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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第十三話 逃げられない罠 ※

 ジュリオ皇子の家臣達は突然の忙しさに慌てていた。

 それは皇子から突然の命令が下ったからである。

 品数は少なくとも豪華な食材を使う夕食の手配と、寝所をエレガントに模様替えする事だ。

 皇子の命令を直ちに遂行すべく、家臣達は急いで準備に取り掛かる。

 その中にはジュリオ皇子直属の護衛であり、表向きは侍女であるバネットの姿もあった。

 バネットも慌ただしく屋敷内を駆け回っていたが、そこに姿を現したのは彼女の同僚であるリーナだった。


「リーナ!今までどこを放っつき歩いていたのよ!」


 約束の時間になっても帰ってこなかったリーナに苛立ちを覚えるバネットは怒気を露わにして同僚に噛みついた。


「私は・・・」


 何かを思い出すように言い訳を始めようとしていたリーナだったが、結局はバネットがそれを遮る。


「もういいわ。それよりも寝所の準備をするから手伝って」

「準備?」


 ぼんやりと疑問符を頭に浮かべるリーナ。


「今日のリーナは鈍いわね・・・いよいよ、あの娘が殿下のものになるのよ」

「あの娘・・・」


 リーナはバネット言った事を反芻し、頭を巡らせる。

 あの娘と言ったのは・・・そうだ、ハルとか言う名前のアストロの魔女だった。

 天才的な魔道具師で、彼女の作る魔道具は天下一品の性能を示し、無詠唱魔法の達人でもあるあの娘。

 自分より六歳も年下でありながら、どこか大人びた雰囲気があり、それでいて、年相応の恋愛話しとかには全く興味を示さない世捨て人のような存在だと思っていた。

 眼鏡をかけているため、大人しそうな娘にも見えたが、それでも容姿は優れており、自分の主である皇子が興味を向けている女性のひとりである。

 それ故に自分とバネットはいろいろな意味で彼女に注目し、そして、警戒していた人物でもあった。


「ハル?」


 リーナは確認とも疑問とも取れる声でバネットに問う。


「そうよ、あの娘よ。詳しい理由は解らないけど、あの彼氏君と喧嘩中のようだったわ。それで殿下がチャンスだと判断し、勝負に出るようね」


 苛立ちを隠さないバネットの気持ち、そして、リーナもようやく理解が追い付く。

 リーナもバネットも『ジュリオ皇子』という護衛対象を深く愛していたからだ。

 自分の愛する男性が別の女性を愛する。

 それは普通、許される行為では無いが、ジュリオ皇子は帝国の第三皇子という途轍もない公人という立場の人でもある。

 皇族の彼が『誰かを娶る』という事実・・・それは既に愛ではなく、仕事なのだ。

 それを頭で理解しているだけに、彼女達の心境も複雑だった。


「本当に忌々しいけど・・・ハルはジュリオ殿下にとって良い駒になるのでしょうね」


 諦めたように愚痴を溢すバネット。

 信頼できる同僚のリーナだからこそ、思わず愚痴を口にしてしまうバネットだが、公の場所でこのような事は絶対許されない。

 このような発言はジュリオ皇子の判断を否定するものであり、皇族に対する反逆とも捉われかねないのだ。

 だから、バネットは否が応にでもこの事実を自分の中で納得するようにした。

 心の中ではどれだけ苛立っていたとしても、『これが正しい事』と、無理やり納得しようとする。

 その葛藤が手に取るよう解るリーナ。


「バネット・・・貴方が感じているその苛立ちは解る・・・でも大丈夫よ」

「大丈夫って?何が?」


 同僚からの同情は予想していたが、そこに「大丈夫」という単語が出てくるとは思わず、バネットの仕事が一瞬止まった。


「心配しないで良いって事・・・・じきに解る」


 リーナの眼が怪しく光ったが、この理由については遂に解らないバネットであった。

 

 

 

 

 

 

 ハルはジュリオ皇子との上品な夕食に付き合わされ、その後に、彼の私室に招かれる。

 広くて優雅なその一部屋は彼が帝国の第三皇子である事を如実に物語っており、床に敷かれた絨毯も足が沈むほどフカフカ。


「ハルは何か飲まれるかな?」

「いいえ。お気遣いなく」

「遠慮するでない。それでは適当に飲物を用意させよう」


 ジュリオ皇子が手を叩くと、侍女のリーナとバネットが静かに姿を見せ、素早くふたり分のお茶を用意して、そして、静かに去って行った。

 何もかもが優雅である。

 お茶にさっと口をつけると、私的な空間に入りリラックスできたのか、ジュリオ皇子は早速に本題を切り出す。


「ところでハルよ。誰が月光の狼の統領だと思う?」

「・・・さぁ? 私には解りません」


 素っ気なくそう答えるハルであったが、ジュリオ皇子はほぼ自分の予想どおりに回答してくるハルに「そうだな」と笑う。


「これは当然のことだが、容疑がかけられているのはエレイナ・セレステアが所属していたエリオス商会となる。その商会の会長であるライオネル・エリオスという人物。我々も以前から彼を疑っていたが・・・今回、早々に押し入ったときには既にものけの空だったよ」

「エリオス商会には誰も居なかったと?」

「正確に言うとそうではない。彼、ライオネル・エリオスと大多数の幹部職員は逃走した後だったが、一部の職員は残っていた。残された彼等は一様に自身の潔白を訴えていたし、会長や幹部職員達が一斉に姿を消した事については直前まで知らなかったようだ」

「・・・そうですか」

「残っていた職員は新参者ばかりだったし、色々な意味で彼等の口は真実を語っているのだろうと予は考えている」

「・・・」

「何、驚く事はない。ライオネル・エリオスは我々が目をつけていた月光の狼の黒幕のひとりだったから、それは予想の範疇を超えていない」

「そうなのですか・・・」

「うむ。我々の情報網を侮ってもらっては困るな」


 ジュリオ皇子はハルにやさしく微笑んでそう答えたが、その姿には不気味なぐらいの余裕があった。


「ライオネル・エリオスの生い立ちを調べるとなかなかに興味深い。記録上、彼はエリオス商会の先代会長の第一子となっているが、これも嘘であろう?」

「・・・私に聞かれても、解る筈が無いのでしょうか?」

「なるほど。ハルは知らぬか・・・・まぁ、今は良いとしよう」


 ジュリオ皇子は明らかにハルが何か隠しているのを見通しているような態度を取っているが、彼はそんな事よりも自分の話を前に進める事に注力する。


「彼の生い立ちは巧みに隠されていたもので、この真実を探すのは少々骨が折れたものよ。しかし、残された僅かな痕跡と数少ない証言、そして、セレステア家の三女が彼の右腕として活躍しているのを見て、確信に至った」

「エレイナさんが?」

「そう。彼女の実家は代々ラフレスタ卿を支えてきた忠臣中の忠臣であるセレアスタ家だ。例え三女とは言え、その名門セレステア家から生娘を差し出すなど、弱小のエリオス家に対して考えられぬ行動なのだ。そのセレステア家とエリオス家を結ぶものなどひとつしかあるまい。それは・・・ラスレスタ家だ」


 ジュリオ皇子は、まるで決め台詞を言う役者のように、芝居かがった態度でハルにそのことを示した。


「細かいところまでは解らないが、先代ラスレスタ卿が生ませた私生児・・・それがライオネルその人の生い立ちなのだろうと我々は予想している」


 自分の考えを話すジュリオ皇子は出された茶に口をつけて、「不遇な彼には同情するが・・・まぁ、我が帝国貴族の中でそれほど珍しい話しでも無いな・・・」と呟く。

 これを黙って聞くハルは、まるで人形のように表情を何ひとつも変えることもない。

 その姿を目にしたジュリオ皇子はフフフと余裕の笑いを浮かべ、会話を続ける。


「ラフレスタ家の正妻や正統の嫡子からライオネルは命を狙われる事もあったのだろう・・・先代のラフレスタ卿はライオネルを自分と親交の深かったエリオス家に預け、彼の生い立ち全てを隠匿することにしたと予想するのは容易。彼の出生を知る者は先代ラフレスタ卿と所縁の深かった者のみらしく、その中にセレステア家も居たのだろう。セレステア家の当主は家督を継ぐ順位も低く、頭の良かった才女をライオネルの補佐として出奔させたのだ。そして、その選択は正解だった・・・ライオネルは大成し、弱小だったエリオス家をラフレスタで有数な商会のひとつに育て上げた」


 ここで再びお茶を飲むために一区切りして、ジュリオ皇子は話を続ける。


「しかし、彼はここで満足すれば良かったのだ。義賊と言う殻を被り、現ラフレスタ卿に反旗さえ翻さなければ、全てが目を瞑って貰えたものを・・・有能な人材であるのに、本当に惜しいものだ」

「惜しいとは? ジュリオ殿下は一体、何をお考えなのでしょうか?」

「予に質問とはなあ・・・まあ良い。他ならぬ其方の事だ。答えてやろう」


 ジュリオ皇子はハルに対して王者の風格を装う。


「予は優秀な仲間を欲しているのだよ。心から信頼できる忠臣がまだまだ必要なのだ。それにはあの財力、そして、多くの人心を集める能力、更には白魔女という逸材を従えるライオネルの能力は抜群の人材だった」

「・・・」

「しかし、彼は駄目だ。ライオネルの眼には、現ラフレスタ公に対する恨みと、下々の者に対する哀れみしか映っていないのだ。そのような者に大成を熟す仕事を任せる事はできない」

「殿下は一体何を成されようとしているのでしょうか?」

「それを聞きたいのか?ハルよ。しかし、それを一度聞けば、もう後ろには戻れなくなるぞ」


 ジュリオ皇子の眼光は強くなり、迫力が漲る。

 普通の人ならば、これが皇族の威光だと信じて、思わず膝を屈したくなる迫力があった。

 しかし、現在のハルはあらゆる意味で普通ではない。

 ジュリオの迫力に屈する事もなく、ため息交じりにこう答えるだけだ。


「今の私に後ろへ戻る事が許されるならば、何も聞きはしませんし、ここには来ないでしょうね・・・」


 ハルは現在の自分の立場が解っていた。

 ジュリオ皇子と二人きりで彼の私室に招かれているのが、どういう意味なのかを・・・

 その潔さを逆に気に入ったのか、ジュリオ皇子はフフンと笑みを浮かべ、自分の思惑どおりに事が進むのを満足する。


「予には『夢』がある!」


 ジュリオ皇子は椅子から立ち上がり、自分の理想をハルに語り始めた。


「予には、誰もが平等に暮らせる国を作りたい。この帝国の未来を変えたいのだ。私の思い描く理想の帝国へと変えたいのだ!」


 手を大きく広げ、まるでジュリオ皇子は虚空にいる誰かと話すかのように壮大さを演出して演説を始める。


「何故、そのような事を願うのですか? 既にこのエストリア帝国は帝皇一族の物であり、殿下がそう思うのでしたら、それは容易いのではないでしょうか?」

「ハルよ、それは違うぞ。確かに予は市井の民や諸侯よりも大きな力を持つが、それは所詮第三皇子止まり。我が父である帝皇デュランはさておき、私の上にはふたりの兄がいる。そして、姉もだ!」

「彼らはエストリア帝国の現況を憂いではおらぬ。彼らに予の理想を語った事もあったが、一蹴されて『若者の戯言』と、まともに取り合ってもくれなかった・・・官僚達は賄賂にうつつを抜かし、貴族達は自分や自分の領地を豊かにする事だけにしか興味を覚えておらぬ。このような現状で実力を持つ者は権力と縁故だけを持つ愚か者によって潰され、帝国の力は、長く続く歴史とともに緩やかに低下する一方。それに引き換え、隣国のボルトロール王国は拡大の一途を続けており、その脅威は年々高まりつつある・・・彼の国は完全な『実力主義』だと聞く。王以外の全ての貴族身分が廃止されたようだ。そして、例え卑しい身分であってもその力を示した者には功績が認められて重用されると聞く。それがあの国を破竹の勢いで繁栄に導く原動力なのだよ」

 その噂はハルも聞いたこともあった。

 ゴルト大陸の東に位置するボルトロール王国は元来小国であったが、三十年前に若い王が即位した時期を境に、近年急激に拡大している国家。

 この三十年の間、あれよ、あれよ、と言う間にゴルト大陸の東側を併合しつつあり、エストリア帝国に次ぐ大国へ成長を果たしていた。

 ボルトロール王国は徹底的な実力主義体制らしく、戦功によりその実力を認められた平民が国の要職に就く、と言う話も噂で広まっている。

 同時に、きな臭い噂も多くあり、戦好きの国家としても有名である。

 ゴルト大陸の東側をほぼ制圧した事で近年は落ち着きを見せているものの、次は西側・・・つまり『エストリア帝国』に食指を向けるのではないか?と警戒されている。

 現に国境付近では小規模な小競り合いが起きているらしく、エストリア帝国周辺でも数少ない紛争予備地域となっている。


「予は、それでも根気強く長兄達に論法を解いてきたつもりだが、それにも限界がある。彼らは『事なかれ主義』であり、現状維持を至上だとする愚か者だ」


 ジュリオ皇子は拳を握り、ただ『歳が若い』と言う理由だけで自分が蔑ろにされる事への無力さを噛みしめていた。


「しかして、予は決断する。現状のエストリア帝国を救えるのはこの予だけなのだと。何かが起こってから準備するのでは遅いのだよ! 今、この国を変えねば、全てが間に合わない!!」

「それが殿下の『志』なのですね・・・」


 ハルは単調にそう受け応えしただけなのだが、ジュリオ皇子は自分の考えに肯定してくれたものと勘違いし、大きな反応を見せる。


「おお! よく言ってくれたな、ハルよ。そのとおりだ!」


 ハルの両肩に力強く手を置き、ジュリオ皇子の眼に感動の色が漏れる。

 明らかに自分の言葉に酔うジュリオ皇子の姿がそこにはあった。


「しかし・・・今の予には力がない・・・信頼のできる臣下が少な過ぎるのだ! 世の中は綺麗事だけ、理想だけでは前に進まぬ事があるのは重々承知。時には自分の手を汚してでも前に進まなくてはならぬ時があるのだ!」

「・・・」


 力説するジュリオ皇子には眼に力が籠る。

 もし、彼に少しでも好意のある女性ならば、その姿に惚れてしまう者がいたのかも知れない。

 しかし、ハルは『御免だ』と思う・・・

 それをジュリオ皇子がどう感じていたのかは解らないが、ここで彼は唐突に話題を変えてきた。


「とろでハルよ。其方はエレイナ・セレステアが本当に白魔女だったと思うかな?」

「思うか?と問われても困ります。彼女が仮面を持ち、そして、変身した姿が白魔女だと言う証拠まであったのに・・・ですか?」

「ふふふ、そうだな。確かにエレイナ・セレステアは白魔女に変身できる仮面を持っていたし、白魔女に変身するのもこの目で見た」

「だったら、エレイナさんが白魔女というのは・・・」

「いや違う!」


 ジュリオ皇子は否定した。


「エレイナ・セレステアの事を調べたが、彼女は魔法能力を持つものの、とりわけ優秀と言う訳ではない。それに彼女はあれ程に特別な力を持つ『仮面』を作る能力など無い、と断言してよい」

「・・・」

「すると誰が仮面を作ったのか? あれだけの力が発揮できる魔道具を作った本人が、それを使わない理由などない・・・別の誰かが、あの魔道具を作り、そして、エレイナ・セレステアに借与した、と考える方が妥当であろう?」

「・・・」

「次に、誰が? という議論になるが・・・先に言っておこう、ライオネル・エリオスが抱えている魔道具師に、あれほどの魔道具を作れる者は居ない・・・ひとりを除いてはな」

「ひとり・・・」

「そう。そのひとりは、近年、類稀な魔道具を次々と開発し、エリオス商会に自ら開発した魔道具を卸す事で、彼の商会に巨万の富を築かせた。その者が発明した代表的な魔道具のひとつが、この『懐中時計』である」


 そう言いジュリオ皇子は懐から取り出したのは豪華な装飾が成された懐中時計である。


「以前、話をしたのかも知れないが・・・予はこれを見た時に身体が震えたよ。とてもシンプルでありながら、内部に使われている技術は途方も無いほど高度であった。果たしてこの世にこのような事ができる者など居るのか? と我が目を疑った訳だが・・・それでも、こうして動いている以上はこれが現実なのだ・・・とな」


 ジュリオ皇子は出していた『懐中時計』を再び自分の懐へと仕舞う。

 そして、皇子の手は何も言葉を発しなくなったハルの顔に伸びる。


「会ってみたくなったのだ。この世では無理だと思わるほどの技術を持つ者・・・この時計を作った技術者に。そして、其方と出会い、余は確信した。この世で存在できないような魔道具を作った者は、この世に存在しないような美人だった。其方という存在がこの『懐中時計』を作ったとしても、それは何もおかしくはない・・・そう評したのだ」


 彼の指は悩ましくハルの顔を愛撫し、ハルはジュリオ皇子にされるがままである。


「私を・・・私を口説いているのでしょうか?」

「口説いている・・・そのとおりだな。ハハハ、予とした事が、話が回りくどかったようだ」


 ハルに言われてハッとなるジュリオ皇子。

 彼はいつも自分の要求を単刀直入に述べることを心掛けていたのを思い出す。


「世迷い人であるハルよ。予のモノと成れ。予に・・・予だけに、忠誠と愛情を注ぐのだ。それが其方に残された唯一の道である!」


 ジュリオ皇子は両手でハルの顔を掴み、自分から眼を逸らせないようにした。

 皇子の眼は獰猛な狩人の眼・・・獲物を追い詰めた狩人の眼。

 その眼からハルは一切逸らす事を物理的に許されていなかったが、それでもハルは彼の眼から逸らす意思はなかった。

 彼が何を言わんとしているかを、ハルは既に察していた。


「・・・いったい、いつから解っていたのでしょうか? 私が世迷い人・・・・・・つまり『この世界の人ではない』と言う事実を・・・」


 そのハルの物言いに、フフフと笑い出すジュリオ。


「それは最近だな。其方の研究室を見学していろいろと質問をさせて貰い、そこで、このエストリア帝国で教育を受けた者ではないと解ったよ。それにその特徴的な容姿も美人であるが、髪色や肌色はこの世の体系にまるで当てはまらない。しかし、決め手となったのは、先程、エレイナ・セレステアに魔法で話かけていた事だ。我々の魔法探知能力を舐めないで頂きたいものだな。彼女に対して救出の申し出をしたのではないか? この帝国で皇族である予の処断をこれほどまでに早く否定できる人間など、居る筈が無いのだ・・・・・・其方はもう少し慎重になるべきだった」

「・・・」

「それに、あまり知る者はおらぬが、我ら帝皇一族にはこういう伝承が残っている・・・『彼の地より訪れし【異邦人】は我々の想像を遥かに超える文明を持ち、言葉を持つ。もし、その者がこの世に現れし時には決して逃がしてはならず。彼らの持つ力を必ず手に入れよ。さすれば己の願いは叶い。道が開けるだろう』・・・とな」


 ジュリオは帝皇一族のみに伝わる伝承をハルの前で口にした。

 この伝承を初めて聞かされた時、ジュリオはその意味が全く理解できなかった。

 しかし、最近、ハルの存在を知るようになり、ようやくこの意味を理解できたのだ。


「つまり、私以外にも、この世界へ飛ばされて来た人がいた、と言う事ですね」


 ハルは静かに観念して、ジュリオに質問を返す。


「そのとおりだ。しかし、それは遥か遥か昔のこと。初代帝皇の時代であるがな」

「そんな昔に・・・」


 もし、ジュリオ皇子の話が本当ならば、それはもう千年以上の昔の出来事であり、ハルが一部の望みを託していた同胞人との再会は叶わない事を知る。

 落胆の色を見せるハルにジュリオは逃さない。

 

「異邦人である其方が、この世界で安泰に暮らせる方法など『ひとつ』しかない。それは予の庇護下に入る事・・・今、一度問おう。異邦人ハル、そして、真の『白魔女』であるエミラルダよ。我がモノとなるのを、ここで誓え!!」

 

 ジュリオ皇子の手に力が籠り、押さえていたハルの顔を力強く握る。

 そのため、彼女の顔の一部に充血が走るが、ハルは苦痛を挙げることもなく、真っ直ぐにジュリオを見返した。

 長い、長い沈黙が続き、ジュリオ皇子とハルの鼓動さえもこの部屋に響くほどの緊張感が漂う。

 そして、どれ程の時間が経ったのだろうか・・・

 やがてハルは決断する。


「わかりました、ジュリオ殿下。私は貴方の庇護下に入ります」

「おお、そうか! よく言ってくれた!」


 ジュリオ皇子は歓喜のあまりハルを抱き寄せた。

 そして、ハルもこう応える。


「だから・・・私に優しくして下さい・・・」


  こうしてジュリオに屈服してしまうハルだが、その直後、彼女から甘い香りが広がった。


「・・・うん?・・・いい香りが・・・な、なんだか・・気持ちが・・良いぞ」


 直後にジュリオ皇子は酩酊感を覚え・・・そして、その後の記憶は曖昧になる。

 甘美な世界が脳を支配し、現実の世界では味わえない浮遊感が『彼ら』を包み込んだ。

 ここで『彼ら』とは、ジュリオ皇子個人だけではなく、彼の配下の者も含まれている。

 ジュリオ皇子を影から守る存在としてこの部屋には気配を消した護衛達が数名潜んでいたが、その全員が同じ状態になっていた。

 その中には侍女であるリーナとバネットもいる。

 そして、現在、全員がその姿を普通に晒す結果となる。

 まるで罠におびき寄せられた蟲のように、甘い香りに誘われて、この部屋の全員がジュリオ皇子と共に甘美な世界へと堕ちていたのだ。

 唯一ひとりを除いては・・・

 その唯一例外的な女性とは、エメラルドグリーンの瞳を持ち、甘美な世界に浸った彼らをただ無感動に眺めていた。

 特にジュリオ皇子の事はまるで実験動物でも観察するかのように蔑んだ瞳を無感動に向けていた。

 そして、この場に潜んだ全員に自分の魔法が効いた事を確信している彼女。

 顔の上半分を隠す白銀の仮面を被り、流れるような銀色の長い髪を持つ魔女。

 そう、そこには白魔女エミラルダと化したハルの姿があった。

 現在のハルの目前には男の欲望という本性を現したジュリオ皇子が汚い物のように映っており、そして、彼女は独りで呟く。

 

「・・・結局、男は皆一緒・・・・・・アクトにしても、このジュリオ皇子にしても・・・私をいいように利用するだけの存在」

 

 ハルの言葉は誰からの応答も返ってこない。

 返ってくるのは、甘美な世界に陥った男女の艶姿と桃色の吐息だけである。

 それもそのはず、ハルの行使したのは強力な幻術効果のある魔法。

 この魔法により、現在の彼らは完全にハルの支配下に堕ちており、自分の都合が最も良い形で妄想の世界に旅立っている。

 どんな幻想を観ているかは各々の欲望次第だが、ハルが持つ『心の透視』という魔法を用いなくても、大概の想像はできた。

 自分の敵となる人物はその世界に永遠に堕ちていればいい・・・とハルは強く思う。

 そして、この部屋には音や気配・魔力が漏れないように強力な結界魔法を施している。

 結界魔法の効果が切れるまでは、外から助けが入るのも不可能だろう。

 彼らがハルに対して全く無警戒だったかと言うと、そうではなかった。

 ハルが白魔女である可能性も警戒していた彼らは事前対策として耐魔法用の魔道具を準備する対策はしていたようだ。

 ジュリオ皇子達の両耳に付けていた銀色のイアリングもその対策品のひとつである。

 しかし、それはハルの力を大きく見余っていたと言わざるを得ない。

 ハルもその魔道具については早速に存在を看破していたし、対処を行っていた。

 彼女のした事は単純で、許容量以上の魔力をその魔道具に加えればよいのだ。

 一般の魔術師からすると気絶する程の魔力をその魔道具に集中させ、そして、過負荷により破壊した。

 無詠唱で、しかも、気付かれないよう隠ぺいの魔法までかけて、それをジュリオ皇子と護衛の合計八人分となると、多少時間はかかったが、それが成功すれば、あとはハルの独壇場だった。

 ハルはこの場に潜む全員に見境なく幻惑魔法を掛けて、自分の幻影を作ると、本体は白魔女へ変身を果たす。

 そして、より強固な幻惑魔法を展開して、現在に至る。

 この部屋にいる間、彼らは甘美な自身の理想とする世界へ旅立っており、自らの意思で逃れる事はできないだろう。

 特にジュリオ皇子には強力な魔法をかけておいた。

 例え彼が幻惑に負けて精神がおかしくなったとしても、それはもう彼女の責任ではない。

 彼がどんな幻影を見ているかは解らないが、ハルのかけた魔法は己の欲望を増幅するものであり・・・それが結果ならば、それこそ因果応報だと思えたからだ。

 

「ジュリオ皇子・・・貴方の覚悟は中途半端なのよ。他人に全てを任せて自分は安全な場所から指揮をするだけなんて、小心者のする事・・・そんな人に私は扱うことできない・・・・私の人生を託すほどはではないわ」

 

 白魔女となったハルは容易にジュリオ皇子の心の中へ侵入を果たしていた。

 そして、ジュリオが真に何を想い、何を成そうとしているのかを確かめた。

 その結果、彼女の下した判断は“否”であった。

 ジュリオを動かしている原動力はただの『不満』であり、自分を過小評価している相手に対して『ただ、見返してやろう』と思う猜疑心と、他人を妬む心からきているだけのものであった。

 だが、ジュリオ皇子は中途半端に頭が良い。

 だからこそ、素直にその事実を認めることができず、別の言葉に転嫁して誤魔化しているだけなのだ。

 ジュリオのことを心底酔心していたロッテルのことを思うと、少々哀れにも思うが、早速にハルはこの皇子の戯言に付き合ってやる必要はないと判断した。

 

(この皇子は、結局、自分の事を第一に考えることにしかできない小人だわ。やっはり、私の居るべき場所はライオネルのところかなのも知れない・・・あの人のところに行こう・・・もう、私が信頼できるのは、あの人しかいないのかも知れないのだから・・・)

 

 自分の中でそう結論付けると、ハルは部屋の窓を開け、そして、自分で作った魔法の結界を特殊な方法で突破すると、ラフレスタの夜の街へ消えていった・・・

 


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