表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第七章 デルテ渓谷の戦い
76/134

第四話 雨の戦い(中編)

 白魔女による襲撃騒動が始まる前、学生達は防衛部隊から少し離れたところに設置された学生専用のテントに結集していた。

 このテントは寝所とは別のテントであり、テーブルと数脚の椅子が常設していて、彼らは普段からここを詰所として利用している。

 今はアクトをはじめとした選抜生徒全員が集まっており、処刑執行までここで待機となっていた。


「なぁ、アクト。先程のロッテル様の話をどう思う?」


 初めての大規模な作戦に気分が高揚しているセリウスは手持無沙汰にアクトへと話かけてくる。


「そうだな・・・ロッテル様の予想だと、そろそろ相手側に動きが来る筈。多くの部隊が陣営の周辺を警戒しているので、何かが起こるとしたらそこからだろう」


 アクトは平静を装っていたが、それでも椅子に座る左足が時折カタカタと動いており、落ち着きがないことを周りに露呈していた。

 冷静沈着なアクトにしては珍しい姿であったが、セリオスには自分と同じように大きな戦いを前に自分を抑えつけるのが難しいのかと感じている。

 そう考えるとアクトも人の子だったとセリウスは思った。

 不思議な事にセリウスが一旦そう思ってしまうと、アクトに対して急に親しみを感じたりもするのだ。

 学校ではライバル・・・というか、セリウスにとっての『アクト』とは、常に敵わない至上の存在であった。

 彼にいつも食ってかかり、なんとか倒して、一泡吹かせようと常に考えるセリウスにとって、アクトは強敵であるとともに一種の憧れの存在でもあるのだ。

 何をやっても完璧な彼が、今回見せている人間的な一側面は、セリウスにとっても意外であったし、セリウスはこの時になって初めて自分がアクトの行動を逐一注目し続けている自分に気付けたりする。


「なぁ、アクト。サラさんとエリザベスさんの事が心配なのかも知れないが、俺達も協力する。協力して月光の狼の奴らをふん縛って、居場所を吐かせてやるさ。そのためには、この戦いに勝たないと意味がない。そもそも俺達が死んじまっては目も当てられない。だから俺達はこの戦いを何としても生き残ろうぜ!」


 セリウスは熱い言葉でアクトに語る。

 それまで目を閉じていたアクトもゆっくりと目を空けてセリウスに応えた。


「セリウス・・・ありがとう」


 セリウスから出された手を取る。


「私もよ!」


 その手にクラリスも参加した。


「俺達だって!!」


 インディやローリアンもそれに続く。

 そして、自然とフィッシャー、カント、ユヨー、キリアが加わり、選抜生徒達はこうして一致団結するのだった。


(戦いは・・・絆を深める・・・か)


 しかし、アクトの心には熱い部分と冷たい部分に分かれていた。

 熱い部分では今のセリウスからかけられた言葉を噛みしめていたが、冷たい部分には不安と憂いがまだ存在している。

 その不安とは、この場にサラとエリザベス、そして、ハルが居ない事であり、そして、憂いとは、そのハルが自分から離れしまった事にある。

 その原因についてはアクトの口から出てしまった一言が発起になっている『後悔』もあった。

 アクトがハルに抱いてしまった一瞬の不信、それが彼の口から出たあのときが、アクトが罪を犯した瞬間であり、その後の彼の心を苦しめている要因になっていた。

 ハルはもう二度と自分の前に戻ってこないのではないか・・・

 そう思ってしまう。

 それだけに・・・本当にそれだけに・・・アクトは一目だけでもハルに会いたい。

 そして、謝りたいと思っている。

 そんなアクトの憂いの心など知らないセリウスはこの場でハルの事を口にしてしまう。


「それにしても、ハルさんがこれほど薄情な奴だと思わなかった。自分の仲間が攫われたと言うのに何も協力しない。そればかりかジュリオ殿下に暴力を振るい、その捜査が自分に及ぶと解ると、あっと言う間に姿をくらまして逃げてしまう。そんな薄情な奴だったなんて」

「そうだな。オレもハルを見損なったぜ。もう少し義理堅い奴だと思っていたから」


 セリウスに同調するクラリスも、ハルへの悪態をつく。

 彼らはこのグループの中では比較的ハルと良い関係を持っていた人達だったが、その分だけに、彼女に裏切られた事のショックが大きかったようだ。

 だからこそ、その半面として怒りを露わにしている。

 そんな彼らの悪態にアクトが謝罪の言葉を口にする。


「セリウス、クラリスさん。ハルが迷惑をかけて本当に済まない」

「何故、アクトが謝る必要ある? アイツの裏切で一番迷惑を受けているのはお前だろう!」

「そうよ。あんの野郎、今度顔見たら一発叩いてやるからね!」


 アクトに対して同情的なふたりは更に怒りを露わにするが、アクトはそれさえも否定した。


「いや違う・・・違うんだ。ハルが俺達を裏切ったんじゃない。初めに俺がハルを裏切った結果なんだ。実はあの時・・・」


 アクトが自分の罪を告白しようとした時、突然、外で爆発音が響いた。

 

 ドカーーーーーーン!

 

 学生達は慌ててテントから飛出し、大きな音の聞えた方向に注目する。

 そうすると竜巻のようなものが見えた。

 爆心地はこのテントからは遠いものの、肉眼で見えない程では無い。

 そして、その爆風の中心にある人物が姿を現した。

 純白のローブを被う細身の美人魔術師。

 長く伸びた銀色の髪に、目元の周りを覆う白い仮面。

 そして、女性としての魅力を誇示するかのように、身体の曲線を強調するように張り付いた白いローブを纏った人物。

 目を見開いてその姿を確認した瞬間、アクトは全身に電気が走るのを受けた。

 

(アイツだ。アイツが来た!)

 

 そう認識すると、アクトはほぼ不随意に行動を開始してしまう。

 自分が一体何をやっているのか、何をしようとしているのか、自分でも判断つかない程、身体が勝手に反応して、行動していた。

 

「白魔女ーーーっ!」

 

 アクトが雄叫びのように彼女の名前を口から発すると、彼女の元へと一目散に駆け出すのが同時であった。


「お、おい!アクト。どこへ行くんだ!! 戻れ! あれ程騒動の中心には行くなとロッテル様に言われたんじゃないか!!」


 セリウスが指摘するものの、今のアクトにはまるで魅惑の魔法に掛かってしまったように駆け出してしまい、彼の耳には何も届かない。


「待て! アクト!」


 アクトを止めるため、インディが彼を追い駆ける。


「畜生め!」


 それを見たセリウスもしょうがなしに彼らの後を追う。


「アタイ達も行くよ」

「クラリス、来るな。お前たちはここで待機だ」

「ふん。もう遅いよ!」


 そう言って後ろを指さすと、クラリスの後ろにはローリアン、キリア、フィッシャー、カント、ユヨーまでもがついて来ていた。


「ふん! ど畜生め!!」


 更に悪態をつくセリウスだが、こうなるともう仕方がない。

 一刻も早くアクトに追い付き、彼を止める事が先決だと判断する。


「アクトの野郎・・・あとで一発殴ってやるからな!」


 クラリスに似た恨み節を口にして、アクトとインディの後を追うセリウスだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、本営となるロッテルの部隊にも白魔女襲撃の報が伝えられていた。

 彼の陣営から見るとまだ遠くだが、それでも風や火の魔法が上がっているのを確認できた。


「ロッテル様、全く御身の予想どおりになりましたね」


 ロッテルの脇にいたのは警備隊総隊長アドラント・スクレイパーだ。


「うむ、予想とは少し違う形で始まってしまったが、それでも想定の範囲内だ」

「確かにそうです。まさか、白魔女ひとりで襲撃して来るとは・・・しかし、そうなるとここで吊るされているのはニセモノと言う事のなるのでしょうか?」


 アドラントは後ろの処刑場に縛られている女性を観た。

 彼女の視線も、今騒ぎを起こしている白魔女の方へと注がれている事に気付く。


「恐らくは・・・そういう事だろうな」


 ロッテルはアドラントの推測を肯定した。

 そして、事態は進む。

 中央に布陣していた重装備の上級騎士部隊が現場へと移動を開始したのだ。


「やや! 襲われている部隊を救援するために騎士長自らが部隊を引き連れて移動を開始したようです。我々も動きますか?」

「いやよい。捨てておけ。賊どもの狙いは、かく乱と陽動だ。当初の予定どおり我々はここを動かない」

「・・・やはりそうですか」


 予想どおりの回答を得たアドラントは、ロッテルの評価をひとつ上げた。

 当初の計画では一部の部隊が襲われたとしても、積極的に助けない方針となっている。

 何故なら、それこそが賊の狙いであり、かく乱と陽動でこの処刑場の中心地を手薄にして、賊の別同部隊が捕らわれた女性を奪還しに来る、という企みをロッテルは看破していたためだ。

 騎士長自らが動いてしまった事は、作戦どおりではなかったが、上級騎士は圧倒的な防御能力を有した部隊でもある。

 結果的にこれで相手を制圧できれば、それはそれで良しと考えていたし、もし、万が一負ける事になっても、白魔女を疲弊させる事にはなるだろう。

 このようにロッテルの作戦は情よりも、大局的に勝つ事を優先して組み立てられている。

 そして、彼はその作戦を冷徹に実行できる人物であり、指揮官として有能な才能を持っているとアドラントは評価した。


(さて、悪い意味で仲間意識を持つ騎士達の奮闘でも視るとするか)


 こうして戦いの成り行きを傍観する事に徹するアドラント。

 ロッテルの部下の魔術師が行使する遠視の魔法により、白魔女と上級騎士達の戦いは、まるで目の前で戦いが起っているかの如く鮮明に大本営へと伝わる。

 白魔女の放った小さい魔法を上級騎士のみが持つことを許されている魔法の盾で防いだ時は、大本営でも僅か喝采が起った程であった。

 しかし、それが白魔女の単なる様子見だった事を数刻後に思い知らされる結果となる。

 彼女が大した苦労もせずに行使した次の火球の魔法は、それまで誰も見た事が無いような強大なものであった。

 直感的にこんなものを受け止められる魔法の盾など存在しないのでないかと思えたが、果たして結果はそのとおりになる。

 騎士達は生きながらにして焼かれ、凄惨な殺戮の現場へと早変わりする。

 その直後に白魔女によって放たれた水の魔法で、彼らに放たれた炎は消され、死亡にまで至ることは無いようだが、それでも彼らは重傷人となる。

 即時に治療を施せたとしても、暫くは戦う事すらままならないだろう。


「前線に治癒の部隊を派遣しろ。あと重傷者は馬車に乗せて前線から離脱させるのだ」


 ロッテルから的確な指示が飛ぶ。

 そうしている間にも事態は進み、騎士長ゲリッツと白魔女の一騎打ちへと場面は切り替わる。


「騎士長殿は果たしてどれほどの腕なのでしょうな?」


 アドラントのその言葉は多少に辛辣な嫌味が乗っていたが、ロッテルは特に指摘しない。

 普段より警備隊を『下賤の民の部隊』と卑下していた騎士長ゲリッツにロッテルも少々うんざりしていたからだ。


「ご老体の実力がどれ程のものなのかは私には解らないが・・・戦場では正しい者や高貴な者が勝つのではない・・・『強い者が勝つ』ただそれだけなのだ」


 ロッテルが冷徹な論理を口にしたとおり、雌雄は一瞬にして決された。

 騎士長は白魔女の魔法を警戒するあまりに尻餅を着き、そして直後、白魔女に対して命乞いを始めたのだ。


「ふん、無様な奴め!」


 アドラントは騎士長が必死に命乞いする姿を見て、本当に情けないと思う。


「そうは言われるな、総隊長殿。戦場では生き残るのもひとつの術。彼のご老の行動も全く間違っているとは言えん・・・だが」


(皆が大本営でこの姿を見ている。もうこの人物は面子が全ての貴族社会の中で、立場的に死んだようなものだな・・・)


 大した武力も無く、実家の名声と資金だけを物に言わせていたこの人物には、この先ついて行く人物はいないだろうと心の中で評するロッテル。


「ん? 白魔女が急に移動を始めたようですな」


 投影されている映像から白魔女が姿を消した事からアドラントはそう推測する。


「恐らく別の部隊に標的を変えたのだろう。上級騎士達がまだ残っていると言うのに、まったく性急なお嬢さんだ」


 ロッテルは溜息をつく。

 あのままもう少しあの場で戦ってくれた方が、体制を整えるための時間稼ぎができたものだと・・・


「しかし、別の部隊となると被害が拡がります。よろしいのですか?」

「構わん。それに彼女の勢いを止める手段は今の我々にはない。しかし、こちらも切り札はある。その準備が整うまでは散々と魔法を使って貰うのがよかろう」


 前線に送り込まれている兵にとっては溜まらない決断だが、ロッテルには大局で勝つという使命がある。

 そのためには、必要な犠牲は払う覚悟が戦場では常に求められるものである。


「私も魔法を使う身だ。だから魔術師の欠点はよく解っている。例え小さな魔法でも、立て続けに放てば、いずれは疲弊してしまうという道理。これは初級の魔術師であっても大魔導士であっても変わる事のない事実である。白魔女がいかに膨大な魔力を有していたとしても、我らは何人いる? 千人近い兵を全て相手にする事などできる訳がない」


 ロッテルは敢えてその正当論を述べる事で、陣営の士気を鼓舞しようとした。

 それは陣営の―――特に若い兵が、先程の強大な白魔女の魔法を見て怖気付いて仕舞ったからだ。

 士気は伝播する。

 その事をロッテルは自身の戦闘の経験から学んでいたし、どんなに有利な戦いであっても士気が低下していれば、勝てる戦も勝てなくなる事は歴史が証明していた。


「そ、そうだよな」

「確かにロッテル様の言うとおりだ」


 大本営の中で怖気づいていた若者から、次第に不安が無くなりつつあった。


(尤も、白魔女が本気になれば、我々千人などあっと言う間かも知らんがな・・・)


 ロッテルはそれを敢えて口にはしなかったが、もし、この天才魔術師が広域に影響を及ぼす戦略級の魔法を使う事ができたならば、自分達は一瞬のうちに敗北してしまう可能性も気付いていた。

 しかし、今回はその可能性も少ないと思う。

 白魔女は戦略級の大規模魔法を『使えない』のではなく、『使わない』のだろうとロッテルは予測していた。

 彼女の目的は我々を殲滅する事ではなく、かく乱と陽動なのだ。

 本隊はきっと別にいて、この大本営の後ろにある処刑台に縛られている人物を救出する事が彼らの最終目的である。

 つまり、我々がここから動かなければ、白魔女の目的は達成できない。

 我々の『勝ち』となるのだ。

 それに、もし、白魔女が全ての兵を叩きつぶしてここまで来たとしても、こちらにはまだ『切り札』があるのだ。


(あいつらに貸しを作るのも癪だがな・・・)


 そう思うロッテルの視線の先には獅子の尾傭兵団の姿があった。

 団長のヴィシュミネと、副団長のカーサという妖しい女魔術師、そして、更に怪しい井出達の顧問魔術師マクスウェル。

 彼ら獅子の尾傭兵団の幹部達は大本営で投影された戦況の映像を不自然な程の静けさの中で傍観している。

 また、幹部達は部下である傭兵達にも指示らしい指示を出してはいない筈なのだが、それでも傭兵達は的確に、そして、組織的に軍事行動しているのが解る。


(戦慣れしている・・・)


 ロッテルは彼ら傭兵団から無碍の不気味さを感じ取ってはいたが、その彼らには力があるのも事実である。

 今、このタイミングで、その力を利用しない選択肢は無い。

 ロッテルはかぶりを振り、自分の感じた不安を払拭させる。

 指揮官たる者に迷いや不安が生じれば、全軍の士気が一気に低下すると思ったからだ。


「さて、次はどこへ動くつもりだ・・・白魔女よ」


 ロッテルはそう呟き、白魔女の動きを追う事で不安を脳裏に追いやった。

 

 

 

 

 

 

「・・・チッ!」


 遠くから駆けだしてくる学生達の姿を確認したとき、白魔女エミラルダは僅かに舌打ちする。

 エミラルダは予想していた事だが、それでもその先頭の人物の顔を見た時、自分の心が揺らいだのを感じてしまった。

 アクト・ブレッタ―――自分を裏切った男の名前。

 自分を心の崖から突き落とした男の名前。

 そして、自分と相性の良かった男の名前。

 優しい男の名前。

 最強と至高を求める剣術士の名前。

 ハルを必要とする男の名前。

 いや、ハルが必要としたかも知れない男の名前。

 もしかして最愛の人物になる・・・と勘違いしてしまった男の名前。

 短時間のうちにいろんな想いが彼女の中を駆け巡る。


「チッ!」


 白魔女は再び舌打ちし、完全に戦意を喪失している騎士達を後目に、別の場所へと駆け出した。

 

(私は、彼から逃げるのじゃないわ・・・仕事のため・・・そう、私の役目は他の部隊を攻撃しなきゃ、駄目なのよ!)

 

 そう自分に言い聞かせて、この現場を後にする白魔女。

 彼女は最大級のスピードでこの場から離脱し、今の現場よりできるだけ遠くの敵部隊に照準を当てた。

 それはまるでアクトとエミラルダが相剋する磁石でもあるかのように、アクトが近付く程にエミラルダは離れるのだ。


「ま、待て、白魔女エミラルダ!」


 彼女を追い駆けるアクトの声は空しく雨の空にかき消されるだけであった・・・

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ