第四話 リリアリアとの出会い
「はぁ~。難儀な事じゃなぁ~」
リリアリアと名乗った女性は、溜息混じりに私の事を同情してくれた。
あの草原でリリアリアと出会った後、彼女の『大転移』と呼ばれる魔法で、この場所まで一気に移動していた。
ここは大きな二階建ての古い洋館で、十もの部屋がある豪邸。
私はこんな古い木造の家など、何処かのテーマパークでしか見た事が無いような住居だったが、古いなりにも掃除は行き届いており、清潔感はあった。
リリアリア曰く、現在はこの洋館にひとりで暮らしているらしい。
掃除洗濯はどうしているのだろうか? 料理も自分で作っているのだろうか? といろいろな疑問が沸いたが、今はそんな事よりもこれからどうするかを考えなくてはならない。
私もそうだが、リリアリアも私と話をしたかったようで、まずは私の事から説明をした。
自分がサガミノクニで生まれた事。
中学生だという事。
サガミノクニの場所の事。
自分の家族の事。
父が勤務している国立素粒子研究所の事。
その国立素粒子研究所の開放祭で設備の暴走事故があり、それに巻き込まれた事。
そして、気が付いたら、あの丘にいた事。
全てを聞いたリリアリアが、大きくため息をついたのが今であった。
「なんとなく解った。アンタ、世迷い人になっちまったんじゃな」
「え? 世迷い人・・・ですか?」
そうだとリリアリアは頷く。
「つまり、この世ではない別の世界からやって来たって事になるねぇ~」
「ええ??」
私は訳が解らないと発言するが、既に心の中で半分は納得していた。
だってそうだ。
何もない所から炎の球を出したり、空間の跳躍とも言うべき、瞬時にこの館へと移動した『大転移』という技術。
この現象を現在の科学で説明するのは困難だ。
リリアリアの肩書である自称『魔女』からも解るとおり、この世界では魔法が実在していると見るべきだろう。
普段の私なら、こんな事は絶対に信じられなかったが、既に実在する魔法を見てしまっているし、今、言葉が不自由なく喋れるのも、この魔法という技術のお陰なのだ。
私は頭の中で東アジア言語を喋っている筈だが、今の自分の口からは聞いた事の無い言葉を紡ぎ出している。
リリアリアも私が発する謎の言語を聞いて、それに謎の言語で返してくるが、私の脳では彼女の言葉の意味を正確に理解している。
正に魔法なのである。
「しかし、困ったのう。儂は大きな魔力の波動を感じて現場に向かったが、其方しかおらんかった。感じた波動はひとつだけ。他に世界の壁を乗り越えられるような大きな魔力の波動は解らんかったのう・・・」
「そうですか・・・」
私はその言葉に落胆する。
あの事故で、どうやって私だけがここに飛ばされたのか、皆目見当がつかない。
もしかしたら、私以外は全員死んでしまったのだろうか?
私がそう思っていた事は顔に出ていたようで、リリアリアは直ぐに察してくれた。
「其方はもしかしたら、自分以外の者が死んでしまったと思っておるのではないかな?」
私は頷くが、リリアリアは直後にそれを否定してきた。
「いや! この状況で其方だけが生き残り、他の者が全て死んでしまうとは、とても考えられん」
「えっ?」
「其方の話を聞くに、今回の事故は転移の魔法とよく似ておる・・・そうじゃなぁ、儂の使う大転移をもっともっと大規模にした『大々々々々転移』とでも呼ぼうかのう」
リリアリアは私の証言からあの事故の現象が魔法的だと言う。
「元々、転移魔法というのは光に自分の身体を乗せるような技なのじゃ。予め設定したところに光を届かせて転移を行う術であり、その光に自分の身体を乗せる事で成立する魔法なのじゃ。光は簡単に方向を変える事ができんのは解るじゃろう?」
そう言いリリアリアは、さんさんと日光が降り注ぐ窓へと手をやり、光によってできた自分の手の影を私に見せた。
「ほら、このとおり、光は一方方向にしか進めん。其方が来たこの世界のどこかに、他の者が飛ばされている可能性が非常に高いと儂は思うのう」
「で・・・でも、リリアリアさんは私以外の魔法の波動を感じなかったのですよね?」
私は何かの間違いであってくれと懇願するような思いで聞く。
「そうじゃ。それは間違いない。しかし、それは儂が感じなかっただけで、ずっとずっと遠いところに飛ばされているのも知れん。あの波動は確かに大きかったが、それでも百キロメートル以上離れると、儂とて解らんよ。ハルの同胞達が遠くに飛ばれていたとしても不思議とは思わんのう。考えてもみい。人が集まっているところに石を投げたら誰かに当たるじゃろう? 其方はたまたまその石に当たってしまい、他の人とは少しだけ違う所に飛ばされたと考えるべきじゃ。他の者も大なり小なり其方と似たような状況に陥っていると考えるのが普通じゃろうな」
「そうかもしれない!」
私は一筋の希望が見えた。
「そもそも、ここは何処なのですか?」
私はその希望に向かうため、リリアリアに現在地を聞いた。
「まぁまぁ、そう慌てるな。この場所を知っただけではどうにもならんし、いろいろと話しは長くなりそうじゃなぁ・・・まあ、とりあえずお茶でも飲みながら話そう」
リリアリアは香り高いお茶を私に出してくれた。
後で知ったが、このお茶は南方で採れる非常に高級な品種の茶葉が使われており、アールグレーに近い味がした。
清涼感とその香りは、心を落ち着かせる効果があり、魔法の材料としても使えるが、今回はいろいろと心の余裕の無い私のために用意してくれたものだった。
その効果が発揮されて、私は多少に心の冷静さを取り戻していった。
そして、今、私が置かれている状況について教えてもらった。
リリアリアの説明は私の持つ常識とはかけ離れているところもあって、説明を理解するにはとても長い時間がかかったが、それをまとめると次のようになる。
先ず、この世界は単に地上と呼ばれる世界だった。
一応、『アスト』と呼ばれる呼称はあるものの、これを使う人は学者ぐらいで、単純に地上と表現するのが一般的らしい。
リリアリアの話を総括すると『アスト』は地球と同じ『惑星』である証が所々に見られたが、この世界の人々は自分達の地上が丸いという認識は無いようであった。
この『アスト』には海と大陸があり、昼と夜の世界がある。
夜には月が見えるので、地球と同じく衛星を宿した惑星であるのは予想できた。
一日や一年の時間も地球とほぼ同じぐらいで、重力もあまり違いを感じられない。
そんな事実から、この惑星は地球とほぼ同じぐらいの大きさの天体であると推測できた。
しかし、違う点もある。
その主たる相違点としては、まず、月がふたつもあるのだ。
『青の月』と『赤の月』である。
『青の月』はアストから近い側の軌道を回っている天体で、凡そ一ヶ月でアストを一周している。
この月は文字どおり青い色をしていて地上と同じ海があると言われており、青の人と呼ばれる住人が居るとの噂だが、まだ誰も行ったことが無いので確証は無い。
そして、もうひとつの『赤の月』はアストから遠い側の軌道を回る天体であり、約半年でアクトを一周している。
これも文字どおり赤い色をした天体であり、夜空に浮かぶと不気味な赤色をしている。
その印象から不吉の星とも呼ばれ、死を司る魔族が住む世界とされているが、こちらも未だ確認した人は誰もいない。
このふたつの月があるという事実は、この世界が確実に地球ではない事を解り易い程に示しており、改めて私はこの過酷な現実を目にして、うな垂れてしまう。
しかし、落ち込んでばかりもいられないので、話しを次に進めよう。
この『アスト』には海といくつかの大陸が存在している。
大きな大陸としては、北のゴルト大陸、南のソディア大陸、東のユルメニ大陸だ。
このうち一番大きな大陸がゴルト大陸であり、今、自分がいる場所でもある。
東西四千キロメートル、南北二千キロメートルの大陸であり、地球で言えばオーストラリア大陸とほぼ同じ広さだと考えていいだろう。
そして、今、私たちがいるのはゴルト大陸の西岸。
北に行けば寒く、南に行けば温かくなることからこの大陸が惑星の北半球に存在しているのは間違いないようだ。
その上、春夏秋冬の季節も見られる事から、地球と同じく惑星の公転軸に対して自転軸が傾いている事も推測できた。
ちなみに、こういった考察ができる私は、科学クラブに所属していて良かったと心底思う。
あそこで得られた知識が、こうして役に立つ事になろうとは夢にまで思わなかったが・・・
話が脱線した。
現状確認の話に戻ろう。
この『ゴルト』と呼ばれる大陸が、ここの住人からすると、もう『世界』と同じ意味になる。
そして、現在、自分のいる場所は、このゴルト大陸の西岸にある『クレソン』という小さな港町だ。
このクレソンを含む、ゴルト大陸の西側の約半分を支配しているのが『エストリア帝国』と呼ばれる国家である。
この帝国は帝皇の支配する封建制国家であり、名実共にゴルト大陸の覇者として君臨している国家だ。
ゴルト暦元年に建国しており、現在はゴルト暦一〇〇八年、第四十二代帝皇デュラン・ファデリン・エストリアが統治している。
当代のデュラン帝皇は非常に有能な人物らしく、彼の代になって三十年の治政となるが、大きな争いは起こしていないと言う。
このデュランという人物についても、リリアリアから為人などを詳しく教えてもらったが、彼女が何故そこまでに詳しく知っているかと言うと、なんと彼女は、かつてこの国の宮廷魔術師長として従事していた人物らしい。
宮廷魔術師長を退官後、いろいろな職を歴訪し、そして、現在では完全に現役を引退して、自分の生まれ故郷であるクレソンに戻り家を建てて一人暮らしているのだとか。
失礼ながら齢を聞いて驚く。
「儂か? 儂は今年で六十一歳かのう」
リリアリアは自分の齢を聞かれて、のうのうと答えたが、私の驚いた様子を見て喜んでいることから、この手の質問とやりとりは場慣れしているようだった。
白くなり始めた髪や多少の皺はあったので、三十代後半かと思っていたが、私の見識眼もたいした事が無いのだと思い知る事になる。
これが契機になり、話題はリリアリアの身の上に逸れていく。
かつては結婚していた話や、子供は居ない事とか、帝都の男どもは・・・とか、大いに話が逸れた事にふたりが気付いたのは日がもう傾いてからだった。
話をひとまず中断し、リリアリアは夕食の支度を始める。
私も一緒に夕飯を頂くことになったが、こちらの世界の食事は淡泊な味の魚料理と野菜、そして、パンと味気ない内容だった。
味は薄く、ほとんど調味料を使っていないようにも感じられたが、これがこの街、と言うか、この世界の標準的な食卓のようだった。
寧ろ、クレソンは港町だけあって、魚は新鮮で種類が多いのだと言う。
私は物で溢れた『サガミノクニ』という恵まれた環境で育ったが、その常識が、またひとつ崩れ去って行くのを感じられずにいられなかった。
そんなこんなで、質素な食事の後、この世界の話を続ける事になる。
そうして解った事は、このエストリア帝国の南西には神聖ノマージュ公国と言われる宗教国家があり、その向こうには大陸の東側を支配するボルトロール王国という国家があるらしい。
神聖ノマージュ公国は国土面積がこのエストリア帝国に次ぐ二位の大国であれ、宗教国家という性質上、平和と中立を国是としているため、エストリア帝国との関係は良好のようだ。
互いに平和国家として大陸の秩序安定に貢献している国でもある。
しかし、その先にあるボルトロール王国は様子が異なるらしい。
彼の国は最近戦争による領土の急拡大を図っている国家らしく、いろいろと、きな臭い噂が絶えない国だと言っていた。
こちらも現国王であるセロⅢ世という人物が即位して三十年経つが、戦争に次ぐ戦争でこのエストリア帝国とは正反対の道を進んでいるらしい。
その戦果によって凄まじい功績を上げているのも事実らしく、東方中央の小国家だったボルトロール王国が戦争による侵攻で、ゴルト大陸で国土面積三位を占めるまでに至っている。
現在もこの国はゴルト大陸東岸の北部と南部で戦争を展開しており、そのうち北方の小国を制圧して国土面積が神聖ノマージュ公国を抜いて二位になるのは時間の問題であると巷で噂になっている。
そうなると、ゴルト大陸の中央部北側でエストリア帝国と国境を接する事になるため、帝国の上層部も甚だ警戒しているとリリアリアは愚痴を溢していた。
そして、このゴルト大陸の中央部には人類の開拓を許さない『辺境』と呼ばれる地域がある。
ここにはゴルト大陸で最高峰のトゥエル山があるようだが、この高い山が開拓を阻んでいる理由ではない。
この辺境には龍を初めとした強力な魔物、魔族、そして、亜人類という人間の敵が生息している事が障害となっていると言っていた。
魔物とは、自然動物の中でも魔法を使う事ができる害獣を意味し、人間を餌と見なして襲いかかってくる厄介な存在らしい。
魔物は地球世界に存在しない生物であるため、これらについて私も詳しい事までは理解できなかったが、危険な動物である事ぐらいの認識はできた。
亜人や魔族については、この魔物が人間に近くなったような存在らしく、知恵もあって言語によるコミュニケーションも可能なようだ。
亜人と魔族、両者の線引きは結構曖昧らしいが、簡単に言うと、多少なりとも話が通じる人型の動物が『亜人』とされ、言葉が話せても人間に対して全く聞く耳を持たないのが『魔族』らしいが、これもどうせ私には理解できないので、今は置いておこう。
とりあえず、この『辺境』と言う土地にはこいつらがウヨウヨといて、とても人類が開拓できる場所ではないらしい。
そんなファンタジー要素満載の世界に飛ばさせてきた私。
これからの事を私なりに考えて、出した答え・・・それは・・・
「私、同胞を探しに行きます」
当然ながら一緒に飛ばされてきた同胞全員と会う事は、私の残された希望でもある。
困ったときは、ひとりよりもふたり、ふたりよりも三人、言葉や文化も近い彼らと合流を果たし、助け合う事が当然の選択とも言える。
しかし、リリアリアは私の意見に苦言で返された。
「確かに先程、儂は其方の仲間がこの大陸にいる可能性を述べた・・・しかし、この大陸は広くて危険も多い。そんな場所にか弱い其方ひとりで、どうやって旅をするんじゃ?」
「・・・でもっ!」
リリアリアの指摘は尤もだったが、私もこのままじっと助けを待つ訳にはいかないと思った。
「街道に出没する魔物は大昔に比べて少なくなったとは言え、ワルターエイプなどの弱い魔物は、それこそ日常的に出没する。今の其方ならば例え一匹と遭遇したとしても命を脅かす危険な存在となろうな。それに旅で出没するのは魔物だけではない。今日会った輩のように他人を何とも思わない盗賊崩れの連中だって出没するのじゃ。そんな奴等とどう戦う?」
「それは・・・」
私はリリアリアの指摘に対して次の一言を口から出す事はできなかった。
彼女の指摘内容は正論であり、私が何も力の無い女性であることは明白だったからだ。
そんな反論する余地の無い私に、リリアリアからの言葉は続く。
「それに、其方はこちらの言葉も碌に喋れんし、文字も解らん。常識も理解できてないと、今は幼子以下の状態じゃ。そんな状態で、何処に居るかもわからん同胞を探すなんて、自殺行為じゃな」
ぐうの音も出せないとは、このとおりだ。
私は歯がゆさに口を噛みしめ、再び心が不安になって押し潰されそうになる。
でも、泣きたくは無かったので、ぐっと堪える。
「うむ。若いのに中々根性だけはあるようじゃ。若い時の儂とは大違いじゃな」
自分が悔し涙を堪えているのを見て何故か感心するリリアリア。
「まっ、儂は若い頃から大きな力を持っておったから、少々調子に乗っておってのう。もし、今の其方と同じ状況で老い人から同じ事を言われれば、若い儂なら怒りのあまり飛び出していたところじゃ。しかし、其方は悔しくもあろうが、怒りはせず、分別を弁え、現状を正しく認識できておる。利口な娘じゃのう」
「・・・私を試したのですか?」
私は意地悪に聞き返すが、リリアリアはそんな事を不自然無くスルーできたのは、彼女の齢の成せる業だったのだろう。
「そんなつもりはない。ただ、正論を述べただけじゃよ」
フォフォフォと笑う姿はやけに老獪であり、彼女の実年齢が解るようだった。
「それに関しては、儂から提案があるんじゃ」
「提案・・・ですか?」
「そうじゃよ。其方、ここで魔女にならんか?」
リリアリアの突然の提案に、私は「へっ?」と、素っ頓狂な反応しかできなかった。




