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第五話 統領の正体

 

「サラーーーっ!」

 

 悔しさに打ちひしがれて、自分の左手の拳で床を打ち付けるインディ。

 

「止めろ、インディ! それに今のお前は重症者だ。落ち着いてもっと自分を大切にするんだ!」

 

 インディへ冷静に成れと訴えるアクト。

 それほどまでに彼の負った怪我は深刻である。

 右腕が折られ、天井と床にぶつかった事で他の部分も何ヶ所か骨が折れている状態である。

 内臓にも傷を負っている可能性があり、口からも出血が認められた。

 

「ハル、キリア! 頼む」

 

 アクトは親友の命を救うべく、治癒魔法の使い手たちに助けを請う。

 近くにいたハルは急ぎインディに治癒魔法を施す。

 彼女は今、白魔女となっているため、膨大な魔力を使った強力な魔法を短時間のうちに施術することができる。

 ハルの短い詠唱が終わると、優しい光がインディを包み、折れて変な方向に曲がっていた腕は瞬く間に元の姿へ戻り、他の骨折部分も一瞬のうちに修復していく。

 傷の痛みが引き、インディの顔から険しさが減った。

 

「ハア、ハア・・・あ、ありがとう、ハルさん」

 

 彼はまだ息が上がっていたが、それでもハルへ感謝の言葉を優先させるインディ。

 

「まったく。アクトといい、アナタも大概無茶するわね。まだ痛むでしょう。無理しないで安静にしなさい」

「いや駄目だ。俺はあいつの所に行かないと!」


 ハルの支えの振り切って起き上がろうとするインディ。

 しかし、ハルが彼の頭を優しく撫でると途端に静かになった。

 インディに睡眠の魔法を使ったからだ。

 ハルは駄目押しとばかりに、さらにインディの頭を二三回撫でると、やがてインディはゆっくりと目を閉じて脱力する。

 そこにキリアが遅れて近付いてくる。

 

「インディさん、大丈夫ですか!」

 

 キリアは必死の様相でインディの安否を確認するが、彼は何も答える事ができず、代わりにハルが落ち着いて説明した。

 

「大丈夫よ。既に応急処置は行ったわ。興奮していたから魔法で強制的に寝かせたけど、命に別状はないと思う」

 

 キリアは治療のプロとしてはハルの言葉をそのまま完全に信じられなかったのか、インディが骨折を負ったと思われる箇所を触り、そして驚きの表情になる。

 

「凄い! 魔術師の魔法でも本当に治っている」


 キリアが驚くのも無理はない。

 治癒という魔法は高度な過程を必要としており、一般的な魔術師でも簡単な傷ならば対処可能だが、ここまで完全に治すというのは聞いた事は無い。

 怪我を治すのはキリア達のような修道僧の行使する神聖魔法が一番効率良く、また、効果も大きいのが一般論である。

 

「身体の組織の記憶を遡り、一時的に時間を巻き戻しているだけだわ。文字どおり一時的だから永遠に身体を魔法で騙し続ける事はできない。私の魔法でも一ヶ月もすれば効果は切れてしまう。それまでに自然治癒すれば結果的に問題はないけど、できなければ元の木阿弥。本職のキリアがしっかりと治してあげて」

 

 ハルの言葉に納得したキリアは、正式な手順に基づき怪我を負っているはずのインディに癒しの魔法を掛けていく。

 ひとつひとつ丁寧に彼女の信仰する神に祈りながら魔法をかけているので、ある程度時間のかかる作業だが、ハルの施した魔法に次々とキリアの魔法が上塗りする形で治癒を進行する。

 そして、それなりの時間をかけて治療が終わり、インディを安静にするため、彼はこの屋敷の使用人に託される事になった。

 ひととおり緊急の治療が終わり、この場に張り詰めていた空気の緊張が幾分か緩み、ハルとアクトは改めて、現場に残された人達に目を向けた。

 彼らは少し呆けたようになっていた。

 人間はあまりに多くの情報に触れると、その現実に頭脳の処理が追い付かず、呆然としてしまうのだろうか。

 今の状況が正にそうだが、それでも年長者であるグリーナ学長は教え子であるハルやアクト達の手前、なんとか、いつもの調子に戻ろうと自身のプライドにかけて努力する。

 

「本当に、今日は驚かされる事が立て続けに起こりますね」

 

 彼女はため息混じりに乱れた白髪を直し、ハルとアクトに向き合う。

 

「まずは、ハルさん、アクトさん、助かりました。貴方達が機転を利かせてくれなければ、私達は今頃あの世に行っていたでしょう。ありがとう」

 

 グリーナ学長はこの場を代表して、自分たちの教え子に素直に礼を述べる。

 

「本当に助かったぞ。儂もあんな凄い魔法を見たのは初めてだが、今回は運がいいのか悪いのか・・・結果的にはなんとか助かったというところだろうな」

 

 気が付けばゲンプ校長もグリーナ学長の脇にいる。

 そして、選抜生徒達、警備隊のロイ隊長とフィーロ副隊長と、アクトとハルに縁のある人達が集まってきた。

 彼らは一様にアクトとハルの無事の帰還を祝福し、そして、自分達を守ってくれたことに感謝の言葉を述べる。

 そして、彼ら脇ではロッテルが両手を地面につけて「何故だ・・・」と落ち込む姿が印象的であった。

 彼としても、未だにジュリオ皇子の変貌を受け入れられないのだろう・・・

 そんな事を考えてしまうハルだが、グリーナ学長の言葉で再び周囲の視線が集まってくる。

 

「とりあえず、先程はいろいろな事がありましたので、改めて整理させてください」

 

 彼女の提案に皆が合意する。


「まずは、ハルさん。貴方は世間を騒がせていた白魔女だった・・・そうですね」


 言葉ではそう言いつつも、見た目や印象があまりもハルとは違い過ぎるその姿にグリーナはまだ俄かに信じられないというのが内心だ。

 果たしてハルは首を縦に振りグリーナ学長の言葉を肯定し、被っていた白魔女の仮面をゆっくりと外す。

 そうすると、光の輪がハルの頭の天辺に現れて、この光が優しくハルの全身を覆うと、やがてその光が収まった。

 そうすると、髪の色、目の色、肌の色、服装が元のハルの姿に戻る。

 いつものゆったりとしたアストロ魔法女学院謹製ローブを着た女生徒のハルの姿である。

 

「やはりハルさんですね。私も一流の魔術師を自負していますが、それでも俄かに信じられないほど完璧な変化の術です」

 

 この期に及び彼女の魔術師としての技を高く評価してしまうグリーナ学長は、彼女の職業病のようなものなのだろう。

 

「このことに、アクトさんが全く驚いていない様子から察するに、貴方は既にハルさんの正体を知っていたようですね」

 

 グリーナ学長の指摘にアクトは黙って頷く。


(黙って肯定ですか・・・彼にとっては酷だったのかも知れません。自分の敵と認識していた存在が、身近な彼女だったなんて・・・でも、あの落ち着きよう。ハルさんが自分の正体を彼に打ち明けた時、絶対に何かありましたね・・・)

 

 いろいろと勘繰りそうになるグリーナ学長だが、現在、この場で詳しい事を聞くのは適切ではないと判断し、別の話題に切り替える。

 

「わかりました。いろいろと聞きたい事もありますが・・・細かい話は後日としましょう」


 この場で深い追及をされなかったハルはグリーナ学長に内心で感謝をしつつも、その前に別の意味での謝罪を述べた。

 

「グリーナ学長、まずは研究室の備品を勝手に持ち出して、申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げるハル。

 彼女は自分の非を素直に認める形だ。


「いいのよ、ハルさん。貴方としても追い詰められて、どうしようもなかったのは理解しているわ。研究室の備品については後で返却してくれれば、今回は特別に許しましょう。それよりも、今はこれからをどうするかが重要ですね。これは私の勘なのだけど・・・これからはあまりいい事が起こる予感がしていませんから」

 

 グリーナの予言に他の皆も互いに顔を見合わせる。

 それは、ここにいた全員が全く同じ予感を持っていたからである。

 

「次の話題に変えましょう。貴女が白魔女だとすると、ハルさん、貴女は『月光の狼』ともつながっているという事になるわよね。どこまでの関係で、彼らや貴女は、どういうことを最終目的に行動していたのかしら?」


「確かに私は『月光の狼』とは協力関係にありました。それについては・・・」

 

 ハルは何もない空間の方に顔を向けられる。

 グリーナ学長から、そっぽを向く形となる。

 

「皆の前では言いにくい事かしら? それならば、場所と時間を改めて聞かせて・・・」

 

 ハルの様子からグリーナ学長はそう勘繰ったが、それは間違っていた。

 

「いや、そう言うことじゃないんです。それは私の口から話すよりも、本人達から直接話してもらったほうがいいかなと思って・・・そこに居るんでしょ? 姿を現したら!」

 

 ハルは何もない空間にそう叫ぶ。

 しばらく経つと、その何もない空間が歪んで、その風景がまるで絵になっている様にペロリと剥がれて、その中からふたりの人物が姿を現した。

 

「ライオネルさん! エレイナさん!」

 

 アクトはその見覚えのある顔の名前を口にする。


「本当に、今日は・・・いったい、何回、人を驚かせれば気が済むの、あなた達は!」


 グリーナ学長は驚きと共に呆れ顔になる。

 何度も何度も驚かされたために、慣れてきたのかも知れない。

 そんなグリーナ学長を他所に、ハルはふたりに向かって話始める。

 

「どうせ、初めから見ていたんでしょう? ライオネルとエレイナ」

「ハルさんの姿で、我々の名前を呼び捨てにされると、少し違和感がありますな。あははは」

 

 少しバツが悪そうに頭を掻く姿は、彼が大商会の会長で、その裏では義賊団の首領だった人物とはとても思えないほどに人懐っこい姿であった。

 しかし、彼は意を正し、皆と向かいあう。

 

「そうです。私たちは初めからここに侵入していました。もし、万が一の事があれば、ハルさんをお助けしようと思っていましたが・・・それは少しお節介でしたね。ハルさんには既に優秀な騎士が守りについていたようですし」

 

 ライオネルの比喩的な褒め言葉に、アクトは少しだけ恥ずかしくなるが、それも今更である。

 

「それにしても、ハルさんの作ったこの隠密行動用の魔道具はとても優秀ですな。恐らく、ハルさん以外の誰も我々の存在を気付けていませんでしたよ。アハハハ」


 彼が愉快に笑えるのは、決してこの魔道具が素晴らしいと自慢している訳ではなく、ハルが無事であり、その以外の人も無事だった事が主な理由である。

 特にハルにはライオネルが一生かかっても返しきれない程の恩があり、こうして無事な姿を見られた事で彼は自分の心を愉快にしていたのだ。

 ちなみに、この隠密行動用の魔道具はハルがエレイナ奪還作戦のときに作った魔道具の使い回しである。

 この魔道具は『消魔布』と命名しているが、その名の示すとおり使用者の気配と魔力の全てを隠蔽し、風景と一体化する事のできる魔法の布なのである。

 あの作戦の最後の切札となった『消魔布』は、未だ誰にも見抜かれていない隠密性があり、大いに役立っている。

 重要な軍事物資にもなりえない代物であり、この場に居合わせた何人かは、この『消魔布』に大きな興味を持つが、ライオネルはその視線を敢えて無視し、自分の話を進める。

 

「さて、月光の狼の事に関しては、首領である私の口から述べさせていただくとしよう」

 

 ライオネルは位を正して、グリーナ学長と向き合った。

 その井出達には誠実さがあり、どこかに気品も漂っていた。

 この時、グリーナ学長の直感でこのライオネルという人物は、義賊団の首領はおろか、一介の商会の会長という人物よりも大きい器であると評価していた。

 

「まず、最初に言っておくが、我ら『月光の狼』は白魔女と協力関係はありましたが、アストロ魔法女学院生のハルさんとは魔道具の取引相手以上の関係はありませんでした。白魔女の正体がハルさんであると私が知ったのもごく最近です。エレイナを奪還する作戦の直前でしたので、一週間と経っておりません」

「それは本当なのですね?」

 

 グリーナ学長は真偽をライオネルに問いかける。

 

「グリーナ学長。義賊団の首領である私を信じて欲しい、と言ってもおかしい話かも知れませんが、これが真実です」

「・・・いいわ、今はアナタを信じましょう」


 普段から徳が高く、善なる人としての印象の深い彼女が「信じる」と言ったことにより、ライオネルに対する周辺の人間からの視線は随分と柔らかくなった。

 

「グリーナ学長、私を信じていただけるようで感謝します。そして、質問にあった私達の目的についてお答えしましょう」

「続けて下さい」

「『月光の狼』の活動の最終目的は、虐げられた立場にある人達の地位向上であり、それは特権階級に居る人間だけが既得権益を得ているこの現状を打破して、新しい社会構造を作る事です」

 

 ここでライオネルの話を黙って聞くゲンプ校長がそれに首を突っ込んできた。

 

「なるほど義賊らしいな。しかし、教育者である儂が言うのも何だが、綺麗事だけではこの世の中は回るまい。特にこの帝国は帝皇を頂点とした貴族共が支配している社会である。非常に残念なことではあるが、上に立つ者が常に正しき者とも限るまいな」

 

 ゲンプ校長が言うように、支配者階級の人物の全てが公明正大で完璧な人格者で占められているとは限らないのだ。

 ゲンプ自身も今まで苦い経験をしたことが何度もあるため、世の中の理不尽さについては理解していた。

 しかし、それを受け入れるのも、帝国で平穏に暮らしていくには必要な能力である。

 

「ご指摘のように、現実はそう甘くはありません。我々の唱えている理想論がどれだけ夢物語であるかは、実は私でも解っているつもりですよ。ハハハ」

 

 軽薄に笑うライオネルの姿は、見る者によっては本当に真面目な活動家なのかと疑うところもあるが、ゲンプ校長やグリーナ学長などの人生経験のある者は、彼のそんな表面的な態度に騙される事は無い。

 

「ライオネルさん。そろそろアナタの真の目的を教えて貰えないかしら。私達も莫迦ではないのよ」

「なるほど。流石にグリーナ学長とゲンプ校長は、私の事をある程度はお見通しのようですね。本来ならばもう少し隠しておきたいところでしたが・・・もう、そういう状況ではないでしょうから、隠す必要も無くなりました。全てお話しましょう」

 

 ライオネルは咳払いをひとつすると、自身の雰囲気を一遍させる。

 それまでの、物腰柔らかでありながら、時折、人を食ったような愉快な態度の男性から、凛々しく、そして、厳しい目つきをする男へと自身の雰囲気を変貌させた。

 

「まず、私の生来の名前は『ライオネル』ではありません。私の本当の名前は『ヴェルディ』と申します」

 

 彼の話を聞く者達の中で、この名前に最も反応した人物が一名。

 

「えっ!?」

 

 その声はユヨー・ラフレスタだった。

 彼女とライオネルの視線が交差する。

 

「そこのユヨーさん。私の名前でピンと来たようだね・・・そう。私の名前はヴェルディ・ラフレスタだ」

 

 その言葉に衝撃を受けるユヨー。

 

「そ、そんな・・・叔父は死んだと・・・」

「そう聞かされていたのだろう、ジョージオ兄にね」

 

 ユヨーはライオネルの言葉に、思い当たる節があったのか、愕然となる。

 死んだはずの自分の叔父が、突然目の前に現れて「今は生きている」と言われれば混乱するものも当然だ。

 そして、ユヨーとは対象的にゲンプ校長はライオネルの言葉に懐疑的な視線を送っていた。

 

「儂は立場上ジョージオ・ラフレスタ公とも面識はあるが、彼と貴殿とは容姿があまり似ておらんな」

 

 ゲンプ校長はライオネルの言動が本当かと疑っている。

 

「そう言われると思っていました。実は私はラフレスタ家から追放された身でね。追放の際に一種の呪いの様な魔法を受けてこの姿を変えられています。ああ、私の話が信じられないのは解ります。だからこれは私の戯言と受け取ってもらっても構いません。今更に私は自分がラフレスタ家の者だと強く主張したい訳ではないのですからね。それに、私はこの『ライオネル・エリオス』という名前が最近はとても気に入っているのだから・・・」

 

 ライオネルはそう述べて、清々しい顔をした。

 しかし、そんな姿に異を唱える者が一名、現れた。

 

「う、嘘だ!そんなはずは無い!」

 

 ライオネルの生い立ちに疑いの顔を隠そうともせず、そんな反応をしたのはアドラント・スクレイパー。

 

「そんなはずはない。貴様があのヴェルディ様だと! あるはずが・・・ない! そんな・・・」


 アドラントは生前のヴェルディと親交があった。

 だから、彼の名前を騙ろうとする・・・そんな疑いの目をライオネルに向けたのだ。

 しかし、このライオネルはそんなアドラントに落ち着いて対応をした。


「アドラント・・・君の家の三階の屋根裏部屋は今も健在かね?」

 「なっ、何故、それを!」

 

 ライオネルから裏部屋の存在を聞かれたアドラント・スクレイパーは驚愕し、それ以降、口をつぐんでしまう。

 彼の家の屋根裏部屋には・・・秘密のモノが隠されていたのだ。

 

「・・・・」

「まぁ、アドラントが私を疑うのも無理のない話だろう。歳も同じで、過去の私と親交のあった君の事だからな。私が亡くなったとされていたとき、君はひどく落ち込んだこともよく知っている」

「まさか・・・本当に・・・」

 

 アドラント・スクレイパーは驚愕の真実を認めるべきかどうかを自分でも決められず、しかし、彼の中で淡い青春の思い出が詰まったあの「秘密の小部屋」を知る存在は、あの頃に親交の深かったヴェルディの以外に考えられない。

 彼の妻や子供にさえも秘密にしているのに・・・

 そうなると、この目の前の人物は・・・本当にヴェルディ・ラフレスタということになる。

 彼の驚愕に固まった表情が、ライオネルの話の真実性を物語っていた。

 かつての自分の友とも言えるアドラントが驚愕の彫像と化してしまったため、ライオネルは彼を置き、初めに質問されたゲンプとの話合いを再開する。

 

「お話が逸れましたな。結局、私が何を言いたかったのかというと、自分がジョージオの弟であり、かつては彼とラフレスタ家の跡目を巡って争っていた身内だと言う事実です」

「なるほどな。それが真実だと仮定すると、貴殿は自分を追放したラフレスタ家や兄に復讐を果たしたい・・・そして、ラフレスタの当主に返り咲くこと。それが貴殿の真の目的か!」

「ハハハハ、流石はゲンプ校長ですな!・・・っと言いたいところですが、残念ですがハズレです」

 

 ライオネルはしてやったりと、悪巧みの成功した少年のようにニパッと笑顔を覗かせる。

 そこには、つい先ほど見せた威厳の欠片を魅せる人物と果たして同一人物なのかと思えるような変わり身の早さであった。

 こういうところが、今のライオネルの悪い癖なのだが、人の性格を変える事はそうそうできないため、これはしょうがない事だ。


「確かに一時期、私はジョージオ兄やラフレスタ一族を恨み、復讐も考えた事がありました。しかし、現在、そんな気持ちは薄らいでおります」

「・・・」

「あの頃の私は幼かった。自分が生まれ持ったときに与えられた過分な権力を、すべて自分の力だと勘違いしていたのですよ。領主の息子と言うだけで黙っていても、皆が私に便宜を図り、恩を売り、頭を垂れた。それも当然だと私は思っていた。ユヨーさん、アナタもジョージオ兄からヴェルディ弟の悪評をいろいろと聞かされていたのではないでしょうか?」

 

 ユヨーは、恐れながらに、ゆっくりとその指摘を肯定する。

 

「そうですよね。私はジョージオ兄の事を散々虐めましたからね。あ!? ユヨーさん。ジョージオ兄に対して憎しみだけがあった訳ではありません。ただ、あの時は『長男』と言うだけで様々な物を手に入れていた彼が許せない事もあってね。散々と嫌がらせをしてしまいました。今となっては、当時のラフレスタの家長に怒られて当然の事をしたと思っています。だから私を怖がらないでくれるとありがたい」

 

 ユヨーの顔が強張ったのを見てライオネルはすかさずフォローを入れた。

 

「しかし、あの頃の私は酷かった。自分の力を誇示するために躍起になっていたものです。だから、家族にも嫌われたのでしょうし、あの時の家長であった父が亡くなる前後に、私は家族総出で()められ、暗殺されそうになったのです」


 ライオネルは遠い眼をしていた。

 今の彼は過去を思い出していたが、それは遠い昔のような記憶。


「それでも、最終的に暗殺される事はなかった・・・いや、できなかったと言うべきでしょうね・・・皮肉にも、私が救われたのは、父の子飼いだった魔術師に行わせた誓約によるもの。私達兄弟は自分を殺した者を殺し返す『呪い』のような魔法がかけられています」

 

 ライオネルはそう言うと左腕を捲くって上腕部分描かれた刺青のような紋様を掲げた。

 

「この紋様、今は亡き父が我ら兄弟すべてに施したものです。ジョージオ兄にも同じものがあるはずですよ」

「・・・見た事は・・・あります」

 

 ユヨーは自分の父であるジョージオに同じ紋様があるのを認めた。

 

「これは父が我々の跡目争いを危惧して互いを傷つけないように施したものでした。特に当時は私がジョージオ兄を殺めるのではないかと周囲の人間は危惧していましたから・・・でも、実際には逆になりそうでしたけどね、ハハハ ・・・結果的に自分を犠牲にしてまで私を殺害したい者が現れる筈もなく、私は運良く生きながらえる事ができました・・・皮肉なものです」

 

 ライオネルはそう言い終わると、捲くっていた袖を戻して話を続ける。

 

「結局、私はその父の子飼いだった魔術師の作り出した魔法の秘薬で姿を変えさせられ、ラフレスタ家から勘当を受けました。ラフレスタ家と僅かに所縁だけが残る貧しい商会のひとり息子として引取られ、そして、セレステア家からは私の監視役が出されました。その監視役だったエレイナには結果的にいろいろと苦労をかけさせました。それだけは申し訳なかったと思っています」

 

 ライオネルは自分の脇にぴったりと寄り添うエレイナの頭を撫でた。

 これ対して、エレイナは万感の想いで目を閉じ、ライオネルからの謝罪を幸せそうに否定した。

 

「いいえ。あのときの私は、貴族としての責務を果たしただけです。それにこれは、私達の運命だったのでしょう。まったくの後悔はありません」

 

 エレイナはライオネルの手を優しく握り、そして、その美しい顔を紅く染めた。

 幸せそうなエレイナを見た周囲の人間は、このふたりが今、どのよう関係にあるのかを容易に想像する事ができる。

 そういった周囲からの視線をいちいち気にする事も無く、ライオネルは自分の身上話を続ける。

 

「こうして、私はエリオス家の人間に生まれ変わりました。そして、そこでは非常に多くの事を学びました。世の中がいかに理不尽に溢れているのか。権力を持つ人間が、持てない人間をどう扱ってきたのか。少しのお金のために人生や人間関係を滅茶苦茶にしてしまう者。弱い者がさらに弱い者から搾取している事実。そして、かつての自分がどれだけ傲慢で偽善者だったかを思い知らされる日々でした」

 

 ライオネルが、この街の貴族の頂点であった存在から、商家としては中流以下のエリオス家の人間になった事実は、彼に驚きと苦労の連続を与える毎日であった。

 しかし、ここで腐らなかったのが、この男の才能なのかも知れない。

 自分の境遇を逆恨みせず、何が悪かったのかを自問自答し、そして、自らを更生する事に成功したのだ。

 そういう意味では、このライオネルと言う男の根幹には善なる心があったのかも知れない。

 

「こうして月日が流れ、私はライオネル商会の経営の全てを育ての親から受け継ぎました。初めは微々たるものでしたが、それでも利益を徐々に積み重ねて、この商会は確実に大きくなっていきました。どうやら私には商才というものがあったらしい。こんな私にも才能を残してくれた神に感謝しつつも、私はこのまま静かに暮らして余生を全うしよう、そう思っていた・・・しかし、運命は私が静かに暮らす事を許してはくれなかったのです・・・私の商会が大きくなるにつれて、厄介事に接する機会は増えてきました。中でも権力闘争や利権争いの類は頻繁に遭遇しています。私は自分の身を守るため、そして、この商会に関わる全ての人々を守るために、これらの謀事に対処する必要に迫られました。しかし、元より私はこのラフレスタの貴族社会で頂点にいた存在です。幼い時より権力闘争は日常茶飯事であり、そんな私から見れば商会程度の権力闘争など戯言のようなものです。こうして、私はそれらの問題を難なく対処して、自分の身に降りかかる火の粉をひとつひとつ排除していきました・・・そして、気が付くと、私の一派とも呼べる多くの仲間ができていたのです。仲間の多くは利権闘争の際に助けた立場の弱い人々であり、それに加えて、かつては敵だった人達も私の仲間に加わりと、様々ですが、今では私を盟主として慕ってくれる存在です。そして、大きな契機が訪れる。育ての両親だったエリオス夫妻が老齢で亡くなったのです」

 

 ここでライオネルは大切な事を思い出すように目を閉じる。

 

「私のような中途半端者を自分の子供と同じように愛を注いで育てくれた。しかも、清く生きる事の大切を教えてもらった育ての両親・・・返しきれぬほどの恩があったのに、本当に何も返せなくなってしまった。これを契機に私はある決断をします。残りの人生は弱き者のために使おうと。弱き人のために戦おうと。少なくとも彼らが虐げられる事の無い社会を実現してみたいと思うに至ります。このために残りの人生を捧げよう。そう誓ったのです」

 

 ライオネルは力強く誠実な眼で、自分の正面の聞き手に徹するゲンプ校長を見据える。

 その眼の裏に宿る強い力はライオネルの意思の強さを示し、彼の誠意が十分に伝わっていた。

 

(彼の言葉に嘘はないように思えるが、その真意が本物かどうかは・・・解らないな)

 

 ライオネルの真意を図りかねていたゲンプ校長だが・・・

 

「ライオネルの言う事は本気よ。彼は本気で、健全な商会が自由に、安全に、平等に取引のできる社会の実現を模索していたわ」


 と、ハルが口を添える。

 それに応えたのはライオネル本人であり、「ハルさんには敵いませんな」と笑みを浮かべる。

 周囲には、この身内贔屓なハルの発言こそ、信用ができないと思う者もいたが、ライオネルは補足をする。

 

「ハルさんの言うとおり。私の目的は平等で公平な社会を実現させたい。ただそれだけなのです。しかし、この簡単な事ひとつ・・それがどれ程この世で難しいかは解っているつもりです。そういう意味も含めての決意でした」

 

 ライオネルはそう言い切る。

 そこに嘘は感じられず、周囲の者もようやく納得いった顔付きをする。

 全員の批評を総括する意味で、この場の年長者であったグリーナ学長が口を開く。

 

「ライオネルさん。アナタの目的や生い立ちは理解しました。そして、ハルさんはこのライオネルさんの『独立運動』とも言える主張に共感し、結果的に協力した。そういう言うことでいいですね」

 

 グリーナ学長の問いかけに微妙な顔つきになるハル。

 

「うーん、それは微妙に違います。私は基本的に傍観者。ライオネル達がどうなるかを見ているだけ。時々、少々助けることもあったけど、それも無償ではないわ。報酬もしっかり貰っているし」

 

 ハルのこの一見無責任とも思える発言には、それまで黙って聞いていたクラリスが我慢できなかったようで、会話に割込んできた。

 

「そんなのずるい! 薄ら暗い事は他人に任せて、自分は高みの見物だなんて・・・」

 

 ハルの行動を批判するが、それについてはライオネルが弁明した。


「ハハハハ。まぁ、そうハルさんを責めないでください。私には私の人生の目標があるのと同じく、ハルさんにはハルさんの人生の目標があります。ふたりの思惑が重なる部分だけを少し助力して貰ったと私は認識しています。だから、私はそれでいいのですよ。ただし、ハルさんにとっては”少々”程度の事だったのかも知れませんが、我々にとっては計り知れない大きな助けとなっていたのも事実です。ハルさんの助力なしに、今の我々の姿は無いと言っても過言ではありませんからね」

 

 ライオネルはそう断言する。

 

「ハルさんは、白魔女として圧倒的な力を持ちますが、彼女の一番の魅力はそれではありません。今まで誰も聞いたことのない魔道具を開発できる所にあると思います。この魔法が付与された布―――我々は『消魔布』と呼んでいますが―――も、ハルさんがエレイナ奪還作戦の時に必要だと言い僅か二日という短時間で作ってしまいました。性能はこのとおり、被ってしまうと姿形はおろか、匂いや気配、魔力だって隠蔽してしまいます」

 

 ライオネルはそう言い自ら再び被って見せると、その姿が忽然と消えた。

 今までライオネルがそこに居たのが嘘のように誰も居ない空間となる。

 そうなるという話を事前に聞いていたにもかかわらず、一同は目を疑うが、これが『消魔布』の力なのだ。

 『消魔布』に流している魔力を解除する事で、再びライオネル達が姿を現す。

 

「どうです。自分が言うのも何ですが、凄いでしょう! この布一枚で、暗殺者でも何でもないズブの素人である私が、こうして皇族の屋敷に侵入するのも簡単にできてしまいました。こんな常識を破壊しかねない物品を次々と作れること。それこそが彼女の一番の力だと思います。だからジュリオ皇子がハルさんの事を七賢人の再来と言っていたのも、私は驚きこそしても、納得はできます」

 

 一同は改めてハルの作った規格外の魔道具に驚愕するが、ライオネルが解りやすい実例を示してくれたおかげで、再びハルの価値について納得してしまう。

 

「ライオネル。私の魔道具の話はそれぐらいにして、話題を本題に戻さない?」

 

 ハルからは話題が盛大に逸れているのを指摘した。

 現在、必要なのは自分の魔道具の性能誇示や販売をする事ではない。

 今後について話をしたいのだ。

 

「私には気になる事があったわ。さっきの戦いの時、エリザベスとサラの付けていた仮面。魔仮面と言っていたのかしら? あの魔仮面はこの白魔女の仮面と魔力の気配が似ていた・・・」


 ハルは持っていた自分の白魔女の仮面を持ち上げて皆に示す。

 

「魔力の流れ方。装着者から魔力を取込んで、それを力に変換する行程がこの仮面とほぼ同じ。細かいところに違いもあるようだけど、少なくとも表面的に見える部分では同じような仕組みで魔力を補完している。この仮面の技術を『模写した』と言った方がいいのかも知れない。効率はあまり高く無さそうだったので、ある程度は劣化版と思うけれども・・・このことについて誰か事情を知る人はいない?・・・エレイナが持っていた仮面はどうしたの?」

 

 このハルの疑問に対して答えられたのはロッテルだ。

 彼はジュリオ皇子がここを出て行ってから「何故だ・・・」と呟き、ずっと頭を抱えて落ち込んでいた彼だが、それでも自分の仕事を放棄する愚か者では無い。

 ロッテルは椅子からゆっくりと立ち上がり、ハルのその疑問について答える。

 

「あの時、エレイナ女史の所有していた仮面は獅子の尾傭兵団に所属していたマクスウェルに渡した。彼は傭兵団の顧問魔術師を自称しているだけあり、魔術のみならず魔道具作りにも精通していたようだった。白魔女を追い込んだ魔素爆弾についても、彼のアイデア。かなりの実力を持つのは明らかだし、彼はエレイナ女史の所有していた仮面に並々ならぬ興味を示していたのだ。実際、我々の陣営の魔道具師もあの仮面の解析を試みたが・・・とうてい手足が出ない代物だった」

「当り前よ! 万が一、敵に鹵獲されたことも想定して、いろいろと仕掛けを施しておいたのだから」

 

 ハルは少々ふくれっ面でそう答える。

 自分の渾身の仕掛けを早々敵に漏れては堪らないとの思いだ。

 しかし、エリザベスとサラがこの仮面を模写した魔道具を装着していた事実から、マクスウェルがエレイナに渡していた仮面の技術を解析することに成功したのだろう。

 

(あの完成度からして、すべてを模写する事は叶わず、ある程度解析できたところで打ち切り、足らないところは自己流って感じかしら・・・)

 

 ハルは客観的にあの魔仮面をそう評価した。

 

「マクスウェルって人は・・・あのシルクハットを被った変な紳士姿の男性だわよね」

 

 ハルは魔素爆弾という罠に落ちたとき、その術者と思われる人物の姿を思い出していた。

 暑さ真っ盛りの九月だというのに、厚手の黒いローブと黒いシルクハットを被った妙な人物を忘れることはできない。

 否が応でも目立つ様相をしており、今、記憶の底をさらうと、過去にアクトと一緒に第二警備隊の詰所に向かった時も、その道中ですれ違った傭兵団の幹部集団の中に、あの男が混ざっていたのを思い出す。

 

「獅子の尾傭兵団のマクスウェル。白魔女の仮面を模写した謎の魔仮面。そして、その魔仮面をつけて現れたのが、(さら)われたはずのエリザベスとサラ。ふたりの性格はおかしな事になっていた。特にサラは私にはともかく、アクトの言う事さえ聞かないほどに好戦的。そして、ジュリオ皇子も性格が変わってしまった。最後には謎の発作を起こしたけども、この事に関してはエリザベスとサラも事情を知っているようだった・・・」

 

 ハルは先程の戦いで得られた事実を次々と口に出してまとめていく。

 しばらく考えた後にハルはある結論に達した。

 

「これらにつながる組織・・・どうやら、『獅子の傭兵団』にはいろいろと問いただす必要がありそうね」

 

 様々な推理の結果、『獅子の尾傭兵団』が一番怪しいと結論を下す。

 

「そうだ! ジュリオ殿下が、あのような暴挙に出るのは到底考えられない!・・・きっと奴らに何か細工をされたに違いない!」

 

 先程まで、何故だ・・・と散々苦悩していたロッテルが突然そう口を荒げる。

 ロッテルもジュリオ皇子のあの豹変ぶりが信じられなかったのだ。

 誰かのせいにする事で、心の苦悩から逃れたかったのかも知れない。

 こうして、『獅子の尾傭兵団』に対する疑惑の目が向けられていようしていたが、ここで議論を中断せざるえおえない出来事が起こる。

 慌ただしく部屋に入って来たのはこの屋敷の使用人だった。

 

「ロッテル様、大変です。空が! 空が!」

 

 使用人はただ驚きを身体で表現し、自分の上司たるロッテルに空を見ろとだけ騒ぎ立てる。

 

「一体どうしたと言うのだ。何が起こった? 訳を言え」


 ロッテルが問い正すも使用人は空の方を指差して、まともな会話にならなかった。

 役に立たない使用人に業を煮やしたロッテルは、エリザベスの魔法によって空けられた壁の穴より外へと出る。

 そして、空を確認すると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 茜色に染まったラフレスタの空に、ひとりの巨大な男の姿が映し出されていたのだ。

 ロッテルに続いた他の全員が唖然としている中、この巨大な人物を最もよく知るひとりが思わず口を開く。

 

「・・・お父様・・・」

 

 ユヨー・ラフレスタが『お父様』と呼ぶ人物などただひとり。

 この街の領主・・・いや、ラフレスタ地方の盟主であるジョージオ・ラフレスタ公にほかならなかった。

 

 

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