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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第十二話 拷問の果てに

 ロッテルから「白魔女を捕らえた」との発令の元、関係者には早急に招集の連絡が入る。

 そして、捕らえられた白魔女が収監されているのは街の警備隊の牢獄ではなく、皇族がラフレスタで利用している別荘の一室だ。

 これは逮捕したのがロッテル本人だったという意味合いが大きい。

 ロッテルの手柄はそのままジュリオ第三皇子の手柄にもなる訳で、内外に自身の存在をアピールしたい第三皇子派にとっては格好の宣伝材料になるからだ。

 それ故に、事実上現在のジュリオ皇子の本拠地となっているラフレスタの別荘に白魔女を収監し、その場で皇子の名の元に尋問と沙汰を言い渡すことになっていた。

 この招集を受けたとき、丁度アストロ魔法女学院内にいたグリーナ、ハル、アクトの三人はひとつの馬車に乗り移動をしていた。

 今のこの馬車の車内は重苦しい雰囲気に包まれ、誰も言葉を発しようとしない。

 ただし、この押し黙っていた理由については、三人がそれぞれ別々の理由によるものである。

 自分の教え子であるエリザベスが誘拐され、その誘拐の実行犯と思われる白魔女が捕らわれている屋敷へ向かうグリーナ。

 グリーナは白魔女にどうやって交渉すればエリザベスを最も安全に返して貰えるのか?その事について様々な状況を想定し、その対処策について検討していたため、頭の中がフル回転となっていた。

 次にアクトだが、彼もサラやエリザベスの事は心配だったが、今はそれ以上に『白魔女が捕まった』という事実が彼の心を大きく揺らしていた。

 アクトは白魔女の実力を自身の肌で最も感じ取っていた人物であり、彼女の出鱈目な強さを理解しているのはラフレスタで一番と言っても過言ではない。

 それ故に、彼女が並大抵の者に捕まってしまう、という事実がどうしても想像できなかった。

 しかし、現に白魔女は捕まっており、逮捕したロッテルが白魔女以上に優秀な戦い手だったのかも知れない。

 アクトは捕まった白魔女へ、どう言葉を掛ければ良いのか?果たしてサラは無事なのか?サラを初めとして攫われた学生達は本当に白魔女が主導して行われた犯行なのか?

 そんな事が頭の中でグルグルと回っていた。

 そして、最後のハルは明らかに落胆によるものだ。

 それはアクトが激情のあまり最後にハルに問いかけてしまった言葉に原因がある。


『サラをどこに!』


 あのとき、アクトはハルに向かって確かにそう叫んでいた。

 ハルは無詠唱で人の心の真意を知ることができる魔法を得意としていたが、アクトは魔力抵抗体質者であるため、あのときの彼の真意をハルが知ることは不可能である。

 それでもあのときの彼の眼を見ると、アクトが本気でそう思っていたとハルには十分過ぎるほど伝わっていた。

 直前には開発にあれほど困難を極めた魔剣がやっと完成し、そのた喜びでアクトから向けられていた好意に甘えようと、まるで天国に登るような気分に溺れていたハルだが・・・彼女はその世界から一気に奈落の底に叩き落とされたのだ。


(アクトは・・・私のことを完全に信用していなかった・・・)


 あの瞬間、ハルはアクトの真意に気付いてしまった。

 アクトは初めからハルが白魔女とつながりの深い女性だと言うのを解っていたに違いない。

 白魔女エミラルダはハルのことを連絡窓口として指定した。

 それは自作自演の演出で始まったことだが、アクトもそれを受け入れたように見せかけていただけなのかも知れない。

 そんなハルにアクトは「今回の真犯人は白魔女じゃない」と言ってくれたのだ。

 当然、ハルは嬉しかった。

 本当に自分や白魔女を信頼してくれる男性が目の前に現れたのだと・・・アクトを心から信頼すべき相手だと、そのときは信じてしまったのだ。

 しかし、最後の最後で・・・・・・彼に裏切られた。

 アクトは自分が大切だと思う幼馴染の女性が白魔女に攫われた事を知ると、アクトの態度は手の平を返したように豹変したのだ。

 アクトは白魔女を犯人だと決めつけ、ハルに対しても、まるで共犯者だ、と言わんばかりに叱咤を浴びせた。

 ハルは絶望する・・・

 やっぱり、この男は最期の瞬間に私を信用していないのだ。

 所詮人間とは、自分の利益を最優先にしか考えられない動物でしかなかった・・・

 ならば・・・ならば、自分も同じように生きよう。

 この世界で、足掻いて、足掻いて、最後まで独りで生き残ることを決意しよう。

 そして、絶対に『あの世界』へ帰ってみせる。

 そう心に決めて、完全に心と口を閉ざす決意をするハルだった・・・

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、馬車はラスレスタ中心の第一地区につながる城門を超えて、皇族の別荘のある区間へ入った。

 ここで馬車を降りた三人は、既に待っていた召使の案内でジュリオ皇子が待つ部屋へ案内される。

 扉を開けると、そこにはジュリオ皇子を初めとして彼の部下であるロッテル、バネット、警備隊のロイ隊長、フィーロ副隊長、そして、意外な事に学校関係者も全員が臨席していた。

 学校関係者というのはラフレスタ高等騎士学校のゲンプ校長と、いつもの選抜生徒達である。


「これで役者は揃ったようだな」


 ジュリオ皇子がそう宣言したのでグリーナ学長とアクト、ハルが最後の招集対象者であることを全員が理解する。


「それでは始めよう。皆に連絡したように、ロッテルが白魔女を捕らえることに成功した。彼女は今、別室で尋問を受けているが、誘拐被害の関係者である我が学友達にも少々立ち会って貰いたい事があったので、集まって貰った次第だ。早々の招集に応じて貰い、感謝する」

「いえ。我々全ての民は帝国の支配者である帝皇の忠実なる僕でございます。そのご子息であるジュリオ殿下からの求めに応じて参集することなど、栄誉でしかございませぬ」


 ここに居合わせた全員を代表し、年長者であるゲンプ校長が恭しくそう述べる。

 そこには何時ぞやの幼少の頃からジュリオ皇子を知る教育係としての顔は無く、帝皇の威厳に忠実な臣下のひとりになっている。


「うむ、大義である。しかし、この場で堅苦しい挨拶はいらぬ。早速に事を進めようぞ」


 実直堅固を由とするジュリオ皇子は儀礼的な挨拶は程々にして実務を進めることを優先した。


「まずは白魔女の正体だが、皆にも直にその目で確認して貰いたい。ついて参れ」


 ジュリオ皇子がそう言うと、予め申し合わせたように脇に控えていたロッテルが別の部屋につながる扉を開けた。

 ジュリオ皇子は扉から部屋を出て階段を下り、一同もそれに続く。

 薄暗い螺旋階段を随分と下った先には鉄の扉で閉じられた部屋があり、そこを開けると薄暗い部屋の中に拘束されている者の姿が見えた。

 男女ふたりが椅子に座らされており、後ろ手に拘束されている様子が全員の目に映る。

 そして、その姿を見た一同にどよめきが走ることになる。

 特にその女性を良く見知るハルは、思わず声を挙げてしまった。


「エ、エレイナさん!」


 ハルが驚き目にしたのは同じ女性として彼女が怒りを禁じ得ないほどに激しい暴行を受けた痕跡があったからだ。

 拘束されて自由を奪われたエレイナの顔は殴打によりボコボコに腫れ上がり、出血している跡も多々見受けられる。

 高い鼻も折られて変な方向に曲がり、身体中には鞭で叩かれた跡が無数に残っている。

 彼女の美しい顔を鮮明に覚えていただけに、それは痛々しい姿であった。

 しかし、顔の輪郭やシルバーの肩幅に揃えられた髪を見れば、この人物がエレイナ・セレステアであるのに疑いようはない。


「おい! あれほど暴行は控えよ、と言っていた筈だが、どういう事だ!」


 ロッテルは怒気を言葉に混ぜ、この暴力を与えた者に激しい叱咤をする。

 すると、暗がりからふたりの男が姿を現して弁明をする。


「ロッテルの旦那ぁ。あっしはちゃんと約束を守りましたぜぇ。確かに性的な暴行(・・)は一切加えてはいやぁせんですよ」


 白々しく、そう言い訳する大男。


「お、お前は・・・ギエフ! 復帰したのか!?」


 その大男の姿が鮮明になり、アクトは反射的に剣の柄に手をかけようとした。

 それほどまでに、現在、この男から発せられている雰囲気は『危険な人物』と直感させるものがあった。

 ギエフは自身の暴力に興奮し、身体中から湯気が見えるほどに気を昂らせている。


「ひ、ひぃーー。もう止めくれ。何でも話すから、何でも!!」


 もうひとりの捕らわれた男はギエフが自分に近付くのを解ると、何かを思い出したように酷く怯える。

 彼から受けた拷問により完全に心が屈してしまったのだろうか、股間からは温かい液体が漏れて周囲を不潔に撒き散らしていたが、それを本人が自覚するできないほどの怯えようだ。


「うるせぇ、おめぇは黙ってろ! 下っ端がぁーっ!!」


 ギエフが殴ると、男は椅子ごと吹っ飛び、壁に当たって声が止む。

 彼は身体が痙攣して気絶してしまうが、それが壁に打ち付けられた衝撃によるものなのか、それともこの男の精神が壊れてしまったことによるものなのか、周囲の者には判別がつかない程であった。


「ふん。おめぇから聞き出せることはもう十分聞いたぜえぇ。とっとと黙ってりゃいいんだよ! それによりも強情なのはこっちのネェちゃんの方だよなぁ~」


 ギエフはそう言うと、再び興味をエレイナの方へと向ける。


 「おめぇがエリオス商会のエレイナ・セレステアだって事は解っているんだよぉ! 月光の狼の統領は誰だ。何処にいる!?」


 エレイナの、か細い顎を片手で鷲掴みにして、顔を近づけるギエフ。

 そして、片手に持つ鞭を、今すぐにでも彼女の顔面に叩き付けようとしていた。

 その鬼気迫るギエフの迫力に、見ている立場であったユヨーさえも思わず倒れてしまいそうになり、横のカントに支えられた。


「・・・く・・・」

「何だ?話す気になったか!? ネェーちゃんよぉ~」


 何かを言葉にしようするエレイナに、早く話せと急かすギエフ。


「・・・く、口が臭いわ、下種野郎」


ペッ!


 エレイナはギエフを揶揄する言葉と共に彼の顔へ血の混ざった唾を吐く。

 ギエフは長くて気色の悪い舌を伸ばし、自分に吐きかけられた唾をゆっくりと舐めると、顔がニタつく。


「この女ぁ~っ! 調子に乗るんじゃねぇーよ!」


 鞭を大きく振り上げてエレイナを叩こうとする。

 しかし、その鞭は止められ、それ以上腕を前へと動かす事はできなかった。


「ああん?」


 ギエフは自分を邪魔した相手を確認し、そして、その視線の先にはアクトが立っていた。


「小僧めぇ! また正義の味方気取りの坊ちゃんが登場ってかぁ!」


 ギエフはギロリとアクトを睨み返したが、アクトも負けじと睨み返す。


「・・・・」

「・・・・」


 互いに無言の緊張が走ったが、ロッテルから止められた。


「ギエフ、これ以上は止めろ」


 よく見ると脇にいたロッテルもアクトと同じように鞭を握っていた。

 アクトが前に進んで鞭を捉えていたため、ギエフの視線に入らなかったのだ。

 力勝負で自信のあるギエフだったが、この二人だといろんな意味で歩が悪い。


「ちっ、解ったよ・・・折角いいところだったのによぉ」


 すっかりと興醒めしたギエフは鞭を放り投げ、エレイナの前から退き、壁際に設けられた自分の椅子にドカッと腰かけた。

 あとは傍観に徹する構えを取るギエフ。

 こうしてギエフは黙る事になる。

 それを機に、ジュリオ皇子は自分の招集した全員を相手に今回の事件の経緯について語り始めた。

 そんな話しの途中でも、アクトはこの不遜な態度のギエフが気になり、強烈な殺気を込めた睨みを二、三回ギエフへ送ったが、ギエフはそんな挑発に乗る事も無く、さも自分の役割は終わったかのように目を閉じてしまう。

 そんな相手に無碍の怒りを覚えるアクトだが、ジュリオ皇子の話が佳境に入ってきたために、ギエフの事を一旦視界から外すしかなかった。


「・・・という訳で、ロッテルは獅子の尾傭兵団の幹部であるマクスウェルとギエフの両氏協力のもと、白魔女を捕らえる事に成功したのだ」


 ここで一旦言葉を切るジュリオ皇子。

 自分の言葉が正確に全員へと伝わっているのかを確認する行動であったが、彼は満足がいったのだろう、再び話が続けられる。


「さて、この女性が白魔女の正体だったと言う訳だが、この者がエリオス商会の会長秘書のエレイナ・セレステアである事は間違いないな?」


 この場でジュリオ皇子の確認事項を否定する者はいなかった。

 エリオス商会のエレイナと言えば選抜生徒達にとっても馴染みの顔であり、廃坑探索部隊のリーダとしても多大に世話なった人物だから、知っていて当然である。

 しかし、この人物がエレイナであることは確定したとしても、彼女が白魔女だったとは信じられない者も多数いた。

 彼女に世話になったアクトもそのひとりである。


「本当に、エレイナさんが白魔女だったのか?」


 とても信じられないとエレイナ自身に詰め寄りそうになったが、その質問にはロッテルが代わりに答えた。


「アクト君、それはこれを見れば、明らかなのだよ」


 まるでそれは想定問答だと言わんばかりに、ロッテルは奥に控えていたマクスウェルに指示を出す。

 マクスウェルは立ち上がり、大切に仕舞っていた白魔女の仮面を懐から取り出し、それをエレイナの顔に当てて、魔力を流した。

 そうすると変化はすぐに現れて、一同にどよめきが走る。


「おおっ!」


 エレイナの頭上から流れるように光が溢れ、その光が晴れると銀色の流れる長い髪と白い肌、そして、瞳の色はエメラルドグリーンに変わり、腫れ上がっていた酷い顔もまるで彫刻のようなシミひとつない造形美溢れる顔へ変化を果たす。

 それはいつもアクトが見慣れている白魔女エミラルダの姿である。


「うぐ、く・・・」


 仮面の力のお陰で、一時的に傷が癒えて、脱出を試みようとするエレイナだが、それは叶わない。


「無駄だ。封魔の腕輪で拘束しているので、貴様単身の力で魔法を使う事はできまい」


 ロッテルが指摘するようにエレイナの後ろ手には『封魔の腕輪』と呼ばれる手錠で拘束されていた。

 これは魔術師相手の拘束具として有名な魔道具であり、手錠で拘束された者の魔法を無効化する機能があった。

 魔力が強ければ強いほどに無効化の働きも強くなる魔道具であり、非常に高価な魔道具であったが、財力のあるジュリオ皇子ならば難なく用意できる拘束具である。

 やがて抵抗は無駄と悟り、諦めるエレイナ。

 マクスウェルはもう役割が終わったことを感じ、白仮面に流していた魔力を止めると、彼女の変身はすぐに解除される。

 そうして、彼女は元の悲惨なエレイナの姿に戻ってしまうが、白魔女だったときの姿があまりに美しかったため、アクトには今のエレイナの姿が余計不憫に映ってしまうのだった。


「この仮面、凄いですよね。あ! 申し遅れましたが、私は獅子の尾傭兵団の顧問魔術師をやっております『マクスウェル』と申します。いやぁー、この仮面は本当に素晴らしい。消費する魔力が驚くほど少ないのに、ビックリするほどのブースト効果があって、私なんかは・・・」


 勝手に仮面の批評を始めるマクスウェルだが、この場に似合わない明るい声で自分の事ばかり喋るこの男を歓迎する人物など、この場にはひとりも居ない。

 やがて業を煮やしたロッテルが彼の話を止めに入る。


「マクスウェル、お前は暫く黙っていろ。その仮面が気に入ったのならば自由に調べても構わない」

「本当ですか、ロッテル様! では、早速」


 マクスウェルは他人の視線など気にすることもなく、ロッテルから許可が貰えた事をこれ幸いに、白仮面を大切そうに持ち、この場を後にしてしまった。

 周囲からは本当にそれで良いのか?という視線もあったが、これについては事前にジュリオ皇子と話合って出された結論でもあり、既成路線である。

 この『白仮面』は既にジュリオ皇子陣営の魔術師や魔工師、魔道具師が総出で解析を試みていたが、手も足も出ない代物だったのだ。

 自分達では解析が不可能な魔道具であることは既に解っていて、より高い技術を持つであろうマクスウェル達に預けた方が成果を出せた方が良いのではないか?と言うジュリオ皇子の判断によるものだった。

 ロッテルはあまり良い予感がしなかったが、自分の主人の決定に異を唱えることもできない。

 そんなロッテルにジュリオ皇子は、「勿論、報告義務は科すし、万が一に持ち逃げや紛失などがあった場合は、彼等の活躍できる場所がこのエストリア帝国から無くなるだけだ」と言う。

 兵器としても活用できそうな強力な魔道具である以上、なんとかこの仕組みを解析して自分のために活用したいと思うのは人間の心情であったが、ジュリオ皇子の派内には人材も少なく、他の陣営の手に渡るぐらいならば『獅子の尾傭兵団』に賭けてみようとしたのである。


「俺も飽きた・・・帰るわ」


 ギエフもそう口にして、マクスウェルと一緒にこの部屋から退出した。

 アクトの横を過ぎる時、互いにひと睨みする。

 このふたりは互いに相いれないのだ。

 そんなギエフとマクスウェルが去った後、不愉快な邪魔者はいなくなり、アクトは矢継ぎ早にエレイナを問い詰める。


「エレイナさん。どうして貴方が白魔女だったのですか?」

「白仮面はどうやって手に入れたのですか?」

「白魔女になった目的は? 何をするために月光の狼と行動を共にしていたのですか?」

 この他にもアクトは数多くの質問をしたが、エレイナは顔を背けてしまい、彼に答えることは何も無かった。

 エレイナがアクトの質問に唯一答えたのは次の質問だけである。


「本当に学生達を誘拐したのは貴方ですか? 攫ったサラは今何処に居ますか?」

「・・・私達が将来のあるラフレスタの学生達に手をかけるなんてあり得ない・・・これは全くの冤罪です。真犯人は別にいます」


 完全否定するエレイナ。

 更に追及しようとするアクトだが、これ以上の事をエレイナは一言も話さない。

 結果的にアクトがエレイナに対して尋問するような形になってしまったが、ジュリオ皇子はこれ以上の進展は見込めないと判断する。


「これが限界だな・・・それでは、この者の沙汰を伝えよう」


 全員の視線がジュリオ皇子に集まる。


「この者、『エレイナ・セレステア』は白魔女に扮して世間を騒がせ、また、盗賊団『月光の狼』と伴に数多くの犯罪に手を染めてきた。最近起っている学生誘拐事件にも関与していることが深く疑われるため、情状の余地は全く無い。よって、『公開処刑』の沙汰を言い渡す」


 『公開処刑』という一文に周囲からどよめきが起こる。

 しかし、この沙汰には続きがあった。


「『公開処刑』は三日後の正午・・・街から少し離れた『デルテ渓谷』で執行する。尚、犯罪の首謀者と思われる月光の狼の統領の出頭や、誘拐した学生達を解放する気があるのであれば、刑を減刑する考えもある」


 この沙汰を街中に伝えよ、とジュリオ皇子は宣言し、この場は閉会することになった。

 こうして立会人として呼ばれた招集者は次々と部屋を後にする。

 そんな中、ハルはエレイナに近付く。

 黙したままのハルであったが、それにエレイナはハッとする。


(エレイナさん、貴女の事は絶対に何とかするから・・・)


 それはハルの魔法による声であり、エレイナの心に響いた。

 無詠唱の魔法である。

 エレイナの心に囁きかけるその声は他の誰にも悟られることは無かった。

 エレイナも明後日の方向を向き、ハルの魔法の問いかけを周囲に悟られないようにして応えた。


(それをしては成りませんよ、ハルさん。私の事はもう忘れて下さい。自分はいずれ、こうなることを覚悟していました。もう未練はありませんから)

(そんな事、言っちゃ駄目!)


 ハルはすべてを諦めようとしているエレイナを捨てておけなかった。

 自分の身代わりとして犠牲になろうとしている女性をどうして放っておけるものだろうか。

 そこで、険しい顔をしているハルの様子に気付いたアクトが、ハルに声を掛けてきた。


「おい、ハル! 一体何をやって・・・」

「煩い!! あなたはこっちに来ないで!」


 激昂。

 正にそう表現するのがピッタリなほどハルはアクトに対して怒鳴る。

 それがあまりにも大声だったため、残っていた全員の注目が一瞬にしてこのふたりに手中する。

 ハルはまるで親の仇を見るようにアクトを睨み返し、そして、決別の意思を固めた。

 それに対してアクトの方は呆けてしまい、突然のハルの怒りに、『何故、自分がこれほどまでに怒鳴られなくてはならないのか?』と理解できていない。


 ふたりは数秒間押し黙ったままだったが、やがて、アクトは被りを振って両手を挙げると、この場から去ってしまう。

 彼としてもサラの件、白魔女の件・・・もう、心の中がグチャグチャだったのだ。

 こうして邪魔者が去り、ハルは再びエレイナと心話で話しをしようと振り返ったが・・・そこにジュリオ皇子が割って入る。


「ハルよ。其方と少し話がしたい。少し時間にくれないかな?」

「・・・それは、ご命令でしょうか?」


 腹の虫が悪かったハルは不遜の態度を取る。

 本来ならば不敬罪にもなりかねない行動だったが、彼女の行動を咎める事無くジュリオは言葉を続ける。


「ああ、そのとおり。これは命令だ。君に拒否はできない」

 

 

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