の登校」

 早朝の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み、見慣れた住宅街の通りを歩きながら、気を引き締める。


 この姿になってから、いつも外に出る時にパーカーのフードで隠していた白銀の髪。今は一切隠す事なくさらけ出しているので、朝の陽光を受けてキラキラと輝いている。


 なんで隠さないのか問われると、もう隠す意味が無い事と、今の自分の姿を受け入れなければいけないから。


 幸か不幸か朝の〈ルシフェル〉騒動のおかげで、胸の中にあった学校に行く事に対する緊張感は、今は少しだけ薄れていた。


 そういった意味で考えるのならば、スマートフォンが喋るようになった件について、オレは心の中で感謝しなければいけないだろう(破壊できなかったのは残念だが)。


 ちなみに彼女?の扱いとしては、無闇に外で喋られるとパニックが起きそうな気がするので、無線のイヤホンと接続してオレにしか声が聞こえないようにした。


 本人にも、蒼空達以外には話しかけないようにしっかり注意しているので、大丈夫だと信じたいところ。


 この〈ルシフェル〉の一件で時間をそこそこ浪費してしまったので、とりあえず一段落するとオレ達は学校に向かう事にした。


 黎乃くろのは詩乃と先に車で学校に行き、詩織は中学の女友達と待ち合わせしているからと、家を出てから少し歩いた所で別れた。


 一人になった蒼空は、周囲の道行く人達の驚く視線を無視しながら、親友達といつも待ち合わせしている公園に向かっている。


 歩き慣れたはずの道も、人の視線があると実に落ち着かないものだ。


 数分くらい歩いて到着したら、真司と志郎は既に公園の入口付近で待っていて、何やら真剣な顔で話をしている様子だった。


 蒼空は少しでも男らしく見せる為に、カバンを片手で持ち上げて肩に担ぐと、自然になるようにつとめて挨拶をする。


「………お、おはよう。二人とも」


「ああ、蒼空か、おはよう」

  

「おはようございます、蒼空」


 少しぎこちない挨拶に対して、いつもの調子で軽く挨拶を返してくれる二人。


 学校に向かう前にオレは、左耳にさしている無線のイヤホンの電源を切り、次にスマートフォンを取り出す。


 周囲に誰もいない事を確認してから、蒼空は喋るスマートフォンと化した〈ルシフェル〉の事を彼等に紹介した。


〘はじめまして、サポートシステムの〈ルシフェル〉と申します。以後お見知りおきを、高宮たかみや様、上月こうづき様〙


「は? なんだこれは」


「まさか、以前に話してたゲーム内のサポートシステムAIですか!?」


 喋るスマートフォンに対してびっくりした親友達は、それを手にする蒼空と液晶画面を交互に見る。


 次に彼らに事の経緯を説明してあげると、二人とも眉間にシワを寄せて、最後に深いため息を吐いた。


「まったく、リアルでも歩くユニークイベント発生装置になってないかおまえ」


「何かあったらすぐに連絡してください。ボクと真司が走って駆けつけますから」


 歩くユニークイベント発生装置。


 まさにおっしゃる通りなので、オレはぐうの音も出す事が出来ない。

 肩をすくめて見せると、親友の二人は続けて蒼空に対して、こう告げた。


「ああ、それとな。さっき二人で今後どうするか話をしてたんだが、蒼空にも気をつけてもらおうと思ってる事が一つだけあるんだ」


「とても大切な事なので、しっかり聞いて下さい」


「な、なんだよ。急に二人して真剣な顔して……」


 少しビビりながら、身構える。

 真司と志郎は、蒼空に対して声を揃えて言った。


「怪しい奴が近寄ってきたら逃げろよ」


「怪しい人が近寄ってきたら逃げて下さい」


 全く同時に同じ事を口にした二人に、少しだけ思考が停止した後、蒼空は心の底から呆れた顔をする。


「お前等は、オレの保護者か何かか?」


 思わずツッコミを入れる蒼空に対して、二人のイケメン少年達は実に凛々しい顔つきで答えた。


「俺達は親友であり保護者だ」


「リアルの蒼空は、ゲームの中と違って意外と隙だらけですからね。これくらいは気をつけないといけません」


「よーし、お前等の覚悟はしっかりと受け取った。〈決闘デュエル〉申請してやるから、二人まとめて掛かってこい!」


「バカおまえ、リアルでスキルを全て使える奴に勝てるわけ無いだろ!」


「断言しましょう、いくらボク達でも秒殺される自信があります!」


 そんなくだらないやり取りをしていると、手にしているスマートフォンの〈ルシフェル〉から〘学校は大丈夫ですか?〙と指摘を受ける三人。


 無言になってそれぞれ時間を確認したら、現在の時刻が8時前で中々にヤバい状況だと気がつく。


 声に出すまでもない、蒼空達は走り出した。




◆  ◆  ◆





 ふざけるのをやめて、学校に向かう事にした蒼空達。歩くと間に合わなそうだったので、小走りで向かう。


 そしてしばらくすると、遠くに見慣れた校門が見えてくる。


 道中で蒼空は歩く学生達を後ろから追い抜く度に、


「は? あれってまさか……」


「〈アストラルオンライン〉の白銀か!?」


「ウソでしょ、何でうちの学校の制服着てるの!?」


「ヤバいヤバいヤバいSNSで呟かなきゃ!」


 白銀の冒険者は、何度もテレビで報じられていた正体不明の人物だ。


 その知名度は世界中で知らない者はいない程なのに、素性に関しては全てが謎とされていた。


 そんな人物が現実に目の前に現れて、オマケに同じ学校の制服を着ていたら、注目されるのは当たり前の事だと思う。


 景色と共に、喧騒けんそうを後ろに置き去りにしながら走る蒼空。


 すると無線のイヤホンで接続しているスマートフォンから〈ルシフェル〉が一つだけ指摘した。


〘マスター、心拍数がやや上昇していますが大丈夫でしょうか〙


 走ってるからね!


 口に出して返事をするわけにはいかないので、心の中で蒼空は答える。


 だが〈アストラルオンライン〉の中にいる時と違い、彼女はオレの中に居るわけではないようだ。


 視界の共有とバイタルチェックはされているみたいだが、いつものように頭の中に声は聞こえないし、スマートフォンから反応も帰ってこない。


 心の声が聞こえないのは一番助かる、そう思いながら蒼空は、真司と志郎と共に校門を通り、




 ───そして沢山の視線が、一斉に姿を現したオレに集中した。




 既にスマートフォンのライブチャットアプリやSNSで、白銀の髪の男子制服を着た人物の話は、殆どの生徒達に広まっていたのだろう。


 校門を通った先で上條蒼空を待っていたのは、尊敬、好奇心、畏怖等の様々な感情が込められた数え切れない程の視線。


 それが容赦なく、一人の人物に浴びせられる。


 ………まぁ、こうなるよな。


 有名な芸能人ってこんな感じなのかな、と心の中で思う。

 だけどそうなろう、なりたいと思った者達とは違い。

 オレは望んでいないのに、この姿に変えられた。


 夏休みが始まる前とは、完全に変わってしまった景色の一つに、蒼空はどこか悲しさを感じてしまう。


 立ち止まる彼の姿に、隣に並び立つ二人の親友が、無言で軽く肩を叩いて歩き出す。


 その背中からは、何となくだけど自分達がいるから大丈夫だ、というメッセージを読み取ることが出来た。


 まったく、おまえらは。


 少しだけ挫けそうになったが、友の力を借りて、変わってしまった日常を受け入れる。


 白銀の少女となった少年は、全ての視線を一身に受けながら、しっかりと前を向いて先を歩く親友の後に続いた。


 こんなプレッシャー〈大災害〉と戦うのと比べたら微々たるものだと、己に言い聞かせながら。


 凛と立つ白銀の冒険者の圧倒的な風格に、進路上にいた全ての生徒達が道を開ける。


 彼らが開けた道を突き進んで校舎に入り、下駄箱で靴を履き替えて、二人と一緒に自分の教室まで向かう。


 途中で何度も勇気を出して話しかけようとする学生達がいたけど、オレが視線を向けるとその者達は硬直して、そこから進んでこようとはしなかった。


 沢山の人達に見られながら、遂に自分の教室までやって来ると、蒼空は真司と志郎と一緒に中に入る。


 見慣れたクラスメート達が、驚いた顔をしてオレを見た。

 かつて同じクラスメートとして受け入れられていた視線は、そこにはない。


 蒼空は彼らの視線を苦々しく思いながら歩を進め、自分の机がある外側の一番後ろの席に到着。


 椅子には座らず、己に割り当てられている机に左手で触れて、最初に「おはよう」と皆に挨拶を一つ。


 静まり返る教室。


 いつもの談笑する姿は、そこには無い。


 クラスメート達は緊張した顔をして、世界の英雄である白銀の冒険者の言葉を待つ。


 蒼空は彼等と向き合い、


「信じられないと思うけど、キミ達に一つだけ聞いて欲しいんだ」


 以前とは全く違う少女の声で、腹の底から絞り出すように声を出す。


 何も知らないクラスメート達に、オレは自身の正体を明かした。



「オレは〈アストラルオンライン〉の魔王の呪いで、この姿に変えられた上條蒼空だ」


 

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