第64話 僕は絶対に帰りません
雪化粧した道を進む一団があった。
「ほ、本当にこの先に村なんかあるのか……?」
「分からねぇ。だが、商人たちが嘘を教えるとも思えないし……」
「どっちにしても、この雪だ。村に辿り着く前に凍え死んじまうかもしれねぇぞ……」
どうやら荒野の村の噂を聞きつけ、住んでいた村を捨ててきた者たちらしい。
しかしアルベイル領の最北から、さらに北に位置するこの一帯には、すでに雪が降り積もっていて、移動するだけでも大変な状況となっていた。
「お、おい、何だ、あれは? 道……?」
「本当だ、道だ! ……っ! み、見ろ! 向こうに……」
そんな彼らが発見したのは、雪の中に伸びる一本の道。
さらにその先へと視線を向けると、白銀の世界の中に堂々と立つ巨大な城壁があった。
「やった! あったぞ!」
「う、噂は本当だったんだ……」
長旅の疲労を忘れ、嬉々として走り出す。
一本道の上に彼らの行く手を阻む雪はなく、まるで枷から解放されたかのように足が軽い。
「……あれ? 何でこの道だけ雪が積もっていないんだ……?」
◇ ◇ ◇
荒野の冬は寒かった。
山脈に隣接しているせいか雪が頻繁に降るようで、本格的な冬が到来する前に、すでに一面が銀世界になるほど積もってしまうこともあった。
しかも一度雪が積もったらなかなか解けてくれない。
当然、往来は難しくなるし、このままでは行商人も移住者も、冬の間はまったく村にやって来られなくなってしまう。
そこで僕が考えたのは、定期的な除雪を行うことだった。
やり方は簡単。
まずは施設カスタマイズを使い、道の片端だけ一段、余分に石を積み上げて高くしておく。
ちょうど断面図が〝』〟の形状になるイメージだ。
雪が降り積もると、この出っ張り部分だけを施設カスタマイズによりスライドさせる。
そうすれば雪を片側へと押し退け、道の上を奇麗にすることができるのだ。
人がいるときにやってしまうと大変なことになるけれど、ちゃんと侵入者感知で把握できるから問題ない。
しかもこれ、スライドさせるだけならポイントが必要ないのだ。
そんなわけで、本格的な冬になるまでは商人たちが来てくれることになった。
「いやぁ、この村はとても快適ですからね。商売がなくても来たいですよ」
「美味しい食べ物があって、寝床は温かくて、いつでも好きなだけ入れる大浴場がある。ほとんど保養地みたいなもんですな、はっはっは」
「いっそのこと、拠点をこの村にしましょうかね」
「おお、それはいい!」
……なんだか最近、彼らが村に滞在している期間がやたらと長い気がするんだけど。
まぁいいか。
また、移住者も増え続けている。
今日も新しい移住者を迎えたところだ。
「そう言えば、フィリアさん、里の復旧は進んでるんですか?」
「ああ、もちろんだ。貴殿が地下道を作ってくれたお陰で、少しずつだが順調に進んでいる。恐らく春には完了するだろう」
「そうですか」
つまり春になると、エルフたちは里に帰ってしまうというというわけだ。
「そう考えると少し寂しい感じもしますね」
「……そうだな」
◇ ◇ ◇
「聞いていた通り、ここは天国のような村だな」
「ああ。冬なのに食料はたっぷりあるし、毎日幾らでも温かいお湯を使うことができる。それにこんな大きなお風呂だって入れる」
公衆浴場の広い湯船に浸かり、二人組の男が話をしている。
つい最近、移住してきたばかりの彼らは、村の充実した生活環境に驚きっぱなしだった。
「それにしても、あのマンションとやらは凄いな。随分と寒い地域だからと心配していたが、全然寒くない。うちのボロ家なんか、秋の夜にはもう藁に包まってないと寝られなかったぞ」
「しかもあれを村長が一瞬で作っているなんて……」
「本当にこの村の環境は素晴らしいですよね!」
「「っ!?」」
彼らはぎょっとした。
というのも、突然、声をかけてきたのが美しいエルフだったからだ。
もちろん裸だ。
だがよく見ると、股間にアレがぶら下っている。
どうやら男のエルフのようだ。
男湯なのだから当然だが、アレを確認しないと分からないくらい、エルフの男女を見分けるのは難しいのである。
「ええと、あなた方は元々、森に住んでおられたとか……」
「そうなんです。しかしオークの群れに襲われてしまいまして。この村に助けを求めて、どうにか命拾いしました。こう見えて、この村は高い戦力もあるんですよ。下手な都市よりよっぽど安全です」
「へえ、そりゃ安心ですな。魔境から近いので、少し心配しておったんです」
最初こそ戸惑った二人組だが、随分と気さくなエルフに、段々と打ち解けてきたようだ。
「里が復旧したら、森に戻ってしまわれるので?」
「いやいや、そんなわけないですよ。こんな快適なところを知ってしまったら、もうあんな不便で危険な場所に住んでなんていられませんって」
その言い分に、二人組は思わず顔を見合わせる。
目の前のエルフは少々型破りのようだが、本来彼らは高潔な種族だ。
里のことをそんなふうに言ってよいのかと、不安になってしまったのである。
「あはは、構いませんよ。言葉には出さないだけで、みんな内心そう思ってますから。まぁ他の連中がどうするかは分かりませんけど、僕は絶対に帰りません。帰りたいエルフだけ帰ればいいんです」
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