第177話 動かしてるから
「そろそろ荒野に着いた頃かな? たぶんびっくりしてるだろうね。なにせ、あるはずの村がないんだからさ」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
「あの……ルーク様……あたくしの目がおかしくなければ……この街、動いてるように見えますの……」
「うん、動いてるよ。というか、動かしてるから」
「いやいやいや、どういうことですの!? 街は普通、動きませんわよね!? なにさも当然のように言ってますの!?」
そう。
僕は今、配置移動スキルを使うことによって、村を丸ごと移動させていた。
「さすがルーク様ですね」
「さすがにさすがで片づけていいのかしら……?」
「は、はは……相変わらず私の予想を軽く超えていかれますねぇ……」
「もう少し驚くべきではありませんの!?」
王女様が喚いているけど、僕の村では建物が動くことくらい日常茶飯事だったからね。
以前にも一度、村ごと少し移動させたことがあるし。
「とはいえ、これだけの大移動は初めてだけど」
「ええと……つまりこれは、戦わずに逃げるということですの?」
「いや、そうじゃないよ、王女様。できるだけ少ない被害で、確実に勝利するために移動してるんだ」
父上が諦めるまで逃げ続けるのも一つの手だろうけど、それだと兵たちが可哀想だ。
「目的地が動くとか……進軍してる方からしたら最悪よね……」
「……考えたくもないですね、姉上」
「た、確かに、こんなことをされれば、兵たちの士気も体力も大幅に削られそうですわね……。それで、一体どこまで移動するつもりですの?」
まずは荒野を西へ西へと進み、敵の進軍ルートを迂回してから南へ向かっている。
もちろんこの辺りはまだまだ、領地強奪を使えば村の領内にできる範囲だ。
というか、たぶん行こうと思えば、この国の南端まで行けちゃうと思う。
南へと進み続け、数日。
やがて前方に見えてきたのは、
「あれは、まさか……王都、ですの……?」
アルベイル領都のそれにも勝る、立派な城壁だった。
……うちの村ほどじゃないけど。
「うん。王都だよ」
「こんなに早く戻ってこれるなんて……。で、ですが、王都は今、アルベイル軍に占領されているはずですわ」
「だからまずは王都を取り戻すんだ」
「……はい?」
◇ ◇ ◇
私の名はネオン。
エデル様を傍で支える四将が一人だ。
軍師として数々の戦場を勝利に導いてきた私は、その用兵の才を買われ、この度、非常に重大な任務を託された。
それはエデル様が不在の間、ここ王都を占拠するアルベイル軍を指揮することだ。
我々を良く思わない勢力が多くいる中、限られた兵たちを使って、現状を維持しなければならない。
無論、王族や貴族たちの動きにも注意を払わねばならず、簡単な任務ではなかった。
幸い今のところ大きな問題は起こっていない。
小さな暴動などは発生したものの、すぐに鎮圧に成功したし、裏で反乱を画策していた一部の貴族たちも、事前に察知して捕えることができた。
エデル様の期待に応えるため、私は必ずや王都を守り抜く所存だ。
「ね、ネオン様っ! 大変ですっ!」
「どうした? また暴動か?」
慌てた様子で走ってくる配下の兵士へ、私は至って落ち着いて対応する。
指揮官たるもの、どんな状況でも常に冷静沈着であることが求められるのだ。
「ま、街がっ!」
「街の方か。すぐに部隊を――」
「見知らぬ街がっ、王都に向かって移動してきています……っ!」
「……は?」
もしかしたら人生で最も驚いた瞬間だったかもしれない。
王宮で最も高い塔の上から城壁の向こう側を見遣ると、確かに遠くからこちらに向かってくるそれが見えたのだ。
「ま、街が……王都より立派な城壁を持つ街が……猛スピードで近づいてきている……」
「し、しかもあの街ですがっ……エデル様が向かった件の都市なのではないかとの報告も……っ!」
つまりアルベイル領の北にある荒野から、街が移動してきたということ……?
「そんなこと、あるわけが……」
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