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第19話 絶命へのカウントダウン

最近暑くて汗が滝のように流れる……

 ーー氷雨サイドーー



   一方その頃。氷雨には、必殺必中のナイフが投げられ、絶体絶命の危機に陥っていた。


「さよならです。相川氷雨」

「……っ!!」


   氷雨は抵抗することもなく、目を瞑り、歯を食いしばる。


(ごめんなさい、緋那。私はここまでのようです……)


「…………………………?」


   氷雨はしばらくの間、目を閉じていたが、投擲されたはずのナイフによる途方も無い痛みがいつまで経っても襲ってこない。


「……あ」


   恐る恐る目を開けてみるとそこには、自分よりも幾分身長の高い女性の姿があった。


「青色さん!」

「よく頑張ったね。氷雨ちゃん」


   彼女が庇ってくれたのだろうか。でも、それならば代わりに彼女が痛みを受けているはずだが……


「ば、馬鹿な! あの結界から抜け出したの!? いや、それ以前に私のナイフを食らってなんでまだ生きているの!?」

「うん? まあ、今の私はあの時と違って万全の状態に近いですから。この状態に戻すのにかなり時間がかかるから苦労しましたが」

「一体、貴女は何者ですの……?」

「それもいずれ分かるでしょう。それで、どうしますか? 私がここに到着した以上はもうあなた達の好きにはさせないけど」

「あー……降参。私は降参ですわ。殺すなら好きにしてくださいまし」


   素直に彩里は白旗を揚げて、降参を宣言する。青色が万全である以上そちら側にはもう勝てないと察したのだろう。


「では、貴女の身柄はここで拘束します。それでいいですね? 氷雨ちゃん」

「いえ。彼女のそのでかい贅肉も引き千切ってからにしてください」

「おぉ……急にヤンデレっぽくなったわね氷雨ちゃん。よほど何か嫌なことを言われたのね」


   その言葉にひぃぃと悲鳴をあげる彩里。どうやらかなりのトラウマになっているらしい。男を弄ぶ技術に長けていても、女の子にはどうやら慣れていなかったようであった。


「でも、それは難しいわね。その件は後にしましょう。今は他の皆と合流しないとね」

「……わかりました。後にします」


   しっかりと青色に言質を取りつつ、彼女達は他の面々を探しに行くのであった。





 ーー蓮サイドーー


   互いに深手を負ったこの勝負も終わりに近づいていた。


   蓮はエネルギーの大半を『電磁砲撃』に使ってしまい、『雷神化』を保っているのでやっとの状態である。

   対して、一歩はその『電磁砲撃』をまともに食らったのにも拘らず、五体満足で生きている。それでも大ダメージを受けたことに変わりはないが、これは蓮に取って誤算であった。

   そして、さらに誤算なことにーー


「残念だったな。もう少し早ければ俺を倒せていたかもな」

「…………」


   一歩に『奥の手』を使わせてしまったことである。ダメージを負っていればいるほど、パワーと防御力が格段にアップする厄介な能力であった。この状態になった一歩は仮に蓮が全快していても、手が付けられない。


「さて、人思いにあっさりと……」


   ここで、彼は違和感を覚えた。

   自分の思うように身体を動かせないのである。まるで、自分の身体ではないようなーーあるいは自分の身体に鉛が纏わり付いたような感覚であった。


「な、なんだこれは……」

「確かに、今の先輩を相手できるほど俺の体力は残ってないっすよ」

「けど、あの技は《《磁力》》を帯びた攻撃だった。その磁力は地に敵を縫い付ける技でもあるんすよ。だからこの技を受けたやつは即死するか、生き延びたとしても、先輩のような例外を除き、地に這うことしかできないんすよ」

「いつの間にこんな技を……」

「俺だって先輩がいない2年間、何もしていなかったわけじゃないんすよ? そりゃあ、基礎基本は先輩に習いましたけどね」


   男子3日会わずば刮目せよ、などといった諺に倣うならば、この場合は2年間もの間、彼らは会わなかったのだから、より刮目する部分が多いということになる。2年もあれば誰であれ、大小問わず成長する。それが、成長盛りの男子であれば尚更である。

 

「これでもう先輩は身動き取れないでしょう? いくら『奥の手』が適用されていると言っても、攻撃が当たらなければ意味がないっす。防御力は雷で痺れさせてどうにかできそうですし」


   一歩がどれだけ頑丈な肉体をしていたとしても、千を超える雷撃を受け続けた以上、身体に痺れが残っているはずだ。その痺れを誘発させることができれば、無効化できると彼は考えた。


「俺がまさか成長した後輩に負けるとはな……嬉しいような悔しいような……そんな気分だよ」

「ま、俺もギリギリっすよ。もう『雷神化』を維持する力も残っていないっす」


   一歩に雷を流し込んだ後に蓮は『雷神化』が強制的に解ける。これで彼は完全に動けない身体になった。

   すると、周りに張られていた結界が勝者を判定したのか、元通りの景色に戻ると同時にガラスが割れるような音を立てて砕け散った。


「あ、いたいた。瀬戸内先輩! 無事だったんですね!」

「おーどうやら緋那ちゃん以外はこれで揃ったようだね」


   複数ある出口から、悠星、青色、氷雨、そして拘束され、気絶している彩里が姿を見せた。


「皆、無事だったんすね……それに青色さんも来ていたなんて。この事件を起こした奴ってよっぽど危険なんすね。俺ももうエネルギーが残っていないから助かりましーー」

「えっ……」


   氷雨がそう声を上げた頃には、一歩と蓮の腹部が死角から放たれた光線によって貫かれていた。先ほどの死闘によって体力がほとんど残っていなかった2人は電源の切れたロボットのようにぱたり、とあっさり倒れた。


「! 今の光線はどこから……」


   青色が光線の撃ってきた方向に視線をやると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


「まさか、こんなことがーー」


   それは、悪魔としか許容できない存在。

   ドス黒い二枚の翼と、禍々しい視線を放つ眼球。そして、黒く不気味な巨体から薄く透けて見える少女。それは紛れもなくーー花山緋那であった。




 ーーーーーーーーー

 ーーーーー

 ーーー




 咆哮を上げる。無差別に死の光線を撃ち放ち、翼を羽ばたかせる度に破壊と暴虐の限りを尽くす悪魔。

   それは、もう人間ではない。

   それは、もう少女ひなではない。


「緋那! どうしてしまったんですか! なんでこんなことにっ……!」


   氷雨が言葉を投げかけても、返ってくるのは理性を失った無慈悲な咆哮だけである。


「氷雨ちゃんダメです。今の彼女に何を言っても無駄ですよ」

「あ、ああアああアああアああっーー!!」


   変わらず、その悪魔は咆哮を上げる。しかし、その咆哮はどこか悲しそうで苦しそうに聞こえた。


「だったら、どうすれば……」

「この悪魔を殺すか術者に解除方法を聞き出すかのどちらになるわ。選択肢は2つに1つよ」

「それでは、まずは術者を探さないと……」

「ぐっ……がが……ぎ」

「!! 氷雨ちゃん伏せて!」

「!? は、はい!」



   瞬間。爆発が起きた。


   焼き焦がすような焼失、というよりは今にも存在ごと消え失せそうな消失といった方が正しいだろうか。その悪魔の一撃は、肉体的なダメージと精神的なダメージを同時に与えるものであった。


「っ……!」


   肉体的ダメージが悪魔による破壊攻撃。ありとあらゆる生命を殲滅させるに至る技。青色が瞬時に皆を守らなければ、跡形もなく消し飛んでいたであろう。そうでなくとも、皆一様に気絶し、ピクリとも動けないのだからそれは凄まじい攻撃であることが窺える。


   そして、精神的な攻撃だが、これは気絶した者と死んだ者に半永久的に悪夢を見せるというものであった。その人にとって嫌な思い出や自分が死ぬ夢を見させられる。階段から落ちる夢を見て、反射的に飛び起きることがあるように、それと似た夢を何度でも見させられる上、術者を倒さないとその悪夢から目を覚ますことができないのだからタチが悪い。

   青色も一瞬とはいえ、その悪夢を見そうになった。


「……おそらく、これが本来彼女が持っている力なのでしょうね」


   彼女は知っていた。緋那の能力は本来、ただの人間に向ける能力ではない。復讐する相手にこそ、その本領を発揮する。


   憎っくき仇と相対した時にーーすべての力をぶつけるために。


   何年もの間、復讐の刃を研ぎながら、今か今かと内心待ち焦がれていたことであろう。彼女は普段から復讐という言葉を使うことはなかったし、特段復讐に囚われているわけでもない。

   むしろ、腑抜けているようですらあった。だが、最近は彼女の復讐を連想させる出来事がたくさん起こりすぎていた。


   最初に模擬戦の本戦に参加するために彼女は過去に2回ほどバトルロイヤルに臨むも、能力の妨害ジャミングにより、敗退した。

   次に彼女は念願である模擬戦の本戦へと駒を進めたが、いよいよ決着ーーというところで敵に妨害された。

   トドメと言わんばかりに当人にとっては辛く、口にするのも憚れる自らの過去を話すことを強いられ、昔のトラウマを現在に引き戻してしまった。


   そうして徐々に増えていった不満、不服、不平といった負の感情は復讐心を誘発させて、誤まって力を暴発させてしまったのだ。つまり、今彼女にとっての復讐する相手というのは眼前に入った者すべてなのだ。

   ーーただ1人。彼を除いては。


「ほう。まだ生き残りがいたとはな。ま、その生き残りが貴様なら納得がいくというものだ。だが、かなり苦しそうではないか? 乾青色」

「あなたは……」


   差し挟むように言ってきたのは、如月涼夜きさらぎりょうや。この悪魔を生み出した張本人であり、彼が姿を現わすと同時に悪魔の動きがピタリと止まる。どうやら、彼が元凶らしい。


「その様子だと色々察したようだな。そうとも。私の能力である『悪鬼羅刹』は自分と他人の負の感情を増幅させることによって悪魔を作り出すことができる能力でね。その負の感情が昂ぶれば昂ぶるほど、強い悪魔が生まれる。そして、この悪魔は今までで最強の悪魔、というわけだ」

「……予測ができていたとはいえ、あなたは随分とペラペラと自分の能力について話すのですね」

「今の私は目的を達成できて非常に気分がいいのでね。せめてもの手向けさ」


   彼は、親に新しいオモチャを買って貰った子供のような笑顔を見せると、再び語り始めた。


「ふっふっふっ……長かったよ。ここまで来るのにはね。これが私が見た未来。これが私の掴んだ未来。……いよいよ私の復讐もこれで成就できるというわけだ」

「それで、彼女を見つけたあなたは鳶沢くんと波風さんに近づき、コンタクトを取った。適当にでっち上げた『天空落下計画』を彼らに信じ込ませ、言葉巧みに操って彼らを利用するだけ利用して最後はボロクズのように切り捨てたわけね」

「……流石に鋭いな。その通りだ。考えてもみろ。その計画の前提として、前回の『星の力』発動時である約6000万年前の恐竜を絶滅させたという隕石を落としたのを最後に、今までただの一度も発動していないのだぞ? そんな出来事を一体誰が立証できる? そんなことを真に受ける奴の方が悪いだろう?」


「……なるほど。自分以外は敵という認識なのね。猜疑心に囚われ、自分以外を信じられなくなった者の末路、と言ったところかしら」

「ふん。言ってくれるではないか、乾青色。だが、いくら貴様が強いと言ってもこの悪魔には勝てまい。ましてや媒介となっているのは、汝が大事に可愛いがっていた花山緋那なのだからな」

「むっ……」


   ならば、術者を倒すしかないなと思った彼女は涼夜を攻撃しようと構えるが彼は制止を促すようにこういった。


「……おっと、私を殺したとしても彼女は元には戻らんぞ。あの悪魔を動かしているのは不動の復讐心だ。時間が経てば経つほど、悪魔から人間に戻ることはできなくなる。そうだな。あと数時間もすればもう人間には戻れまい」

「……それは困るわね。あの悪魔をどうにかできるのは他でもない彼女自身、ということになるのかしら?」

「その通りだ。自らの闇と対峙し、復讐心と向き合って答えを見つけなければ悪魔と化し、より力が強力となる。そして、汝が無理に花山緋那を引き剥がそうとすれば死ぬ」

「悪魔になるか死ぬか。その二択しかないと。あなたはそう言い切るわけね」

「当然だ。彼女は何よりも復讐を望んでいるのだ。己の闇と向き合ったところで、答えは変わるまい。大事な人を目の前で失い、長い間1人で生き続けてきた彼女にはな」


   閑話休題。そう言わんばかりに涼夜は悪魔に命令する。


「さて。お喋りはここまでにするとしよう。さぁ、悪魔よ。この目の前にいる憎っくき仇に引導を渡せ!」

「ぅ、うがが……あああああああっ!」

「これは……マズイわね」


   辺りの重力が重くなり、動きが制限されると、次は空気を利用した鎌鼬カマイタチが彼女を襲う。


「っと………」


   寸前のところで避けると、今度は精神的自由を奪うために脳に直接干渉をかけてきた。


(これは……さっきの悪夢を見せようとしているのかしら)


   だが、同じ手は二度と通用しない。

   ここは抵抗レジストし、精神攻撃を防ぐ。しかし、それは悪魔もわかっていたようで、次から次へと攻撃を仕掛けてくる。


   ある時は、空気の振動や摩擦を無理矢理動かさないようにすることで一時的に絶対零度の環境下を作り。

   またある時は、逆に空気の振動と摩擦を無理矢理に高めて熱を生み出し、一時的に超高温の空間を作り出して、敵めがけてぶつけたりとーー彼女の能力の応用範囲の広さには度々目を剥く。


   重量操作、空気操作、精神攻撃はもちろんのこと、周りのものを使っての超攻撃的な能力は、どれもそうだが、それがさらに負の感情によって増幅し、洗練されている。模擬戦では見せなかった彼女の敵を必ず潰すという容赦のなさが窺える。

 

(これは……)


   攻撃を重ねれば、重ねるほどより強く。

   躱されれば、命中させようと着実に学習してくる。


「……危ないわね、全く」


   流石に味方を庇いながら戦うのは意外と辛いものがある。障壁に何割かリソースを割かないといけない上に相手はどんどん強くなっていく。

 

「驚いたな。まさかあの悪魔を相手にここまで食い下がるとは……だが、この状況も長くは続くまい」


「が、ぎぎ……ぐおおおおおお!!」


   依然として、彼女は理性を失いつつも悪魔としての特性と本能により進化を続けている。今でこそ、紙一重で躱したり、否したりして対応できているが、そのうちこの悪魔はそれすらも計算に入れて、凌駕するようになるだろう。

   しかし、そのレベルまで到達するには、この悪魔が膨大な実践を積み、貪欲に知識を得ようと学習して初めてでき得ることなのだ。


   彼の言う通り、この状況は長くは続かない。


   そう。この悪魔を倒すことは彼女にとってそう難しくない。最も難しいのは、彼女が自らの闇を自らの手で克服するのを信じてあげることだ。

   他人を信じるというのは、思いのほか難しい。それが不安定であるなら尚更だ。彼女が悪魔から正気を取り戻して人間になるよりも、悪魔になってそのまま暴れる方がずっと可能性は高いのだ。

   それでも、青色は彼女が人間として正気を取り戻す方を信じたい、と思ったのだ。


  (それまでは私が時間を稼ぐわ。だから、あなたは絶対に戻って来なさい)


   青色はそう思い立つと、自らの力を解放することに決めた。


筋トレはいいぞ

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