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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第七章 デルテ渓谷の戦い
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第八話 心と心 ※

 アクトの身体の傷を魔法で癒すハル。

 あれ程、彼とは会いたくないと思っていたハルだが、こうして彼の身体に触れると自分の心が何かに満たされていくのを感じていた。

 剣術士として鍛えられた彼の身体は繊細ながらも筋肉のしっかりと詰まった身体であり、綺麗だと思う。

 この白くて逞しい身体・・・この身体に抱かれたら私は・・・と想像してしまう。

 彼は自分を裏切った男性であり、心を奈落に落とされた相手だというのに・・・

 ・・・だったのに・・・なんて、自分は現金な女なのだろう。

 なんて、自分は都合のいい女なのだろう・・・軽い自己嫌悪に陥るハル。

 白魔女となって彼を戦場で見つけた時、ハルは本能的に彼とは会ってはいけないと思った。

 会えば、彼と話せば・・・彼を許してしまいそうになる自分が居た。

 もう一度彼を信じてみようと思ってしまう自分が嫌だった。

 それでも今は心地良い。

 あのヴィシュミネに殺されようとしていたとき、最後の最後で彼は助けてくれた。

 あの谷に落とされたとき、確かにアクトは自分の事を守ってくれた。

 彼から差し出された手を自分は確かに取る事ができた。

 そして、今、彼の身体に触れる事でハルは自分の心の闇が溶けていくのを覚えていた。

 心地良いこの感覚をいつまでも楽しみたい・・・

 そう思っていた彼女の幸せは長くは続かない。

 

「・・・君の正体は『ハル』なんだろ?」

 

 その一言でハルは凍り付いてしまう。

 ハルは白魔女が自分であるという事実を、アクトにだけは知られたくなかった。

 白魔女とは別人格の自分、自ら抑圧していたアクティブな部分の自分を具現化させた存在であったから。

 アクトに対して彼女はある意味積極的に接しており、それはハルが白魔女という仮面を被っていたからこそできた事だった。

 その仮面を脱ぎ、全てをアクトの前に晒す勇気は・・・今の彼女には無い。

 アクトに見せたくはなかった仮面の後ろに隠れた『自分』という存在。

 それをアクトが勝手に見てしまった事に、彼女は再び大きなショックを受ける。

 温まりはじめていた彼女の心は瞬く間に凍てつき、心の底から深い闇が再び噴き出してくるのを感じた。

 

(やっぱりアクトは信じられないの? 信じてはいけないの?)

 

 彼に対する不信が増幅される。

 そして・・・ハルは、やっぱり、と確信する。

 

(やっぱりアクトは敵よ・・・私を良いときだけ利用しようとする敵・・・あのジュリオ皇子と同じ・・・同じなら・・・同じなら・・・彼を殺そう・・・彼を殺して、私も死のう・・・)

 

 直後にアクトが何かを自分に伝えていたが、もう、彼の言葉はハルの耳に入らなかった。

 

(この先、彼に対して行う事はジュリオ皇子と同じ・・・いや、あれよりも巨力な魅惑の幻術をかけてあげるわ。悦楽の世界の中で私に本性を晒しなさい。男なんて・・・男なんて、女を利用する事しか考えていないのだから)

 

 そう思い、ハルは渾身の魔力を練り上げる。

 魔力抵抗体質たるアクトの身体はハルにとって既に研究済みだ。

 彼の身体の表面は魔力を分解・吸収する層に覆われているが、そこには多少の例外が存在する事が解っていた。

 ひとつは、今、治癒魔法を送り込んでいるように、肌を強く押す事で魔力を直接身体に流してその層を突破する事。

 しかし、それは完全に魔力無効化の層を突破できる訳ではなく、ある程度は減衰されてしまう。

 もうひとつの突破口としては彼の眼。

 彼の両眼は数少ない魔力抵抗層が弱くなっている部分。

 今回はそこから魔力を送り込む。

 白魔女となった自分ならば強大な魔力を放出できるので可能な筈だ。

 ハルはアクトの顔に後ろから手を回し、彼を振り向かせて眼を凝視した。

 暗がりの小屋で彼の瞳を視る。

 アクトは突然のハルの行動に驚きつつも、スカイブルーの綺麗な瞳は真っ直ぐにハルを見つめ返していた。

 その瞳に魔力を集中させるハル。

 綺麗な彼の瞳には暗がりの中、自分の瞳、つまり、ハルの瞳が映っていた。

 

(そう言えば・・・人の瞳を真剣に視たのは人生で初めての経験かも・・・)

 

 と、この場でどうでもいい事を考えてしまい、ハッとなるハル。

 自分から放出させている筈の魔力が、自分に戻って来ている事実に気付いた。

 アクトにかけようとしていた幻惑の魔法。

 それはジュリオ一派にかけた魔法と同じで、人間の持つ理想・欲望を増幅させる幻術魔法だ。

 『狂愛の魔法』と名付けられたハルのオリジナル魔法。

 その魔法が自分に向かってくるのを感じた。

 

(ま、まずい!)

 

 危機感に苛まれ、慌てて自分の(まぶた)を閉じようとするハルだが・・・遅きに失していた。

 再び眼を開けるハル。

 その瞳は魔力で桃色に染まり、完全に魔法の支配下に落ちている事を示す。

 こうして、ハルの眼の前に映った男性は彼女の最愛の男性であり、自分の欲望の対象であると魔法が心に命じる。

 そうするとハルの中に、今まで感じたことの無いほどの苦しいぐらいの愛おしさが込上げてきて、我慢できず、彼に甘い言葉を漏らす。

 

「アクト・・・・・・大好き」

 

 そして、ハルの心は自らの欲望に支配されていくのであった。

 

 

 

 ハルから甘い言葉を受けたアクト。

 直後にハルから熱烈な口付けを受ける。


「なっ、ハル! どうした!? 急に!! うッ・・・・」


 アクトは驚きの言葉を口にするも、その先の言葉は彼女の唇によって防がれてしまう。

 そして、アクトの身体にピタリと密着するハル。

 それは蛇が身体に纏わり付くように、アクトから完全に自由を奪い、そして、すごい力で締め上げた。


「うぅぅ!!!!」


 アクトは堪らず呻き声を挙げて身を(よじ)ろうとするが、ハルの唇によって口が塞がれているため、声らしい声を発せない。

 息もできず、密着してくるハルを引き剥がそうとしても、魔法で強化された彼女の力には敵わず、かろうじて手首を動かせるぐらいだ。

 

「んーーー、んーーー、んーーー」

 

 ハルからも何らかの声が聞こえるが、彼女の口もアクトの唇を塞ぐのに使っているため、何を言っているか解らない。

 やがてアクトは意識が朦朧としてきた。

 酸欠の兆候であり、息継ぎの無い接吻―――いや、これはもうハルの接吻による殺人行為に等しい。

 そんな状況の中で、ハルの想いが魔法となりアクトの頭の中に流れてきたのだ。

 彼女の強すぎる魔力の影響である。

 

(私はアクトの事が好き・・・でも、私達は決して結ばれてはいけない運命・・・出会ってはいけない運命だった・・・それでも私は・・・好き・・・どうすればいいの?・・・彼を諦める事なんて・・・私には・・・)

 

 アクトはやっとの思いで束縛から右腕を脱して自由になる。

 この異常な状態を何とかしようと、彼女の背中をバンバンと叩いた。

 しかし、それでもほとんど効果がない。

 

(彼とひとつになりたい・・・でも駄目・・・この先の私には過酷な運命が待っている・・・彼に私と同じ道を歩ませる訳にはいかない・・・でも、彼の事が好き・・・どうしたら・・・)

 

 アクトは奮起して左腕が一瞬だけ自由になったが、その直後、ハルの右手に捕まってしまい、再び凄い力で抱き絞められて、元どおりになってしまった。

 

(嗚呼、アクト・・・もし・・・もし、ひとつになれないのならば・・・常世で一緒になる事が許されないならば・・・一緒に死にましょう・・・)

 

 ハルの破滅的な考えがアクトに届く。

 万事休すだが、ここでアクトは心の中で精いっぱい叫ぶ。

 

『それは違うぞーーーーーーっ!』

 

 アクトの心の叫びにより一瞬だけ拘束力が弱まり、そこを間髪入れずにアクトは奮起して、ハルの呪縛から脱した。

 ハルの頭の後ろから右手を回して引き剥がし、何とか彼女の唇の呪縛から解放されたのだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ゴホ、ゴホッ」

 

 咳き込むアクトだが、薄目でハルの様子を確認すると、白仮面の隙間から覗く彼女の瞳には恍惚の表情が宿っている。

 それは興奮のためなのか、それとも、互いに息を止めて窒息死しかかっていた事によるものなのか・・・

 

「嗚呼~、アクト・・・どうして・・・どうして私を受け入れてくれないの・・・」

 

 狂気を宿す彼女の瞳が、アクトを骨抜きにしてしまおうと働きかける。

 怪しい光が放たれ、アクトの思考力が低下した。

 そして、再び、アクトの口を塞いでしまおうと、彼女の柔らかい唇が彼に迫る。

 アクトは息も絶え絶えであり、もう抵抗する気力はあまり残っていない。

 力で抵抗する代わりに、自由になったこの瞬間、彼女にこれだけは伝えようと決意した。

 

「ハル、そして、エミラルダ。俺も君の事が好きだ・・・君が俺と一緒に歩く勇気が無いのならば・・・・・・それならば・・・・・俺が勝手に君を引っ張る!!!」

 

 ハルの動きが止まった。

 

「俺が君と共に・・・いや、君を引っ張り、そして、君よりも前に進もう・・・だから、俺を一緒に居させて欲しい・・・それが、すべてを捨てる結果になっても構わない・・・君さえ俺の傍に居れば、他には何も要らないんだ!」

 

 一筋の涙。

 

 仮面の隙間からその雫が滴り、そして、いつの間にかベッドの上で馬乗りにされていたアクトの頬へ落ちる・・・

 

「俺は、それだけ満足だ」

 

 そう言いアクトは彼女の白仮面に手を伸ばす。

 アクトはハルの魔力の根源となっている白仮面を手で掴み、彼女顔から剥がそうとした。

 それは彼の直感的な行動だったが、急に魔力を昂ぶらせて異常になったハルを元の状態に戻すには『これしか方法が無い』と、咄嗟に思ったからである。

 

「い、嫌・・・アクト、やめて~」

 

 素顔を晒すのを拒絶する彼女。

 しかし、アクトはこれを止めない。

 やめてはいけない、と思った。

 彼女と共に歩き、そして、自分が彼女よりも前に進むためには、今、この瞬間に、白魔女の仮面を外すしかない・・・そう思ったから。

 彼女を白仮面の呪縛から解き放たなくてはならない・・・そう感じたのだから。

 アクトは白仮面に手をかけるが、今回は川辺の時と違って凄い力で抵抗する白仮面。

 バチバチと火花のような反発があり、アクトの手に耐えがたい痛みが走った。

 それでもアクトは奮起する。

 そうすると、彼の持つ魔力抵抗体質の力がなんとか勝り、やがて、ベリベリベリと音を立てるようにしてハルの顔から遂にその白仮面が剥がれた。

 

「あぁぁぁーーーーん!!!」

 

 ハルは溜っていた何かをすべて吐き出すような大絶叫を挙げ・・・そして、その直後、ハルは一気に脱力した。

 彼女の纏う甚大な魔力は全て放散し、白魔女の変身も解かれて、そして、元のハルの姿が露わになる。

 そして、脱力によって、がっくりと、うな垂れるハル・・・

 

「お、おい。ハル、大丈夫か?」

 

 アクトに馬乗りしていたハルは突っ伏してアクトの胸に顔を埋める形となった。

 彼女の髪色は銀から青黒に戻り、肌からは大理石のような白さが失せていた。

 それでもアクトは彼女を美しいと思う。

 その美しい彼女と先程まで息を止める接吻を交わしていたため、互いの息はまだ荒いままだ。

 そして、彼女はアクトの方に決して顔を向けようとせず、ずっと俯いていた。

 

 ・・・やがて、むせび泣く乙女の涙がアクトの胸を濡らす。

 

「ううぅぅぅ・・・酷い・・・酷い・・・どうして? どうしてアナタとじゃ上手く行かない事ばかりになるのよ!」

 

 正気を取り戻したハルは顔を起こしてアクトを睨む。

 しかし、その顔は恨みに染まる事はなく、アクトに何かを懇願するような、か弱き女性の顔であった。

 

「・・・」

 

 何も応えられないアクト。

 この時、自分はいったいどうすればいいのか。

 アクトは頭の中で必死に正解を探したが、そのどれもが陳腐な言葉のようにも思えて、彼にできたのはハルを優しく抱く事だけであった。

 

「うぐ・・・うぅぅぅ・・・」

 

 薄暗い小屋でハルの咽び泣く声だけが響く。

 それは長い、長い時間だったが、不思議とアクトはこの時間が苦痛だとは感じなかった。

 彼女の温もりを肌で感じ、彼女を抱く。

 本当の彼女を抱いている。

 小競り合いの中で、いつの間にか互いの下着も脱げてしまい、今は一糸纏わない姿を晒している。

 そんな仮面さえも(まと)わない身も心も裸の彼女。

 不謹慎な事かも知れないが、この瞬間にハルを自分の物にしているという満足感がアクトの心に安息をもたらしたのかも知れない。

 アクトには悶々とした気持ちがずっと続いていた。

 そう、ハルが自分の元を去ったあの日から、ずっと続いていた気持ちだ。

 それからのアクトはハルを積極的に求めるようになった。

 初めはハルに再会して、そして、彼女に謝罪の言葉さえ伝えられれば、自分の心のわだかまりは晴れると思っていた。

 しかし、今は違う。

 彼女と離れたくない、彼女を離したくないと自覚した。

 

「ハル・・・こんな事になって、非常に言い難いのだけど・・・俺は本当に君の事が好きだ」

「・・・」

「だから俺は君を一生手放したくない。一度は君の事を疑った男が何を言っているんだと思うかも知れない。だけど、これは俺の偽りの無い本当の気持ちだ・・・君を手放したくないんだ」

「・・・」

「男の勝手な戯言と思って聞いてくれればいいさ・・・でも、これは事実だ。嘘は言わない。・・・ハル、俺は君の事を愛している」

「・・・」

 

 ハルは俯いたまま、アクトの言葉をただ黙って聞いていた。

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 

「本当に・・・アナタと一緒にいると私の調子が狂っちゃうみたい・・・でも、やっぱり・・・私もアクトの事が好きなのね。どうしようもない女なのは私の方よ」

 

 涙が混ざり、黒く輝いたハルの瞳はどこまでも深く、アクトの全ての言葉を受け入れるようにじっと見つめ返していた。

 

「アナタには・・・アナタには、私のすべてを知って貰いたい・・・私がここに存在する事の、全ての意味を知って欲しい」

 

 そう言うとハルはアクトに再び口付けをする。

 それは先程のような狂気のかけらはなく、純粋な彼女の想いの詰まった口付けである。

 魔法による強制ではない、ハルの意思による口付け。

 そして、ハルはまるで自分の全てを曝け出すようにアクトへ口付けを行った。

 当然のようにアクトはハルを受け入れる。

 愛のある接吻は長く続くが、アクトはここである事実に気付く。

 彼女の魔力が、意識が、ハルから自分の心に向かって流れ込んで来る事実を・・・

 

「アナタには知って欲しいの・・・ワタシのスベテを・・・」

 

 次第に意識が薄れていく中、アクトの心の中にはハルの心が音となって響いてくるのであった・・・

 


七章はこれで終わりです。登場人物を更新しました。

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