第七話 虚皇の城 ※
ラフレスタの東区画には古びた屋敷があり、ここが獅子の尾傭兵団のラフレスタでの拠点となっている。
建物の外見こそ古いものの、屋内は既に修繕が完了しており、外観から連想される古さは内部に微塵も残されていない。
これは自分達が快適に過ごせるようにとヴィシュミネが主導して工事を推進した結果である。
雇われたラフレスタの大工達はヴィシュミネの金払いの良さに気を良くした事に加えて、豊富な資金を惜しげ無く投入した結果、凄まじい速さで工事が完了していた。
そして、この工事で雇われた大工達も息を飲むような豪華な造りの区域が屋敷の奥に存在している。
金銀装飾や深い絨毯、大きな絵画で飾られた贅沢な造りに、思わずどこかの宮殿か?と問いたくなるような特別な区間。
そして、今、この特別な区間の主となっているのはこの内装に負けることのない上品さを絵に描いた金髪長身の青年皇族である。
「ジュリオ殿下、御加減はいかがでしょうか?」
豪華に飾られた区域の一室に設けられた広い浴室でジュリオは美女ふたりから介抱を受けていた。
「ああ、大分落ち着いたぞ」
半身を湯につけ、薄い布で腰から下を隠したジュリオはそう述べる。
上半身は適度に鍛えられた筋肉を晒しているが、太過ぎず、華奢過ぎずの体躯が彼の品格の良さを強調している。
ある種の芸術品のような彼の上半身だが、今はその身体をふたりの美女よりマッサージを受けている。
リーナとバネットは主人の身体を解すという第三皇子お付きの侍女としての仕事を忠実に全うしている最中なのだ。
今のこの状況に、彼女達は一切違和感を感じていない。
それは、このリーナとバネットが既に『美女の流血』と呼ばれる獅子の尾傭兵団の魔法薬によって洗脳が完了していたからである。
そうなってしまったのは、彼女達だけではない。
先刻、ひっそりと獅子の尾傭兵団に拉致されて『美女の流血』で洗脳させてしまったリーナが敵側のスパイとなり、皇子側の飲食に『美女の流血』を混入させることで、いとも簡単に洗脳された仲間を増やす事ができていた。
その餌食になったのは同僚のバネット、他の側近達、そして、本丸のジュリオ皇子にまで至る。
そんな事を許してしまったのはロッテルがデルテ渓谷で白魔女と対峙しているときであり、熟練の主要な警備者が留守になったのをいいことに、ジョージオ・ラフレスタ卿を初めとしたラフレスタの重鎮達もこの魔法薬の餌食となってしまい、こうしてラフレスタの支配層が獅子の尾傭兵団の幹部に完全に乗っ取られてしまったのだ。
そんなリーナとバネットは本日の夕刻にハル達がジュリオの別荘へと連行されたときに、影ながらジュリオの傍らに控えていたが、その後の騒動に参戦する機会はなかった。
それは影に控えるようジュリオより厳命されていた結果なのだが、忠実な家臣である彼女達にはこれが耐え難い命令であったりする。
彼女達は奥歯に物の詰まったようなもどかしさの元、それでも主人の命令を鉄の精神で忠実に守り、傍観に徹していた。
これは万が一、エリザベスとサラの奇襲が失敗した時、皇子を救出するための最後の保険だったが、結果的にそれは不要に終わった。
「ジュリオ殿下が倒れたとき、私は気が気ではありませんでしたわ」
「まったくです。あの守護者と呼ばれた赤髪の魔女共も微妙に使えませんね」
リーナの言葉にバネットが続く。
バネットの不満は守護者達がジュリオを危険に晒した事が発端となっている。
ジュリオはその事を察し、宥める言葉をかけた。
「ふたりともそうは言うな。これも予の身体が虚弱だったためだ。今はカーサ殿の処置によってこのとおり全快であるし、以前よりも内なる力が増しているやも知れぬぞ」
ジュリオはフフと涼しい笑いを浮かべ、現在は何も問題が無い様相を示す。
その凛々しい姿にうっとりとするリーナとバネット。
彼女達は既に仕事の枠を超えて、ジュリオと言う青年との逢瀬とも言えるこの時間を楽しんでいたのだ。
だが、そんな彼女達の幸せな時間をぶち壊すように、浴室のドアが無遠慮に開けられる。
「だっ、誰!」
突然の侵入者に驚き、リーナはお湯で濡れて自身の身体に張付く衣服の胸部を片手で隠し、もう片手は皇子を守るべく後ろへやった。
「おや? これは、これは、お取込み中だったようで・・・」
ドアから顔を見せたヴィシュミネは、たいして興味も無さそうにしながらも、口では非礼を詫びた。
「本当に無礼に人ね。殿下の湯浴みに何の断りも無く入って来るなんて・・・」
不愉快に顔を歪めるリーナだが、ジュリオはそんな彼女の肩を叩いて宥めた。
「まあよい。ヴィシュミネがこの場に現れたと言う事は、いよいよ始まったのだな」
「御意に」
ヴィシュミネが片膝をついて畏まる。
それが合図だったのか、彼の後ろから続々と人が入り、次々と平伏する姿勢を取る。
その平伏している人達はヴィシュミネ率いる獅子の尾傭兵団の幹部達に加えて、この街の領主であるジョージオ・ラフレスタ公、騎士隊総隊長ゲリッツ・ザレフト、官僚長ラルフ・エルモンドと有力な貴族の数名、そして、幾人かの警備隊の隊長達の姿もあった。
それなりに広い浴室だが、こうして二十人程が集まると手狭な感じになるものの、それを気にする者など誰も居ない。
ヴィシュミネの隣に畏まったジョージオが首を上げて言葉を発した。
「ご指示どおり、先程、独立宣言の公布をしてまいりました。我らがジュリオ殿下・・・いやもう既に『ジュリオ帝皇』とお呼びしましょう。我らはジュリオ帝皇に不変の忠誠を尽くす所存でございます」
「うむ。諸君らの忠誠は確かに受け取った。あとは予に任せよ」
ジュリオは湯場から立ち上がり拳を握る。
「おお!」
「まさしく、これこそは初代帝皇の再来であるな!」
「なんて素敵なお方。これこそ私達の帝皇!」
湯場の煙も相まり、ジュリオの凛々しい立ち姿に感動する人々。
彼らは自分達の信頼すべき指導者の姿に深く感銘を受けていた。
中には感動が極まって涙さえ浮かべている人もいる。
明らかに一種異様な光景だったが、この場でそんな事に疑問を投げかける人物など既に誰もいない。
そのような異様な熱気と感動が支配する中、カーサは乾杯のために杯をひとりずつに配る。
その杯にはなみなみと『美女の流血』と呼ばれる赤い魔法薬の液体に満たされていたが、この液体を怪しむ様子を見せる人は既に誰もいない。
ここにいる全員は、もう、この『美女の流血』を何度も飲まされているからだ。
そして、最後にジュリオ皇子がその杯を受けると乾杯の音頭を取る。
「我らの栄光のために!」
「「ジュリオ帝皇の栄光のために!」」
杯に入った液体を一気に飲み干した全員は早くも瞳が虚ろになる。
酩酊に近い状態だが、呼吸は上気というよりも安静であり、先程の熱気満ちた雰囲気から一転して静かになってしまう。
彼らはただ静かに空虚を見つめだけの人の形をした彫像のようであった。
異様な風景だが、今はこれもおかしいと思う者は誰一人としていない。
そして、彼らはひとり、また、ひとりと静かにこの場から去る。
彼らは既に個々の命令を受けており、忠実な機械のように自分に与えられた命令を果たすために、静かに行動を開始したからである。
最後にこの浴場に残ったのは若き帝皇であるジュリオとその侍女のリーナとバネット、そして、先ほど退出した者と入れ替わるように入ってきた守護者のエリザベスとサラになる。
リーナは浴室に入って来た彼女達の意図を見抜き、少々苛ついた口調でエリザベスとサラに文句を言う。
「何か用事がありまして? あなた達も早く持ち場に行きなさいよ!」
面白く無さそうにリーナはそう言い放ったが、エリザベスは悪びれる事も無く返答した。
「いいえ、私達の持ち場はココになります。主を守護し、そして、癒す事。それが私の使命ですわ」
さも当然のようにそう答え、エリザベスはおもむろにジュリオに身を寄せた。
そもそも彼女が着ていたのは露出性の高い衣装であり、彼女の悩ましい肢体を強調するものだ。
そんな彼女が自分の身体をくねらせて魅せると、ジュリオの鼻息は荒くなる。
「むう!」
こうして、エリザベスは若き帝皇を興奮させるのに成功した。
「くっ、生意気な小娘ね。少しばかり・・・大きいものを持っているからって調子に乗るんじゃないわ!」
胸が人並みサイズのリーナはエリザベスの巨大な乳房に戦慄を覚えて文句を言うが、その意見具申は若き帝皇には受け入れて貰えなかった。
「まぁ良い。エリザベスにはあのとき世話になったのだ。愛でてやる褒美を与えてやらねばならん」
ジュリオは片手を伸ばしてエリザベスの悩ましい身体に触れる。
「あぁ・・・主よ、気がお早いですわね。私とサラは、その・・・こういう仕事が初めてで・・・お手柔らかにしてくださいませ」
エリザベスはそう哀願し、そこでエリザベスは自分の相方であるサラに移す。
そこで、固まった状態サラの姿を発見して、エリザベスの口からは思わずため息が漏れた。
「サラ。貴女は一体何をやっているの! 早くお務めを果たしなさい。今こそ主にご奉仕する時ですわよ!」
自分がどうするべきかで固まっていたサラだが、エリザベスの言葉でハッとなる。
彼女の心には葛藤があった。
彼女の心の中にはいつもアクトがいた。
いつでも自分の一番はアクトのために・・・そういう想いがサラにあったからだ。
しかし、それは過去の話。
今の彼女が愛すべき相手はこの目の前にいる『ジュリオ帝皇』という存在だけである。
頭の中で、それが正しい事、という声が聞こえた。
それは正しい命令であり、自分が望む形でもあるのだが・・・何故か釈然としない。
特に、夕刻、自分と戦った相手の魔法戦士の男より発せられた言葉が頭から離れない。
『サラ! 俺はお前の事を絶対に助けるからな!』
それは同じトリア出身であるインディ・ソウルという男からの言葉・・・
その言葉はサラの心の中で大きくなったり小さくなったりと不安定だが、何故か印象に残る言葉だ。
「サラ、何をしているのよ! それともジュリオ様に恥をかかせる気!」
ここで何度目かのエリザベスの叱責に気付き、サラは頭を振り、内なる声を無視した。
「申し訳ございません。少し・・・いや、なんでもないです」
そう言いサラも慌ててジュリオに身を寄せた。
「ふ・・・今宵は四人による癒しか・・・予も応えてやらねば、失礼に当たるな」
ジュリオはそう意味深に呟き、美女四人からの愛に応えるのであった。
独立を宣言した新帝皇が、浴室で忠実な新領民から真摯な癒しを受けている頃、別の一室ではこの屋敷の所有者である傭兵団の団長と副団長が共に一夜を過ごしていた。
いつもベッドの中で寡黙なヴィシュミネにしては珍しく、今宵は笑いが堪えきれず、口元から声を漏らして笑いはじめた。
「く、くく・・・くくく・・・はははは」
「ヴィシュミネ様、どうされました? かなり愉快な様子ですね」
「これが笑わずにおられるか。彼らが滑稽で我慢ならん」
「フフフ、確かにそうですわ。あの者達は本気で独立なんかを宣言して・・・クスリで頭が正気じゃないから、できる事ですわ」
「まったくだ。これでこの街は落ちたも同然だな。あとは破滅に向かってどれだけ派手な祭りができるかだ。それを考えると愉快でならんぞ」
「このラフレスタはクリステよりも規模が大きく、エストリア帝国の首都の近くにあります。さぞや、楽しい祭りになりますわね」
「ふふふ、そうだな。願わくは私ももう少し仕事をさせて貰いたいものだが」
「まったく。ヴィシュミネ様は・・・」
カーサは少々呆れ顔になる。
これがヴィシュミネの悪いところだ。
彼の持病と言ってもいいだろう。
彼は強者との戦いに渇望する趣向を持つ。
それもかなり強い欲求であり、この事をよっているカーサとしては頭の痛い問題であった。
戦いに没頭するあまり、撤退のタイミングを間違えなければいいのだが・・・と、いつもの心配事が脳裏に過る彼女。
「ふふふ、カーサよ。明日から忙しくなるぞ。フハハハ」
ヴィシュミネの不気味な笑いはこれからラフレスタに降りかかろうとしている狂気を予感させていた。
これにて第九章は終わりになります。特に増えていないので登場人物も更新しておりません。




