第五話 雨の戦い(後編)
白魔女は広大な戦場を右に左に激しく移動する。
ある現場に移動しては、そこにいる部隊を短時間のうちに絶対的な魔法で壊滅的な被害を与える。
そして、完全には破壊せず、また次を目指す。
それが戦場の反対側だったりするから、魔法で彼女の姿を追跡する方も大変であった。
大本営では事態を把握するために、この場に詰る魔術師が白魔女を追跡し、映像化の魔法を行使する。
今回は大規模戦を想定して、その手のベテラン魔術師を多数用意した筈であったが、彼らでさえ疲れが如実に現れていた。
額から流しているものは雨ではなく、自身からの大量の汗によるもの。
彼らにも魔力枯渇が迫っている、同じ魔術師―――正確には魔法戦士であるが―――のロッテルはそのことをよく理解していた。
「ぐ・・・よもや、これ程とはな」
思わずロッテルの口からぐうの音が出てしまうのも、隣にいたアドラントは納得してしまう。
ひとりの魔術師が戦場の端から端へと移動し、その部隊に壊滅的な被害を与える戦法など、今まで聞いた事が無い。
それは非効率、かつ、非実現的な戦法であり、いったい誰が考えて、誰が実行できると言うのだろうか?
これを実際に実行しているのも呆れたものだが、現実問題として大被害を受けているのは自分達の陣営である。
既に七割の部隊が沈黙し、もし、これが本当の戦争であれば、『壊滅』と定義されてもおかしくはない状況であった。
この場に及んでも白魔女は『殺さず』の信条を頑なに守っているようで、誰一人として死者を出していない。
実はそれこそがロッテル陣営を困らせる事につながっている。
兵士達は死んではいないが、戦闘不能な程に負傷しているのも確かであり、そのような現場には救護活動が必須になる。
これが既にパンク状態であり、救護に当たる治癒師が圧倒的に足りていないのが現状である。
当然そうなると、専門家以外の兵が救護に当たる必要もあり、負傷兵が死んではいないため、手当てを中断しない訳にもいかない。
単に勝つためならば、彼らを見捨てるという選択肢もあったが、ロッテル側としては皇子の体面というものもあり、そこまで非人道的な勝利を望んでいない。
そのような理由で、各部隊の動きはさらに悪くなり、個別に分断され、そこに白魔女が狙いを定めて襲撃を受けてしまい、撃破される事が続いていた。
全く以って忌々しい戦況だ。
「ロッテル様。そろそろここも危ないと思われます。一旦下がられてはどうでしょうか?」
「アドラント殿。その忠告は有り難く頂戴するが、私はこの場から引く事を許されていない。もし、この戦いが負けるような事になれば、ジュリオ殿下の顔に大きな泥を塗る事につながる。それに・・・まだ切り札が残っている」
「この期に及んで、まだそんな得体の知れない『切り札』とやらに賭けているのですか。冷静な貴方の発言とは思えない・・・」
アドラントがそう言うほど、この短い付き合いで彼はロッテルの為人を適確に把握していた。
そんな彼から見ても、既にこの戦の雌雄は決したように思える。
本当に信じられない事だが、白魔女はこの千人近い部隊を一人で撃破しそうなのだ。
いや、やがて、そうなるだろうとアドラントは予想している。
何故なら、白魔女本人からは魔力的な疲れを全く感じられないからだ。
まさに彼女はバケモノであった。
小細工など全くものともせず、白魔女は正面突破で罠を食い破る野獣だったのだ。
だとすれば、我々は素直に負けを認め、再戦の機会を探る。
もしくは、再戦そのものをしないよう政治的な決着を図る事が重要なのだとも思った。
このような思考を描くアドラントが、後の歴史で武闘派としてではなく政治家として名を残す事につながるのだが、今はそんな事など誰も知る由が無い。
「いや、ロッテル様。やはりここは引きましょう。我々にはラフレスタを守護するという役割もある」
最後の説得にかかるアドラントだが、それにロッテルは目を瞑ってこう応じる。
「アドラント殿。それはできない・・・何故ならば、もう時間切れのようだ」
ロッテルの言葉を証明するように、もう、白い魔女の姿が目視で確認できる距離まで迫って来た。
そして、その直後、前衛の兵士達が水の魔法で吹き飛ばされた。
「ふう。少し手間取ったけど、どうやら本隊まで届いたようね」
白魔女の目前には敵の大本営の部隊が拡がっていた。
アクトから必死に距離をとった事で想定外に戦場を右往左往する結果になってしまったが、無我夢中で暴れ回った結果、自分ひとりで敵部隊をかく乱する事に成功し、その上、この本隊にまで手が届くようになったのだ。
こんな事ならば、自分は陽動役などせず、初めからここを目指せば良かったのかもと、自分達が少し慎重になり過ぎていた事を悔むが、それも後のまつりである。
ここを突破できれば、もうすぐエレイナの元へ到達できる。
自分が正面から彼女を救っても、誰かが彼女を救っても結果は同じであり、ここで躊躇する理由はない。
ここで白魔女は一旦後ろを振り返る。
「よし、アクトは来ていない!」
アクトを無事に振り切れた事で、ひとまず安心するエミラルダ。
最初にアクトを見つけてから、まるで彼から逃げるように戦場を走り回ったが、彼の追跡のしつこさには目を見張るものがあった。
エミラルダがどこに逃げも、最後には彼が迫ってくる。
彼と一緒にいた学生はひとり、またひとりと脱落していくが、アクトは、アクトだけは最後まで自分に迫ってきたのである。
今度は、今度こそは、と、簡単に追いつけないように特大の氷壁を生やし、その先に地面に大きな穴を掘っておいた。
しばらくは時間が稼げる筈だ。
「ふう」
白魔女が嘆息をつくが、これは兵との戦闘によるものではなく、アクトに対していろいろやった事に対する精神的な苦労から来ていたりするもの。
気を取り直して正面に向き直ると、大本営の部隊が見え、その先には敵の総大将であるロッテルの顔も視認できた。
「いよいよね。では、行きましょう」
エミラルダは突撃を再開する。
魔法の付与された彼女の脚力は人である限界を既に突破し、雨をも切り裂くように敵部隊の中を進む。
当然それを阻もうと多数の兵士が彼女の前に立ちはだかるが、それをものともしない。
ある者は投げられ、ある者は風の魔法で飛ばされ、ある者は水の魔法で打ち抜かれる。
凍り漬けにされた者もいたし、炎による爆発に直撃した者もいた。
それでも『殺らず』が信条の白魔女エミラルダ。
重症に近い者はいるものの、誰一人として命までは奪われていない。
そして、彼女は敵の総大将は既に自分の目の前にいる。
この男、ロッテルは周りに誰もつけず、雨が降りしきる広い平原の中をひとりで仁王立ちしていた。
気品のある佇まいや高級な衣服から、彼が高貴な人物である事は一目で解る。
一応エミラルダはロッテルと面識は無い事になっているので、敢えてここで彼の立場を確認するような言葉を口にする。
「貴方がこの処刑場のボスね」
白魔女エミラルダがそう問いかけた相手は、怖気を全く見せず自分の名をすぐに返した。
「いかにも! 私の名はロッテル・アクライト。帝国騎士団第二騎士隊の長官であり、ジュリオ殿下護衛の総責任者である」
ロッテルの良く通る声は戦場であるデルテ渓谷の入口平野に響く。
「潔い返答をありがとう、と言いたいところだけど、貴方の後ろにいるあの娘を返して貰いに来たわ。素直に返してくれないかしら?」
「ふん、何か願い出るならば、まず貴女が名乗るべきだと思うが、どうかな?」
「あら、私とした事が失礼だったわね。私の名は『白魔女のエミラルダ』よ」
改めてその名を口にすると、周りにどよめきが起こった。
捕えたと思っていた女性と同じ『白魔女』だと言ったからだ。
ある程度予想していたとはいえ、やはり本人の口からその名を聞くと衝撃が走る。
それに彼女の言葉には魔力が籠っていた。
自分を恐れさせる魔法が・・・
「なるほど、貴女が本物と言うところか、ならばあの娘は貴女の影武者か、何かかな?」
「さぁてねぇ。世の中には自分に似た人間が三人ぐらい居るって話しだわ。そのうちのひとりなのじゃない?」
白魔女は軽言で相手を挑発しようとするが、ロッテルはその程度の挑発に乗るような男ではない。
「そうか。まあ、それも今となってはどうでもいい話しだ。それに、あの娘を解放するのは簡単だ」
「簡単?」
「そう、貴女が真犯人である事を認め、我々に投降し、我が主に忠誠を誓えば、恩赦を与えられるだろう」
「莫迦を言わないで!私にはその気は無いし、宮仕えも御免だわ」
拒絶する白魔女。
「そうなると、あの娘を渡す事はできない」
「交渉決裂ね。しょうが無いわ。力で奪い返しましょう、ねっ!」
白魔女はそう言うと、右手を前に出し、風の魔法をロッテルに向かって放つ。
ブーンと魔力が身体を抜けて右手から魔法が放たれるのはいつもの感覚。
右手の掌から魔力が放出されて収束し、大気中に満遍なく存在している魔素と反応して風のエネルギに変換される・・・
いつもの手順だが・・・今回に限っては同じようにならなかった。
エミラルダは、ふと、地面から嫌な違和感を受け、魔法を手放して直感的に後ろへと飛んだ。
果たして、その勘が正しかった事はすぐに証明される。
舞い上がった白銀の砂は、風の魔法として収束していた魔力に引き寄せられ、そして、それを吸収し始めた。
そして、その吸収がある臨界に達した途端。
ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
大きな爆発が起った。
「なっ・・・・何、これ!?」
初めての現象に驚きを隠せない白魔女エミラルダ。
(これは一体どういう事なの? 何かが魔法に引き寄せられた?? そして爆発?)
何が起こったのか、理解の追い付かないエミラルダ。
そして、その答えは敵であるロッテルから明かされる。
「驚いているようだな。これは魔力に反応して吸収する特殊な魔力鉱石を粉末状にしたものだ」
ロッテルはそう言うと地面の砂を手に取り、白魔女の目に解るように手から溢して再び地面へと散布する。
この砂は不思議な事に雨が降っているというのに一切の湿りが見られず、非常にサラサラとしていた。
「この砂は魔力を与えられた活性中の魔素を選択的に吸収し、これがある臨界点を超えると爆発する仕掛けが施してある兵器なのだ。我々は『魔素爆弾』と呼んでいる」
「魔素爆弾!」
それは白魔女が今まで聞いた事の無い兵器の名前であった。
白魔女は改めて周囲を確認すると、周りの人間は自分達から円状に距離を取っている。
初めは自分を恐れての事だと思っていたが、どうやら違っていたようだ。
更に周囲を確認すると・・・ロッテルの後方、エレイナが縛られている処刑場の近に奇妙な男性が立っていた。
夏で雨が降る蒸れた環境だというのに厚手の黒いシルクハットを被り、この場に似つかわしくない紳士風の服装をした男性が魔法陣を起動して、そこに魔力を注ぎ込む。
その脇には赤い髪をした魔術師風情の女性と、屈強な壮年の男性の姿もある。
(あれは確か『獅子の尾傭兵団』団長のヴィシュミネとその幹部達・・・)
この屈強な男性であるヴィシュミネと目が合った瞬間、エミラルダに悪寒が走る。
(ヤバい!)
彼女の予感は当たり、ヴィシュミネは直後、手に持っていた長い槍をエミラルダに向かって思いっ切り投擲する。
かなり距離があると思われたが、その槍の速度は凄まじく、白魔女に向かって一直線に飛ぶ。
自分に急接近する槍を目にしたエミラルダは、思わず反射的にそれを避けるために全力で跳躍しようとする。
その時、思いっ切り踏込んだ彼女の足元に違和感が・・・
ドカーーーーーーーーーーーーン
エミラルダは真横に吹っ飛ばされて地面に伏した。
投擲された槍から避ける事はできたものの、エミラルダは苦悶の表情になり、立ち上がる事ができなかった。
「あぁぁ!!!! 足がぁーーーっ!」
エミラルダは足に凄まじい痛みを感じ、自分の左足に手をやると、ブーツの底が完全に裂けて出血していた。
咄嗟の動きをするために、ほぼ無意識で魔法を行使してしまい、『魔素爆弾』の餌食となってしまったのだ。
それなりに戦闘の経験はあると思っていたエミラルダだったが、自分の持つ圧倒的な魔法力によって、今まで自身が傷つく事は無かった。
痛みと出血を伴う負傷をしたのは今回が初めての経験になる。
そして、その苦痛によって身動きが鈍くなった彼女の隙を見逃してくれるほどロッテルは甘くない。
ロッテルは素早く白魔女の元へと駆け寄り、倒れている彼女の腹部を思いっ切り蹴った。
魔法強化も何もない普通の蹴りだが、それでもロッテルの鍛えられた脚力は細身の女性を吹っ飛ばすには十分過ぎる威力があった。
「ぐっ!」
激しく蹴り飛ばされたエミラルダは軽く宙を舞い、そして、地面に落下する。
それだけでは勢いは止まらず、彼女は二、三回地面を転がり、ようやく止まった。
白ローブのフードははだけ、長くて美しい銀の髪が露わになる。
苦悶の表情を浮かべるエミラルダにロッテルは素早く駆け寄り、劣勢の彼女を逃がすまいとその長い髪を掴みかかった。
「ふん、普段から無意識で魔法を使っているのが仇になったな。この場は魔術師にとって牢獄のようなものだ。魔法を使えば、活性した魔力に魔素爆弾が反応し、爆発によって負傷する。使わなければ・・・お前など、ただのか弱き女だっ!!」
「きゃっ!」
ロッテルは彼女の髪を引っ張り上げ、逆手でエミラルダの顔面を殴った。
そこには一切の手加減は無く、ただ暴力のみが存在する。
ロッテルの容赦ない拳がエミラルダの顔面を殴るが、エミラルダも両手で必死に自分の顔を守ろうとする。
そしてがら空きになった腹部に再びロッテルの膝蹴りが入った。
「カ、カハッ!」
思わず、肺の空気を一気に吐き悶絶するエミラルダ。
身体から力が抜けて、苦痛のあまり気絶しそうになるが、寸でのところで持ちこたえた。
それでもエミラルダにはもう反撃する術がない。
ロッテルもそれを理解しており、エミラルダの胸元を掴み上げて天高く吊り上げ、勝利宣言をした。
「白魔女。ここに討ち取ったりーーーっ!」
「「うおーーーーーーーーっ!!!!」」
事の成り行きを見守っていた兵士達から大きな歓声が挙がる。
白魔女に散々弄られていた騎士や警備隊達は、白魔女をこうもあっさりと討ち取ったロッテルを手放しに称賛したのだ。
事前にロッテルから空白地域が定められており、白魔女がこの場所に攻めてきたときには決して近付くな、と厳命させていた兵士達は、何か策がある、と思っていたが、それが見事に功を奏した事も兵士達の士気を更に上げることになっている。
これまで、兵達はこの急ごしらえの部隊の指揮官として就任したロッテルを、智謀策士の人だと評価していた。
しかし、こうして猛々しく武で白魔女を圧倒する姿を見られた今となっては、ロッテルを真の勇者だと称える者もちらほらと出始めている。
そんな兵達は一層歓喜して、自らの陣営の勝利を確信するのであった。
歓声と歓喜が鳴り響く中、ロッテルも戦いの余韻に浸りつつも冷静に勤めようと、敗北した白魔女を観察する。
彼女の美しかった純白のローブは付与された魔力が失われつつあり、雨が混じる泥で灰色に染まっていく。
そして、長く美しい銀色の髪も大きく乱れ、雨に濡れて垂れ下がっていた。
(他愛の無いものだ)
ロッテルがそう呟く程に今の白魔女は強大な魔力を封じられて、か弱き女性のひとりと成り下がっていた。
そして、彼女を観察していたロッテルはある事に気付く。
「ん? これは・・・そうか、それがお前の本当の髪色か」
ロッテルが気付いたのは白魔女エミラルダの銀色の髪が、斑状に青黒くなり始めている事実。
これはどうやら、彼女を地面に転ばせたとき、髪に付着した魔素爆弾の粉末が作用した影響であるとロッテルは理解する。
付着した部分の魔力が吸収されて、白魔女の本来の姿を晒す事になっていた。
よく見るとローブに見える灰色も、汚れだけが原因ではなく、地の色が灰色であるとすぐに解った。
「ほう。なるほど・・・貴様の正体は、そういう事か・・・」
灰色のローブに青黒い髪の女性・・・この姿に当てはまる人物などひとりしかおらず、このとき、ロッテルは白魔女エミラルダの正体がハルである事を確信する。
「貴様がどのような理由でそのような仮面を付けて盗賊達の仲間になったのかは、私には理解できん」
ロッテルはゆっくりと白魔女だけに聞こえるように小さい声で語りかけていた。
「しかし、貴様の行為はすべて違法なものであり、犯罪行為だという結果しか無い。こうして捕らえられたからには、この後は過酷な運命が待つだろう」
「・・・」
「だがしかし、貴様の唯一生き残れる道が残されている。それは我が主に救済を求める事だ」
ロッテルの言葉に白魔女は薄目を空けた。
「主の庇護下に入る事で、貴様やあちらで縛られているエレイナ女史の命も助ける事ができるだろう」
「・・・本当に?」
「ああ、この私の誇りにかけて約束しよう。ジュリオ殿下は寛大な方である。自分の陣営にいる者を決して見捨てる事はない」
「・・・」
「貴様はジュリオ殿下の庇護下に入り、ジュリオ殿下に忠誠を尽くすのだ。貴様が望むならばアクト君も同じ陣営へ迎えてもよいのだぞ」
「誰があんな奴を!」
白魔女は視線を逸らして口を真一文字に結んだ。
戦闘の際に口の中を切ったのか、一筋の血が口元より滴っていたが、それさえ絵になるほどに美しく、ロッテルは皆がこの白魔女という女性、もとい、ハルという女性に夢中になってしまうのを改めて認識した。
また、この強情で融通の利かない性格がよりハルを連想させて、ロッテルは何故か愉快な気持ちになる。
「ふふ、相変わらずだな、貴様も」
「何がよ!」
「この場においてもシラを突き通す気か・・・まぁ、いいだろう」
「ふん!」
とっくに正体を解っているぞ、と暗に言うロッテルであったが、ハルはこれで観念する事は無い。
ロッテルも公の場で彼女の正体を晒す気はまだ無い。
白魔女エミラルダはこの場で処刑され、ハルは別人として後々まで生き残る、この瞬間にロッテルはそんな筋書きを書いていたためである。
「それよりも、この『魔素爆弾』という兵器には完全に敗北したわ。今までこんな兵器は聞いた事が無い。果たしてこれは帝国の秘密兵器なのかしら?」
白魔女は完全に参ったと意思表示し、ロッテルに『魔素爆弾』の事を聞く。
「ん? 今の瞬間に、そんな事を聞いてどうするのだ?」
「後生のために知りたいのよ。私・・・その・・・魔道具学者だから、興味があるものは聞かずにいれないのよ」
ロッテルは、こんな時に・・・と少し呆れるものの、こんな欲求から余計にこの女性がハルである事を確信する。
あの学者バカとも言える『ハル』だからこそ、命のやりとりの最中でさえも、探求心が抑えられないのだと思う。
ロッテルはそう納得して、この質問には答えてやることにする。
「まぁいい、教えてやろう。この『魔素爆弾』は現時点ではまだ我々帝国が持つ技術ではない。これは獅子の尾傭兵団から提供された技術のひとつなのだ。彼らは我々の知らぬ技術をいくつか独自開発しているらしい」
「・・・獅子の尾傭兵団ね」
白魔女は先程自分に向かって槍を投げた男に視線を移す。
銀色の短髪の壮年男性は確か団長のヴィシュミネと言う名前の男性だったと白魔女エミラルダ―――もとい、ハルは思い出す。
そして、その男に纏わり付く妙齢の女性が副団長カーサであり、その隣に今も魔法陣の起動に全力を注いでいるシルクハット姿の男性が、確か、マクスウェルと言っていた。
怪しい井出達の彼が『魔素爆弾』と言われる結界を起動しているキーマンだろう。
それを守るのが剣術士ヴィシュミネと魔術師カーサという布陣。
ある意味完璧の守りであり、この策に絶対の自信があるのだろうか、カーサがこちら側を見て薄笑いを浮かべているのも解った。
「本当に不気味な奴らと組んだものね」
「確かにそうかも知れん。『魔素爆弾』も今回のような大規模な陣を敷くため、相当な金額の魔力鉱石を準備さられたし、得体の知れぬ彼らに借りを作る形になってしまった」
ロッテルは獅子の尾傭兵団の不気味さ、特に彼らの真の目的がどこにあるのかをまだ掴み切れてない、例えようのない不安があるのも事実だ。
しかし、白魔女を捕える事ができたと言う成果も、また事実である。
結局、彼らとは利害が一致する間は利用し合う事が大人として合理的な選択であるとロッテルは最終判断した。
「以前から団長のヴィシュミネより『白魔女がもう一人いる可能性』を聞かされていた。我々も薄々は・・・と感じていたが、彼らも同じ結論に至った事で、相当な判断力と分析力の持ち主であり、その実力は本物だと私は認めている」
「・・・」
「さぁ、白魔女。負けを認めて、私に命乞いをしろ!」
ロッテルは掴む胸倉に力を込め、白魔女を高々と宙に上げる。
首が閉まり、顔が見る見る赤く染まる白魔女エミラルダ。
しかし、そこに弱々しい女性の姿はなく、強い意思を込めた瞳がロッテルを睨み返した。
「た・・確かに、私は・・・貴方には負けたわ・・・」
「ならば、さっさと命乞いをしろ! 私とて、本当はこんな事をしたくないのだ!!」
ロッテルは急かすが、白魔女エミラルダは頭を左右に振り、それを否定する。
「私は負け・・・でも・・・エレイナは返して貰う・・・勝負は・・・私達の勝ちね!」
白魔女の宣言が合図になったように、エレイナの縛られている処刑場の周りに突如として集団が現れた。
「何っ!」
ロッテルはとても驚く。
その集団が何の前触れもなく、突如として姿を現したからだ。
雨が降る中、全身黒尽くめの集団が約二百名。
間違いなく『月光の狼』である。
そして、集団の先頭の男が黒い布で覆われた覆面をゆっくりと外す。
現れたのは、よく整えられたブラウンの髭に中肉中背の男の顔。
しかし、その姿は凛々しく、まるで舞台役者のように堂々としていて、この人物こそが月光の狼のリーダであると、誰もがすぐに直感した。
「待たせたな、エレイナ」
その男が虜囚に向かってそう呟くと、エレイナはその男を真っすぐに見つめ返し、涙目混じりにこう応えるのだった。
「・・・ライオネル様・・・」




