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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第七章 デルテ渓谷の戦い
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第一話 朝霧の中で

 ラフレスタから東に歩き役一日の距離にある『デルテ渓谷』と呼ばれる場所。

 この渓谷は少し小高い丘陵地の中心部に深い地面の割れ目とも言うべき谷が存在している。

 南北五キロに続くこの大きな谷から分かれるように複数の小規模な谷が無数に走り、まるで神が地面に(もり)を刺したように深く抉れた地形が成されていた。

 渓谷の深いところは百数メートルの高さがあり、その垂直に切り立つ崖の底には川が流れている。

 この川の水が長い時間かけて岩盤を削り、現在のような形になったと言われている。

 渓谷深くの岩肌からは希少な鉱物が採れ、鉱物資源も豊富な場所であったが、魔物も住み着いているため、一般人があまり立ち寄らない所でもある。

 ジュリオ―――正確に言うとジュリオに進言したロッテル―――は、このデルテ渓谷の入口部の開けた丘陵地にて白魔女を処刑すると宣言していた。

 ロッテルの思惑としては『白魔女』という餌を用意して、『月光の狼』という大魚を釣るつもりである。

 この地を処刑場所に選んだ理由としては、もし、戦闘になった場合、ここならば一般人を巻き込む可能性が小さい事と、処刑場が設置されている丘陵地は一方が深い渓谷となっているため、敵の来襲時に一方向のみへ注意を向けていれば迎え討ち易いと言う地形的な戦略もあった。

 処刑場の近くにはテント村が設けられており、アクトはその中で一夜を明かす。

 天候は昨日より下り坂で、雨こそ降っていないものの太陽は厚い雲の中にあり、いつ雨が降り出してもおかしくない状況であった。

 そのお陰で、年間通して気候の良いラフレスタ地方には珍しく、空気が湿りを帯びており、とても寝苦しい夜だった。

 そして、まだ早い朝の時間、アクトは寝所として与えられたテントよりひとり抜け出し、少し離れた木々の生い茂る場所へ向う。

 こうして、ひとり抜け出した理由は乱れていた自分の気持ちを落ち着かせるために、瞑想をするためだ。

 彼にとって、寝苦しい理由は天候のそれだけでは無い。

 ひとつ目は、彼の幼馴染であるサラと顔見知りであるエリザベスが何者かによって攫われた事。

 ふたつ目は、ハルと些細な事が発端で仲違いをしてしまった事。

 みっつ目は、そのハルが失踪してしまった事だ。

 ハルが失踪してしまった理由については、自分と喧嘩した事だけが原因ではない。

 三日前の白魔女の取り調べで呼ばれた後、ジュリオ殿下が強引にハルへ迫り、それを拒否したはずみでジュリオ殿下を傷つけてしまい、その責から逃れるために失踪したと聞いている。

 ハルが莫迦な娘ではないことは解っている。

 自分の貞操が危うい状況が予想される場に、のこのことついて行くような女ではないと信じている。

 しかし、これはアクトが、ハルを自分の都合のいいように観ようとした願望なのか・・・直後にそう自問してしまった。


(アクト、お前はなんて都合のいい事を考えているんだ・・・自分の中でハルを美化させ過ぎなのじゃないか?)

(本当のハルはそんな単純ではないのかも知れないぞ・・・)

(その前に・・・アクト、おまえ方が先に彼女を裏切ったんじゃないか?)


「違う!」


 アクトは自分の内なる声に反論する。


(確かに俺は一瞬ハルを疑った・・・)

(サラが連れ去られたという一言で頭が沸騰したのは事実だ・・・)

(だからあの時、確かにハルに向かってこう叫んでしまったんだ)


「お前! サラをどこにやった!」


 それは一瞬だったが、あの時の嘘偽り無いアクトの心の声だったのも事実。

 決して認めたくはなかったが、アクトの心のどこかに、ハルと白魔女が結託しているのではないか?

 そんな疑念は確かに存在していた。

 その後に、ハルの態度が急変し、まさに絶交に近い拒絶を受けてしまう。

 突然の凶行には訳が解らない・・・

 アクトはあの時にハルが怒った理由を理解できなかったし、アクトの頭の中はサラやエリザベスの事、そして、エレイナの事で気が動転していた。

 お互いに子供の喧嘩のようにいがみ合い、ハイさよなら、だ。

 それがハルと最後の別れになるなんて思わなかった。

 あれからハルを見た人はひとりもいない。

 ハルが失踪した事実を聞かされたアクトはこの二日間、必死になり彼女の事を探したが、見つからない。

 警備隊やロッテルの配下の者を総動員しても見つからない。

 これだけ探して見つからないのは既にラフレスタを後にしたのか、もしかして、人知れず自殺した・・・という不躾な噂も耳を掠めたが、アクトは信じない。

 ハルは今でも無事であり、健全であると、アクトには根拠のない確信がある。

 何故だか、そのような気がする。

 しかし、ハルがアクトの目の前に再び姿を現すか?と考えると、とてもそうは思えなかった。

 ハルは、アクトが自分の事を裏切った、と思っている。

 時間が経ち冷静になった今、アクトはハルの気持ちが少し理解できはじめていた。

 今まで彼女は孤独だったのだ。

 何らかの理由で親兄弟達と引き裂かれ、ひとりで生きてきた彼女にとって、アクトはこちらでできた初めての友達だったのだろう。

 そんな友から浴びせられた裏切りの言葉。

 我ながら酷い事をしてしまったと後悔するアクト。

 そして、ハルは妙に頑固なところもある。

 一度、自らの下した決断を早々に変更できる器用な人間でない事は、短い付き合いの中でアクトもよく解っていた。

 それ故に、ハルはもう二度とアクトの前には現れないと自分の中で結論付けているのだ。

 この事も、ハルが絶対にそう考えている、とアクトには確信があった。

 ハルとはもう二度と会うことができない。

 そう思うと、アクトの心の奥底が痛む。

 サラやエリザベスの事も心配だが、それとは根本的に種類の異なる心の痛みであった。


(もし、サラとハル、どちらかひとりを選べと問われれば・・・自分はどちらを選ぶのだろうか?)


 サラとハル、ふたりの顔がアクトの脳裏に浮かぶ。

 アクトが思い描いた彼女達の面影はどこか寂しそうであり、アクトに助けを求めるように映る。

 彼女達を掴もうとするものの、どちらか一方の手を取ると片方が(おぼろ)になる。

 どちらかひとりを選べと誰かに言われているように、アクトの心を激しく締め付けた。


(・・・・止めよう。不毛な例え話だ。どちらか一方を選ぶなんて・・・)


 アクトは心の奥に溜まった膿を吐き出すように短く息を吐く。

 そして、心に生じた迷いを強引に封じ込め、眼を見開いた。

 直後にアクトは跳び上がり、木々の間を凄まじい速度で走り出す。

 木々が乱立する林をぶつからないように走る姿はどこか人間離れしており、野獣のように凄まじいスピードと動体視力を以って木々の間を疾走するアクト。

 そして、正面に生えたひと際太い木を蹴り、空中で後ろに一回転。

 揺れた幹から葉が無数落ちてきたが、ここでアクトの左腰に装着していたふたつの剣のうち白銀の剣を抜くと、次々と落葉を両断するアクト。

 正確なアクトの剣捌(けんさば)きは全ての落葉を中心から両断し、木っ端になって綺麗に地面へと落ちていく。

 それは剣の修行というよりも、早速、何かの演舞を舞っているような姿だ。

 アクトはゆっくり白銀の剣を鞘に戻そうとするが、自分に近づく敵意を感じて、直ぐさま別の剣―――黒い刀身の剣を抜く。

 アクトに迫ったのは魔法で造られた拳大の氷塊だったが、それを難なく黒い剣で両断した。

 魔法の氷塊は両断されて地面に落ち、やがて魔力が無くなり、空気に溶けて消えた。

 アクトは黙って成り行きを見届ける。

 そして、アクトに悪戯をした相手が近寄ってきたので、そちらを向く。


「見事な腕だ。アクト君」


 林の奥から姿を現したのはロッテルだった。

 ロッテルは手放しにアクトの技を褒めた。


「すまない、アクト君。あまりに素晴らしい剣舞を魅せられたので、つい、不意打ちをしてしまいたくなったのだ」

「いいえ。あれぐらいは不意打ちに入りません」


 アクトの言うとおり、ロッテルの放った氷塊の魔法は単純な射線であり、魔力の気配もよく解るものであった。

 しかも氷塊は拳大の大きさ、魔力抵抗体質者であるアクトに当たったとしても大した怪我にはならない。

 それを理解しているアクトだからこそ、ロッテルに悪意が無いことは解っていた。


「朝から精が出るね・・・と言いたいところだが、君も彼等と一緒で寝ることができなかったのだろう」


 ロッテルがそう言うと、傍らに立つ男女の姿があった。


「インディ! それにローリアンさん」


 現れたのは、もう一人の幼馴染みと見知った顔。


「アクト、おはよう」

「アクト様、おはようございます」


 ふたりともアクトと丁寧な朝の挨拶を交わす。

 しかし、ふたりの顔には清々しさとは正反対の様相を隠せていない。


「アクト君もそうだろうが、彼らも上手く寝られなかったようだな」


 ふたりの肩に手を置くロッテル。


「君たちの気持ちも解るが、それでも無理やりにでも寝ておく事が必要だ。今日は絶対に荒れる予感がする。容易な気持ちでは命の危険さえありうるのだ。体調が悪いならば帰っても構わない」

「いいえ」

「私も・・・大丈夫ですわ」


 ロッテルの言葉に自分達は大丈夫と口にするふたりであったが、それが強がりであることは経験のあるロッテルには解る。


「そうならば、少しでも寝たまえ。刑の執行は正午からだ。その直前までは何も起こるまい」


 ロッテルの言葉に何か言いたげなふたりであったが、それでもロッテルの厳しい眼差しから何かを悟ったのか、無言で頷くふたりは再びテント村へ戻っていた。

 それを目で見送ったロッテルは再びアクトの方に顔を向ける。


「アクト君も寝ていた方が良いと思うが・・・」

「いえ、自分はもう目が覚めましたし、身体を動かす方が楽なので」

「だろうな・・・まあ、そんな剣を持ち出していると、気も昂るのだろう・・・」


 ロッテルはアクトの右手で持つ剣を指さす。

 それは黒い刀身に赤いラインが走る魔法の剣だった。

 ロッテルの注目に応えるようにアクトは述べる。


「これは・・・ハルに作って貰った魔剣です」

「やはりな。魔剣なのはすぐに解ったが・・・驚きの逸品だ。魔力抵抗体質者である君が使うことのできる魔剣など聞いたこともない」


 ロッテルは純粋に驚愕と賞賛の言葉を贈る。


「ええ・・・ハルは天才ですから」


 少し疲れた表情でそう応えるアクト。

 彼が疲労を感じているのはハルの事を思い出したからだろうとロッテルは推測した。


「アクト君には、我が主の行いに不快を感じているのかも知れない・・・その件については、私からも謝罪させて欲しい」


 そう言いロッテルはアクトに頭を下げる。


「止めて下さい、ロッテル様。貴方から頭を下げられても僕は困ります」


 アクトは恐縮するが、それでもロッテルはアクトに頭を下げるのを止めなかった。


「主も焦っているのだ。ハルさんと君との不仲を知り、それをチャンスだと思ったのだろう。ハルさんを自分の臣下に組み入れようと事を進め過ぎた。私が止めれば良かった・・・そう後悔している。本当に済まぬ事をした」

「ロッテル様、本当に止めて下さい。ハルと喧嘩した僕の責任でもあります。それにハルはジュリオ殿下に対しても酷い事をしたようです。お互い様と言えば変な話になりますが、もう過ぎてしまった事を僕は責める気にはなりません」


 アクトの本心はジュリオ皇子の仕出かした事―――ハルを手籠めにしようと狼藉を働いた事は許せなかった。

 しかし、ジュリオ皇子はエストリア帝国の頂点に近い存在であり、皇族に対して貴族である自分が反旗を翻す事もできない。

 もし、自分がジュリオ皇子を怒りのあまり殴ってしまえば、それは回りまわって自分の父親や一族に深刻な迷惑が掛かるのは明白。

 それにジュリオ皇子がこのような暴挙に走る理由の一端に、自分とハルのつながりが緩んだ事もひとつだと思っている。

 そんな理由で、アクトはジュリオ皇子を責めるよりも自分の不甲斐無さを責める気持ちの方が強かった。


「アクト君、本当にすまない。それでも虫の良い話かも知れないが、我が主を恨まないでやって欲しい。あの方は私の希望でもあるのだ・・・」


 苦虫をすり潰したような苦渋の表情のロッテルを見ると、彼を責める事もできず、結局はロッテルの希望どおりジュリオ皇子を許すしかなかった。


「・・・わかりました」


 しかし、その言葉が上辺だけであるのにアクトはすぐ気付く。

 直後に、ハルに乱暴したジュリオ皇子を、本当は許す事ができないかも知れない・・・そう思い直す。

 その真実は口が裂けてもロッテルに言う事はできず、そっとアクトは口の中へと呑み込み、栓をする。

 それを誤魔化すため、アクトはハルの事について話題を変える。


「ハルは恐らく無事です。この魔剣を持つと何故かハルが健全なのは解る気がするのです」


 アクトは魔剣『エクリプス』を高々と掲げると、その赤いラインが彼の言葉を鼓舞するように光が増した。


「その魔剣からは・・・多大な力を感じる。しかも魔力抵抗体質者である君が扱える魔剣など・・・聞いた事もないが、それが使えている事も事実。先程の私の氷塊の魔法を難なく撃退できたのが何よりも証拠だ。私がこんな事を言えた義理ではないが・・・その魔剣は大切に使って欲しい。アクト君」


 ロッテルは魔剣とアクトの両方も見て、そう進言する。


「・・・はい」


 アクトもこの魔剣を持つと、再びハルと会える気になるから不思議だと感じる。

 その後、ロッテルとは二、三の言葉を交わして、アクトの元から去っていく。

 ロッテルを見送ったアクトは再び鍛錬に精を出そうとするが、頭の片隅でハルの事がよぎり、集中は長く続かない。

 そうしてしばらくすると、アクトは近くの切り株に腰を下ろして汗を拭く。

 日が昇り始めたというのに、ぶ厚い雲が邪魔をして、周囲は灰色の世界のままだった。


「今日は・・・荒れるな・・・」


 アクトがそう呟いたのは果たして天候の事だったのか、それとも、この先の運命の事だったのか・・・

 


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