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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第七章 デルテ渓谷の戦い
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第二話 陣営会議

 デルテ渓谷の入口に設置されたテント村の中で最も大きなテント。

 このテントは白魔女公開処刑実行の大本営が敷かれており、総指揮本部として機能している。

 処刑執行の二時間前となったため、このテントでは最後の打合せが行われていた。

 本来ならば発起人であるジュリオ皇子がこの刑をとりまとめる予定であったが、皇子は先日の事件でしばらく療養が必要となり、今日はロッテルが代行している。

 テントの中を見回すと、ロッテルの他にラフレスタ騎士隊の総隊長、警備隊の総隊長、官僚長などのラフレスタの要職が集っていた。

 『白魔女の処刑』は、皇族ジュリオの名の元に招集されていたため、彼らが参加しない訳にはいかない。

 本来ならばラフレスタ領主たるジョージオ・ラフレスタ卿もこれに参列する予定であったが、直前にジュリオ皇子から個別の案件を持ちかけられていた事を理由に欠席している。

 ともあれ、領主を除くラフレスタの重鎮が参列する中、末席には獅子の尾傭兵団のヴィシュミネ団長とカーサ副団長、そしてその隣にはアクトをはじめとした選抜生徒達も招かれていた。

 本来、彼らはこの場に似つかわしくない存在であったが、傭兵団はその戦力から、学生達はジュリオ皇子と学友であると言う理由から、招かれている。

 会議は坦々と進むが、学生達は完全に聞き役に徹している。

 この場で意見を言うなど烏滸がましい限りであり、学生達も自分の立場を弁えていた。

 こうして時間は進み、いよいよ作戦の説明は佳境に入る。


「・・・という手筈で白魔女の処刑を進めるが、私は刑執行の直前に動きがあると予想している」


 ロッテルの良く通る声で全員に自分の作戦を述べた。


「考えられる可能性としてはふたつ。ひとつは月光の狼より使者が現れて、投降の交渉になる。彼らとて実質的に組織の大きな原動力である白魔女の損失は避けたいと思っているだろうし、表の組織である『エリオス商会』はもう活動できない。どんな組織にも活動資金と言う名の原動力も必要だ。それを失った今、彼らが統領と白魔女を我々に差し出し、それ以外の者が地下に潜って組織を延命するという手段は、悪い選択では無い」

「しかし、果たして下賤な盗賊どもの統領が投降を選ぶのか?」


 騎士長は明らかに相手を見下した態度でロッテルの予想を否定する。


「なるほど・・・貴君がそう考えるのも無理なかろうな」


 ロッテルは騎士長の態度を気にも留めず、そう続ける。


「我々も、月光の狼の統領が無条件で投降してきた場合は白魔女および統領の命は保証すると噂は流しておいた。これはジュリオ殿下の御考えでもある」

「ふん。盗賊どもと取引とは!」


 明らかに不満を露わにする騎士長はラフレスタ有数の貴族であるゲリッツ・ザレフトと言う人物。

 そのプライドの高さから、盗賊と取引しようとするロッテルの作戦は気に入らないらしい。


「まぁ、貴君が不満なのは脇に置いておこう。私もこのひとつ目の想定よりもふたつ目の展開の方が可能性は高いと思っているからな」

「ふたつ目の可能性とは、一体どのような事でしょうか?」


 ロッテルの言葉に関心を持つのは警備隊総隊長アドラント・スクレイパーだった。

 彼もラフレスタ有数の貴族出身者だが、実利と現実をよく弁えている良識派だ。

 アドラントは新人の中から才覚者を見出すことに長けている人物である。

 現在の第二警備隊の隊長に就任しているロイを見つけてきたのもアドラントであり、少数派でありながら彼の周囲には優秀な人物が存在しているのはロッテルの調査でも解っている。

 そんなアドラントにロッテルは内心に親しみを込めて、ふたつ目の可能性を口にした。


「ふたつ目の可能性・・・それは力技で白魔女を奪還する事だ」


 ロッテルの言葉に一同が唖然となる。

 そして一瞬の後、騎士長が大笑いしてそんなロッテルの予想を揶揄した。


「わははは・・・力技とは! 彼等は莫迦か!? この場に一体何人の兵がいると思っているのだ! 完全武装の騎士隊と警備隊を合わせて千五百名。あと、傭兵達も数百名いる。ここに突っ込んでくるのは『自殺させて下さい』と言うようなものであろう!」


 騎士長の言葉は荒かったが、この会議に出席していた大多数の者は同じ意見である。

 事前に説明された情報では月光の狼の構成員はおよそ二百人と予想されていたからだ。

 それはエリオス商会に押入った際、街から忽然と姿を消した人物から推定された数字であり、エリオス商会の人間だけではなく、花屋や鍛冶屋、飲食店など多岐に渡っていたし、少数ながら警備隊や騎士隊に所属している人間も存在していた。

 そんな二百人程度の集団などが十倍以上の相手に挑むというのは、自殺行為以外の何物でも無いからだ。

 そんな常識など既に解っているとでも言うように、ロッテルは毅然と自分の考えを述べる。


「そうだな。普通ならばとても太刀打ちできない戦だ。でも、彼等はこの道を選ぶと私は予想している」

「ふん。そうだと良いがな!」


 とても信じられないと騎士長は反発した。

 彼はロッテルという人物を知らな過ぎた。

 

(この帝都育ちの成り上がりが、()に乗りよって! 自分よりも爵位が低い若造のくせに・・・)

 

 この場を仕切る余所者貴族であるロッテルに苛立ちが沸き上がる騎士長ゲリッツであったが、それをぐっと堪える。

 ゲリッツとて数十年を経て、この地位へと登りつめた人物だ。

 あと数年この任を務めれば、退職と伴に高額な恩給が支払われ、安泰な老後が約束される身でもある。

 それに騎士長を務めていたという実績は貴族にとっては大変栄誉な功績であり、自分や自分の子、そして、家名にも拍が付くというもの。

 このロッテルという男が帝皇嫡男の護衛長である以上、ロッテルの口からジュリオ殿下やラフレスタ卿に自分の悪評を伝えられては敵わない。

 騎士長もそれぐらいの計算はできる男だった。


「もし、戦闘に入った場合は『刑の執行を中断せよ』とジュリオ殿下より命を受けている。一旦、白魔女を安全な場所に移動させた後、月光の狼を撃退。賊の統領を確保してジュリオ殿下の前に引っ立てる。勿論、殺傷してはならん」


 騎士長に念を推すロッテル。


「・・・善処しよう」


 苦虫を磨り潰した表情で、嫌々ながらに返事をする騎士長ゲリッツ。

 彼にとっては月光の狼の存在など『完全な悪』であり、正義の象徴である騎士団が悪の統領を討ち取る事こそ、思い描いている正義の姿だった。

 それを『何故』と考え・・・ふと、ある事実にようやく気付いた。


「もしかして・・・ジュリオ殿下は初めから白魔女を処刑するつもりは無いと・・・」


 騎士長の言葉に小さく頷いたのは警備隊総隊長のアドラント・スクレイパー。


「どうやら、そうらしい。当初より白魔女の公開処刑の催しなど、月光の狼の統領を誘き出すための取引材料のひとつかと思っていたが、殿下は初めから白魔女も処刑する気など無いようだ」


 それを今更ながらそれに気付いた騎士長ゲリッツと警備隊総隊長アドラントであったりする。

 白魔女を処刑する名目で総動員された彼らだったから、ジュリオ殿下とロッテルに一杯食わされた形になる。

 それも気に入らないが、だからと言って「もう帰る」という選択ができないのも事実だ。

 せめてもの反撃とばかり騎士長ゲリッツはロッテルに食ってかかる。


「もし、貴殿の予想が外れて、月光の狼が来なかった場合はどう責任を取るのかね?」

「ハハハ、責任とは大げさだな。しかし、その時は当初の予定どおり白魔女を処刑すれば良い」


 涼しく返答するロッテル。

 ロッテルの内心では「絶対にそうはならない」と思っているので、口から出る言葉も軽かった。

 ぐうの音も出せない騎士長を後目にロッテルの作戦会議は続く。


「それでは、月光の狼が襲撃してきた事を念頭に、これに対応する作戦を説明しよう。まずは・・・」


 騎士長は逐一気に入らない態度を示すものの、まったくそんな視線を気にする事もなく、ロッテルは淡々と自分の立案した作戦について説明を続ける。

 ロッテルの作戦は的確で論理的であり、非の打ちどころが無かった。

 初めから反抗的な態度をとっていた騎士長ゲリッツだが、様々な局面でゲリッツの意見をロッテルがひとつひとつ論破していくと、周囲の人間は次第に騎士長の反対意見に耳を貸さなくなり、ロッテルへの信頼を高める結果となる。

 そして、小一時間ほどの作戦会議が終わった頃、会議の出席者の殆どはロッテルを有能な指揮官として認める事につながっている。

 軍隊とは複数の人間が集まる組織であり、数の力もあるが、指揮系統と士気があって初めて機能を果たせる集団である。

 その事をよく解るロッテルだからこそ、成功率の高いストーリーを説明し、自分が信頼できる指揮官だと知らしめ、全員の士気を高める事、そう言った儀礼に長けていたのだ。

 一部の否定的な者を除き、会議に出席していた殆どの人物が今日の戦いは勝利すると思った。

 こうして作戦会議は解散となる。

 出席していた重鎮達は三々五々に解散するが、手隙なったロッテルはアクト達のところへとやって来た。


「ロッテル様、今日は我々も頑張らせてもらいます」


 アクトや学生達にとって今日は初陣となる。

 学生達はこの場で少しでも役に立とうと、僅かに高揚した顔でロッテルに応えた。

 しかし、ロッテルは彼等の協力を快く受ける事はしない。


「いや。君達はできるだけ後方に下がり、自分の身を守る事に専念しなさい」

「な、何故です!」


 セリウスや腕に覚えのある学生達はロッテルに必要とされない事を不満に思う。

 彼等には若さもあったが、魔法や剣術で秀でた才能を持つのも事実であり、一般雑兵より力があるのは自他伴に認める存在。

 それでもロッテルは彼等の安全を優先した。


「君たちは初陣だ。私も人に語れるほど多くの経験をしている訳ではないが、戦いとは時に非情なもの。君達の今回の役割はそれを『見届ける』ことだ。この戦いで、何が起こり、どうなったか。それを人伝で話を聞くのと、直接肌で感じ取るのは経験値として全く違うものだ。そして、自分の身は自分で守り、最後まで生き残る事。そのことこそ君達の今回の使命だ」


 ロッテルは優しい顔で学生達に語りかけた。


「それに、月光の狼には切り札がまだある、と思っている」

「切り札?」


 先程の会議ではロッテルの口からそんな事は一言も語らなかったから、アクトはロッテルが何を言っているのだろうと思う。


「そうだ。『切り札』だ。これはあくまで私の個人的な勘なので他言無用にして欲しい。全員の士気を高めた後だからな・・・もし、不測の事態が起きた時は・・・気を付けてくれ」


 ロッテルはアクト達だけではなく、学生達の集団から少し離れたところにいる獅子の尾傭兵団にも視線を移す。

 これに黙って頷きを見せたのは何故か団長であるヴィシュミネだった・・・

 


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