第十四話 ロイ隊長の日記5 ※
帝国歴一○二二年 七月十三日
この日はアクトとハルを家に呼んだ。
理由はギエフの奴が仕出かした狼藉を止められなかった事に対する謝罪と、しばらくすれば獅子の尾傭兵団の本隊がラフレスタに到着する事実を知らせておきたかったからだ。
俺の直感なのだが、獅子の尾傭兵団の奴等からは何かキナ臭いがする。
本来は職務上の秘密になるが、どうしても、この情報を誰かに話しておきたかったからだ。
そんな一心からアクトとハルさんに話をしたが、はっきり言ってこれは俺の自己満足なのだろう。
人間は自分が不安な時、それを誰かに話す行為のお陰で自分の心を落ち着かせようする代償行為を持っている、と誰かが言っていたが、これが正にそうなのだろうか。
とりあえず、自分が落ち着いた事は間違っていない。
善良な一般市民に頼る自分が少し情けないが、何故かアクトとハルさんに話しておけば大丈夫な気がするから不思議だ。
ん? 対魔術師として格段の頭角を見せ始めたアクトと世紀の天才魔道具師であるハルさんを一般市民として扱うのは少々無理があるかも知れないか・・・
七月十八日
今日は獅子の尾傭兵団の幹部達が挨拶にきた。
団長はヴィシュミネという壮年の男で、俺より十五歳も年上の偉丈夫だった。
彼には歴戦の戦士が持つような独特の存在感があり、会って直ぐに『こいつは本物』だと解った。
それでいて礼儀正しく、威張らず、先刻のギエフと正反対の男だった。
俺は彼を見て獅子の尾傭兵団の印象を少しだけ見直す事にした。
彼のような男だから、多くの傭兵達をまとめる事ができるのだろう。
副官には年齢不詳でケバケバしい衣装を纏う謎の女魔術師、そして、顧問魔術師とか言う奴は、このクソ暑いのにシルクハットと黒いマントを四六時中羽織る変なオッサンまでいる。
ギエフと言い、この傭兵団には一癖も二癖もある連中が所属しているだろう。
この団長の苦労も目に浮かぶぜ。
七月十九日
昨日の日記には書けなかったが、あの後、うちの隊と獅子の尾傭兵団の連中がぶつかって騒動を起こした。
なんでも、貴族の屋敷に侵入した月光の狼を獅子の尾傭兵団が発見し、撃退しようとしていたらしいのだが、連中は街中で大規模な火炎の魔法を使ったため、大騒ぎになったらしい。
アクト達が止めてくれたから良かったが、ひとつ間違えば貴族街が大火事になるところだった。
しかも、魔法を止めたことに怒った傭兵団が、事もあろうに我々警備隊に襲いかかってきたそうなのだ。
お陰で混戦となり、これが月光の狼を逃がす結果になってしまった。
俺は激怒する。
自分達の隊にも怒ったが、獅子の尾傭兵団にも猛抗議だ。
まったく、奴らは何を考えているのか。
先刻、「団長はいい奴だ」と書いてしまった自分が恥ずかしかい。
七月二十一日
ラフレスタの学生が誘拐された。
現場はラフレスタ南に位置する歓楽街の一角。
歓楽街周辺は先代の領主が肝いりで開発したらしい新しい地区だが、ここは治安が悪く、普段からいろいろと事件が起こっている場所なのだ。
今回もそんな事件と同類かと思ったが、目撃者の話しによると犯人は白い仮面をつけた絶世の美女だったらしい。
そうなると、この犯人は白魔女ということになるが、俺は少し違和感を感じている。
確かに白魔女は犯罪者だが、こんな暇な事をする小物じゃないと思うのだ。
目撃者も攫われた学生の学友だったらしいが、「色仕掛けで攫われた」と証言しているらしい。
こいつらは変な薬でもやっているんじゃないのか?
八月一日
学生の誘拐事件はまだ続いている。
初めは何かの間違いでは?と思っていたが、首謀者が白仮面をつけた魔女だと言うは、ほぼ確定のようだ。
色仕掛けは最初だけだったようで、その事に一部の隊員はとても残念がっていたようだが、このバカたれ共めが!
その後の彼女の手口は様々であり、出現する場所も神出鬼没。
我々、警備隊はいつも後手に回っている。
街にも随分と悪い噂が広まっており、白魔女と月光の狼の評判は地に落ちたと言っても過言ではない。
勿論、彼女達は今も昔も犯罪者であることに変わりはなく、評判が落ちるのは我々としても本意だ。
だがしかし、今回の事件は白魔女らしくない気がする・・・
俺は別に白魔女の事を擁護している訳ではない。
ただ、今回の白魔女は目的が見えないのだ。
こんな事をしても自分達の評判が落ちる以外にメリットはないし、誘拐された人物はまだひとりも発見されていない。
彼女が『殺し』を目的にしている事は無いと思う。
理由としては・・・もし、白魔女がその気になれば、誘拐する前に殺した方が効率的なのだから。
妖しげな生贄の儀式に使っているとの噂もあるが、これもよく解らない。
「誘拐犯め。何処だ! 正々堂々と姿を現せ」と叫びたい気分だ。
八月十四日
今日は本当にいろいろな事があった。
学生の誘拐事件は続いているが、その被害者で遂に見知った名前が上がった。
サラ・プラダムとエリザベス・ケルトの女学生ふたりである。
サラ・プラダムはラフレスタ高等騎士学校に所属する女学生で、以前アクトと一緒にうちへ実習生として学びに来ていた生徒だから顔も覚えている。
確かアクトと幼馴染と言っていたか・・・
そして、エリザベス・ケルトは警備隊で騒動を起こしたその人であり、俺の部下でも知らない顔はまずいない困った貴族令嬢様だ。
何かとトラブル気質の彼女だが、それでもアストロ魔法女学院の中では筆頭生徒であり、その実力は折り紙付きでもあった。
そんな彼女がまるで抵抗らしい抵抗をできぬまま攫われたとなれば、誘拐犯は本当に侮り難い力を持つということだ。
本当に犯人が白魔女である可能性が高くなった、と、その時は思っていた。
『思っていた』と書いたのは、その後に事態が進んだからだ。
『白魔女、逮捕』の知らせが届いたのは夕方。
ロッテル様が捕らえた、と一報を受けたとき、警備隊の詰所は一同にどよめきが走ったのは忘れられない。
そして、俺と副隊長のフィーロ、上司のアドラント総隊長の三人は逮捕者を検分するためにジュリオ皇子の別荘に招集された。
他の隊員からは自分達が参加できない事に対する不満の声も挙がっていたが、呼ばれた現場が皇族の別荘だったので、これも仕方のない話だ。
こうして現場に到着して白魔女の正体を見た我々は驚く。
なんと、白魔女の正体はあのエリオス商会の有能秘書エレイナ・セレステアだったからだ。
そこでは尋問とは名ばかりの拷問が成されており、その執行役にギエフがいたのには驚きだった。
奴がいつの間に復帰を遂げたのか・・・それに以前と変わらぬ・・・いや、以前以上に危険な男を思わせる雰囲気を纏っていた。
どうやら奴は白魔女逮捕の際に多大な貢献をしたようで、その縁があって呼ばれたようだが、俺は奴のやり方は反吐が出る思いだった。
しかし、今は置いておこう。
その後、上司であるアドラント総隊長の指示で、すぐにエリオス商会に押し入った。
エレイナ女史の所属していたエリオス商会と、彼女の上司であるライオネル会長の関与が多分に疑われる事は明白だったからだ。
だが、我々は一足遅かったようで、商会の大半の職員は既に逃げ出してしまった後だった。
しかし、逃げ出したという事実は自ら『月光の狼』と認めた事に等しい。
これで、月光の狼の正体はほぼ確定的になった訳だが、なんだか気持ちが悪い。
エレイナ女史を始めとして、ライオネル会長はいい奴だったからだ。
彼等は自分達の利益もさることながら、このラフレスタの利益になることに協力は惜しまなかった。
商人に多くいる『他人の足元を見て、自分達が優位と解った途端に手の平を返す』ような嫌な奴等じゃなかった。
本当に善良な人達だと思っていたが、それを逮捕しなくてはならなくなった自分が今ここにいる。
自分達のやろうとしている事は、果たして本当に正しい事なのだろうか・・・
八月十五日
昨日の事件には続きがあった。
早朝片、警備隊に「ジュリオ皇子が何者かに襲撃を受けている!」という驚き連絡が入った。
朝になって召使のひとりが朝食の用意をしようと皇子の私室へ向かったとき、部屋が魔法で閉じられていることに初めて気付き、半狂乱になって警備隊へ駆け込んできたのだ。
我々が現場に急行したとき、皇子から何らかの命令を請けて夜通し屋敷を空けていたロッテル様が戻られたのと、ほぼ同時であった。
ロッテル様も皇子の部屋が魔法で閉じられていた事を今知ったようで、顔が真っ青になり、慌てて皇子の部屋にかけられていた結界魔法を解除した。
そして、部屋に押入ったとき・・・中に広がる驚愕の惨状を見て我々は絶句する。
部屋の中には皇子を含めて八人の男女がいたが・・・全員が動けない程に息絶え絶えの状態だったからだ。
そして、筆舌し難い現場・・・・・・・・・ここに書くのは止めておこう。
「殿下! 大丈夫ですか!!」
ロッテル様はそう言い、グッタリしていたジュリオ殿下を抱きかかえて、安否を確認する。
意識が朦朧とする中、ジュリオ殿下は何とか自分の無事をロッテル様に伝えた。
殿下の無事を確認すると、次に、ここで何が起きたのか? 誰が犯人か?
そう問い続けるロッテル様。
これほどに焦るロッテル様の姿を見たのは初めてだった。
「・・・うう・・・ハル」
それだけを伝えるとジュリオ殿下は意識を失った。
文字どおり精根尽き果てたのだろう。
その後の医師の診察で、ジュリオ殿下の命に別状は無かったが、極度の疲労のため、長い安静が必要になるらしい。
そして、そのジュリオ殿下が気を失う前の証言から、この狼藉を働いた容疑者がハルになってしまったが、我々の理解が追い付かず、詳しい経緯をロッテル様に尋ねた。
ロッテル様も初めは言葉を濁していたが、結局は我々に全ての経緯を教えてくれた。
どうやらジュリオ殿下はハルを自分の配下へ引き込むために、ここに連れて来られたらしい。
確かに昨日の最後にはジュリオ殿下の屋敷でハルはアクトに対して怒鳴り声を上げて喧嘩になっていた。
その喧嘩の後、ジュリオ皇子から何やら声を掛けられたハルが屋敷の奥へと消えて行ったのを何人かが見ていたらしい。
詳しいことは解らないが、どうやらこの事件にハルが大きく関与している事は明白なようだ。
気は進まなかったが、我々も仕事をしなくてはならない。
早速、重要な容疑者として確保するため、ハルの住まいであるアストロの学生寮へ向かった。
しかし、そこにハルの姿は既に無く、確保することも叶わない。
彼女の研究室も捜査したが、そこも目ぼしい物は全て持ち去れられた後であり、ものけの空だった。
これでハルは自らが犯人であることを認めたようなものになってしまった・・・
そして、ジュリオ皇子が仕出かした顛末についてはすぐに戒厳令が布かれたが、この現場に同行した隊員達の中にはアクトと仲の良いヤツもいる。
そういった伝手から、この事件はすぐにアクトの耳に入ったらしい。
その事実にアクトは大きなショックを受けていたようで、普段ならば姿を見せる警備隊の詰所にも今日は来なかった。
本当に胸糞悪い。
最近、何故このような悪い事ばかり起こるのだろうか。
二日後には白魔女の公開処刑も執行される・・・本当に嫌な予感しかしない。