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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第八章 ふたりの過去
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第六話 旅立ち ※

 私がリリアリア師匠の元で魔法の修行を始めてから一年ほどの月日が流れる。

 あれから魔法の詠唱は上手くなり、ゴルト語も片言ながら、とりあえず喋れるようになった。

 最近は食材などを街で買い出しするのは私の仕事となり、値段の交渉は勿論、世間話もできるようになっていた。


「お弟子さん、今日はいい魚が入っているわよ」

「こんにちは。いい魚、どれ? これ? どうやって食べる、方法、教えて」


 片言だが、私の意図はちゃんと相手に伝わり、調理方法も教えてくれた。

 私は元々料理が得意だったので、料理はすぐに理解する事できた。


「ありがとう。魚屋のシモンさん」

「あら良いのよ。お弟子さんは可愛いし、私もアナタのようにきれいな肌になりたいわ」


 そう言い店主のおばさんは私におべっかをかけてくれるが、私も褒められているので悪い気はしない。

 私も少しずつだが、このクレソンと言う港町が好きになっていた。

 元々小さな港町で人も少ないため、一年も住めば顔なじみとして町の人々に受け入れて貰っている。

 だから、ここの住人とも少しばかりの世間話ができるような仲になっていた。


「お弟子さん、三軒隣の息子さんの事を知っているかい?」

「三軒隣・・・お肉屋さん・・・店主ムスカさん、知っている・・・でも、息子は知らない」

「そうかい。ちょうど、貴女と同じぐらいの歳なのだけど、この前、貴女の姿を見てメロメロになっちまったみたいでさぁ。どうだい? もし、良ければ仲介してあげるわよ。ムフフフ」


 下世話に笑うおばさんだったが、彼女なりに私に気を遣ってくれているのだろう。

 私もこちらに来て十六歳になった。

 身長は伸びて、身体つきも女性らしく出るところは出るように成り、年頃の女性と言う訳だ。

 貴族ではない平民の身分ならば、義務教育は終わり、大人として社会へ出る年齢らしい。

 この世界の平均的な結婚年齢は二十歳ぐらいと言われているが、その大半がちょうど今の私ぐらいの歳に相手を見つけるのだと言う。

 つまり今が恋愛適齢期と言う訳で、師匠の屋敷で引き籠って魔法の修行ばかりしている私を不憫に思ったのだろう。

 しかし、私は駄目だ。

 私のこれからの目標としては、生き別れた同郷の人達と合流を果たす事であり、そして、最終目標は元の世界へ帰る事なのだ。

 そのため、この世界で必要以上に親しい関係になるのは御免であり、恋人や自分の伴侶を持つなど、もっての外だった。

 私は魚屋のおばさんからの紹介を丁重に断り、自分が修行中の身である事を強調した。


「残念だねぇ。お弟子さんも大魔女に憧れて修行しているのだから、しょうがないか・・・しかし、お弟子さんは可愛いから勿体ないわ」

「いえ・・・私は・・・まだまだ・・・修行が必要・・・愛を説いている・・・時間はない」


 再度、自分が修行中である事を言い訳してこの場から去ろうとしたとき、別の人から呼び止められた。


「やや。もしかして貴女は大魔女であるリリアリア様のお弟子さんかな?」


 私に声を掛けてきたのは白い上等なスーツを着た紳士だった。

 昔、宮廷魔術師長だった師匠には時折こういった上流階級の貴族様がお客様として見えられる事もある。


「ええ・・・そう・・です。師匠に御用・・・ですか?」


 私は精一杯襟を正してこの紳士に応えた。


「おやおや、あまり言葉が堪能ではないようだね。もしかして外国の方かな? 私の言葉は解るかい?」


 紳士の男性は穏やかに私へ問いかけた。

 この男性は私の容姿と言葉から私の正体―――設定された作り話しだが―――を勘案し、私を気遣って優しく接してくれた。

 私は簡単な言葉ならば問題なしと頷きを見せ、紳士はその健気な姿に破顔した。


「いやいや失礼した。それではお弟子さん、私を案内してくれるかな? 私の名前はジルジオ・レイクランドだ。リリアリア様にそう伝えれば解ると思うよ」


 その優しそうな笑顔に私はすっかり騙されて、この紳士男性を師匠の屋敷の元へ案内してしまう。

 紳士男性を屋敷の中に通してから師匠を呼んだ。

 そして、リリアリア師匠が彼の姿を見て、不愉快に顔をしかめた時、私は彼を容易く信じて屋敷に迎い入れてしてしまった事に後悔をする。


「ジルジオだね。儂はお前なんぞ呼んだ覚えはないぞ!」

「大魔導士リリアリア様、とてもご無沙汰しております。会って早々に私の顔を見て不機嫌なご様子でしたが、それでもリリアリア様がお変わり無いようで私は安心しました」


 ジルジオと言う名前の紳士は師匠の不愉快な顔など特に気にする事も無く、人の良さそうな愛想笑いを崩さなかった。

 この強かさに私は呆れると共に、師匠に謝罪の言葉を述べる。


「し、師匠、申し訳・・・ありません。私が勝手にこの方を・・・連れて来たばかりに・・・不快な思いを・・・」


 私は自分の軽率な判断を反省して師匠に謝罪するが、師匠は私を責めなかった。


「ハルや。もういい事じゃ。こ奴の腹黒さはお前じゃ勝てんじゃろ。お前が案内を拒否したとしても、こ奴がここに姿を見せるのに、さしたる労力はかかるまいて。そうじゃろう? 現、宮廷魔術師長殿」

「え!?」


 私が感嘆の声を挙げるのと、紳士の片方の眉毛が上がるのが同時だった。


「まぁ、私は少し近くまで来たので、先輩と昔話がしたくて、寄ったまでですよ」


 大した用事ではないと口では言うが、この紳士の目は笑っていない。


「ちっ! 面倒がやって来たわい!」


 嫌味混じりに師匠は愚痴を溢すが、それでもこの紳士とは会談するようで、私は居間から追い出された。

 こうして、世間話と言う名の秘密の会合が始まったのだ。

 どうして私が重要な話し合いが行われているのを理解したかと言うと、彼らの話す居間には十分過ぎる程の魔法の結界が展開されていたからだ。

 この頃になると私は魔力の気配を肌で解るようになっていた。

 特に結界となると常時発動の魔力が必要になるため、空間に漏洩する魔力も多く、解り易いのだ。

 ふたりのうちどちらが発動させたかまでは解らないが、少なくとも今の私には破る事ができないぐらいに強力なものだった。

 そんな中で何が話合われているかは不明だけど、こんな強力な結界の中で下世話な世間話をしているとはとても思えない。

 この秘密の会談は三時間ほど続き、やがて、中から紳士が出てきた。

 

「見送りはいらないよ。それでは失礼、ハルさん」

 

 紳士はそう涼しく言い、颯爽と屋敷から出て行った。

 残された師匠の方はあまり顔色が良くない。

 師匠はため息混じりに「あの野郎め、厄介事を押し付けおって」と愚痴を溢していたのが印象的だった。

 私は疲れた様子の師匠の為にお茶を用意して去ろうとしたが、呼び止められる。

 

「ハルや。突然じゃが、儂はちと用事ができてのう。近いうちに帝都に行かねばならんようじゃ」

「帝都にですか?」

「そうじゃ。それに、どうやらハルを連れて行くのは無理らしい・・・」

「え?」


 私は突然の切り出しに驚きを隠しきれない。

 だって、私はまだ修行中の身であるし、師匠から離れて・・・今後、私はどうやって暮らしていけばいいのだろうか?

 不安に苛まれる。

 この世界でただひとりになってしまった私。

 そんな身内の居ない私にとって、心の不安を忘れさせてくれるほどにここでの生活は心地が良かった・・・

 不安な様相の私を察してくれたのだろう、師匠は少し考えて、私に座るよう命じた。


「案ずるな、ハルよ。策はある」


 私は言いつけどおりリリアリア師匠の向かい側の席へと腰を下ろす。


「お前は儂の知り合いのところに預ける。そこで修行の続きをせよ」

「し、知り合いですか?」

「そうじゃ、ここから北に二百キロほど行ったところにラフレスタという街がある。そこのアストロ魔法女学院で学長をやっているグリーナのところに行くがよい」

「ええっ? 私、学校に行くのですか?」

「そうじゃ。お前の歳なら、そうする事が世の中的にも不自然ではなかろうて。こちらの世界では十六歳の誕生日から四年間、高等学校に通う事ができる。ハルの年齢はもう十六になってしまったから、途中で編入という事になるが、そこは儂がなんとかしよう」

「学校って・・・」


 私は別の意味で不安になる。

 だって、私はあまり目立ちたくないし、この世界の人とはあまり多く関わりたくないのだ。

 何故なら、私はいずれこの地を離れる者。

 知り合いを作れば作る程に別れが辛くなるし、未練が残るのは嫌だった。


「ただし、その学校はちと特別でなぁ。この帝国でも珍しい全寮制の女学校でもあるし、今まで多くの偉大な魔術師を輩出してきた名門校で、全国から癖のある奴らが集まるところでもある。かく言う儂もそこで学んだし、グリーナともそこで出会った仲間じゃ」

「そう・・・なんですか・・・」

「心配するな。グリーナは良い奴じゃ。儂以上にお前の事を気遣ってくれるじゃろうし、学長じゃから力もある。少し濁してハルの事情を伝えておくから、いろいろと便宜を図ってくれる筈じゃろうて。心配はせんでよい」

「・・・はい」


 結局、私に選択の余地はなく、師匠の決定を受け入れるより他なかった。

 このアストロ魔法女学院という高等学校は名門中の名門であり、帝国内で一流の魔術師を目指す女性にとっては登竜門的な存在らしい。

 普通ならば入学するのも大変な事で、単に血筋が良い者だけでは駄目らしく、魔術師として一定レベル以上の実力を持っていないと入学を認めて貰えないようだった。

 その入学試験に関して、師匠から私は問題ないと言われている。


「だってそうじゃろう。この私が問題なしと言っているんじゃ。他の誰からも文句は付けさせんよ」


 そこは、元、宮廷魔術師長である大魔女リリアリアのネームバリューである。

 後から話を聞けば、当代グリーナ学長の前代の学長を務めていたのがこのリリアリア師匠だったらしい。

 師匠の声は今でもこの学園の教職員たちにも大きな影響を与えており、私はその恩恵を受けて特別に入学が認められるのは、既に決定事項のようだった。

 我ながら不幸中にも私はすごく運の良い人間だと思う。

 あの時、この人に拾われなかったら、私は今頃どうしていたのだろうか。

 この知らない世界で、惨めにのたれ死んでいた可能性が大きいと改めて思う。


「あとは血筋じゃな・・・ハルが、当時の儂やグリーナみたいに卓越した魔術師として頭角を表していたならば血筋など関係ないが、ハルは歪じゃ。潜在的な魔力保有量だけは達人級じゃが、これが術となると、さっぱりとじゃからなぁ・・・」


 師匠の評価も尤もだと思う。

 私は小さな魔法をポンポン出すのは得意なのだ。

 しかも無詠唱という高等テクニックが使えるようで、私は疲れ知らずでほぼ無限に魔法を出し続ける事だってできた。

 普通の魔術師だったら、こういう事を一時間も続ければ、力が尽きて気絶してしまうらしいけど、私はそれこそ一日中だってできる。

 これは達人という域を超えて、もう、変人だと師匠に言われた事もあった。

 魔法だって詠唱さえなければ、私もなかなかのものだと思っている。

 しかし、この学園は一流の魔術師を目指す猛者達が集まるところであり、こんな芸当だけを持つ女性など特別とは見なされないらしい。


「そこでじゃ、ハルよ。儂と養子縁組をするぞえ。そうするとお前は書類上で儂の子供と言う事になる。元宮廷魔術師長じゃった儂の子供じゃ。血筋としても問題なかろうて」

「ええ!?」


 私は再び驚きの声を挙げた。


「何じゃ? 嫌か?」

「べ、別に・・・嫌とか、そういう問題では無くて・・・」

「気にするな。別に書類上だけの話じゃ。儂も二度結婚しておるから、お前ぐらいの歳の子がいても不思議じゃ無かろうて。クックックッ」


 陽気に笑うリリアリア師匠に対して私は恐縮しっ放しだった。


「それじゃ決まりじゃな。今日からは師匠と弟子の関係ではなく、親子の関係じゃ。儂の事は『お母さん』と呼べ。儂もどうせ子供を持つなら、お前さんの様な美しい娘が良いと思っておったのじゃ。互いの利害が一致しておるのぉ。クックックッ」


 こうして、なし崩し的に、この世界での私の『お母さん』が誕生した。

 リリアリア師匠からは『お母さん』呼びを強要させられたが、恥ずかしくはあるものの嫌では無い。

 こうして準備に一ヶ月ほどの時間を要し、私たちは港町クレソンを後にする。

 一週間程のゆっくりとした旅程になったが、途中まではリリアリア師匠と一緒の旅だった。

 馬車で揺られながらの移動だったが、他の人の目があるのと、馬車の乗り心地が悪い事もあり、私達はあまり喋らなかった。

 そして、到着地まであと一日となったところで、リリアリア師匠は帝都に向かうために別の馬車へ乗り換える。

 私も師匠(おかあさん)と別れ、孤独な旅となった。

 ラフレスタまではたった一日間の旅だったが、これほどの孤独感を味わったのは、あの時、あの事故直後以来だ。

 私は途中一緒に乗り合せた人と短い世間話しもしたようだが、その内容さえもあまり覚えていないぐらいに緊張していた。

 これから始まろうとしている未知の学園生活に相当身構えていたのだろう。

 そうして、私はラフレスタに入り、アストロ魔法女学院の入学を果す。

 ラフレスタは話に聞いていたとおり学生が多く集まる街であり、同世代の男女があまりにも多かった。

 彼らは若く、何にでも興味があり、活発だ。

 当然、私にも彼らの興味や感心が向けられる。

 それも当然であり、私は特別待遇でアストロに入った編入生である事に加えて、容姿だって黒い瞳と青黒い髪を持つ特別な存在だ。

 これで目立つなと言われても、流石に無理があった。

 その上、悪い事に私の身体はじわじわと成長を続けている。

 身長が伸びている事もそうだが、身体付きがより女性らしくなってきた。

 自分で言うのも何だが、特に胸のあたりの成長は既に実の母を超えたのではないか?と思う程もあり、他人・・・特に異性から注目を集める要因のひとつにもなっていた。

 結局、私は更に用心深くなり、周りから接して来る者を遠ざける事に専念した。

 この頃から、私はある特技を身に着けている。

 まずは伊達眼鏡をかけるようになり、元々、鋭かった自分の目元の印象を誤魔化すようにした。

 次に、人心を見抜く魔法が簡単に発動できるようになった。

 自分で言うのも何だが、この人の心を瞬時に見抜く魔法―――『心の透視』と呼ぼう―――については達人級になったと自負している。

 私はこの『心の透視』を人知れず無詠唱で発動する事ができ、発動に伴う魔力残滓もほとんど発生しない事から、他人に施術を悟られる事はまず無い。

 しかも最近ではほぼ不意識のうちに発動させているようで、私がその人の事に少しだけ注意を向けると発動してしまうのだ。

 お陰で、他人の考えている事が即座に解ってしまう。

 これは交渉事などにはとても有利に働く半面、知らなくても良かった他人の心内(こころうち)が解ってしまったりする弊害もあった。

 とても優しそうに見えた人が心の中では正反対の事を考えていたり、私の事を褒めてくれた人が実は嫉妬に染まっていたり、表面では紳士面している男性が私を性の対象として見ていたりと・・・

 お陰で、私の心は余計に荒み、周囲から距離を置き、人間嫌のようになってしまった。

 そんな私は、当然ながら友達はほぼ無く、寂しい学園生活だったが、それは自分が納得して行動した結果であり、自分の最終目的―――この世界で親しい者を作らず、力を蓄えて、やがて同胞と合流すること―――を忘れる事は無かった。

 そして、リリアリア師匠に言いつけられた、『目立たない事』をずっと守っている・・・その筈だった。

 しかし、結果的にはその約束を自分から破ってしまう。

 私の計算違いは三つだ。

 ひとつ目は魔道具の開発。

 私は自らが孤独だったというのもあったが、時間の余っている中で魔法の勉強をするのは好きだった。

 魔術師を目指す者達は、複雑な詠唱から紡ぎ出される大規模な魔法に憧れるものだが、私には不向きだった。

 それよりも、私は魔法の理論的な解析や真理を追究する方が楽しいと思ったのだ。

 その最たる結晶が『魔道具』と呼ばれる魔法発動の補助道具の開発である。

 私は元々科学者の端くれとして知識欲もあったのだろう、この魔道具の魅力に憑つかれてしまい、新しい魔道具を開発する事に夢中になってしまった。

 その最たるものが『魔法の懐中時計』なのだろう。

 初めは生活のために、と思い、作ったものを他人に卸してしまったが、これが私の人生に微妙な計算違いを起こしたのは言うまでもない。

 この魔道具は私に必要以上の富と名声をもたらしたが、それに加えて、私にいろんな人を引き寄せてしまったのも事実だ。

 ライオネル然り、アストロの教師陣、騎士学校の人々、警備隊の人達、そして最近はジュリオ第三皇子も、この魔道具が存在していた事で私に目を向ける切掛けとなってしまった。

 今となってはいろいろと反省するところもあるが、開発していた当時、私は物を造る喜びで周囲が見えていなかったのだろう。

 もし、時間を巻き戻してもう一度同じ状況になったとしても、私は再び同じ過ちを犯してしまう自覚がある。

 これは科学者である実の両親の血筋によるものなのだろうか・・・

 そして、次にふたつ目の計算違い。

 それは私が『白魔女』という存在になってしまった事だ。

 あの時は自衛のために開発した魔道具のひとつに過ぎない、と思っていた。

 しかし、あの仮面を被って以来、私は昂る気持ちを抑える事ができなかった。

 普段は無詠唱しか取柄の無い、しがない魔術師である私が、この仮面を被るだけで、何でもできる超絶的な大魔女に変身できた。

 自分が白魔女になっているときは、自分に不可能は無いと思っていたし、実際、私には敵が居なかった。

 しかも白魔女は普段の私と違い、活発で、大人で、魅力的で、人々を導いて、感謝されて、崇拝される女性だった。

 本当の私と正反対の女性である。

 それがすごく気持ち良かったのだ。

 今思えば、これが抑圧されていた自分を解放した姿だったのかも知れない。

 それでも仮面を付けている私は、何も疑問を抱かなかった。

 疑わなかった。

 自分がか弱き女性のひとりである事なんか、忘れてしまっていたのだ。

 だから、自分さえ頑張れば何でもできてしまう、そう思ってしまったのだろう。

 その最たる結果が、ライオネル率いる月光の狼を支援し、彼らの熱望する革命が成功するまで協力するという事だった。

 最終的に革命は成功しないまでも、彼らの主張が社会に何らかの痕跡を残す事ができれば、それでも良いと考えていた私。

 無敵の私がいるから大丈夫だと考えていたが、今はこの様だ。

 本当に自分の考えが甘かったと実感しているし、これについては多く反省している。

 そんな私の最後の計算違い・・・

 それが『アクト・ブレッタ』という男性である。

 この男性とは、出会った当初から妙に気になる存在だった。

 本能的に私は『彼』と言う存在に恐怖を感じていたのだと思う。

 いくら拒絶しても、いくら酷く扱っても、いくら距離を置いても、最後に『彼』は私の前にやって来る。

 そして、私に近付き、心を擽るのだ。

 それはとても心地の良い毒だった。

 孤独を強いられていた私にとって甘美な罠だった。

 彼と出会ってから、私の人生は賑やかになる。

 彼を始めとした友達が増えた。

 今の選抜生徒の結束力が高いのも彼の功績だと思っているし、この輪の中にはちゃんと私も入っていた。

 あの険悪だったエリザベスやローリアンだって、最近は私と世間話しをする程の仲になっていたから驚きだ。

 その上に、彼はとても優秀な頭脳を持っている。

 私の教える科学という学問をどんどんと吸収し、成長していった。

 現在、彼はこの世で私の次ぐらいに科学に対し理解のある存在だと明言できるほどに優秀な人間。

 だから、私の研究も(はかど)る。

 私をどんどん気持ち良くさせる存在だった。

 これが正に『毒』なのだろう。

 私の心は毒に増々侵されて、気が付けば、彼と言う存在を欲しがるようになっていた。

 顔立ちも悪くなく、頭脳明晰で、私に優しく、そして、特定の女性とは付き合っていない。

 もし、私が元の世界の女子高生のような自由な存在だったならば、彼に飛びついただろう。

 運命の恋だと信じ、小説によくあるような一途な恋を実らせていたに違いない。

 しかし、ここは現実の世界。

 私には過酷で孤独な運命が待っている。

 私には『こちらの世界に飛ばされた同胞を探す』という使命が待っている。

 この使命に・・・彼を付き合わせる訳にはいかない。

 でも、彼の事が好き・・・

 このふたつの天秤が私の心の中で常に揺れており、結局、私はどちらも選べず仕舞いだった。

 悶々とした気持ちは続くが、それでも彼と一緒にいる事で私の心は満たされていく。

 この状態で、もうしばらく・・・と、結論を先延ばしにしていた私に、遂に天罰が下った。

 誰が(さら)ったのかは解らないが、(アクト)の幼馴染が行方不明になり、それが原因で彼は私に厳しい視線を向けてきたのだ。

 彼も人間であり、一時の気の迷いや疑いを持つのは当前の行為。

 本来ならば、それは些細な事であり、気にする程の事では無かったのだろうが・・・私は過剰に反応してしまった。

 彼から拒絶される。

 捨てられる。

 そう思った矢先に、私の心の中にある負の感情が爆発した。

 彼から捨てられれば、私はまた孤独な自分に戻ってしまう。

 それが堪らず嫌だった。

 本来ならば、このラフレスタで孤独に生きて行く事を誰よりも強く願っていた筈なのに・・・本当に私は莫迦だ。

 莫迦になるほど『毒』に侵されていたのだ。

 そして、その負の感情のまま、悪いことは続く。

 私は成り行きでジュリオ皇子に抵抗するために、皇族へ手を出してしまった。

 お陰で、私は正真正銘の犯罪者となり、このエストリア帝国の居場所は永久に無くなった。

 これで、私は彼に『ハル』として会う事はできなくなってしまう。

 何故なら、彼は正義の人。

 罪人である私と会っても碌な結果にはならないだろう。

 私が彼と会う事ができるのは、彼のライバルである『白魔女』と言う姿の時だけであり、それも戦場という限定した空間だけになってしまう。

 そして、戦場に彼が居た。

 彼の姿を見て、私は涙が出そうだった。

 彼と離れたのは数日だったが、その間、私の心に生じた寂しさは途轍もないものだったからだ。

 しかし、ここで一体彼と何を話せばいいのだろうか?

 もしかしたら、彼から幼馴染を(さら)った犯人として疑われてしまうのだろうか?

 私はそれに言い訳をするのだろうか?

 それを信じてくれるのだろうか?

 また惨めな思いをしてしまうのだろうか・・・

 結局、私は混乱し、そして、逃げ出した。

 あれ程熱望していた彼に会えたと言うのに・・・自分でも情けないと思う。

 そして、私はまんまと敵の罠に(はま)ってピンチに陥り、最後は自分の身を挺してエレイナさんを救う。

 その代償として、私はデルテ渓谷の谷底へと落とされてしまった。

 ああ、これで私は死ぬのね・・・と自分の最期を意識した時、彼の手が伸びてきた。

 私は歓喜する。

 彼が・・・彼が最後の最後で私を選んでくれたような気がしたからだ。

 なぜかその時、私は理不尽な自分の運命に勝った気がした。

 私をこんな運命に陥れた悪い神様に、思いっ切りアッカンベーをしてやった気分だ。

 これで安心して死ねる・・・悔いはない・・・私は寂しくない・・・と・・・

 とても幸福な気持ちになり、目を閉じた。

 しかし、私達の運命はまだ終わってはいなかった。

 どんな神の悪戯か、ふたりは命をとりとめ、川辺へ流れ着いたのだ。

 薄暗い小屋に舞台を移して、私は再び困惑する。

 いったい、彼に何を話せばいいのだろうかと・・・

 しかし、そこで再び彼から衝撃の言葉を聞く事になる。

 白魔女の正体が私だとバレてしまったのだ。

 私は、もうこれで人生が終わった、と思ってしまった。

 自分が白魔女である事を彼が知ったのならば、それはハルとして彼と会えないのと同義だ。

 こうなると、彼とはもう『白魔女』としても会えなくなってしまう。

 もし、会えば、彼の経歴に傷が付いてしまうし、彼と会えない人生なんて、意味が無いと思った。

 ・・・死のう・・・そう考える。

 この時、自らの死に彼を巻き込んでしまおうと思ったのは・・・私の判断ミスであり、今はとても後悔している。

 でもあの時、無防備な私の仮面を勝手に外した彼に対して、無性に腹が立っていたのは事実だ。

 だから彼を巻き込むために、とびっきりの幻惑魔法を使ったのだ。

 快楽の中で共に死んでやろうと思った・・・だから・・・・私に罰が下った。

 彼に施した魔法がどうして自分に跳ね返ってきたのかは、今でもよく解らない。

 だけど、そのせいで、私は自らの幻惑魔法にかかってしまい、欲望を爆発させる結果になる。

 私に降り注いだ魔法は、幻惑ではなく、魅惑だった。

 彼という存在がとてつもなく愛おしくなり、彼の全てが欲しいと思ってしまう女性・・・

 あんな女性は絶対に私じゃないと強く否定したいところだが、普段から我慢の連続だった私の欲望が解放されたのも事実だと思う。

 彼の全てを求めようとする接吻・・・

 互いに息ができない程・・・いや、あの時は息なんかよりも彼の全てを吸い尽してやろうと思っていた。

 それほどまで欲望に支配されていたあの時の私。

 まるで軟体動物の蛸のように、彼の唇を絡め取ろうとする卑猥な殺人者に成り下がっていた。

 しかし、彼の必死の心の叫びと、機転を利かせて魔法の発動元である仮面を外してくれたお陰で、どうにか魔法のよる心と身体の支配は止まり、私は解放されたが・・・私の心はもう十分すぎるぐらいに折れてしまっていた。

 自尊心の欠片も全て無くなってしまった私は完全に観念する。

 もう、すべてを話そう。

 心も身体も丸裸にしよう。

 どう思われるかは『彼』次第・・・彼にすべてを選択して貰う。

 そう思って、私は自分の記憶をすべて魔力に溶かして彼に注ぐ。

 彼は魔力抵抗体質者だが、身体を密着させた状態で私の魔法を防ぐ事はできない。

 今のふたりは全裸で抱き合い、互いの身体をぴたりと密着させている。

 私は全身全霊を使い自分のすべてを彼に注ぐ。

 不思議な事に彼からいろんな意味での抵抗は無く、私の魔力は彼の中へと蕩けるように落ちていった。

 そして、彼の意識と私の意識は混ざり合い、互いが互いのすべてを知る事になる。

 私がすべてを晒しているのと同じように、彼のすべてを私は感じている。

 それは生まれてから現在までの互いの人生の記憶を共有する事であり、人間のより深い場所で私達はつながる。

 そうすると私の不安はどんどんと無くなっていった。

 彼を深く知ることが、こんなにも素晴らしく・・・こんなにも心が満たされていくなんて・・・

 ああ・・・こんな魔法・・・聞いた事ない・・・

 私はこの時、本当に久しぶりに自分の心が温もりを感じられるのを思い知る。

 

(この温もり・・・いつ以来だろう・・・)

 

 私の中にあった様々な負の感情が溶けて無くなっていくのを感じ、次は悦楽を求めるようになる。

 気分が昂り、心が躍り、目の前の『彼』を本当に愛して良いと思った。

 私には資格があると思った。

 私の心の中にあった(わだかま)りがすべて無くなり、純粋に彼を愛せる資格があると思った。

 

「ああ、アクト! 大好きよ!!」

 

 その言葉に彼は応えてくれる。

 私が希望するとおりの愛の言葉を返してくれるのだ。

 もう、私のすべてを知った彼は絶対に私を捨てたりしない。

 それは私の中で既に確信していた事。

 何故ならば、彼が私から逃れられないのは、私が彼から逃れられないのと同じ理由だったから・・・

 彼が私を愛するのは、私が彼を欲しているからであり、私が彼を愛するのは、彼が私を欲しているからだ。

 深い所でつながった私達には既に互いをそう認識していた。

 ならば、せめて今は・・・・私と彼が愛情の海に溺れたとしても、それは許される報酬だと思う。

 あの清楚なエレイナでさえ、自分の欲望を正直に理解して幸せを求めたのだ。

 私達にだって幸せになる権利はある!

 

「アクト~」

 

 私は、今まで誰にも聞かせた事がないような甘い囁きで彼の情けに(すが)る。

 利口な彼は私の求めを正しく理解し、最高の接吻を私に貢いでくれるだろう。

 こうして、私達だけの甘くて熱い世界は永遠に続くのだ。

 少なくとも今だけは・・・と互いにそう信じて、私達は幸せな世界へ旅立つ・・・

 


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