第三話 魔仮面の女たち
「なっ、お前たちは!!!」
アクトは突然乱入してきた人物を見て思わずそう叫んでしまった。
しかし、当のふたりはアクトからの視線など全く気にする事無く、彼らに斬りかかる。
ふたりは凄まじい勢いで小型のナイフを両手で振るい、アクトとハルに斬りかかってくるが、アクトが前に進み出て魔剣エクリプスでそれら四つナイフをなんとか防ぐ。
金属同士のぶつかる甲高い音が部屋に響き渡いた。
凄まじい切れ味を持つはずの魔剣エクリプスにも負けないナイフ。
それは間違いなく魔剣の類であり、その証拠にナイフの振られた周囲には青白い残滓がまき散らされている。
ナイフを振う人物はひとり当たり二本のナイフを持っていたので、合計四本の攻撃だったが、それを見事に防ぐアクト。
そんなアクトだが、相手からの押しが相当強かったのか、元のいた場所よりも大きく後退してしまった。
これにより、アクト達とジュリオ皇子の間に大きな距離が空いてしまい、ジュリオ皇子の前にこのふたりの刺客が立ち塞がる恰好になる。
このふたりは凄まじい腕を持つ魔法戦士だが、アクトには相手の技量の分析や今後の戦術を考える余裕が全く得られない。
何故ならば、この乱入してきたふたりが女性だったからである。
女性だと判断したのは一目瞭然。
彼女達は裸体に申し合わせ程度の布を付けたような過激な衣服を身に纏っており、女性としての身体付きを隠そうとはしていなかったからである。
ひとりは肉付きの良い身体で、豊満な胸と臀部を惜しげもなく晒しており、もうひとりは華奢で全体的に細い身体で、その控えめな胸や細くて長い手足、折れそうな腰を晒す女性の刺客。
そして、彼女達に共通するは顔の全面を覆う銀色の仮面を装着していて、目の部分さえも金属で覆われており、この人物がどんな表情をしているのかは全く読み取る事ができない。
ただし、先程の彼女達から受けた攻撃の正確性から、この仮面によって装着者の視界や知覚には何ら問題ならないようだ。
そして、このふたりの仮面女子は赤色の短い髪をしていた。
仮面によって顔面の全てが覆われているため、顔を視認できない状態だったが、それでもアクトは彼女達が誰であるか・・・直感的に正解を導き出していた。
ひとりは永年連れ添ってきた幼馴染、もうひとりは最近知り合った学友・・・その事実をすぐに理解できた。
「お前たち! もしかして、サラとエリザベス・・・さん?」
「・・・」
「・・・そうよ、アクト」
少しの沈黙の後、ひとりの女性が仮面を外す。
肩口まで揃えた短い赤髪の似合う女性―――サラ・プラダム。
「な、何故だ? 何故ここで出てくるんだ!」
彼女達は数日前に失踪した筈の女性達だった。
皆であれほど必死になって探したのに誰も見つけられなかった・・・
本来ならば出会えたことを歓迎すべきところだが、それよりも、このタイミングでジュリオ皇子の守護者として現れた事が理解できないアクト。
「そんな事はどうだっていいのよ、アクト。それよりも考え直して頂戴。ジュリオ殿下に忠誠を誓い、早くその女と別れて!」
サラはハルを敵意の籠った眼で睨む。
「その女はアクトにとって毒の女よ。決して関わってはいけないわ。アクトにはこれからの輝かしい未来が待っている。その栄華を全て奪ってしまうような毒女よ。そいつは!」
「サラ! 何てことを言うんだ。止めろ!」
アクトはハルを庇うように強く抱く。
「止めるのはアクトの方よ。その女をジュリオ殿下に渡すの。私はアクトを傷付けたくないの・・・だから」
サラは眉毛をハの字にして泣き出しそうな目をした。
泣き落としで男を篭絡する女の武器だが、サラ渾身の女の武器が通用するほど今のアクトは甘くない。
「サラ! 駄目だ。俺が忠誠を誓う人物は既にこのひとり、この手の中にあるハルだけだ。これからの俺は彼女のために生きる。そう決意したんだ」
「どうして、解ってくれないのアクト。あなたが進もうとしている道はどう考えても茨の道。彼女の道連れになる必要は無い!」
「どうしてもだ。サラ、俺の口から真意を言わしたいのか?」
「嫌よ。私は認めない」
「解った。言おう、俺は彼女を・・・」
「嫌。止めて。絶対にアクトからその言葉は聞きたくない!」
サラは自分の耳を塞ぎ、アクトがこれから発しようとしている宣言を聞くまいとした。
しかし、アクトは容赦しない。
ここで自分の気持ちをハッキリ伝える事がアクトとしてのケジメだと思ったからだ。
「サラ。本当にすまないが、俺はハルの事を愛している! だから俺はこれから彼女と共に生きて行くことに決めたんだ。だからもう俺達の事をかまわないでくれ」
そう宣言して、アクトはハルに口付けする。
ハルも満更ではない。
目を閉じて彼を受け入れるその姿は自然であり、愛する男女の絵がここにあった。
場面が違えは、それは感動的なひとコマになったかも知れない。
しかし、ここは男女の感情が複雑に絡み合う現場。
この瞬間に、アクトの口から過酷な愛の顛末を聞かされ、熱烈な口付けを目にしたサラは、決定的な人生の敗北者と成り下がってしまったのだ。
自分に対する拒絶。
サラはそれを受け入れる事ができず、顔面が蒼白となり身体がガタガタと震える。
そして、絶叫した。
「う、嘘だ。嫌だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
強く握った掌は、爪が肌に食い込み、皮膚を突き破って血が滴った。
眼は血走り、涙と血の混ざった液体を周囲に飛ばして、絶叫を放つ。
まさに発狂した女の姿。
そう形容するのが最も相応しく、彼女を止める存在は誰一人として存在しない。
いや、ひとりだけ存在していた。
かつてはアクトを巡っていがみ合う仲だったが、今は彼女の同僚とも言うべき存在の女性・・・エリザベス・ケルト。
彼女は今更ながらに自らを被っていた仮面を外し、狂ったサラを聖母のように優しく抱く。
「サラさん。アクト様はもう駄目です。あの女に毒されてしまっていますわ。ふたりで浄化が必要かと」
エリザベスは自分の舌を使って涙で濡れたサラの顔を舐める。
それは場が違えば、愛し合う女性同士の行為のようにも映り、淫靡な雰囲気を漂っていた。
だが不思議とサラはこれで落ち着きを取り戻し、彼女の絶叫は収まる。
「さあ、サラさん・・・」
エリザベスはサラの顔にゆっくりと元どおり仮面を被せる。
仮面はゆっくりと時間をかけてサラの顔へ張り付き、そして、彼女の魔力は確実に高まった。
「ふ・・・ふ、ふふふ。私とした事が取り乱してしまったわ。この仮面が・・・この魔仮面が全てを忘れさせてくれる。私に力を与えてくれるの」
サラの声からどんどんと感情の色が薄れ、それに反して魔力が増大していった。
「ハル。私はアナタを絶対に許さない。そして、アクトから引き剥がしてあげるわ」
落ち着きを取り戻したサラに満足して、エリザベスも自ら仮面を装着する。
そして、同じように魔力を高める。
「そうですわね。我らが敬愛するジュリオ殿下の足元に這いつくばる姿は、さぞ愉快でしょうね。オホホホ」
赤髪ふたりの仮面女子はまるで仲の良い姉妹のように息をピタリと息を合わせてハルのことを罵る。
ハルも売られた喧嘩は買う女だ。
「あなた達、戯言はそれぐらいにして頂戴。もう、私とアクト・・・離れる事は絶対に無いわ。こんな得難い存在を手放してなるものですか」
彼女にとって、ここで引く意味は全く無いし、愛しのアクトから公衆の面前で愛の告白を受けた事で、自分の気分も高揚していた。
戦いの火ぶたが切られようとする最中だが、ここで水を注すようにロッテルが割り込んでくる。
「お前たち、待て! それに、ジュリオ殿下。これは一体どう言う事ですか!」
ロッテルの割り込みに面倒臭そうな顔をするジュリオ皇子。
「エリザベスさんとサラさんは攫われたのですよ。それが何故、今、ここで出てくるのですか? しかも彼女らの様子からして殿下は以前からこの事をご存じだったたように見受けられます。何故ですか? 何故ですか、殿下!」
ロッテルの頭の中で大いなる不安が警鐘を鳴らしている。
この悪い勘が的中しないことを祈りつつ、ロッテルは必死に自分の敬愛する皇子に問い正す。
「うるさい奴だ。お前は黙って予の言う事を聞いていればいいのだ。駒として機能すればそれでいいのだ!」
「ジュリオ殿下! なんてことを言われる!? 以前の殿下ならば、そのような物言いは絶対になされない。一体どうなされてしまったのですか?」
「うるさい。うるさい! うるさいーーーーっ!!」
ジュリオ皇子は怒鳴った。
これほどに感情を爆発させる姿は今までジュリオ皇子に仕えてきたロッテルが感じた事の無い異様で異常な状態。
これはもう絶対に何かがおかしいと思うものの、ロッテルの口から次の一言が出るよりも早くジュリオ皇子の口から結論が出てしまう。
「もういい。このロッテルも逆賊だ。殺せ!」
「な!?」
ジュリオ皇子の非常識な採択に驚くロッテル。
「殿下! それは!?」
流石に自分の懐刀として仕えてきた人間を、こうも簡単に処断するその姿に、周囲の人間も違和感を覚えた。
「殿下、落ち着いてください」
慌てて、皇子の乱心を鎮めようとしたのは、近くにいたロイだったが、それにもジュリオ皇子は噛み付いた。
「お前もか! コイツも殺せ! アイツも殺せ! ハル以外は全員皆殺しにてしまえーーーっ!」
こうして、ジュリオ皇子より殺戮の許可が発せられた。
「「了解」」
彼の忠実な僕となっているふたりの赤髪の守護者は、命令の意味を正確に理解して、速やかにそれを遂行しようとする。
ジュリオ皇子の人柄が突然に変貌した事で周囲の人間は驚きにより隙だらけであり、今、彼女達からの攻撃を受けると、無事では済まされないとハルは直感する。
(注意を自分に向けさせないと・・・)
そう考えたハルは、敢えて大きな声で叫び、自分へと注意を引きつける。
「そうはさせない。絶対に止めて見せるわ!」
ハルは懐より素早く白仮面を取り出して装着する。
光がハルに集まり、髪の色が一気に銀色へと変わる。
着ていたローブも灰色から白色に変化して、身体に貼りつくように締まり、彼女の女性としての肢体を強調した。
そして、瞳の色はエメラルドグリーンに変わり、こうして白魔女へと変身を果たしたのだ。
圧倒的な存在感と強大な魔力を持つ美女が発現した。
ふたりの守護者はジュリオ皇子より敵認定された不特定多数に向かう攻撃を一旦中断せざる負えないほどになる。
何故ならば、この白魔女から感じる力を無視できなかったからだ。
それほどまでに絶対的に無視できない存在が、この場で姿を現す。
息の詰まりそうな圧倒的な存在感を漂わせる中で・・・豪胆と言うか、空気の読めないこの人物からは、お約束のように言葉が紡ぎ出される。
「すごーーい。ハルさんって、本当に白魔女さんだったのですね!」
このときのキリアの発言は自分の感情を素直に代弁しただけであり、彼女に悪気はない。
それは解っていたが・・・
(今、そんなこと言っている場合では・・・)
思わずそう心の中で言ってしまうのは居合わせた人達のなかで決して少数派ではなかったりする・・・




