第103話 調査は二の次三の次
「あ、あれが噂の……」
「本当にこんな荒野に街があったとは……」
荒野を横断する立派な城壁に圧倒されていたのは、新天地を求めてやってきた商人団だった。
「あそこは規制もほとんどなく、一部の商会による理不尽な独占もないと聞く」
「加えて、無料で店舗を貸し出してくれるって話だ。俺たちのような商売人にとってはまさに天国だな!」
「新入り、お前はほんとにツいてるぜ! これまで俺たちが意地汚ねぇ利権のせいで、どれだけ苦渋を飲まされてきたことか……」
新入りと呼ばれたのは、これと言った特徴もない、齢十七、八ほどの青年だった。
名はレイン。
ついほんの数日前にこの商人団に加わった、まさしく新米商人で、今はまだ商売の基礎を先輩から叩き込まれている真っ最中である。
そんな彼らの前に見事な城門が見えてきた。
他の街では一般的な入場料だが、この街ではそれも必要ないという。
その分、人々の自由な行き来は活発になり、結果的に街の経済は潤うことになるだろう。
やはり素晴らしい街だ、これだけでも統治者の有能さが分かる、などと楽しそうに話す彼らの中にあって、唯一、先程の青年レインだけが強張った顔をしていた。
「何の目的でこの街に?」
検問だ。
入場料を取らないが、街に怪しい者が入ってこないようにチェックしているらしい。
もちろん彼ら商人団は純粋に商売を行うためにこの街にやってきた。
何も後ろめたいことなどない。
……先ほどの青年レインただ一人を除いては。
「(だ、大丈夫……きっと大丈夫だ……今の私は完全に新人の商人……怪しまれるはずがない……)」
実は彼の一家は、アルベイル家に仕える家臣団の一員だった。
これまでこの荒野の街を調べるため、ラウルが幾度となく派遣した調査団。
しかし必ず荒野に入った直後から行方が分からなくなり、誰一人として領都に戻ってきた者がいないのである。
そこで彼の父親が一計を案じたのだった。
荒野の街で新たな商売を行おうとしている商人団に、自身の息子を新米商人として紛れ込ませ、そうしてしばらく商人として仕事をしながら密かに街の調査を行わせよう、と。
ただし、レインには諜報員としての経験などない。
もちろん彼は「諜報などやったことなどない。無理だ」と強く訴えた。
しかし父親は「かえって素人の方が怪しまれないはずだ。やれ」との一点張りだ。
家を継ぐ可能性の薄い三男坊など、どうなろうが痛くないのだろう。
それに家臣と言っても末端中の末端。
ここでどうにか功を上げ、それをきっかけに取り立ててもらおうという魂胆に違いなかった。
レインは命令に従うしかなかった。
幸いこうして上手く商団に潜り込むことができ、どこからどう見ても新米商人そのものだ。
「(だ、だけど、今までの調査団だって、移住希望者に扮していたって話だ……それでも見つかってしまったとなると……。い、いや、きっと何かバレるようなヘマをしたんだ! そうに違いない! 本当の商人として仕事をこなして、調査は二の次三の次……そうだ、それくらいでいけば……)」
「そこの若いの、大丈夫か? 随分と顔色が悪いようだが?」
「っ! し、心配は要りません! 長旅でちょっと疲れただけなので!」
検問官から指摘され、レインは慌てて適当な言い訳を口にした。
「(し、しまった……怪しまれたか!?)」
「……そうか。実はこの村には公衆浴場もあってな。あれに入れば体調なんて一気に治るぜ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら杞憂だったらしい。
そうしてどうにか検問を通過し、城門を潜ることを許されたのだった。
レインはホッと安堵の息を吐く。
「(街の中に入ってしまえば、ひとまず安心だろう……。それにしてもなんという街だ……これだけの防壁が二重に……)」
畑が広がる一帯を超えて二度目の城門を潜ると、そこはとてもここが荒野とは思えないほど、大勢の人々で賑わっていた。
と、そこへ。
ニコニコしながら、一人の少年がこっちにやってきた。
しかも真っ直ぐレインの方へと近づいてくる。
「初めまして。商人さんですか?」
「……な、何か用でしょうか? 自分、見ての通り新米なもんで、話しなら先輩たちにしてもらえると……」
なぜ明らかに頼りなさそうな自分に声をかけてきたのかと、レインが訝しがっていると。
少年がにっこり微笑みながら信じられない名を口にしたのだった。
「村長のルーク=アルベイルと言います」
「(ルーク様ああああああああああああああっ!?)」
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