第99話 力づくでも連れて帰ります
「な、なぜこんな荒野に、これほどの街が……?」
セリウスは困惑していた。
想像していたよりも遥かに巨大な街が、荒野に忽然と現れたからだ。
バズラータ家の領都をも凌駕する城壁に、思わず圧倒されてしまう。
この度の戦争で、セリウスはアルベイル軍とともに幾つかの都市を陥落させたが、その中にこれほどの城壁を持つ都市は一つもなかった。
しかも街に至るまでに敷かれている街道も、今まで見たことがないほど綺麗に整っている。
一体どれだけの歳月をかけて建設したのかと思ってしまうが、信じがたいことに一年前まではあの城壁も街道も存在していなかったという。
やがて、その城壁に勝るとも劣らないほどに立派な城門が見えてきた。
近づいていくと、衛兵らしき者たち――それらしい装備を身に付けているが、人相が悪くて一瞬野盗かと思ってしまった――が駆け寄ってくる。
「私はバズラータ家の使者セリウスだ。セレン姉上に会いにきた」
自身の身分と用件を伝えると、衛兵たちは少し驚いたようだった。
しばらく経ってから、街の中へと入ることを許された。
「これは……」
城門を潜ると、その先に広がっていたのは畑だ。
このような荒野で作物が育つのかと思ったが、よく見ると信じられないほど大きな作物があちこちに実っていた。
「ん? 何だ、あの巨大な木は……」
その畑のど真ん中に、見たことがないほどの大木が一本だけ立っていた。
セリウスの呟きを拾ったのか、案内してくれている衛兵が言う。
「ああ、あれは近づかない方がよろしいですぜ。村人以外には懐かなくてかなり危険なんで」
懐く?
意味が分からず首を傾げるセリウスだが、そこであることに気づく。
「(あの辺り、まるでドラゴンの顔のようにも見えるが……いや、まさかな)」
畑を超えると、再び城壁と城門があった。
どうやらこの街は二重の城壁で護られているらしい。
ますます攻め入る隙が見つからない。
もっとも、それは街を守護するための十分な兵力があったら、の話だ。
「なるほど。確かになかなかの活気だ。けれど、人口はせいぜい一万かそこら。しかも寄せ集めの移民ばかりと聞く。これでは到底、十分な兵力はないだろう。……それにしても、美味そうな匂いだな? えっ、ミノタウロス肉の串焼きっ? ぜひ一度食べてみたか――って、ダメだダメだ、ぼくは観光に来たわけじゃない!」
途中で予想外の誘惑に遭いながらも、セリウスは姉がいるという村長宅に辿り着く。
「ふん、もっと大きな城に住んでいるかと思いきや、大したことないんだな。うちの城の方がよっぽど……ん? 何だ、あの湯気が出ている池は……えっ、お風呂? あの広さでっ? しかも、いつでも好きなときに浸かれるだって? 羨まし……い、いや、そんなことはない! お風呂なんて、たまに入れれば十分だろう!」
何やら一人ぶつぶつ言っていると、そこへ一人の少年がやってきた。
「久しぶりだね、セリウスくん」
「ルーク殿……」
数年前にアルベイルの領都に行ったとき以来の再会だ。
しかしセリウスと同様、ルークも当時も見た目があまり変わっていない。
相手だけ男らしくなっていたらどうしようかと思っていたセリウスだが、ひとまずホッとしたのは内緒だ。
さらに姉のセレンも姿を見せる。
「姉上!」
「私は帰るつもりはないわ、セリウス」
開口一番、きっぱりと告げるセレン。
「そんなわけにはまいりません。父上が今か今かと、姉上の帰りを心待ちにしているのです」
「お父様が望んでいるのは私が帰ってくることじゃなくて、アルベイル家との強固な関係性でしょ?」
「……それも、我が家を思ってのこと。貴族の娘として生まれた以上、当主の意向に従うのが道理というものでしょう」
「じゃあ勘当してもらっても構わないわ。娘じゃなくなれば、別に好きにしたって構わないわけでしょ?」
「っ……どうしても、戻らないとおっしゃるのですね?」
セリウスは念を押すように問う。
セレンは迷う様子もなく頷いた。
「ならば……力づくでも連れて帰ります」
次の瞬間、セリウスが連れてきた護衛たちが一斉に武器を抜いた。
ただの護衛ではない。
バズラータ家を代表する最強の部隊で、今回の戦場でも大いにセリウスを支え、幾つもの戦功をあげている。
この状況を予期していたのか、どこかに身を潜めていたらしい武装した村人たちが、セリウス一行を取り囲むような形で姿を現した。
「(所詮は武器を手にしただけの素人だろう。こっちは戦場帰りの精鋭だ。ギフト持ちだって僕を含めて三人もいる。相手で警戒すべきは姉上だけ。その姉上も、実戦から離れて久しい。今のぼくの敵じゃない)」
このときセリウスは、自分たちの優位を信じて疑っていなかった。
まさか敵の全員が武技系のギフトを持っているなど、知る由もなく――
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