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聖女を望む婚約者

処女作です。拙い作品ですが楽しんでもらえると幸いです。

初めてなのでまずはありきたりな短編をと思って執筆を始めたのに、なんだか少し長くなってしまったので分けました。


目の前に座る、愛しい人。

でもこの人は私を望んではくれないのだ。


わたしはエリザベス・マルセルス。マルセルス公爵家の長女であり、このフェルリア王国の王太子殿下、ジークハルト様の婚約者だ。兄が一人いて、家はその兄が継ぐ予定である。

わたしとジークハルト殿下の婚約が決まったのはわたしが5歳、殿下が7歳の頃。

父が宰相を務めるマルセルス公爵家と王家のつながりを深めるための政略結婚だった。

それと理由はもう一つ。わたしに光の魔力があったから。


魔力が強い者は貴族家出身ならば低位、高位貴族関係なくよく生まれるし、能力は遺伝に限らず平民出身でも魔力持ちは生まれる。たとえ両親が魔力なしでも強い魔力を持つ者が生まれることもある。


けれど火・水・風・土の属性魔力持ちはそれより少しだけ希少で、さらに稀有なのが光の魔力持ち。その素養があったこと、さらに魔力量が稀にみる多さだったことも、わたしとジークハルト殿下の婚約を後押ししたらしい。

けれど、婚約が決まった当初からジークハルト殿下が公言して憚らないことがあった。


「私は将来聖女と結婚するのだ!ただ光の魔力があるだけで聖女に成り代わる価値もない!」


怒りで顔を真っ赤にしながら叫ぶジークハルト殿下の顔は今でも鮮明に思い出せる。

国王陛下、王妃陛下をはじめ、周りの大人は大慌てで殿下を諫めたが、殿下は譲らなかった。

そこで5歳の私は提案した。


「聖女様が現れましたら、わたしは婚約者を辞退いたします」


我ながらかわいげのない子供である。今考えても5歳の子供が使う言葉じゃない。

そんな私に殿下は目を丸くして言葉を失くし、それから少し落ち着いたのか私のそばに近寄って来て

「婚約者はとりあえずこいつでいい」と納得してくださったのだった。

その言い草にもう一度大人に叱られ、不満げに顔を赤くして私を睨んではいたけれど、それで私はジークハルト殿下の婚約者に正式に収まった。

それからも殿下はことあるごとにわたしに

「聖女が現れたら必ず婚約を解消するからな!」

「お前はそれまでの仮の婚約者でしかないのだから勘違いするな!」

と言い聞かせ、その度にわたしも

「聖女様が早く現れてくださるといいですね」

「その時は速やかに婚約者を辞退するとお約束しますのでご安心ください」

と相変わらずかわいげのない返事をした。


殿下は自分が決めた約束事であるにもかかわらず、私が全く悲しみも戸惑いもしないことがそれはそれで面白くないのか、聖女様関連の話題になるといつも少し機嫌を損ねていた。自分が話を振っているくせに、と不満に思っていたのは内緒だ。


そもそも聖女とはなかなか不確かなもので、その時代に必ず現れるものではない。

何年に一度、とか時期を予測出来るような法則があるわけでもなく、何百年も現れなかったこともあるし、逆に同時に二人の聖女が確認されたことや、一人の聖女が現れた数年後にまた新たな聖女が確認されたこともある。

さらに血筋も関係なく、貴族に現れたことも、平民に現れたこともある。

生まれたばかりの赤子が聖女だったこともあるし、老齢の女性に突然聖女の証が現れたことも。


そう、聖女の証。

それは突然体に浮かび上がる紋章のようなものらしく、とても複雑で特殊、さらに力を完全に覚醒すると魔力を使う際に特別な光を浮かべることで、確かに聖女であることを確認できるのだとか。

あいまいな表現が多くなるのは仕方ない。直近で聖女様を確認できたのは今から150年ほど前のこと。

周りの大人が、ジークハルト殿下の希望が叶ううちに新たな聖女様が現れることはないだろうと考えていることは明白だった。

そのため、殿下から仮婚約と釘を刺されながらも、私は婚約者候補ではなく正式な婚約者の地位を得ていた。

婚約から10年たち15歳になった私はつつがなく王妃教育も進んでおり、ありがたいことに教師陣や王妃陛下からの評判も良く、将来ジークハルト殿下を支える良き王妃になるだろうと言っていただけている。

そのような事情もあり、今でも私と結婚するなどみじんも考えず、現れる可能性の低い聖女様を待ちわびているのは殿下だけなのである。

そんな殿下も17歳になり、ここ数年はさすがに聖女様の話を出す頻度も減った。

私のことも邪険にしなくなり、それなりにいい関係を築けていると思う。

大変ではあるが平穏な日々に、私は殿下とこのまま結婚するのだろうとどこかで信じていた。







しかし、そんな平穏はある日突然終わりを迎える。


「聖女様が現れました!!」


慌てて叫ぶ騎士の声が聞こえたのは、私と殿下の毎週恒例の王城でのお茶会の最中だった。

ジークハルト殿下が驚きに紅茶をいただく手を止めたのは一瞬で、次の瞬間には身をひるがえすようにその場を立ち去っていった。

私はというと、信じられない思いで呆然とするしかなかった。


気づかわし気な侍女のアンナの視線に気づき我に返る。


(本当に、この時が来てしまったのね・・・・・・。)


城に上がった際には必ず私についてくれるなじみの護衛騎士に挨拶だけして、私は城を後にした。

ずいぶん時間がたっていたように感じたけれど、殿下は戻ってはこなかったから。






邸に帰り、わたしは自室にこもった。

殿下が諦めずに聖女を望み続けていたことは家族も使用人も知るところだったから、夕飯にも顔を出さない私を誰も咎めずそっとしておいてくれた。

その夜、私は数年ぶりに泣いた。

元々が感情の起伏が激しくはなく、さらに10年にわたる王妃教育で感情をコントロールする大切さを教えられていた私は、もうずいぶん長い間涙を流していなかった。


最初からそういう約束だった。実際に聖女様が現れる可能性は低いと思ってはいたものの、少なからずそういう場合の覚悟はしていたつもりだった。

殿下の態度が軟化し、私への歩み寄りを感じても、必要以上に心を明け渡さないように気を付けてはいた。

でも、無理だった。もともと聡明で優しく、身分だけでなく見た目も中身も王子様なジークハルト殿下。殿下の優しい態度と、ともに過ごした10年の時間は私を恋に落とすのに十分だった。

そう、私は殿下を愛してしまっていた。


私とのお茶会の最中に、私へのことわりの言葉一つなく聖女様のもとへ飛び出していった殿下。

その態度がすべてを物語っていることも分かっていたけれど、どうしても期待を捨てきれない自分がいた。


10年。10年一緒にいたのだ。その時間彼の隣にいたのは確かに私だったのだ。

もしかしたら、殿下も少しは私に心を寄せてくれているのではないか。

聖女様が現れた今でこそ長年の夢を前にお心を持っていかれてしまっているけれど、もう少しすれば私のことを思い出してくれるのではないか。

私を手放すのを、惜しいと感じてくれるのではないか。


それこそ、私の願望でしかないというのに。




それからあっというまに数か月がたった。

毎週設けられていた殿下との交流を深めるお茶会はあれが最後になり、お父様と相談し、王妃教育のために王宮へ上がることもやめた。





殿下からの便りはいまだにない。




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