第145話「少年の本音」
日本人の特徴である黒髪黒目に、180センチ程の高身長で、どこか大人びた雰囲気の在る少年の名は真司。
彼は去年と同じように、半袖のTシャツと七分丈のパンツというラフな格好である。
更に自分を挟んで、反対側に腰掛けているのは、天然の茶髪に黒目の爽やかなイケメン少年の志郎。
好みの青色をベースにしたジンベエを身に纏っていて、その姿はモデルかアイドルのような印象を相手に与える。
彼らは、無言で蒼空の言葉を待つ。
変化が何もないというのは嘘で。
本当は呪いを受けた夏休み初日に、銀髪碧眼の少女になったんだ。
たったそれだけを伝えるだけなのに、口を開いて言おうとすると、極度の緊張で言葉が出てこなくなる。
それでも最初は、自分から言わなければいけないと思ったのだが。
頭の中が真っ白になり、何を言ったら良いのか分からなくなる。
額にびっしり浮かんだ汗が、蒼空の頬を伝わり手の甲に落ちた。
……ダメだ、何も言えない。
ゲームではあんなにも無双しているというのに、現実で親友に真実を教えるのに、こんなにも手間取ることになるなんて。
そんな蒼空の様子に、昔同じように悩み苦しんでベンチに座った少年達は、全く同時に彼の肩に軽く手を置いた。
最初に口を開いたのは、真司だった。
「無理すんな。小鳥遊ちゃんじゃない事は、様子を見て一目で分かった。どうしてその姿になったのかは………まぁ、おまえが夏休みに入ってから露骨に接触を避けるようになった事から、ある程度は志郎と予想していたよ」
真司の言葉に頷くと、視線を向けられた志郎が困った顔をして後ろ髪を掻いた。
「分かりますよ。だって蒼空は、困ったときに視線をそらす癖があるんですから。
最初にVR緊急会議をした時なんですけど、性転換について触れた時に視線が一瞬ですがボク達から逸れました。アレで大体の事情は察しました」
「ま、色々と講釈を垂れたわけなんだけど、一番の理由としてはアレだな」
「蒼空が、無理をしているように見えましたからね」
顔を見合わせて、親友達は苦笑する。
……そうか、バレていたのか。
と思った後、改めて冷静に今までの自分の行動を振り返り、余りにも露骨すぎてバレバレだよなと自嘲気味に笑った。
今までちゃんと連絡していた親友が、チャットアプリとVRチャット以外で、全く接触してこなくなったら変だと思うのは当たり前である。
つまりこの一ヶ月間、親友達は知っていたけど、あえて黙ってくれていたのだ。
臆病になっていたオレと違って。
彼らは知っていたけど、蒼空の方から話を切り出してくれるまで、ずっと待ってくれていた。
その事がとても申し訳なくて。
臆病になっていた自分のことが情けなくて。
張り裂けそうな思いに胸が一杯になり、蒼空の涙腺が緩んで涙が浮かぶ。
耐えられなくなって両手で顔を覆い隠す元少年の痛々しい姿に、親友達は苦言を呈した。
「まったく、大体おまえは我慢し過ぎなんだよ」
「イリヤさんの件もそうですね。何でもかんでも一人で抱えようとする。昔から蒼空の悪い癖です」
「確かにおまえは一番強いさ。今の〈アストラルオンライン〉で正面からマトモな戦いが出来るのは、詩乃さんくらいだろう」
「でも一人で抱えた結果、今回一週間も寝込む事になったわけですから。親友として、そろそろボク達でも怒りますよ?」
「ま、蒼空らしい行動ではあるんだけどな、志郎」
「そうですね、真司。そこは同意します」
黙る蒼空の代わりに、二人だけで会話のやり取りをすると、そこで彼らは口を閉ざした。
しばらく沈黙が、この場を支配する。
真司と志郎は肩をすくめると、会話が聞こえない距離にいる黎乃達を一瞥。
傷つけないように優しく柔らかい物腰で、先程から黙りこくる蒼空に最後の一押しをした。
「あのさ、言いたいことがあるなら聞いてやるぞ」
「そうですね。言うだけ聞くだけならただですから」
「………ッ」
その一押しをキッカケにして、蒼空は震える唇で先ず謝罪した。
銀髪碧眼の少女になった事を、二人に黙っていた事を。
すぐに打ち明けられなかった事を。
親友なのに、臆病な心のせいで信じることが出来なかった事を。
「ごめん、おれは……しんゆ、なのに……ッ」
「ああ、良いよ。俺は許す」
「ええ、僕も許します」
「しんじ、しろう……っ」
許しを得て、涙を流す蒼空。
祭りの始まりを告げる空砲の音を聞きながら、三人は少しの時間そのままでいた。
するとしばらくして、左右から蒼空の小さな頭を二人が軽く小突く。
蒼空が顔をゆっくりと上げると、そこにはベンチから立ち上がり、正面に向かい合う真司と志郎の姿が。
彼らも、とても辛そうな顔をしていた。
なんで、と思う蒼空に。
二人の親友は言った。
「それで、おまえは平気なのか?」
真司が問いかけ。
「親友のよしみです。出血大サービスで弱音の一つくらいなら、聞いてあげますよ」
志郎が促す。
「オレは………」
彼等は知っている。
親友であるが故に、蒼空がどういう少年なのかを。
そうなのだ。
蒼空は〈アストラルオンライン〉で強い姿ばかり見せてきたが、これまで一度も本当の“弱音”を黎乃達に対して口にした事がない。
それは彼が強い姿を見せる事で、周りの親しい人達の寄る辺となる為であり。
そして何よりも、守るべき黎乃や詩織達に対して、弱い自分を見せたくないから。
最強であるが故に少年が、心の底に閉じ込めている事があるのを知っている真司と志郎。
だからこそ男同士であり、かつて並び立った者として親友にそう言った。
少年であった白銀の少女は、黎乃達に聞こえないように、心の奥底に封印していた嘆きを口にする。
「辛いよ……本当は、女の体になったのが……辛くて、辛くてたまらないんだ……」
絶対に勝てない戦いに負けて、呪いだなんだで性別と姿形を変えられて、例えどんなチートな能力を得られたとしても、殆ど別人のような身体で生きていかないといけないなんて、とてもじゃないが受け入れられない。
なんで自分なんだよ。
ふざけるなよ。
おかしいだろ。
英雄になんて、別になりたくてなったわけじゃない。
最強と呼ばれる程に強くなったのも、その根底にあるのは〈アストラルオンライン〉をクリアして、元の体に戻りたいからだ。
服装を男装にしているのも。
女の子の服装をしないのも。
少しでもこの体に対する違和感を消さない為の、自分の必死の抵抗である。
辛い、苦しい、元に戻してほしい。
今までせき止めていた銀髪碧眼の少女の嘆きを、誰にも言えなかった友の心の底からの叫びを、二人の親友は黙って受け止めた。
しばらくして、胸に溜め込んでいた全てを吐き出し終えると、丁度開始の空砲が止まって辺りを沈黙が支配する。
見ているだけで、胸が張り裂けそうになる蒼空の痛々しい姿に、彼を絶対に守ると決めた二人の親友は礼を言った。
「……聞かせてくれてありがとう、蒼空」
「ありがとうございます、蒼空。貴方の思いはしっかりと受け止めました。現実ではそれを踏まえて、今後はしっかりとボクと真司がサポートさせて頂きます」
「なんせ、このゲームを一緒にやろうと誘ったのは俺達だからな。俺と志郎には、蒼空がこうなった責任がある」
「結果論で言えばそうですね。まぁ、まさかこんな事になるなんて思いもしませんでしたが」
「そうだな……」
自責の念に志郎が苦々しい顔をすると、真司も深いため息混じりに同意する。
言いたいことを言って、ようやく落ち着いた蒼空は赤く晴れた両目の涙を拭い去り、ベンチから立ち上がった。
「……うん、ありがとう。言ったら少しすっきりしたよ」
「それは何よりだ」
「ボク達は、親友ですからね」
「そうだな。おまえ等は最高の親友だよ」
二人の言葉に頷いて、蒼空は満面の笑顔を浮かべる。
その笑顔につい見とれてしまった二人は、顔を少しだけ赤く染めて。
あまり人前でソレを見せないように言って、銀髪碧眼の少女の小首を傾げさせた。