第137話「竜の庭園の決戦①」
漆黒の竜は〈火之天使〉モードとなったシンが放った、真上から発生させた極大の爆裂魔術を受けて、ファフニール王城の目の前にある広大な庭園の中央にピンポイントで墜落する。
衝撃はかなり強く、身構えていたにも関わらず、危うく何人かズッコケそうになり〈転倒〉状態になる所だった。
この〈転倒〉状態になると、30秒間は起き上がれなくなるので、実は一番気をつけないといけない。
揺れる地面の上でコケないように片膝をつき、ソラは目の前のレイドボスを見据える。
現段階で間違いなく最大火力の魔術を受けた〈魔竜王〉は、高所からの落下ダメージと合わせて、3本あるHPの内1本を6割ほど減らしていた。
背中からは黒い煙が立ち昇っており、これをやったのはオマエ達かと言わんばかりに、金色の双眸で周囲にいるオレ達を警戒して身構えている。
欲を言うのならば、一本分くらいはHPが消し飛んで欲しかったけど、アレは弱点を突いた攻撃ではなかったので、それは高望みというものか。
今は6割も削れた事に対して、素直に感謝しておこう。
漆黒の鎧のようなウロコに覆われた巨竜は、ゆっくりとその巨大な身体を起こす。
フォルムとしては、漫画やアニメなんかで良く見かける筋肉質な手足の付いたお手本のようなドラゴンで、背中には巨大な二枚一対のコウモリみたいな翼が生えている。
と言っても見たところ翼は〈エクスプロージョン・ノヴァ〉によってボロボロになっていて、あの様子では恐らくは飛べないだろう。
続いてレベル2の〈洞察〉スキルが暴く敵のレベルは【100】ピッタリ。
属性は当然ながらマップの特性に合わせた火属性で、弱点属性は水。
敵の正式な名前は、大災害の一柱にして魔竜の王。
その名は〈プライド・ベリアル・キングドラッヘ〉。
遥か昔、天使長によって打ち倒された神話の〈火竜〉から生まれた闇の竜王。
己こそが最強であるという火竜の〈傲慢〉を受け継いだ、世界に牙を剥く七つの大災害の一柱。
魔竜はスキルではない、ただの大きな咆哮をすると、何もない空間から刃と柄しかない一本の無骨な黒い大鎌をゆっくりと取り出した。
「おいおい、あの図体で武器を使うのかよ!」
「あの形状、まさか大鎌カテゴリーか!?」
息を呑み、固まる騎士隊のメンバー達を見て、シノが直様に喝を入れた。
「狼狽えるな! 巨大モンスターが武器を使うのは以前に戦った〈リヴァイアサン・ジェネラル〉で経験済だ。冷静に戦えば対処できない要素ではない!」
「了解です、団長!」
「りょ、了解した!」
緊張した面持ちで、シノの言葉に頷く〈ヘルアンドヘブン〉と〈宵闇の狩人〉の団員達。
相変わらず士気を維持するのが上手いな、と思いながら見ていたソラも、深呼吸を一つだけする。
初見のボスモンスターが手にした大鎌は予想外ではあったが、取り敢えずシンの魔術によって、予定通りに庭園に落とす事には成功した。
周囲に展開しているのは6人編成の壁役の騎士が4部隊に、メインアタッカーとして選抜された魔術師を中心とした冒険者達が合計で3部隊ほど。
そして今回、初参戦となる助っ人が一人。
敵のレベルとサイズから考えるに、精鋭43人というメンバーで挑むのは戦力的に申し分ない。
騎士には〈防御力上昇Ⅴ〉を全付与。
魔術師には〈攻撃力上昇Ⅴ〉を全付与。
他のメンバーには〈水属性Ⅴ〉〈攻撃力上昇Ⅴ〉〈防御力上昇Ⅴ〉〈速度上昇Ⅴ〉〈跳躍力上昇Ⅴ〉の贅沢5種類セットを付与する。
戦闘準備を終えたソラ達に、ベリアルは「行くぞ」と言わんばかりに右足で地面を強く踏みしめ、大鎌を構えて駆け出した。
「来るぞ!」
シノが大声で合図を出して、先ずは打ち合わせをした通りに騎士のA隊が前に出る。
敵のヘイトを自身に向けさせる〈挑発〉と一度受けるダメージを半減にする〈ファランクス〉を同時に展開。
しかし接敵するかと思いきや、敵は〈挑発〉を受けたというのにA隊を避けて完全にスルー。
そのまま一直線に此方に向かってくるのを見て、シンが引き攣った顔をした。
「──って、やっぱり俺を狙ってくるよな!?」
これもある程度は、予想通りの展開。
自身を大魔術で叩き落とし、更には3本ある内の1本のHPを半分以上削ったシンのヘイトは、この場にいる者の中で間違いなく一番高い。
オマケに天使のスキルによって、上級のさらなる上の戦略級魔術を使った反動で、彼は一定時間の硬直時間を強いられている。
先程から魔法を放った反動で脱力しているシンの様子を見るからに、まだ硬直時間は終わりそうにない。
「シン、硬直時間は後どのくらいで解除される?」
「えっと、後500秒くらいだな」
その間シンは、身動きが取れない上に何もできない。正に置物状態だ。
騎士隊で守ることも可能だが、動けない対象物を守るには、余りにも敵の情報が未知数すぎる。
というわけでオレ達が選んだ道は。
「アタシの出番ねぇ!」
世にも珍しいスーツの防衣を身に纏った、筋肉質なニューハーフのオネエサンが嬉しそうに現れると、ぐったりしているシンを担いだ。
彼の名前は、エマ。
シノがリーダーをしているプロゲーマーチーム〈戦乙女〉に所属しているカウンセラー兼プロゲーマーであり、この度アメリカから遅れて引っ越してきたらしい。
「うへぇ、抱えられるなら綺麗なお姉さんが良かったぜ……」
「もう、失礼なイケメン君ね。そんなイケナイ事を言うと、硬直時間が終わるまで頬ずりしちゃうわよ」
「あ、はいスミマセンでした。謝りますから、それだけはユルシテクダサイ」
全身に鳥肌を立てて、小刻みに震えながらシンは許しを請う。
因みにプレイヤーキャラクターを抱える事は誰にでも出来るが、そこから運ぶとなると積載量に加算されて、大抵は一歩も身動きが取れなくなる。
エマが軽装備とはいえ、シンを軽々持ち歩けるのは、彼女が最近発見されたEX職業の〈運び屋〉をメインに設定しているからだ。
〈運び屋〉とは、文字通り物を運ぶ職業。
シノ達が〈魔竜王〉の信仰者の拠点をいくつか攻め落とす際に、ミスをして〈スタン〉等で戦闘不能になった者を避難させるのに活躍した事から、今回のレイドバトルでも起用する事になったらしい。
「大鎌スキルの突進横薙ぎが来るぞ! 全員回避!」
大きく振り被った大鎌が、横に一閃される。
姿勢を低くして回避する者達が多い中で、シンを抱えたエマは素早いバックステップで紙一重で躱して見せる。
そんな中で、他の者と違い跳躍で回避していたソラは、空中を舞い青い光を刃から解き放つ。
「ハァッ!」
水平二連撃の〈アイス・デュアルネイルⅤ〉が、巨竜の脇腹を深く切り裂いた。
HPが1割ほど削れて、地面に着地すると地面を疾走するシノが腰に下げてる刀を抜刀。
神速の居合斬りが、ソラが切り裂いた反対側の脇腹に大きな線を刻み込む。
『グルァァァッ!』
一気にHPを2割削られた〈ベリアル〉は、それでも標的をシンから変えずに、今度は大きく空気を吸い込む動作をする。
アレはブレス攻撃の予備動作。
標的は勿論、動けないシンを抱えたエマだ。
ソラ達が慌ててディレイを試みようとするが、空気を吸い込む動作の次には、口を大きく開いて極大の炎を吐き出した。
「エマさん!」
「わかってるわん!」
走るエマは、真っ直ぐに一本の大きな大木の後ろに隠れる。
普通なら木とかは、炎のブレスを受ければ一発で燃え尽きてしまう上に、隠れた者も無事では済まない。
だが彼女が隠れた木は、普通の木ではない。
皆が見ている目の前で、木の後ろに逃げたエマとシンを、見えなくする程の炎が覆い隠す。
炎の勢いが弱まり、消失したその場には。
なんと、天敵である炎の直撃を受けた大木が、無傷でその場にあった。
「鬼に金棒、ドラゴンに炎の息吹。何もない空間でひたすらブレス攻撃されたら、オレ達もヤバかったけど、この庭園なら話は別だ」
ここに生えている大木や草や花は、マグマを養分にする〈リフラクトリィの花〉を〈風の精霊〉が品種改良したモノ達。
効果は全ての火属性を、完全に無効化する特性を持っている。
ソラは不敵な笑みを浮かべると、シンとエマが無傷な事に困惑する〈魔竜王〉に告げた。
「魔竜王ベリアル。ここでおまえのブレスは、オレ達には一切通じないぞ」