第108話 全然信じてくれなくて
地下道へと続く階段を降りた僕は、すぐにその階段そのものを削除する。
これで誰も後を追ってくることはできない。
「もう! 危ないことするわね! 一人で敵陣に乗り込むなんて!」
「ご、ごめん。でも、その方が相手も警戒せずに話をしてくれるだろうし……それにバズラータ家のセレンが一緒だと色々と問題あるでしょ?」
地下道で待ってくれていたセレンがぷりぷり怒っている。
ラウルと話をするため、僕はここまで地下道を引いてきていた。
本当は一人で来るつもりだったのだけど、途中でセレンが追いかけてきたのだ。
地下道を作れることからも分かる通り、実はこの辺りまですでに村の領域に入っている。
だから万一のときはゴーレムで戦えるし、逃げるくらい簡単だと思っていたのだけれど、セレンはそれでも危ないからと付いてきてくれたのだ。
「それで、どうだったのよ?」
「失敗しちゃった。ラウルとは話せたんだけど……僕の言うこと、全然信じてくれなくて」
「ふん、そうだと思ったわ」
こうなったらラウル軍を迎え撃たなければならない。
「相手は五千の兵よ。間違いなくオークの大群に攻めてこられたとき以上の脅威ね」
「そうだね……でも、まぁ、何とかなるかな」
「作戦はあるってこと?」
「うん。作戦っていうほど、大層なものじゃないけど……」
◇ ◇ ◇
翌朝、ラウル軍は荒野に向けて進軍を再開していた。
「それにしても本当にこの先に、これだけの兵士で攻めないといけないような街があるもんかね? 見たところどんどん寂れた地域に入ってきてるが……」
「は~あ、やってらんねぇよ、ほんと。ついこの間、戦争から帰ってきたばっかりだってのによ。とっとと終わらせて帰りてぇな」
兵士たちの士気はあまり高くない。
急な招集だったことに加えて、今回はアルベイル家内における争いだ。
勝ったところで旨味が少なく、また、領民にとってどちらが勝とうと支配者が大きく変わるわけではない。
これではモチベーションが上がらないのも無理はないだろう。
さらに彼らを戸惑わせていたのが、とある噂だ。
「おい、聞いたか? 昨日の夜、ルーク様が野営地のど真ん中に現れたんだってよ」
「え? マジか? どういうことだ? もしかして降伏しに来たのか? いや、それなら今こうして進軍してるはずもないか……」
「何でもラウル様と話をした後、忽然と消えちまったって話だ」
「なんだそれ? 幻でも見たんじゃねぇのか?」
大将の目の前まで敵の侵入を許し、あまつさえみすみす逃がしてしまったとなれば、戦いを前にして外聞が悪い。
そこで昨晩のことは秘匿されることとなったのだが、どうやらすでに兵士たちの間では噂が広がっているようだった。
「あるいは、何か高度な魔法でも使ったか……」
「だとしたら思ったより厄介な戦いになるかもな」
「そもそもこれから攻め込むって街、ルーク様がたったの一年で作ったって話だろ? 実はとんでもない方なんじゃ……」
そうした兵士たちの気の緩みや不安を察したのか、家臣たちが声を張り上げて叱咤しているが、それもなかなか効果は上がっていない。
「ちっ、どいつもこいつも……」
兵士たちの様子に苛立ちながらも、ラウルは捨ておくことにした。
彼自身、この戦いに勝つのに、これだけの兵数が必要だとは微塵も思っていない。
ただあの忌々しい兄に、今の互いの圧倒的な力の差を見せつけて、恐怖のどん底へと叩き落してやりたかったからだ。
「(だが昨晩のあれは何だ……っ!? どこからともなく飄々と現れ、消えやがって……っ! それも泣きながら許しを乞うてくるかと思えば、まるで五千の兵など何とも思っていないようなあの態度だ……っ!)」
ギリギリと爪が食い込んで値が出るほど強く拳を握りしめ、戦いを前にラウルは誓う。
「ルーク、絶対にてめぇの顔を恐怖と絶望でぐちゃぐちゃに歪ませてやる……っ! そうだな……まずはてめぇに与した馬鹿どもから痛めつけてやって……くくく、俺の目の前で泣いて詫びる姿が目に浮かぶようだぜ……」
と、彼が暗い感情で嗤っていた、まさにそのときだ。
先頭の方が何やら騒がしくなったかと思うと、慌てた様子で家臣の一人が駆け寄ってきた。
「ら、ラウル様っ……た、大変です……っ!」
「何だ?」
「こ、荒野にっ……荒野にっ……」
どうやら荒野に予想外のものがあったらしい。
だが報告が要領を得ないため、自らの目で見た方が早いだろうと、ラウルは跨っていた馬を走らせた。
そうして彼らを待ち構えていたのは――
「………………………………………………………………………は?」
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