第256話 教育が終わりました
「聖母ミリア様、そして救世主ルーク様こそが、これからこの国の、いや、世界の信仰の中心になるのです!」
理解不能なことを嬉々として叫ぶカイン。
昔からよく知る部下の豹変ぶりに、アルデラの背筋を冷たいものが走る。
それでも何とか絞り出すように怒鳴りつけた。
「じょ、上級神官ともあろう男が、異端神官に洗脳されるとは……っ! これまでどれだけ手をかけてやっていたと思っている!?」
「洗脳? ふふふ、違いますよ。信仰の道に入ってから、間違いなく今がもっとも心が晴れやかなのです! まるで薄汚れた心を、綺麗に洗濯したかのように! そう、洗われたのは脳なのではなく、心なのです!」
高らかに告げるその姿に、あ、ヤバい、これは完全に洗脳され切っている、とアルデラは確信する。
「さあ、皆さん、教会長を」
カインが命じると、聖騎士たちがアルデラを取り押さえるべく動き出す。
よくよく見てみれば、彼らは全員、カインと共に荒野の村へと調査に赴いた者たちだった。
どうやら彼ら全員が洗脳されてしまっているようだ。
屈強な聖騎士たちによって、アルデラの巨体が持ち上げられる。
そのまま運ばれていった先にあったのは、地下へと続く謎の階段だ。
こんなところに階段なんてなかったはずである。
しかも降りていくと、延々と伸びる地下通路が存在していた。
「一体どこに連れていくつもりだっ!?」
「心配要りませんよ、教会長。決してあなたを裁こうというのではありません。これから私たちのように、清く正しい人間へと生まれ変わせて差し上げるのです!」
爛々と輝くカインの瞳に、アルデラはかつてないほどの恐怖を覚えて絶叫する。
「は、放せっ、放してくれええええええっ! お願いっ……お願いだから……っ! 儂はそんなふうにはなりたくないいいいいいいいっ!」
◇ ◇ ◇
「ルーク様。無事に更生と調教……もとい、教育が終わりました」
「え? どういうこと、ミリア?」
今、何か物騒な言葉が聞こえたような気がするんだけど……調教とか……。
「さあ、入りなさい」
「はっ!」
ミリアに呼ばれて部屋に入ってきたのは、六十代くらいと思われる男性だ。
僕の顔を見て、瞳を潤ませながら「ああ、これがご尊顔……なんと神々しい……」と感動したように呟いた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
彼は身を投げ出すような勢いで跪いて、
「お会いできて誠に光栄です、ルーク様……ルーク村長。私はアレイスラ大教会にて、教会長をさせていただいております、アルデラと申します」
「ええっ?」
王国中の教会を束ねるアレイスラ教会のトップ?
この人が?
だけど噂では、教会長は自立歩行するのも難しいくらい、肥え太っているって聞いていたんだけど……。
見たところむしろ痩せ気味にしか見えない。
思わず首を傾げる僕の疑問には、ミリアが答えてくれた。
「元は豚のような身体をしてはいましたが、ここまで絞らせました」
「し、絞らせた……?」
アルデラ教会長(?)が首を垂れながら補足する。
「あのような醜い姿を、ルーク村長にお見せするわけにはいきません。厳しい運動と食事制限によって、どうにかここまで体重を落としてまいりました」
「一週間で百キロは減らしたと思います」
「ひゃ、百キロ!? しかも一週間って……」
どんな過酷なダイエットをすれば、そんなに落とすことができるのだろうか。
「(ルーク様のためなら、それくらいどうということはありません!)」
仰天する僕に、彼は何やら言いたげな顔でこっちを見ている。
その目は爛々と輝いていて、なんかすごく怖い。
「ええと……その教会長さんが、何か……?」
彼らに内緒で勝手に祝福を授けていることを、直々に咎めに来たのだろうか。
そんな風には思えないけど、その可能性を否定し切れず身構える僕に、アルデラ教会長は宣言したのだった。
「アレイスラ大教会教会長の名よって、この村の教会を、このたび正式な教会としてお認めすることにいたしました(むしろアレイスラ大教会に代わって、ここの教会を信仰の中心に……しかしそれはおいおい進展させていくということで……)」
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