第111話 動くわけがねぇだろう
「うんうん、今のところ上手くいってるね」
物見塔の頂上から城壁迷路を見下ろしながら、僕は作戦通りに事が運んでいることを喜ぶ。
迷路内に入ってきたラウル軍は、こちらの思惑通りに動いてくれた。
正しいルートを探るため、幾つもの部隊を本隊から分けて先行させたのだ。
それが袋小路に入っていったのを見計らい、僕は城壁を動かしてどんどん閉じ込めていく。
結果、当初は五千いたはずのラウル軍も、気づけば千人ほどにまで数を減らしていた。
まぁ五千人で動いていたとしても、何度も道に迷って村に辿り着く前に疲弊してしまうだろうし、結局それも正解とは言えないんだけどね。
「……ちょっと敵ながら可哀想になってきたわね」
「そもそも好きなときに道を変更できる迷路など、もはや反則にも程があるだろう……」
セレンとセリウスくんの姉弟が、同情に満ちた目をして右往左往する兵士たちを見ている。
「でも、迷路としてはちゃんと攻略できるままにしてるから。それに閉じ込めれば閉じ込めるほど、ルートが減って攻略しやすくなってるはず」
「だから何でそこは律義なのよ……?」
ちなみに地下道も使い、立体的な迷路にするという案も考えたけど、これはボツにした。
さすがにこの短期間でそれを作り上げるのは大変過ぎたからだ。
「つまり時間があったら作っていたと……それもうダンジョンね……」
◇ ◇ ◇
「ラウル様っ! また先行していた部隊の一つと連絡が途絶えてしまいました……っ!」
「クソがっ! 一体どうなってやがる!?」
ラウルの苛立ちは頂点に達しつつあった。
先ほどから次々と上がってくる報告。
それによると、ルート調査のために四散させた部隊のことごとくが、丸ごといなくなってしまったというのだ。
敵がどこに潜んでいるか分からないため、数百人単位で動かしていた。
たとえ奇襲を受けたとしても、十分に撃退可能な戦力であり、少なくとも本隊や他の部隊に応援要請をする前に全滅させられるなどあり得なかった。
「じ、実は……あまりに荒唐無稽な話ではあるのですが……」
「前置きはいい! 早く言え!」
「城壁が……動いたとの目撃情報が……」
「……は?」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……
ちょうどそのとき、どこからか地鳴りのようなものが響いてきた。
ラウルの乗る軍馬が、少し怯えたようにブルブルと鼻を鳴らす。
実は先ほどから何度も同じものが聞こえてきていたのだが、その正体にまったく見当がついていなかったのである。
「まさか、この音が……?」
「そ、そうかもしれませぬ……」
ラウルは背筋を冷たいものが走る。
もし城壁そのものが動くのだとしたら、この迷路を幾ら走り回ったところで、ゴールには辿り着けないのではないか――
「い、いや、そんなはずがあるかっ! こんなものが動くわけがねぇだろうっ!」
「がっ!?」
ラウルは怒りに任せて、報告にきた兵士を蹴り飛ばしてしまった。
すでに本隊は千人ほどしかいない。
しかもゴールに辿り着けるかも定かではない迷宮内を移動し続け、心も身体も酷く疲弊していた。
それでもこのような場所で休息を取るわけにもいかなければ、引き返すという判断をラウルが許すはずもない。
大いに戦意を失いつつも、もはや彼らは前に進むしかなかった。
しかし、本隊が五百を切った頃だった。
ついに彼らは辿り着く。
「も、門だ……っ!」
「見ろ! 城門の向こうに建物が見えるぞっ!?」
「じゃあ、あれが街か……っ!?」
どういうわけか城門が開かれており、空き地の奥には武器を手にした総勢二百名ほどの集団が待ち構えている。
そしてその集団の先頭には、ラウルのよく知る人物の姿があった。
「ルーク……っ! ようやく辿り着いたぜ……っ!」
無論、この状況に違和感を覚えないはずもない。
せっかく立派な城壁と門があるのだから、普通ならそれを活かして防衛戦を行うだろう。
それがわざわざ門を開け、こちらも五百を割ったとはいえ、それをたかだか二百程度の戦力で迎え撃つなど愚の骨頂である。
だが、ここまで散々怒りを蓄積させてきたラウルは、どんな罠が仕掛けられていようと正面から叩き潰すつもりで、兵士たちに命じるのだった。
「突撃いいいいいいっ!!」
さらには馬に鋭く鞭を入れ、自らが先陣を切って突っ込んでいく。
――突如として地面が消失したのは、敵陣との距離があと二百メートルにまで迫ったときだった。
「ヒヒイイインッ!?」
「~~~~~~っ!?」
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





