第175話 どうやら教育を間違ったようだな
「お久しぶりです、父上」
「ふん、まさか本当に来るとはな。ここにきて怖くなったのか、どうやら私の言うことを聞く気になったらしい」
アルベイル領の領都にあるお城。
つまり僕の実家だ。
王都から戻ってきた父上と会うために、僕はもう二度と帰ることはないと思っていたこの場所にやってきていた。
というのも、父上の使者から一度交渉のための場を設けたいとの話を受けたためだ。
いつでも兵を率いて攻め入る準備はできているが、弁明次第では許してやってもよいという、随分と上から目線のものだったけれど。
そこでこちらから会談場所を領都の城に指定し、赴くことにしたのである。
「聞けば、お前のギフトは簡単に建物を作り出すことができる力を持つようではないか。僅かな期間で、あのような荒野に都市を築き上げてしまうとはな。戦闘には使えぬギフトと思って見限ったが、どうやら私の判断ミスだったようだ」
「……」
「その能力は要塞などの拠点を築くのに使える。大人しく王女を渡すならば、今後は用いてやっても構わぬ。どうだ。悪い話ではないだろう」
どうだと問いかけるような言葉を口にしつつも、有無を言わさぬような威圧的な態度だ。
思わず背中がぶるりと震えてしまう中、僕は意を決して口を動かす。
「……それに答える前に、一つ聞きたいことがあるのですが」
「聞きたいことだと?」
「はい。……父上は、もしこの国を手に入れたら、一体何をするおつもりですか?」
なぜそんなことを話さねばならないのだと不機嫌そうな顔をしながらも、父上は教えてくれた。
「まずはこの国を強化する。そのためには各領主がそれぞれ所持している軍を、一つにまとめねばならぬだろう。私の号令一つで動かすことができる、最強の王国軍だ」
「……その王国軍を用いて、どうされるのでしょうか?」
「決まっている。次は他国を攻めるのだ。周辺国を悉く支配下に置き、私の代でこの王国はかつてないほどの領地を手に入れることになるだろう」
……うん、まぁ、予想通りの答えだ。
前世を持つ僕と考えが根本から違うのは仕方ない部分もあるけれど、この世界においても父上は極端な覇権主義者で、軍国主義者だと言えるだろう。
「それに何の意味があるのか、残念ながら僕には分かりません」
「なに?」
「今ある領地をよりよく治め、領民の生活を豊かにする。それが為政者のすべき最も重要なことでしょう。なぜわざわざ民に危険や犠牲を強いて、領地を拡大しようとするのか。僕にはまるで理解できません」
「愚かな。領地の拡大こそが、為政者が果たすべき最大の責務だ。現状維持など停滞と同じ。常に拡大を指向せねばならぬ」
「……そうですか」
幾ら話したところで平行線だろう。
もし簡単に考えを改めるような人なら、そもそもたった一代でここまでアルベイル領を拡大することなんて不可能だったに違いない。
「やはり父上に協力する気にはなりません」
「協力だと? 何か勘違いしているようだな。これは命令だ。お前に選択肢などない」
「いいえ、選択肢はありますよ。僕は僕です。どうするかは僕が決めます。なんでも自分の思い通りになるなんて思わないでください」
「……どうやら教育を間違ったようだな」
「っ……」
猛烈な殺気を噴き出しながら、父上が腰に提げていた剣を抜いた。
「やはり愚かにも程がある。敵地にのこのこと乗り込んできた時点で、お前は私の言うことを聞くしかなかったのだ」
「いやいや、さすがに僕もそんな馬鹿じゃないですよ。本人が来るわけないでしょ」
「なに?」
「では、攻めてくるなら攻めてきてください。荒野で待ってますから」
訝しむ父上の顔を最後に、僕は意識を本体へと戻す。
そう、領都で父上と話をしていたのは影武者の方なのだ。
ちなみに影武者は一定のダメージを受けると消えてしまう。
◇ ◇ ◇
アルベイル卿がルークの胴体を剣で斬り裂くと、不思議なことに砂となって身体が崩れてしまった。
「本人ではなかったのか……それにしても、あの父上相手に、宣戦布告しちまうとは……」
安堵の息を吐くのは、物陰から密かに二人のやり取りを聞いていた人物だ。
そんな彼の脳裏を、先ほどのルークの言葉が過る。
――僕は僕です。どうするかは僕が決めます。
「俺は……」
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