第107話 交渉決裂か
都市リーゼンを発ったラウル軍は、荒野のすぐ手前までやってきていた。
すでに陽は落ちかけ、篝火が焚かれている。
今夜はここで野営を行い、明日の戦いに備えるつもりだった。
「さ、先ほど斥候が戻ってまいりましたが、城壁を備えた街が確かに存在していたようです。高さは五メートルを超え、厚さもかなりのものと推測されると……」
「ちっ、あいつのギフトは『村づくり』だったはずだ! それのどこが村だ!」
報告を受けたラウルは、苛立ちで声を荒らげる。
「……まぁいい。どのみち、この五千の兵があれば落とすのは容易い。ついこの間、攻城戦を経験したばかりだしな」
先日のシュネガーとの戦いで、ラウルは実際に幾つかの都市を落としていた。
それらと比較しても上等な城壁を備えてはいるようだが、守護側の兵士の質を考慮すれば、その難易度は格段に劣るはずだ。
「所詮は難民や移民の寄せ集めだ。ロクな兵力はあるまい。……くくく、今頃はこちらの兵数を知って、震えあがっている頃だろう」
「「「……」」」
傍にいる家臣たちは「やはり五千も要らなかったのでは……」と心で思いつつも、ラウルが恐ろしくて指摘することはできない。
無論、ラウルには、降伏を迫るつもりもなければ、長期戦に持ち込むつもりもない。
正面から一気に攻め込み、首魁であるルークを捕らえる気だった。
と、そのときだった。
「やあ、久しぶりだね、ラウル」
「っ!?」
突然かけられたどこか気安い声。
それに聞き覚えがあったものの、ラウルは一瞬、幻聴かと思ってしまった。
なぜなら、ここはまさに敵陣のど真ん中。
こんなところにいるはずがない。
だが――
「あれから一年半ぶりくらいかな? うーん、僕と違ってまた背が伸びたね……羨ましい」
そこにいたのは、今まさにラウルが反逆者と認定し、捕らえようとしている彼の兄、ルークだったのである。
「ルーク……っ!? なぜ貴様がここにっ!?」
大将であるラウルがいるこの場所は、周囲を五千の兵たちが護る野営地の中心。
ここまで入り込む前に、必ず兵たちが気づいて騒ぎになっているはずだ。
しかしルークはただ一人、飄々とそこにいた。
その異常な状況に、傍の家臣たちも呆然として動くことができない。
「話をしに来たんだ」
「話だと!?」
「うん。この五千の兵で、僕の村と戦うつもりなんでしょ?」
「……はっ、なるほど、村……村? ……街を護るために自ら降伏しにきたってわけか」
どうやってここまで誰にも気づかれずに入って来たのか、その疑問はひとまず置いておいて、ラウルは鼻を鳴らして相手の意図を推測する。
「違うよ?」
「なに?」
「無駄な戦いはやめようって言いに来たんだ。僕が実家に反旗を翻すつもりだって言って、これだけの兵を集めたんでしょ? でも生憎と僕にはそんな気なんてさらさらないからさ」
「……」
「アルベイル家を継ぐ気もない。だって、今の村での暮らしで十分満足してるんだから」
ルークの断言に、家臣たちから呆れにも似た息が漏れる。
彼らも薄々は感づいていたのだろう、この戦いに本当は大義名分などないということに。
だがそれを許すまいとばかりに、ラウルは怒声を響かせた。
「黙れ! 俺は騙されねぇぞ! そうやってこちらを油断させ、戦いを回避しようとの魂胆だな!? 男としてこの世に生まれ落ちて、そんな野心のない奴がいるわけねぇだろうが!」
「うーん、ほんとなんだけど……」
困ったように頭を掻くルーク。
単身で敵陣に飛び込んでいる人間の態度とはとても思えない。
「交渉決裂か……まぁ、あまり期待はしてなかったけど。……ええと、さすがにそろそろ逃げないとマズいかな?」
どうやらようやく兵士たちが侵入者に気づいたらしい。
ラウルと話をしているためどうすればいいのかと戸惑いつつも、慌てて周囲を包囲していく。
踵を返すルークだが、すでに逃げ道は塞がれている。
しかし次の瞬間、
「「「っ!?」」」
誰もが我が目を疑った。
突然、ルークの姿が掻き消えたのである。
慌てて兵士たちがその場に駆け寄るが、もはや跡形もなくなっていた。
「い、いない……」
「一体どうやって……?」
「さ、探せ! まだ周囲にいるはずだっ!」
だが結局、どんなに野営地内を探し回っても、ルークを見つけることはできなかった。
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