第98話 諦めが悪いわね
「申し訳ございません、セデス様。セレン様にお会いすることはできたのですが、やはり戻るつもりはない、と」
「……そうか」
報告を聞きながら、セデスは溜息をつく。
すでに幾度となく使者を派遣し、セレンに領地へ帰還するようにと説得を試みたのだが、すべて徒労に終わっていた。
「それから……」
「まだ何かあるのか?」
「は、はい。これを……」
そう言って家臣が差し出してきたのは辞表だった。
「……お前もその街に移住するつもりか?」
「も、申し訳ありません! ですが……あそこは本当に素晴らしい街です! 食べ物は美味しいし、寝床は快適! それに広くて心地よいお風呂にいつでも入ることができるんですよ!」
鼻息を荒くして語る家臣に、セデスはもはや溜息すらでなかった。
今まで使者として件の街に行かせた者たちが、例外なくこうなっていた。
全員が辞表を提出し、移住してしまったのである。
まさに木乃伊取りが木乃伊になる、だ。
「どいつもこいつも! これまで重く用いてやった恩を忘れて、簡単に去っていくとは! それほどその荒野の街がいいのかっ!」
家臣が去っていった後、セデスは思わず叫んでいた。
これではもう迂闊に使者を送るわけにはいかない。
「一体全体、どんな街だというのだ……っ!」
と、そこへ。
「父上、随分と姉上の説得に苦労しているようですね」
「おお、セリウス! 帰ってきたのか!」
「ええ、たった今」
この度の戦争に、バズラータ家もアルベルト家の友軍として参加していたのだ。
セリウスは初陣ながら大いに活躍したと、セデスは報告を受けていた。
姉のセレンと同じ『二刀流』に、『緑魔法』のダブルギフトの持ち主。
見た目もセレンとよく似ていて、ともすれば少女に間違えそうだが、戦場では敵兵を戦慄させるほどの強さを見せたという。
「それにしても姉上の我儘にも困ったものですね」
「聞いておったか……。しかしまさか、ルーク様がこれほどの手腕の持ち主だったとは思わなかった。これは下手をすると、ラウル様かルーク様、今後どちらがより力を付けるか、分からなくなってきたぞ」
「いえ、それはありませんね」
セリウスがきっぱりと断言する。
「ルーク様のギフトは所詮、街を作るだけのものでしょう? 『剣聖技』ギフトを持つラウル様には到底、及びません。ぼくも間近で拝見しましたが、やはりあれは別格ですね。加えて、ラウル様はすでにその力を使いこなされています。もしラウル様がその気になれば、そのような街など簡単に潰せますよ」
「なるほど……」
直接その目で見た息子の言葉に勝るものはないと、セデスは思った。
「しかし、あの頑固娘のことだ。儂が何を言っても耳を貸さぬだろう……」
「姉上はぼくが連れ戻しましょう」
「よいのか? 戦場から戻ってきたばかりだが……」
「心配は要りません。むしろ戦場帰りの高揚感で、じっとしていられそうにないのです」
「セリウス……うぅ、いつの間にか頼もしくなって……」
息子の成長に涙ぐむセデス。
しかしふと、脳裏を不安が過る。
もしこの息子まで、その街に移住すると言い出したら……?
……いや、ここは息子を信じよう。
「頼んだぞ、セリウス」
「はい、父上。お任せください」
結局セデスは力強く息子を送り出したのだった。
◇ ◇ ◇
「セレン様、ご実家の方からまた使者がいらっしゃったようです」
「また来たの? お父様も諦めが悪いわね」
ここ最近、頻繁にセレンの実家から使者がやってきていた。
もちろんセレンを連れ戻すためだ。
最初に来たのは三週間ほど前のこと。
どうやらこの村の噂がセレンの実家の方にまで伝わり、ここにいるのではないかと調査しにきたようだった。
別に隠れる必要もないからと、セレンは堂々と出ていって、その使者を突っ撥ねた。
数日ほど説得を試みたその使者も、セレンが梃子でも動かないのを知って最後は諦めて帰っていったのだけれど……なぜかそれからしばらくして再びこの村へとやってきて、
「移住させてください! あっちには辞表を出してきました!」
どういうことかと思ったら、この村にいた数日間の生活があまりにも快適すぎて、移住を決意したらしい。
しかも最初の使者だけじゃなかった。
次の使者もその次の使者も、この村に移住することになった。
そんなことが続いていたので、さすがにセレンのお父さんもそろそろ諦めるかと思っていたのだけれど……。
「このままだと家臣が全員いなくなっちゃうわよ? いい加減、門前払いしちゃおうかしら」
「それが、セレン様の弟君だと名乗っておられまして」
「えっ? もしかしてセリウス?」
どうやらセレンの弟がやってきたらしい。
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