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第133話「金色の巫女」


 〈魔竜王〉の信仰者による襲撃は、シノがソラよりも早く対応に動いて、シオと共に冒険者達の指揮を取ることで、国民に被害を出さずに撃退することに成功した。


 敵のボスっぽいのと戦い、討ち取ったシノがやって来たので聞いてみると、どうやら竜王から国内に潜んでいる信仰者を調査するクエストを受けていたらしい。 


 それで祭りのどこかで信仰者による襲撃がある事を知っていた彼女は、迎撃するために事前に仲間に知らせて準備をしていた。


 オレ達に知らせなかったのは、屋台対決に集中できるように配慮したからとの事。


 クエストを終えた段階で説明しなかった結果、このような事態になってしまった事をシノは謝罪した。


「すまない、ソラ。まさかあのようなイレギュラーが出てくるとは……」


「なんで謝るんだよ。師匠は何も悪くない。悪いのは、スキルで事前に敵が来るって分かっていたのに、直ぐにアリス達を守りに動かなかったオレだよ」


 この未曾有みぞうの大事件で被害が出たのは、灰色の少女の一撃を背中に受けたアリスだけである。


 下手に動かすのは不味いという判断で、取りあえず硬い床ではなく、マットのような物の上に寝かす形になった。


 その傍らでは、彼女が身をていして守った少女が、涙を流してアリスの右手をギュッと握っている。


「お、おねぇちゃん……」


 床にうつ伏せに寝かせたアリスに、城のお抱えである僧侶の女性が、一本1万エルはする即時効果のあるポーションを飲ませる。


 しかし通常ならば、即座に全回復するはずのポーションの効果が発揮されない。


 オマケに微量ずつだが、減り続けるアリスのHPに、周囲の者は険しい顔をした。


「これは、まさか呪い……」


「悪いけど、退いてくれ。〈洞察〉スキルを持ってるオレが視たら、何か分かるかも知れない」


「ソラ様、姫様をお願いします」


「ああ、任せてくれ」


 応えて、アリスの側にしゃがんでいた女性は場所を空ける。


 ソラは苦しそうな顔をしているアリスの顔を見ると、レベル2の〈洞察〉スキルを発動させた。


 すると恐るべき事が分かる。


 アリスのHPの下に追加されているドクロのマークは〈ライフイーター〉というデバフらしい。


 効果は傷を与えた対象に回復不可と、HPが0になるまで60秒毎に10ものスリップダメージを永続的に与える、最上位の呪いだ。


 解呪する方法は一つだけ。


 〈大司祭ハイプリースト〉が取得できるレベル1以上の〈カース・リベレイション〉しか、この呪いを解くことは出来ない。


「すみません、この国に〈大司祭〉はいますか?」


「……〈大司祭〉クラスは、王都ユグドラシルと、光の国にしかいません……ッ」


 ソラの質問に、僧侶の女性はアリスの置かれている状況を察したのだろう。


 泣きそうな顔をして、振り絞るように答えた。


 周囲の臣下と国王オッテルの表情が「なんて事だ……」と絶望に染まる。


 そんな中で、ソラは再度状況を整理した。


 アリスの呪いを解く方法は、普通ならば〈大司祭〉のスキル以外では解くことはできない。


 となれば、現状の手持ちでは最後の切り札であるアレを使うしかない。


 そう思っていると、舞台の周りで事の成り行きを見守っていた国民の一部から、こんな言葉が出てきた。


「〈魔竜王〉が復活する上に姫様が命を落とすかも知れないなんて、やっぱり忌み子が現れたからなんじゃ……」


「そ、そうだ! 忌み子が現れてから、この国は色々とトラブルが増えたんだ!」


「四つの街でもドラゴンに襲われたり、スケルトンが出現して被害が出てる! これも全ては、あの忌み子のせいに決まってる!」


 投じられた一石が起こした波紋。


 それは瞬く間に全体に広がり、民衆の大きな負の感情は、何の罪も無い一人の幼い子供に向けられようとしていた。


「忌み子を火山に捧げれば、全て丸く収まるんじゃないか!?」


「そうだ、忌み子を〈魔竜王〉の生贄に捧げよう!」


「忌み子を生贄に!」


「忌み子を殺せ!」


 無知で浅はかな人の姿、それの何とも醜い事か。


 彼等は罪なき幼き子供に全てを押し付けて、迫る危機から助かろうとしているのだ。


 コイツ等……ッ


 イラッとしたソラを含む、この場にいる多くの冒険者達が、剣呑な雰囲気を纏う。


 彼等は屋台でサタナスと触れ合い、彼女がとても無垢で純粋な存在である事を知っている。


 けして、忌み子なんかではない。


 民衆共が動けば取り押さえる覚悟を持って、冒険者達は心の中で身構える。


 このままでは〈ヘファイストス王国〉の国民達と冒険者達の全面衝突が起きるだろう。


 もしもそんな事になれば、この状況が更に悪い方向に流れる可能性があった。


 それを危惧した国王オッテルが不味いと思い、この場にいる全ての者に静止の声を上げようとする。


 するとこの騒ぎの中、杖で地面を強く突いたような音が、その場にいる全員の耳に届く。




「静まりなさい」




 続けて聞こえたのは、穏やかで優しい声。


 その声が聞こえた方角に全ての視線が向けられると、舞台の上に一人の少女が上がって来た。


 背中まで伸ばした、直毛の綺麗な金色の髪。


 少しタレ気味の穏やかな碧色の瞳。


 顔立ちは整っていて、見た目から推測するに年齢は、恐らく高校生くらいだろう。


 日本武士を思わせる着物の防衣を身に纏う少女は、左手に錫杖しゃくじょうを持ち、腰には一振りの日本刀を下げていた。


 〈ヘファイストス王国〉の国民達は、彼女の纏う強くも優しい雰囲気に呑まれて。


 その姿を見た、全ての歴戦のVRゲーマー達は、驚きのあまりその場で硬直した。


「金色の巫女様……」


 竜王オッテルが震える声で呟き、その場に両膝を着く。


 そして彼女の事を知っているソラは、小さな声で名前を口にした。


「イリヤ……」


 ソラの呼び掛けに、少女は答えない。


 全ての視線を一身に受けながら彼女はアリスの側まで歩み寄ると、泣きじゃくるサタナスに優しく微笑み、右手をそっとかざす。


「命をむしばむ呪いよ、消え去りなさい──〈カース・リベレイション〉」


 温かい光が手のひらから放たれ、アリスの体を照らすと、彼女の身体の中にある真っ黒な煙を弾き出して霧散させる。


 その現象を見た竜の女性が、慌てて先程と同じポーションが入った瓶を取り出して、サタナスに「これを姫様に!」と言って手渡す。


 サタナスは受け取り、蓋を開けると中身をアリスにそっと飲ませた。


 すると瀕死だった少女のHPが、ソラ達の目の前で最大まで回復する。


 真っ青で苦しそう顔が、穏やかな寝顔になるとイリヤは背を向けて、罪のない幼き子供を守る為に竜人達と向き合った。


「皆さんは、何で〈竜王祭〉が毎年開かれるのか、その意味は知っていますか?」


 何でそんな当たり前の事を聞くのか、とこの国に住んでいる彼等は疑問に思う。


 そんな中でイリヤの意図に気づいたソラは立ち上がり、彼女の問を“わざと言葉にして答えた”。


「次の一年も無事に過ごせるように〈竜結晶〉に力を与える為に開かれる儀式だと、オレは竜王から聞いている」


 ソラの言葉に対して、イリヤは否定するように首を横に振った。


「それだけじゃありません。そこには一つの思いと願いが、込められているんです」


「思いと願い……」


 イリヤは視線をソラから外し、自分を黙って見つめる〈ヘファイストス王国〉の国民達に向けると、力を込めて叫んだ。


「この祭りは、生者が明日を生きるために、世界に感謝と願いを込めて行うモノです!」


 明日という言葉には、未来という意味もあり、それを担うのは他でもない子供達である。


 つまり子供とは“未来の象徴”。


 忌み子だからとたった一人の子供を非難して、排除した明日に、果たして何の価値があるのかと。


 言葉に思いを乗せて叫ぶ彼女は、最後にこう問いかけた。




「私は〈白虹はっこうの騎士団〉の巫女として問い掛けます。この子を犠牲にして、例え明日を得ることが出来たとして、アナタ達は胸を張って生きることができますか?」




 イリヤの言葉に、冒険者の一人が即座に大きな声で「否!」と答えた。


 その一言を起爆剤として、全ての冒険者達がイリヤの言葉に同調する。


 すると異端扱いされるのを恐れて、発言できなかった竜人族の人達が一人ずつ勇気を出して「あの子供を排除するのは間違ってる」と大声で叫んだ。


 波は一気に広がり、あっという間に形勢は好転していく。


 この場を支配していた負の感情が消え去ると、イリヤは振り返り苦笑をして。


 久しぶりだね、と笑った。


 

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[良い点] この章をありがとう [一言] イリヤヤヤ...(╥﹏╥)
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