第99話「風花雪月」
光の粒子となって消えた骸骨の王。
しばらく警戒していたが、採掘場に散ったモンスターの肉体を構成していた光の粒子が、再び集まるような気配はない。
骸骨のモンスターでオマケに〈キング〉が付いていたから、もしかしたら復活するかもと警戒していたのだが。
どうやら意外にも〈スケルトン・キング〉は、第二ラウンドを始める事なく素直に消えたようだ。
同じく警戒している全員に、もう大丈夫だと伝えると、みんな緊張していた肩の力を抜いてホッと一息ついた。
「ふ、ふえぇぇ……」
よほど怖かったのか、サタナスがアリスの腰辺りにしがみついて、ぶるぶる震えて泣いている。
彼女の年齢は大体、小学校低学年くらいだ。
こうなるのは分かりきっていたので、本当ならアリスと一緒に、城でお留守番をしていて欲しかった。
だが受けたクエスト条件で【サタナスを参加させる事】と強制されては流石に置いていくことはできない。
ソラはしゃがんで彼女の頭を撫でると「もう大丈夫だよ」と慰めてみる。
それでもすぐには泣き止まないので、アリスが彼女を抱っこしてあげた。
すると少しだけ落ち着いたのか、サタナスはそのまま眠ってしまう。
一発で泣き止むとは、アリスの姉力は相当すごいらしい。
少しばかり感動して見ていると、隣りにいるクロが素直な感想を口にした。
「こうしてみると姉妹みたいだね」
「……そうね」
くすりと、どこか寂しそうな顔をして笑ってみせるアリス。
実に何かありそうな感じがしたけど、ここで踏み込むのは流石にデリカシーに欠ける気がする。
他の二人の兵士に視線を配ってみると、彼らもそんなアリスを見て顔を伏せていた。
……これは、暗い過去がありそうだなぁ。
その後、クエストが完了したお知らせと共に、そこそこの経験値とドロップした〈赤竜の宝石〉というのがオレのアイテム欄に新しく追加される。
隣りにいるクロにも、同じモノをドロップしたのか聞いてみると、どうやら彼女は〈骸骨王の骨〉という錬金術の素材になるアイテムをドロップしたらしい。
ちょっと気になったので、彼女に頼んでアイテム一覧から見せてもらう。
合成用アイテム〈骸骨王の骨〉。
骨を粉々に砕いたモノを合成の際に利用すると、成功率の引き上げと質を1段階上昇させる。
ふむ、これは錬金術師にとっては、喉から手が出るほどに欲しい代物ではなかろうか。
生産系ギルドの錬金術師プレイヤー辺りに持っていってやったら、高値で買い取ってもらえそうな気がする。
しかし、同じモンスターを倒して、ドロップしたものが二人共違うとは。
クロのアイテムは面白そうな効果だけど、オレの方にドロップした赤竜の宝石、これは一体何に使うというのか。
宝石が好きなNPCに交換か高値で売れそうって事以外は、これといって皆目検討もつかないアイテムだ。
プロパティを開いてみても、説明には『古の王が大切にしていた宝石』という短い文章しか記載されていなかった。
装備でもなければ、加工する素材ですらない。
でもこの貴重っぽいアイテムも、どこかで使う場面があると考えた場合、気軽に売るのは避けた方が良いだろう。
後で一応、竜王に聞いてみるか。
ソラはウィンドウ画面を消すと、アイテム欄を整理して大切に保管する枠に放り込む。
そしてクロ達に向き直ると、こう言った。
「さて、これでクエストも終わりかな。さっさと戻って王様に報告しようか」
「ええ、そうね。みんな無事で何より──」
アリスが、そう言って皇女として、皆に労いの言葉をかけようとした時だった。
ゾワッと、先程の骸骨王とは比較にならない程の威圧感を、採掘場の出入り口から感じる。
不味い、何らかの攻撃が来る。
VRゲームで長年経験してきた直感が、ヤバいという警報を最大限に鳴らすのと、出入り口の方に一番近い兵士二人の身体に横線が刻まれるのはほぼ同時だった。
「なにッ!?」
撒き散らされたのは、血しぶきみたいなエフェクト。本物ではない。
ソラ達の眼の前で、先程一緒に共闘した二人の兵士が、悲鳴を上げる間もなくHPが0になる。
彼らは先程倒したモンスターと同じように、光の粒子になり、最後には採掘場の空気と混ざって消えた。
その衝撃的な光景に誰もが固まる中、ただ一人ソラだけは、魔剣を抜いて駆け出す。
敵の殺気から狙いを読み取り、次の標的を事前に把握。
オレは先に動くことで次の標的──アリスの命を背後から刈り取ろうとする凶刃を、ギリギリのところで受け止めた。
衝突する金属音。
激しく火花を散らす刃。
鍔迫り合いする相手が手にしている武器は、自分と同じ片手用直剣。
間近で見る敵の素顔は、フードで隠れてよく分からないが男っぽい。
正体不明の敵は鋭い犬歯をむき出しに笑うと、こう言った。
「この攻撃を受け止めるとは、流石に〈嫉妬の大災害〉を倒した冒険者は次元が違うな!」
「おまえは一体!?」
力では向こうが上か、徐々に押し込まれていく。
ならばと、鍔迫り合いをしながら、自身に〈攻撃力上昇Ⅲ〉をMPが尽きるまで重ねて付与。
極限まで上昇した攻撃力は、逆に敵の剣を押し始める。
このままでは押し負けることを察知したのか、フードを被った男は地面を蹴って、大きく後ろに退避した。
相対する両者。
フードから僅かに見える髪は赤髪。
そして瞳の色は、輝くような金色。
金色の瞳は、この世界では高位の存在にしか与えられない特別な色。
フードと長いコートで全容を知ることはできないが、赤髪ということはコイツの種族は竜人族の可能性が濃厚である。
……レベルは、70か。
〈洞察Ⅱ〉スキルで視るが、コートに何らかの阻害スキルがあるのか、分かるのは相手のレベルだけ。
「魔王シャイターンに傷を付け〈嫉妬の大災害〉を倒した英雄よ。竜の姫が抱えている少女を俺に渡せば、命だけは助けてやろう」
「は? 誰が渡すかよ」
答えると、男は楽しそうに笑い地面を蹴る。
瞬間移動に等しい速度で目の前まで迫る敵は、剣を横に構えて水平二連撃〈デュアルネイル〉を放つ。
普通の人間なら、反応できない速度だ。
それを人間離れした反射神経で辛うじて反応したソラは、敵の初撃を剣で受け流し、続く高速の二撃目を受け止めた。
中々な速度だが、レベル差程の脅威は感じない。
押し返して、お返しに袈裟斬りを放つと敵は後方に大きくバックステップをして回避した。
「流石は英雄だ。俺の連撃を受けて、更にそこから反撃までしてくるとはな!」
楽しそうに笑い、男は剣を上段に構えて金色のスキルエフェクトと共に〈クアッド・スラッシュ〉を始動させる。
「クロ、来るぞ!」
「りょーかい!」
高速で男はクロに接近して、袈裟斬りを放つ。
危ないところで防御したクロを受けた剣ごと切り飛ばし、そのまま転倒させる。
次に狙いを変えると、男はサタナスを抱えてマトモに身動きが取れないアリスに向かい、逆袈裟斬りを繰り出す。
これをさせないと、ソラが間に入って受け止めた。
しかし、勢いが止まらない。
男はバックステップをして距離を取ると、再度前に出て左袈裟斬り、逆左袈裟斬りを放ってくる。
ソラは〈ソードガード〉を使用。
集中して、全ての斬撃を防御した。
「どうした最強、守ってばかりではないか!?」
「……ッ」
隙きあらば、アリスとサタナスを狙っているくせに、何をほざくか。
下手に飛び込んで、自身とソラを危険に晒す可能性を考え、クロは悔しそうな顔をしてアリスとサタナスを守るように立つ。
何十回と切り結んだ後に、敵は大きく後退。
余力のある笑みを浮かべると、剣を上段に構えた。
「なるほど、レベルに似合わぬ技量だ。これが最初の大災害を退けた英雄……」
──ここだぁッ!
レベルの差で圧倒できない事に対して、僅かに生じた戸惑いを狙いソラは前に出た。
突進スキル〈ソニックソード〉で間合いを詰め、そこから更に必殺の刺突スキル〈ストライクソード〉に繋げる。
ジェット機の様に急接近したソラは、雄叫びと共に敵の鎧の薄い胴体を貫いた。
「ガハ……ッ!? ば、ばかな……」
「油断大敵って言葉を、オマエに言ってやるよ」
更に水平二連撃〈デュアルネイル〉を発動。
緑色のエフェクトを発生させて、突き刺した状態から刃を力技で横に切り抜いて、ソラの鋭いニ連撃が敵の身体に二本の線を刻む。
残っていたHPが全て0になった謎の敵は、真紅のエフェクトを撒き散らして光の粒子となった。
「ふぅ、何とかなったか……ッ」
ソラは呟くと、眉間にシワを寄せる。
終わったかと思いきや、今度は〈感知〉スキルに今倒した敵と似たような反応が複数発見される。
まさか、増援があるのか。
険しい目で、一つしかない出入り口を睨みつける。
するとそこには、先程の男と同じ風貌で武器を手にした奴らが合計で三人も立っていた。
「あいつ、大層なことを言って殺られているじゃないか」
「相手はレベルの低い冒険者が二人だ、俺様一人で任務を遂行するって息巻いてたのにな」
「ウヒヒヒ、所詮ヤツは我等の中でも最弱。ジャンケンで勝ったから行かせてやったが、実に無様な事よ」
マズイ、マズイマズイマズイッ!!?
あのレベルが、三人も出て来るだと。
これは殲滅戦ではない、サタナスの護衛戦だ。
三人のターゲットがオレ一人になるのなら、どうにか出来る自信はある。
だが明らかに二人がソラの足止め、一人がサタナスに向かおうとする動きは、此方にとっては最悪のパターン。
オレが二人を倒している間に、クロ達が一人を足止めできなければ、サタナスを奪われて失敗する可能性がある。
天命を捧げて〈光齎者〉になるか?
そんな選択肢が頭の中に過るのと、敵が動き出したのは同時。
覚悟を決めようとした、正にその時だった。
二人分の斬撃をソラが防御したら、クロ達の方に向かっていた一人がうめき声を上げて足を止める。
「なに……?」
全員が動きを止めて、そちらに視線を向ける。
すると地面に倒れ光の粒子に変わる敵の側に、一人の小柄なコートを羽織った人物がいた。
見たところ身長は160程。
ソラと同じ黒いコートに身を包み、顔はフードで隠していてよく分からないが、短いスカートをはいている事から推察するに若い女の子っぽい。
少女は刀を腰の鞘にゆっくりと収め、
「刀スキル〈雪月風花〉」
眩い桜色のスキルエフェクトが辺りを照らし、少女は腰を落として左肩をこちらに向け、刀を鞘から抜き放つ。
慌てて彼女の狙いに気がついた二人の敵が逃げようとするが、それはもう手遅れだった。
視認するのが困難な程の一閃が、遠く離れた位置にいる二人の敵を真っ二つにする。
そこには悲鳴を上げる時間すらない。
レベル70の強敵二人は一瞬にして倒され、光の粒子になって消える。
刀カテゴリーの遠距離攻撃スキル〈雪月風花〉。
文字通り遠く離れた位置にいる対象を、居合斬りのモーションから放つ斬撃で切り裂くスキル。
洞察スキルが教えてくれる新しい情報を頭の中に記憶しながら、ソラは技の威力に息を呑んだ。
しかし、なによりも驚いている事がある。
先程のスキルを発動する際に発した声を、オレは良く知っていた。
いや、忘れるはずがない。
何故なら──
「本当は、干渉するなって言われてたんだけどダメだね。やっぱり、ソラ師匠の窮地を黙ってみているなんて出来なかったよ……」
少女は自嘲気味に呟き、背中を向けて歩き出す。
「ちょ、待ってくれ!」
慌てて追いかけようとすると、彼女は「ダメだよ」と言ってソラに〈威圧〉という見たことがないスキルを発動。
それだけで、オレの足はまるで石化したかのように動かなくなる。
彼女は一切振り返ることなく、出入り口に向かって歩き続けると不意に立ち止まり。
「〈魔竜王〉ベリアルの信仰者と〈灰色〉に気をつけて」
「灰色……?」
「それじゃ、ちゃんと会える時を楽しみにしているね。バイバイ、ソラ師匠」
最後にそう言い残し、少女は暗闇の向こう側に姿を消す。
静寂となった採掘場。
クロとアリス、二人の少女の視線はソラに向けられる。
白銀の少女は〈威圧〉から開放されると、その場に膝をついた。
「………………イリヤ」
彼女が消えた採掘場の出入り口を見つめながら、オレはかつて共にいた弟子の名前を呟いた。