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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第八章 ふたりの過去
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第三話 落ちてきた女

 ここはゴルト大陸の西岸の港町クレソン。

 帝都ザルツから南に五百キロほど離れた、どこにでもあるような閑静な港町である。

 海から吹く湿った風は広大な丘陵地を草原に変えたようで、どこまでも葵々とした草がなびく。

 そんな平和を絵に描いたような土地に、天から一筋の光が降り注いだ。

 その光は晴天の空の遥か、遥かの上から一直線に進み、丘陵地の草原に突き刺さる。

 

 ドーーーーーーーン

 

 轟音とともに大きな煙が上がった。

 この轟音はクレソンの住人を驚かせて騒動となるが、この光の矢が落ちた場所は街から大きく外れた郊外であったため、人がこの現場にやってくるにはしばらく時間がかかる。

 その事は、この光の矢が着弾した中心にいる人物にとっては幸運であった。

 何故なら、彼女がこの地に順応するには少しの時間が必要だったからである。

 光の矢が地面に着弾してから、幾らかの時間が経過した後、その女性は意識を取り戻して声を発する。


「・・・う・・・私、生きてる・・・」


 その女性・・・つまり、私は仰向けに寝転がって、天を仰ぎ見た。

 その空はどこまでも澄みきって青く、まるでこの世でないような美しさがあったが、身体に残る節々の痛みから、自分がまだ生きている事を実感してしまう。


「ここ・・・どこだろう」


 譫言(うわごと)のように、自分の口から出た言葉を自分の耳で聞くような感覚は、どこか遠い処から自分の姿を客観的に見下ろしているような不思議な感覚があって、現在、起こっている事が、どこかで現実離れしているようにも感じられた。

 それから幾らかばかりの時間を経て、自分の視界が水平方向三百六十度、土の壁で覆われている事実に気付いた。

 どうやら自分の身体は地面にできた窪地の中にいるようだ。

 身体に纏った土埃を慎重に払い、地面の穴から這い出た私。

 私―――江崎春子は、どうやら生きているようだ。

 身体を動かして慎重に確認をした結果、重傷を負った形跡もない。

 多少汚れているとは言え、紺色のセーラー服も、あの時のままだ。

 そう、マイクロ加速器が暴走した事故から何も変わっていない。

 (ハルコ)はそう思いながらも、再び仰向けになり、只々青い空を遠くに眺めながら、自分の記憶を整理することにした。

 自分の感覚では少し前まで自分は父の研究室にいたはず。

 あのとき、父と風雅(ガザミヤ)博士が論争を始めて、その後にマイクロ加速器が暴走。

 そして、爆発が起きて・・・今。

 頭に冷静さが戻ってきた。

 

(皆と連絡取らなきゃ)

 

 私は右腕に付けていたハンズスマートと呼ばれる通信機器を操作する。


「XA88、お母さんに電話を!」


 ハンズスマートは音声認識機能によりいつどおり私の命令を正しく認識し、ポーンと反応音を鳴らす。


『ハルコさん、コンニチワ。ハハ、エザキ・ユミコさんニ、デンワヲカケマス・・・』


 ポッ・ポッ・ポッ・ポッと処理中の音が続く。

 しかし、なかなかつながらない。

 おかしい・・・長い・・・と思った矢先にハンズスマートから結果が報告される。


『デンパ、ケンガイデス。オツナギデキマセン』


 無情にも電話はつながらなかった。

 電波圏外など、この時代、余程ではないと起り得ないのだが、どうしてだろう・・・

 あの爆発の中で壊れてしまったのだろうか?


「今どこ?」


 私は電話を諦め、現在位置について特定しようとした。

 しかし・・・結果は同じ。


『GPSニ、アクセス、デキマセン。セイドハ、オチマスガ、チジキモードデ、ケンサクシマスカ?』


 緊急用に地球の磁場から現在位置を特定する機能があると言っていたけど、本当に使うとは・・・


「わかった。地磁気モードで検索して頂戴」


ポン、ポン、ポン、ピーン。


「シジキモードデ、ケンサクシタケッカ・・・ゲンザイチハ、ウミ、デス」

「どこが海なのよ!」


 ここは見渡す限りの平原だし、遠くに海が見えるけど、少なくともここは土の上なのは明らかだった。

 遂に壊れてしまったのかしら・・・と思うが、人の気配が近付いてくるのを私は感じた。

 よかった、助かった。

 そう思い、起き上がって、来る人に手を振る私。


「すみませーん。助けて下さーい。ここはどこですか?」


 大きな声で助けを呼ぶが、何故だか相手は慌てず足取りはゆっくりで・・・やがて、三人の男性が近付いてきた。


「すみませーん」


 私の問いかけに返ってきた言葉は理解不能の言葉だった。


「シガッ? トゥール、ウエ!」

「クイ、クイ」

「ドゥバンボ、ハルマ、トゥエル、ウクューレ」


 聞いた事も無いような言葉を喋っているし、よく見れば金髪碧眼で、顔の特徴からしても、サガミノクニの人ではないのは一目瞭然だった。

 理由は解らないが、果たして私は外国に来てしまったのだろうか?

 私はハンズスマートに助けを求めた。


「XA、同時翻訳して!」


ポンポンポン、ピーン。


『トウロクサレテイル、ゲンゴニ、ガイトウシマセン、デシタ。オリジナルモード、デ、カイセキシマス』


 音の出るハンズスマートが珍しいのか、私のそれを指さして、男達は聞きなれない言葉で会話を始めた。

 その言葉をXA88が聞き取り、現在進行形で解析が行われる。

 しばらくの時間を要し、解析完了を知らせる応答のチャイムが鳴った。


ピーン


『カイセキ、カンリョウ。ラテンゴノ、アシュ、ト、スイテイサレマス。ゲンゴ、イッチリツ、25パーセント。ドウジ、ホンヤクヲ、ジッコウシマス』


 私が使うハンズスマートと呼ばれる腕時計型の端末は、世界的に有名なインフェルノ社のXA88という最上位機種だ。

 こういう時には機能制限の無いハンズスマートを買って貰って良かったと思う。

 最上位機種は常に全ての最新情報をダウンロードして更新し、自身の記憶媒体の中にその情報を保存する仕様だ。

 だから、電波がつながない状態でもほぼ遜色なく使えるのが有難い。


『オンナ・・・キレイ・・・ワカイ・・・ミナレナイ、ヤツ』


 自動翻訳によって断片的な単語は聞き取れたが、彼らが私を指さして何を話しているのかまでは解らない。


「私は江崎春子。サガミノクニの中央第二中学校の三年生です。助けてください」


 私は必死に助けを求めた。

 そして、早口な私を追うようにXA88が同時翻訳をする。

 これに対して、男性三人はハンズスマートが難しいのか、XA88を指さして、またもや解らない言葉で相談を始める。

 私はヤキモキして、必死に自分の事を伝えようと彼らに近づき、そして、後悔する事になる。

 いきなり男から伸ばされた両手は、あろう事か、荒々しく私の両胸を鷲掴みされた。


「キャーーッ・・・・うんぐぅっ!!」


 私は悲鳴を上げるが、別の手によってその口は塞がれ、抵抗した手足も別から延びてきた手によって押さえ付けられる。


『シラナイ、イイオンナ・・・オカス・・・ダレモ、ワカラナイ・・・』


 男達の言葉を断片的に機械翻訳するXA88だったが、こんな状況になれば、翻訳なんてなくても、自分がどういう状況に陥っているかは莫迦でも解る。

 今、私はこの男達に乱暴されようとしているんだという事実を、否が応でも理解させられた。

 必死に抵抗する私だが、大人三人の力に敵う訳もなく、両手両足を持ち上げられて、近くの林に連れて行かれた。


「XA88!お願い、助けて!」


 私は塞がれていた口が空いた瞬間にそう叫ぶ。


ポーン


『エザキ・ハルコサンカラ、キンキュウジタイノ、レンラクガ、アリマシタ。キンキュウモードニ、イコウシマス』

『ガゾウカイセキニヨリ、コクサイホウ、シレイRAR75ジョウニ、ガイトウスル、カノウセイアリト、ハンダン』

『ケイコクシマス! アナタタチノコウイハ、ゴウカンザイノ、カノウセイガ95%アリマス。スベテ、キロクシテイルノデ、スミヤカニ、ソノコウイヲ、ヤメテクダサイ。サモナケレバ、ハンゲキシマス』

『ケイコクシマス! スタンモードマデ、ジュウ、キュウ、ハチ・・・・・イチ、ゼロ!』


バシューーーッ!


 XA88の持つ痴漢撃退用の高電圧ショックが、周辺にいる男達に火を噴く。


「ギャーーッ!!」「ウォーーッ!!」「ハゥーーッ!!」


 三人の男達はそれぞれ絶叫を挙げて勢い良く地面に伏する。

 強力なスタンガンの威力によって地面へ倒れ込み、身体を振るわせている。

 ひとりの男は口から泡を吹いて倒れていた。

 よく見ると、彼は既にズボンに手をかけて下半身を露呈しており、そこにスタンガンの直撃を受けたようだった。

 痙攣している男を後目に、他の男達は何かに恐れだした。


『コノオンナ、アブナイ!・・・マジョ、ダ!・・・マジョ、ダ・・・ニゲロ』


 なんとか立ち上がった二人の男はスタンガンによる攻撃に驚き、仲間を見捨てて逃げだした。

 しかし、遁走を始めた男達の末路は無情であった。

 

 それは突然起こった。


「あっ!」


 私が驚きの声を挙げたのは、逃げ出した男達が急に燃えだしたからだ。

 いや、勝手に燃えたのではない。

 後から気が付くが・・・私の横をふたつの火の玉が通り過ぎて、そして、彼らの背中に着弾していた。

 男達は苦しみ、のたうち回り・・・やがて動かなくなった。

 人間が生きながらに焼かれる形容しがたい嫌な臭いがした。

 私は生理的な嫌悪感から、胃の奥から嫌なものが込上げてきたが、そこはぐっと堪える。

 やがて、その火の玉を放ったとみられる人物が近付いてきた。

 白い貫頭衣―――ローブと表現した方がいいのか―――を着た妙齢の女性ひとりが現れて、ひとり残った男を派手に蹴飛ばした。


「グワッ!」


 衝撃で男は目を覚ましたが、このローブ姿の女性を見て慌てて怯えだした。


『チガウ・・・チョトシタ・・・デキゴゴロ・・・アシタカラ・・・マジメニナル・・・タスケテ・・・』


 男はだらしなく震えて、ローブ姿の女性に命乞いを始めたが、この願いは聞き入られなかった。


『オマエタチハ・・・テイクニノ、ハジ・・・トウゾク・・・シネ』


 ローブ姿の女性は男に死の宣告をし、持っていた杖を高々と上げる。


『トウゾク・・・シネ・・・・ホノオノタマ、ファルリア』


 女性は杖を男に向け、ファルリアと叫ぶと、先程と同じ火の玉が杖の先から飛出し、男に直撃した。


 「ギャーーーッ!!」


 無慈悲にも男は焼かれてしまい、先程のふたりの男と同じ末路を辿った。

 人が焼かれる事で、胸糞の悪くなる匂いが再び辺りに充満する。

 私は顔をしかめて口元を手で覆う。

 しばらくはこの燃えている人間から目を逸らし、呆然としていた私だったが、ローブ姿の女性の視線を感じて振り返った。

 女性は先程の男を殺した時の厳しい視線から一転させて、私に向かって優しい顔で語りかけてきた。


『モウ・・・ダイジョブ・・・トウゾク・・・シマツシタ・・・アナタ・・・ダレ?』

「私は・・・ハルコ・・・江崎春子と言います」

「ア、デメ・・・ハル・・・ィエザッキ・ハル゛ッコ゛??」


 彼女はハルコという単語を言い難そうで、何度も舌を噛むように発音した。

 私の名前は東アジア言語では一般的なのだが、外国人には発音が難しいのだろう。

 私はとりあえず名前が合っている事を仕草で伝えるため、必死に自分を指さして語り掛ける。


「春子。春子です」

「ハル゛ッゴ、ハル゛ッゴ・・・」


 発音は全然違うが、相手は私の名前の事を何とか解ってくれたようだ。

 さて、次に私の今の状況を伝えて、そして、ここの情報も聞かないと・・・


「私は不慮の事故で自分の意思とは関係なく、この場所に飛ばされてきました。ここは一体何処ですか?」

『ア、ダル、メ、オイ、ネーマ・・・ウェーヤー、トェエル、イルバネィート、イムヒーア?』

「?・・・アルタ、フォルト??」

『イムヒーア、イムヒーア』

「イムヒーア? フォルテ、インムヒーア??」

『ノッング、イムヒーア』


 XA88の同時通訳で相手側の理解度認識エラーが出たのだろうか、XA88とローブ姿の女性が互いに言葉を確認し合う、奇妙な光景が繰り返された。


『ダンペンテキ・・・コトバ、ワカリズライ・・・マジュツヲ、ツカウ・・・』


 ローブ姿の女性はXA88との会話に苛ついたのか、女性は私に向かって杖を向けた。

 これに私はギョッとする。

 仕組みは理解できないけど、この杖は先程の男達を焼いた武器であることは容易に想像できた。

 えっ? 私もあの男達と同じように焼かれてしまうの!?

 危機感に苛まれた私は逃げようと後退するも、今更ながらに焼かれた男達が苦しみながら死んでいった姿を思い出して、腰が抜けて尻餅をついてしまった。

 そんな無抵抗な私へ、無情にも杖が振られる。

 ローブ姿の女性は何やら聞き取れないほどの早口言葉を口にし、そして、結びの言葉らしいものを述べると杖の先から私に向かって何かが出した。


「きゃっ! 嫌!」


 私は身構えて、咄嗟に両手で顔を覆った。

 そして・・・・・・・・何も・・・おきなかった。

 ローブ姿の女性はそれが意外だったようで、口を開けてポカーンとした姿を晒す。


『アナタ・・・イマ・・・ワタシノ、マホウヲ・・・フセイダ・・・ドウヤッタ?・・・マリョク、テイコウ、タイシツシャ???・・・チガウ・・・マホウデ、マホウヲ・・・フセイダ・・・』


 ローブ姿の女性は独り言のよう私を指して呟く。

 しばらく考え込み、そして、何かの結論を得たようだ。

 彼女は私に近づき、今度は私の身体に直接杖を当てて、先程と同じ言葉のようなものを唱えた。

 私は恐れのあまり何もできず・・・そして、杖から光が発せられて、無情にも私の身体は貫かれた。

 ああ、私も燃やされて死ぬのだわ・・・そんな考えが脳裏に浮かぶが・・・

 しかし、私は死ぬ事も、焼かれる事もなかった。

 何故だか頭がすっきりとする。


「どうだい、私の言葉が解るかや?」


 あれ? 女の人の言葉が解る。


『ドウ・・・ワタシ・・・ツウジル?』


 遅れてXA88の機械翻訳が続く。

 意味は合っていた。


「あれ? 私、言葉が解る」

「どうやらうまくいったみたいだねぇ。アンタは何者さ?」

「えっ?私? 私はサガミノクニの江崎春子」


 いろいろな事が起り過ぎて混乱する私。


「よしよし。魔法が上手く効果を現したね」

「魔法?? えっ? えええ??」

「あ、混乱しているようだね。まぁ、とりあえず、意思の疎通ができて一安心さ」

「わ、私・・・おばさんの言葉が解る」


 ハルは素直に自分の直感を述べただけだったが、女性は痛く傷ついた。


「おばさんね・・・ハァー、年はとっているつもりだけど・・・やはり、人から言われると傷付くねぇ」


 あからさまに落ち込んだ表情を見せるローブ姿の女性。

 彼女の顔や腕には加齢よる皺が所々に認められるものの、それは目立つものではなく、よく見ないと解らない程度のものだった。

 素敵な年の取り方だと思ったし、見た目以上に実年齢はもっと高いかも知れない。

 しかし、私の言葉が相手を傷つけたのなら、それは本意ではなかった。


「す、すみません」


 恐縮するが、この時の私の口からは気の利いた言葉を紡ぎ出せる余裕はない。

 相手のローブ姿の女性は、ハァー、とため息を漏らすと、居直って私に言葉を返す。


「まぁ、気にすることはないさ。それよりもアンタの名はハル゛ッゴさんだっけ・・・私は魔女のリリアリアさ」


 私は彼女から差し出された手を恐る恐る取った。


「いろいろ訳ありの様子じゃ。落ち着いて話を聞いてあげたいけど・・・ここも、もうすぐすると騒がしくなりそうじゃなぁ」


 女性は私に目配せすると、彼女の視線の先には何人かの男性がこちらを目指して歩いて来るのが見えた。

 先程の男の仲間だろうか?


「言葉もろく通じん、今の其方の状況では、いろいろな人に会いたくもなかろうて」


 私はすぐに頷く。

 こちらに近付いて来る男達がどういった者か解らないが、もし、先程の男達の仲間だった場合、私は否応なしに乱暴されるかも知れない。

 もしかしたら、そうでない可能性もゼロではなかったが、少なくともこの目の前の女性の方がまだ同性と言う事もあり、信用できそうだと思った。

 敵か味方か解らないこの状況下で、多くの人と接する事に危機感を覚えたのだ。

 勿論、この目の前にいる女性だって、本当は敵かも知れない。

 少しは悩んだが、現在の私にはあまり選択肢がないのも事実である。

 一時的でもいいので、彼女を味方として信用するより他が無かった。


「よかろう。とりあえず、しばらくは私の家に匿ってやろう。話しはそれからじゃ」


 彼女は私を抱きかかえるように両手で覆い、そして、呪文を唱えた。


「大地の母よ。我の身を風とし、願われる場所へと誘いたまえ。大転移!」


 彼女が呪文のようなものを唱えると、どこからともなく光が現れて私達を包む。

 

(ああ、私はまた、光の中に捕らわれるーーーっ!)

 

 私は本日二回目の光の洪水に諦め気分で瞼を閉じるしかなかった。


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