第107話「ヤツ再び登場」
神里高等学校は、上條家から30分ほど歩いたところにある。
規模としては普通の高校よりも一回り大きいくらいで、校舎や体育館にはこれといって特別なものは何もない。
ただ学校を運営する上の人達が、3年前からスポーツだけでなく、VRスポーツ科と芸能科にやたら力を入れているらしい。
廊下を歩けば、その分野を受講している中々に濃い人達や、綺麗な人達を見ることができる。
夏休みに入る前の終業式では、大会で3位に入ったVRFPSチームとか、ドラマ出演した少女が壇上に上がって表彰されていた。
特に少女の方は今日本でそれなりに注目されているタレントらしく、テレビ局やら何やらが沢山来ていた気がする。
確か名前は水無月礼夢。
オレと同い年で、よくクラスの男子達がかわいいと話題にしていたから、名前だけは知っていた。
彼女ほどではないが、今は目立つ姿になってしまったオレは有名人って大変なんだろうなぁ、と思いながら遂に神里学園に到着した。
「……学校に来るの久しぶりだなぁ」
いつものラフな格好にパーカーを羽織り、フードで目立つ銀髪を封印した蒼空は、注意深く周囲を警戒しながら大きな校門に歩み寄る。
何が悲しくてこんなにもコソコソしないといけないのか、我ながら情けなく思う。
しかし今のオレは黒髪の平凡な少年ではなく銀髪碧眼の美少女、こんな姿を可愛い女の子に目がないクラスメートの男子と女子達に見られたら、面倒なことになるのは間違いない。
だから精一杯誰かの目に止まらないように、周囲を最大限に警戒しながら門まで接近すると。
「怪しい不審者は逮捕だ!」
「うひゃ!?」
後ろから脇に手を通されて、軽々と持ち上げられて変な悲鳴を上げてしまう。
な、なにごと!?
警戒していたオレの背後を取り、尚且このような羞恥プレイをするとは中々の手練だ。
蒼空の顔は耳まで赤く染まり、恥ずかしい気持ちとか困惑とか色々な感情が入り混じって、カオスな状況に陥った。
持ち上げた人物は怪力なのか、そのままクルリと簡単にオレを回転させると、視線が合うように正面を向かせる。
そこでリアルステータス異常〈混乱〉になっていたオレはハッとなる。
蒼空を持ち上げた人物は、警察官の正装をビシッと身に纏う黒髪の高身長のイケメン女性──北条桐江だった。
長い髪を後ろで纏めて結んだ彼女は、オレと視線が合うと、その端正な顔にイタズラを成功させた子供のような笑みを浮かべた。
「おはよう、蒼空。待ってたら変なのが校門のところでコソコソしているから、本当に不審者かと思ったぞ」
「お、おはようございます、桐江さん。これにはですね。色々と事情があるんですよ……」
歯切れが悪い返事をすると、桐江は察してくれたのか、それ以上の追求はしなかった。
代わりに納得した顔をすると、
「ああ、なるほど。そういうことか」
小さな子供にする様な高い高いを止めて、ゆっくり蒼空の小さな身体を地面に下ろす。
改めて桐江と向き直ると、彼女はまず最初に礼を口にした。
「来てくれてありがとう、本当に助かったよ」
「いえ、普段〈アストラルオンライン〉でお世話になっているんです。オレに出来る事なら、喜んで駆け付けますよ」
「それなら今度洋服見に行くか。今のアンタに似合いそうな、フリルたっぷりの可愛いヤツを着せてやるよ」
「すみませんが、そっち方面のお願いは全力で拒否しますので!」
真顔で力強く即答すると、桐江は冗談だよ、と笑った。
彼女から言われると、正直に言って冗談に聞こえないから困る。
蒼空は額にびっしり汗を浮かべると、乱れた呼吸を整えて、大きな吐息を一つ。
それから単刀直入に尋ねた。
「それで、なんでこんな朝っぱらからオレを? 一応、師匠達には話をしてオレ一人で来ましたけど」
「あぁ、それなんだけど実はアンタに用があるのは、アタシじゃないんだ……」
珍しく桐江にしては歯切れが悪い言葉に、蒼空は怪訝な顔をする。
用があるのが彼女じゃないとは、一体全体どういうことだ。
疑問に思うオレの反応を見て、桐江はポリポリと頬を右手の人差し指で軽く掻きながら、不意に後ろを指差す。
オレの後ろに誰かいる?
ゆっくり振り返ると、何とそこには──
「おはようございます、ソラ様」
なんと白髪金眼の少女、自称神様ことエル・オーラムがいた。
◆ ◆ ◆
校門を通って中に入ると、まず最初に学生達に自然の空気を吸ってほしいという思いで学校側が作った、別名グリーンロードを通って校舎に向かう。
夏休みとは言っても部活動をする生徒達もいるわけで、時折すれ違う体育系や芸能科の生徒達が驚いた顔をして此方を見た。
「え、あれもしかして神様!?」
「ホンモノなの? コスプレとかじゃなくて?」
「護衛っぽい警察がついてるから、ホンモノなんじゃないか。その隣にいるフードを被ってる小さい女の子は、誰か分からないけど」
今回は隠蔽の力を使っていないらしい。
すれ違う生徒達は、みんなエルを見て驚いた顔をして足を止めると、聞こえるような声でコソコソ話をする。
しかし、それだけだ。
誰もオレ達を囲もうとしないのは、芸能科があるおかげで、ある程度は配慮する意識を持っているから。
もちろん要因はそれだけではない。
それに加えて隣にいる警察の桐江が、笑顔で近寄るなオーラを放っていた。
中々に凄い圧だ。
数々の強敵と戦ってきたオレですら、ビリビリと肌を刺激する程の威圧感に、思わず息を呑んでしまう。
当然だけど、一般人が耐えられるようなものではない。
話しかけようとしてくる学生達は、みんな桐江を見ると回れ右をした。
その光景に、くすりとエルは笑った。
「ふふふ、流石は〈アストラルオンライン〉の上級冒険者ですね。見事な人払いです」
「上の命令とはいえ、得体の知れないのに民間人を近づかせるわけには、いかないからね」
「貴女もソラ様と似たような事を仰るんですね。こんなにも私は、世界の為に働いているというのに」
桐江の睨むような視線に、よよよとわざとらしく悲しむ白の少女。
状況が分からないオレは、一応尋ねることにした。
「えーっと、お二人はどういう関係なんです?」
「アタシは上の命令で、今日は神様の護衛として付いているだけだよ」
「私は護衛される側です」
実に嫌そうな顔をする桐江と、偉そうにお子様体型の薄っぺらい胸を張るエル。
二人の状況は理解できた。
ならば、オレが此処に呼ばれた理由は一体何なのだ。
それをエルに聞いてみると、彼女は答えた。
「夏休みが終わったら、貴方達は学校に通わないといけません。
そうなれば攻略の進行は遅れて、世界が全て汚染される前にゲームをクリアできないかもしれない。
ですからそれを防ぐために午前は学校の授業、午後は〈冒険者〉の方々には〈アストラルオンライン〉のプレイをしてもらう制度を導入しようと思っています」
つまり学校が始まっても、攻略を休まずに頑張れよ制度を実施すると。
「でもそれとオレを呼ぶ必要性が、イマイチ良く分からないんだけど。やりたいなら勝手にやれば良いじゃないか」
「そうですね。ソラ様を呼んで頂いたのは、単に私が会いたかっただけです」
「良し、帰らせてもらうぞ」
「ちょ、ウソですウソです! ちゃんと呼んだ理由はあるので、本当に帰ろうとしないでくださいッ!」
回れ右をしたオレにしがみついて、涙目で引き止める自称神様。
暇ではないのだが、仕方ないので話だけでも聞いてあげる事にした。
「それで何だよ、オレを呼んだ理由っていうのは」
「それは、これから神里学園の校長と理事長も交えて、説明いたしましょう」
そう言って彼女は、校長室を指差す。
何だかとても嫌な予感がして、蒼空はやっぱり帰ろうかなと心の中で思った。