妹を無下にされた兄は怒っている
エリザベスの兄フェリクス視点
私はエリザベスの兄フェリクス・マルセルス。
隣国王太子、レイモンドから手紙の返事が来たのは本当にすぐだった。
あいつめ、狂喜乱舞して飛んでくる姿が目に浮かぶようだ。
大体レイモンドはエリザベスが絡むと人が変わりすぎる。いつかあいつにキャアキャア言っている令嬢たちにその姿を見せてやりたい。
我が妹エリザベスとの婚約当初から、自分は聖女を妃に迎えると公言して憚らなかった王太子ジークハルト。とはいえ、いざ聖女が本当に現れた今、こんなにも一切エリザベスのことを顧みない態度をとるとは思わなかった。これほど妹を無下にされて、正直私は怒っている。
宰相である父上の補佐として王宮に出仕している私は、殿下と聖女が仲睦まじく過ごす姿を幾度も目にした。
150年ぶりに現れた聖女様は平民ではなかったものの、没落寸前の弱小男爵家の令嬢だった。シャリーナ・コロランド男爵令嬢。こげ茶色の髪に翡翠のような瞳の、エリザベスと同い年の少女。突然聖女の証が現れたとかで王宮に連れてこられ、おどおどと目を潤ませる姿は確かに可愛らしくはある。だが、私から言わせればそれだけだ。
可愛らしくはあってもうちのエリザベスのように飛び切り美しいわけでもないし、家格が違うから当たり前ではあるがマナーもギリギリの及第点ですら与えるか迷うレベル。あまつさえ誰彼構わず声をかける無作法ぶり。聖女でなければ誰かが不敬を言い出してもおかしくない。
そして、聖女様聖女様というが、正しくはまだ聖女未満である。
確かに聖女の証は現れているようだが、まだその力を発現できておらず、聖女認定となる紋章の輝きは確認できていないのだ。まあこれから聖女の証が消えるわけはないので、実質聖女で間違っていないのだが。
そんな半人前貴族、半人前聖女でもジークハルト殿下は構わないらしい。
どこで見かけても聖女と殿下はセット。あれで教育はまともに進んでいるのか?と心配になるレベル。
聖女のお披露目のために今彼女は聖女教育の真っ最中。まあ聖女教育といってもほぼ令嬢教育なので、もしも聖女様が高位貴族のご令嬢であればあまり必要のないものらしいが。
彼女の場合は随分と大変だろうことは明白だ。
にもかかわらずあの二人、本当にあちらこちらでよく見かけるのだが。
まともに教育を受けているのならばこんなに私が王宮内で見かけるほどの暇はないと思うのだが、一体どうなっているのか。
ジークハルト殿下も聖女様にかまけて最近は少しずつ公務が滞りがちになっているらしい。
困った顔の殿下の侍従が二人を探している姿もよく見かける。
「殿下にもシャリーナ様にも困ったものですね。」
「殿下の公務はもちろん、シャリーナ様の聖女教育もおろそかにされていいものではありませんのに・・・・。」
「最近のシャリーナ様は最初のころからまるで人が変わられたようになってしまって。」
聞こえてくるのは殿下や聖女についている侍女たちの不満と困惑の声。
聖女の教育係もあまりに不真面目な聖女の学習態度に頭を抱えていると聞く。
本当に何をやってるんだ殿下・・・・・。
エリザベスを無碍にしてまで歓迎した聖女なのだから、もう少し殿下も聖女の教育に関心を持ってほしいものだ。
いくら殿下が望み、陛下が否やとは言わない聖女様であっても、マナーも知識も何もない今のままで結婚できるわけがないのだから。
そんな私や周りの気持ちを知らないままに、今日もバラの咲く庭園を寄り添いながら散歩する二人が見える。
エスコートというにはいささか近い距離。聖女は殿下の腕に自らの腕を絡めしなだれかかっている。男爵令嬢である聖女には、いかにも王子然とした金髪碧目の美貌の王子はさぞ麗しい存在だろう。会話までは聞こえてこないが、どう見たって恋人同士という甘い雰囲気を隠しもしない。
だが一応二人はまだ正式な婚約者でもなんでもないのだ。エリザベスとの婚約解消もまだあまり公にはなっていない今の状態でこれは、あまりに無神経だと感じるのは私だけではないだろう。
おまけにジークハルト殿下はいまだにエリザベスに手紙の一つもよこさないのだ。
婚約解消も陛下と父上が書面で行った。
聖女を望んでいることは最初から宣言していたとはいえ、せめて婚約の解消くらい自分で顔を見て言えなかったのか。
ここ数年は二人の仲も悪くなさそうに見えたし、ジークハルト殿下も多少はエリザベスに心を寄せているように見えたのに、いざとなったらこの仕打ち。
あんまりだろう。人の大事な妹をなんだと思っているのか。
聖女関係の話では最初から腹が立つことばかり言うやつだとは思っていたが、こんなに不実なことをする奴だとは思いもしなかった。
万が一実際に誰かに聞かれたら不敬まっしぐらという悪態を心の中でつきまくる。
<いつもの>不快な光景にため息をついて踵を返した。
まあいい、あんな気分の悪い二人組のことは忘れてさっさと邸に帰ろう。
今日はついにレイモンドが我がマルセルス公爵邸に到着する日だ。
聖女が現れたとお茶会から追い返されたあの日から、ぎこちなくしか笑わなくなったエリザベス。周りに気を遣わせないようにと気を張っているのか努めて普通にふるまってはいるが、一人で泣いているのか時折目を赤くしている。
10年会っていないとはいえ、エリザベスはレイモンドに随分心を開きなついていた。
そしてレイモンドは気が狂わんばかりにエリザベスに恋焦がれている。
兄としては悔しいが、エリザベスの悲しみを本当の意味で癒せるのはやはりレイモンドではないかと期待している。
さて、久しぶりに、エリザベスの心からの笑顔を見ることはできるだろうか。