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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第九話 ロッテルと容疑者白魔女


「これで十人目か?」

「そのとおりです。昨晩はこともあろうかラフレスタ高等騎士学校の生徒が狙われました」


 そんなロッテルの報告に、不快感を露わにするジュリオ皇子。


「相手はどんどん遠慮知らずになってきたな。犯人はまだ捕まらないのか?」

「目下捜査中でありますが、未だ容疑者確保に至っておりません」


 ロッテルの報告は淡々としており完璧だったが、それすらジュリオ皇子を苛立たせる材料になっている。

 ジュリオは、今、自分が皇族の私邸にいたのを有り難いと思う。

 何故ならば、それは彼が苛立ちをプライドという仮面で隠さなくてもよい場所にいたからである。


「くっそう、何を考えている・・・白魔女!」


 ジュリオは高級な机に拳を叩きつける。

 机を叩き割るほどの衝撃を与える事はできなかったが、その痛みで苛立ちの幾分かを発散することに役立っている。

 ラフレスタでは数日前より誘拐事件が立て続けに起こっていたのだ。

 始まりはラフレスタ商業学校の生徒だった。

 ふたりの生徒が攫われ、ひとりは全身の骨が折れるほどの重症。

 次は士官学校の生徒三人。

 そして、神学校の生徒ひとり、工芸高等学校の生徒ふたり、アストロ魔法女学院の生徒がひとり。

 そして、昨日は高等騎士学校の生徒ひとりが被害に遭っている。

 全ての事件で目撃情報があり、白いローブに白い仮面を被り、銀色の長い髪をした女性。

 早速に白魔女と特徴が一致している。

 ラフレスタの住民達も「これが白魔女の仕業」という噂が十分に広まっているし、ジュリオもその点に関して否定する余地がないと思う。


「手口は色仕掛け、国家要職への虚偽の斡旋、異教徒への勧誘、他国への士官、未知の魔術で誘惑されたなど様々ですが、全ての被害者に共通するのは誘拐された者がそれなりに優れた魔力を持つ学生だったと言う事実です」

「何故だ。何故白魔女がそのような犯罪に手を染め出したのか?」


 ジュリオは再び口惜しそうに、拳を握る。

 彼自身も今まで白魔女が潔癖な精神の持ち主であると思い込んでいたのだ。

 犯罪行為に手は染めるものの、それは自分自身のためではなく民衆のためであり、法を隠れ蓑にした社会の悪を懲らしめる勧善懲悪的な人物だと思っていた。

 実際に今まで白魔女が誰かを殺めた事は無かったし、表立って応援する事はできずともラフレスタ住民の中でそれなりに人気のある存在。

 それが・・・これはどういう事だ。

 突然、人攫いに手を染め、住民を・・・特に学生達を不安に貶める存在になりつつある。

 攫われた学生達も何処に居るのか、生死も解らない状況だ。

 元々神出鬼没な白魔女であり、警備隊の捜査もあまり進んでおらず、事件解決の糸口は全くと言っていいほど進んでいない。

 ジュリオ皇子としても、潔癖な印象のままの白魔女であれば、自身の味方に引き入れてもマイナスイメージにならない可能性も高かったが、現在の状態では本当に犯罪者を擁護する事にもなり得ないため、仲間に引き入れたとしても表の世界に出す事は難しいと算段する。

 暫く考えたジュリオはロッテルに命令を与える。


「ロッテル・・・しばらく私の警護を離れよ」

「いや・・・しかし、それでは御身の安全が・・・」

「構わん。我の傍にはリーナとバネットがいる。あの者達ならば、早々に後れを取る事はあるまいし、そもそも予の護衛などひとりでもいいぐらいだ」

「しかし・・・」

「良い、ロッテル。其方には暫し、この誘拐事件を探れ」

「・・・それを『専任でやれ』という意味で御座いましょうか?」

「そうだ。其方は単独でこの事件の真相を探るとともに白魔女に接触し、彼女から真意を聞き出して欲しいのだ」


 ロッテルは現在の状況でも、この事件を調査しており、元々能力のある彼は皇子の警護をしながらでも熟せる仕事であった。

 しかし、それを『専任で』と言うからには、これまで以上の成果が求められる。

 それだけにジュリオ皇子の本気度が解るロッテルであった。


「予を警護しながらよりも、単独で動いた方が効率は良かろう。更に人手が必要ならば警備隊の人間を使うがよい。ラフレスタ卿にはこちらから言っておく」


 確かにジュリオ皇子が言うように、リーナとバネットが常時ジュリオ皇子に張り付いている状態で、ロッテルも警護に加わる現状は過剰な戦力とも言える。

 ロッテルを『警護』と言う職に宛てたのは、彼を帝国中央第二騎士隊長官という職からジュリオの配下専属にするための方便でもある。

 それ故にジュリオはロッテルから『警護職』という枷を一時的に取り、彼の能力をいかんなく発揮させてようとしているのだ。

 だが、不測の事態というものは思いがけないときに起るものでもあり、警護としては不測の事態に備える事も重要だ。

 その重要性についてはロッテル自身の経験より、やり過ぎても足らない時は足らないものである・・・

 ロッテルは少し迷った。

 しかし、あまり長く迷う事は無かった。

 自分がこの白魔女の事件を早く解決できさえすれば、全てが上手く済む話でもあるからだ。

 ロッテルは頭の中で仕事の進め方を素早く組み立てる。

 様々な組み合わせの中から最も効率良く、かつ、解決の可能性が高い手法を検討する中で、とある事実に気付いた。


(なるほど・・・確かに、私が独りで別行動した方が早く解決できそうだ・・・)


 ジュリオ皇子の先見眼に感銘を受けつつも、ロッテルの中では早々に行動へと移すべきと考え直す。


「殿下、解りました。このロッテルの意地にかけて、殿下の名を穢さぬよう早々に事件を解決しましょう」


 ロッテルは恭しく礼をして、事件の早期解決をジュリオ皇子の前で約束する。

 ジュリオ皇子も、自分が最も信頼する部下に完全な信頼を寄せている。


「うむ、期待しているぞ」


 こうして、皇子に期待されたロッテルはジュリオ皇子の警護から一時的に離れることになった。

 

 

 

 

 

 

 ジュリオ皇子の元を離れたロッテルは、まず、ロイ達のいる警備隊の詰所に向かうことにした。

 ロッテル自身も様々な方法でいろいろな情報を集めていたが、それでもやはり現場の情報というものが『新鮮さ』という意味で最も価値あると考えていた。

 彼は帝国中央第二騎士隊の長官という管理職だが、現場の声というものを重視している人物でもある。

 指揮所にふんぞり返り他人を顎で使うようことはせず、できる限り自分の足と身体を使い生きた情報を集め、総合的に物事を分析して判断するのが彼のスタイルだ。

 そのお陰で、これまで様々な窮地を乗り切ってきた経験と実績も彼にはある。

 今回も自分の直感を信じ、ひとつずつ得られた情報を確認するために、自分の足を使い聞き込みをする事にした。

 巷では「今回の事件が白魔女の仕業だ」という噂が拡まっているが、ロッテルにはどうしもそれが腑に落ちない。

 そもそも自称『義賊』として活動している月光の狼に力を貸す魔女が、このような暴挙に出る理由が良く解らない。

 白魔女の立場からして『誘拐』と言う行動に、一体何のメリットがあるのかもさっぱり理解できない。

 今回のように市民を敵に回す行為はメリットよりもデメリットの方が大きい・・・今まで市民から高い人気を得られている事で、自身の行動も行い易いと思われたが、それも今後は難しくなる。

 尤も彼女がどのような思考の元に行動をしているのか?

 そもそも白魔女が最終的に求める終着点には何があるだろうか?

 それについては現時点のロッテルでも知りようが無い。


「とにかく、白魔女と接触する事が先決だな」


 そう結論付けると、通い慣れた第二警備隊の詰所の扉を叩く。


「何の用事だ・・・って! これはロッテル様。失礼いたしました」


 一般市民に警備隊の威厳を示そうとしていた若い隊員はロッテルの姿を見てギョッとする。

 辛くも彼の所属する『警備隊』という組織よりも上位の組織―――それこそ国家権力ではトップクラスの組織―――の威厳を感じてしまう事になった。

 そんな若い隊員の緊張などあまり気にすることなく、ロッテルは「ご苦労」と簡単に労をねぎらい、詰所の中へと入っていく。

 早速に隊長であるロイとの面会を求めたが、待つ間に詰所の中の雰囲気を確認すると、予想どおり殺伐としていた。

 やはり例の誘拐事件が関係しているのだろう。

 時を程なくしてロイが現れ、挨拶を簡単に済ませたロッテルは隊長の執務室へ向かう。


「・・・なるほど、今朝方も被害が出たと・・・これで十二人目と言う事か」


 ロイ隊長から聞く話をまとめると、今朝方も誘拐事件があったようだ。

 朝早く登校してきた学生を狙ったものであり、眠りの魔法で意識を奪い連れ去ったらしい。

 他の登校学生も見ているというのに大胆な犯行である。

 ロッテルは短く切り揃えられた銀色の口髭を弄りながら考え込む。

 白魔女の犯行目的は相変わらずよく解らないが、彼女は敢えて犯行自体を白日の下に晒すような行動しているようにも思えた。


「まるで、自分の存在、犯行を誇示しているようなものだな」


 率直な感想を述べたロッテルにロイも頷く。


「長官もそこに気付かれましたか。確かにこの一連の誘拐事件は今までの白魔女の行動と考えると大胆過ぎて不自然です。必ず自分の犯行を誰かに目撃させている。今まで隠密活動を是としてきた白魔女の筈なのに・・・私もこれには疑問を感じているのですよ」


 ロイも警備隊の叩き上げであり、今までいろいろなタイプの犯罪者と渡り合ってきた経験がある。

 その経験からしても今回の犯罪行為の異質さに気が付く。

 白魔女は「さも自分に注目してください」と言わんばかりで、派手な犯行を繰り返していたのだから。

 本当に誘拐する事が目的ならば、人知れず攫うのが筋であり、今回のように目撃者を多数残すような行動は愚行のように思えた。

 尤も白魔女には自分の力に絶対的な自信があり、「どんな事をやっても自分は捕まらない」と思っているのかも知れないが・・・そう考えたとしても、今回のような犯行は効率の悪いやり方であった。


「私も同感だ」


 ロッテルの勘からも、ロイと同じように違和感が持っていた。


「しかし、この犯行を野放しにする訳にもいかないだろう」

「まったくです。これ以上街の治安の低下は、ラフレスタ警備隊の沽券に関わる問題です」

「よろしい、ロイ隊長。私もジュリオ殿下よりこの事件を早々に解決するよう命を受けている。ラフレスタ警備隊からすれば出過ぎた真似かも知れないが、事件解決に向けて私も協力させて貰おう」

「勿体ないお言葉で、恐縮します」


 ロイは恭しく頭を下げた。

 彼の本心からすると、街の治安維持は自分達『警備隊』の領分であり、帝国騎士団から口出しされるのは面白いものではない。

 しかし、事件が早く解決するならば、と、もう余裕がなくなってきているのも事実。

 少しのプライドにしがみつき事態を更に悪化させるような愚行は絶対に避けるべきである。

 そう言う意味で、ロイはロッテルに対して逆に協力を願い出る。


「うむ。納得して貰ったようだな。貴殿の柔軟な態度に感謝するとしよう」


 「さて」と間を置き、ロッテルは矢継ぎ早に指示を出す。


「正確な理由は解らんが、今回の犯人の狙いは『魔術師素養のある学生』である事は明白だ。これ以上犯行をさせないためにも、学生の周りに警備隊を配備し、警護に当たらせる。登下校や郊外活動もあるだろうが、必ず数名の護衛をつけて警戒せよ」

「それだと、この第二部隊だけでは人員が足りません」

「解っている。これは第二部隊だけでなく、第一部隊から第六部隊まで全ての隊に割り当てるのだ。今はこの誘拐事件の再犯を防止する事が先決である。既に我が主であるジュリオ殿下からジョージオ・ラフレスタ卿に、私の策に協力するよう要請(命令)が行っている筈だ。貴殿がこの件で心配する必要はない。当然、アドラント・スクレイパー警備隊総隊長にも私の方から話を通しておく」


 ロイはいつもガミガミ言ってくる自分の上司がロッテル長官の前で小さくなっている姿を想像し、胃が痛くなる思いをする。

 あの総隊長は自分が今まで思っていた以上に気遣い人なのだと、この前のラスレスタ卿との謁見で思い知ったからだ。

 少しだけ・・・ほんの少しだけ、ロッテル長官の前で平服するスクレイパー総隊長の姿に同情を示すロイであったりする。

 そのように思うロイの事など全く気にすることはなく、ロッテルは実直に今後の警備の方針について指示を与えた。


「警戒と防犯の対応策については、これが最低限となる。次に容疑者と接触した後の対抗策だが・・・」


 坦々と、しかし、一方的に自分の考えを述べるロッテルだが、全てが合理的であり非の打ち所の無い作戦だ。

 底辺からの叩き上げであるロイも今までは中央の高級官僚に対して多少の妬みが存在していたが、ロッテルに限っては適確かつ明確な指示が出されることに強い感銘受け、自分とは違う人種の天才なのだ、と感じていたのは余談である。

 少なくとも今回の作戦に関しては完全にロッテルの指揮下に入ることに合意。

 ロッテルの指揮に全幅の信頼を寄せる事になる。

 

 

 

 

 

 

 ロッテルが街の各警備隊へ指示を出してから数日、誘拐事件はすっかり鳴りを潜める。

 狙われていた学生達に警備が付いたことで、犯行者側が明らかに警戒を強めたようで、結果的に誘拐行為を抑制することに成功した。

 最後の誘拐事件が起きてから既に一週間以上経過しており、人々の噂では白魔女はもう誘拐を諦めたのではないか?と俄かに油断し始めていた。

 そんな心理が働いたのか、それともこれまで厳重に警備していた反動か、街を一人で歩く学生もちらほらと見られるようになっていた。

 そのひとりが赤いショートヘアーの似合うラフレスタ高等騎士学校サラ・プラダム。

 今、彼女は憤慨しており、その苛立ちを隠す事無くひとりで街を歩く。

 憤慨の理由は先刻の幼馴染アクト・ブレッタとのやりとりである。

 土曜日の午後、以前から彼と約束していた食事に出かける予定であったが、突然、本人からキャンセルされた。

 アクトに断りの理由を問いただすと、彼からは「ハルとの重要な研究を進めるため、土曜日は研究室に籠る」と伝えられた。

 サラは「それはない!」と思う。

 彼女にしても、今日のこの日にアクトと食事する事は一ヶ月前もからアクトと約束していた事なのだ。

 当然、サラはアクトに詰め寄る。

 「ハルと私のどちらが大切なのか!?」と・・

 アクトから聞かされた答えは「サラとはいつでも食事に行けるが、ハルとは、今、この瞬間に研究を進めるしかチャンスが無い」との弁。

 それは彼より暗に「今はハルの方が大事である」と聞かされたようなもの。

 少なくともサラはそのように解釈する・・・

 常々、アクトには「あの魔女を信用してはいけない」「何を考えているか解らないから関わってはいけない」「心を許してはいけない」と警告を続けていた。

 しかし、それがどうだろう。

 結局、アクトはあのハルとか言う鬼才魔道具オタク娘に夢中になっているではないか。

 アクトとハルが親密な関係に発展していると感じているは決してサラだけの勘違いではない。

 既にふたりの姿は「仲睦まじい」と校内で噂になっていた。

 「あのアクトが、アストロの美人女子と親密に話していた」、「ふたりだけで研究室の密室で昼食をとっているらしい」、「ふたりで手をつないで街に出かけていたのを見たことある」などの噂をサラが耳にする度に、どうか嘘であって欲しい・・・そう懇願してしまう。

 それに加えて、サラはあのハルという女学生からは普通の人とは違う異質な力を感じていた。

 無詠唱の魔法を使うことのできる天才でもあるし、対決したあの日、自分にもこっそりと何らかの魔法をかけようとしてきたこともある。

 そんなハルの危険性について、何度も、何度も、何度も、アクトに進言していたのだ。

 しかし、その度にアクトは「気のせいだ」、「ハルはそんな事をする娘ではない」とまるでサラの方を宥めるように言われている。


「アクトはあの魔女に騙されているんだわ」


 自分の強い想いが思わず独り言として口から出てしまう。

 でも、そのことに気付かないぐらいにサラは憤慨していたし、これからどうすればいいかも悩んでいた。

 だから、自分の前に立つ人物を直ぐに認識できなかったのである。


「わわっ」


 サラが自分の目の前に立つ人物にようやく気付き、ぶつかる寸前で身を捩ったが間に合わなかった。

 小柄な金髪のメイド姿の女性と軽くぶつかってしまい、互いに二、三歩後退する恰好となった。


「す、すみません。私が悪かったです。お怪我はありませんか?」


 サラは素直に自分の注意力散漫を認め、相手に謝る。


「私は大丈夫よ。それよりもサラさん、随分悩ましい顔をしていたようね。大丈夫かしら?」

「え?私の事を知っている?・・・失礼ですけど、どちら様だったでしょうか?」


 サラは驚き、改めて相手を見たが、自分の知り合いに金髪でおかっぱ頭のメイド女性はいなかった筈だ。


「あらあら。そう言えばこちらが一方的に知っていたのだったわ。私ったら、早とちりですね」


 そう言い金髪女性は居住いを正す。


「私はリーナ。ジュリオ殿下にお仕えしている侍女で、サラさんの事はジュリオ殿下とご学友のアクト様からお聞きしていたので知っていました」

「まぁ、アクトが私の事を!」


 サラはアクトの名前が出てきた事を素直に喜ぶ。

 自分のことを一体どんな女性として紹介したのか気になるところだが、それでもアクトがジュリオ殿下のお付きである女性にまで自分の事を紹介しているのは歓喜する事だったのだ。


「ええ。『素敵な』幼馴染と聞いていますわ」


 その一言でサラのリーナに対する第一印象は「すごくいい人」になる。

 実はサラがジュリオ皇子の誘いで夜警に参加した時、リーナとは一度会っているのだが、サラはそんな事など覚えていなかったりする。


「本日、私は殿下より非番を頂き、お暇していたのだけど、よろしければ一緒にお昼しませんか? サラさん、とても暗い顔をしていましたから、心配になり声を掛けたのですよ。それでも、貴女様は全く私の声に気付かれなくて。それでもっと近付いて声をかけてみようと思っていたら、ぶつかってしまったみたいですね。あはは」

「そ、そんな。私ってそんなに思いつめた顔をしていましたか?」


 サラは自分の行動に対する恥かしさがこみ上げてきて赤面した。


「良いのです。別に気にしないでください。私もそうですから、この年頃はいろいろと悩みますからね」


 元々サバサバとした性格なのか、明るく接してくれるリーナの態度がこのときのサラには非常にありがたかった。


「いろいろな悩みを、このお姉さんに言ってみせんか? ただし、話を聞くだけになるかも知れないですけど・・・」


 その眩しい笑顔に若干心が軽くなるのを感じたサラは遠慮しがちながらも頷くのであった。

 

 

 

 ふたりが談笑のために入った店は少々高級な茶店。

 ここを選んだ理由は特になく、ただ一番近い場所にあり、しかも静かなで清潔だったのでこの店を選んだのだ。

 店内は落ち着いた雰囲気で客は少ない。

 少々高級なお店であり、一般市民が気軽に利用するのも難しく、貴族の令嬢がチラホラという感じである。

 サラは一応これでも貴族令嬢であり、リーナも皇子殿下の侍女という立場である。

 これぐらいの出費は許容範囲。

 ふたりは席に着き、軽食と飲物を注文すると、早速サラの口からは愚痴が堰を切ったように溢れ出す。

 リーナは時折「うん、うん」と相槌を打ちながらも聞き役に徹する。

 サラの愚痴は自分が先約していた食事の約束が却下された事に始まり、自分が幾らアピールしても振り向いてくれないアクトへの文句、そして、最近アクトの周りに纏わりつくハルという魔女への文句と続く。

 初めは遠慮して小さくヒソヒソ話をするサラであったが、リーナの聞き上手が幸いして、段々とエスカレートしていき、声は大きく、身振りも派手になっていく。

 当然ながらその声は席から漏れて、後ろの席で静かにお茶を楽しんでいた女性の耳に届いてしまう。

 その女性は暫く無干渉を貫いていたが、その話がハルの悪口となると俄かに反応した。


「だから私はアクトにいつも言っているのよ、『あの女は危ない、危険、魔性の匂いがする!』ってね」


 サラがそう口にしたとき、後ろで座っていた女性は我慢できずに立ち上がり、自分の飲み物を持ちサラ達の席へ移動してきた。


「へ?」


 その女性の姿を見たとき、サラは素っ頓狂な声を挙げる。

 女性は努めて優雅に笑って見せ、全く遠慮なくサラの隣に座る。


「確か、貴方はアクト様の幼馴染の元気な娘さんよね。確か、サラさんとか言っていたのかしら。初めは喧嘩早いお転婆娘だと思っていたのだけど・・・貴方がハルの敵ならば・・・私は貴方の味方よ」

 彼女はそう言うと、上品に切り揃えた赤い髪を優雅に揺らし、サラに友好的な笑顔を見せる。


「あ、そうそう。多分ご存じだと思うけど私はエリザベス・ケルトと申しますわ。以後、お見知りをよろしく」


 呆ける状態のサラの手を強引に握る。

 エリザベス・ケルトはサラ・プラダムの事を知っていた。

 彼女がアクトの周辺を調査したときに当然、サラの存在はすぐに解ったし、アクトからもその関係を『幼馴染』として聞いていた。

 こうして、女同士の愚痴大会へ侵入する事に成功するエリザベスであった。

 

 

 

 

 

 

 初めは呆気に捕らわれていたサラであったが、結果的にエリザベスと随分と打ち解ける事となる。

 これには『ハル』という共通の敵の存在している事が大きく貢献。

 彼女達のハル対する恨み節の幕が一旦開けば、それこそ止まらなくなっていた。

 エリザベスも表面上は既にアクトの事を諦めていたつもりであったが、それでも過去に辛酸を舐めさせられたハルという女性に対しては恨み辛みは山ほどある。

 最近は選抜生徒の中でも唯一愚痴を言える相手だったローリアンも何らかで忙しいようで、あまり愚痴聞いて貰えない状態が続いており、不満が溜まっていた。

 今日もローリアンと食事がてら愚痴を言うつもりだったが、彼女は「家の用事がある」と早々に帰ってしまったのだ。

 多少にフラストレーションの溜まる中、ひとりで食後のお茶をしていたところにサラ達が現れ、この愚痴大会に乱入することと相成る。


「そうなのよ。あの娘(ハル)は絶対にそれを解っていてやっているのよ! アクト様は完全に騙されているのだわ」


 そう言いサラの意見に激しく同意するエリザベス。

 ずっと聞き役に徹していたリーナだったが、もうかれこれ二時間以上は愚痴に付き合っている。

 今日が非番であるというもの半分は本当であったが、もう半分はアクト周辺の情報収集を兼ねて、独りで歩くサラに声を掛けてみたのである。

 途中、エリザベスという乱入もあったが、早くも情報収集と言う意味でその目的は達しているように思えた。

 これ以上は時間の無駄と判断した彼女は、言葉巧みに女性達の会合を切り上げて、お開きにしようとする。

 この時の会合を切り上げるのは、話術が専門のリーナの技術を以ってしても、かなりの労力を要したのは余談である。

 それほどまでに、この時のエリザベスとサラの愚痴の応酬が凄まじく、このときの彼女達の女の負のエネルギーが如何に大きく育っていたのかが計り知れた。

 ややもあり、多少消化不良気味である女達の会合は終わり、女達三人は喫茶店を出て街を歩く。

 喫茶店の中で喋り足らないのか、ふたりの愚痴大会はまだ続いており、帰路に就いている筈なのだが、半分宛が無く道を歩きながら互いに愚痴を言い合う事が続く。

 そんな彼女達は目立っており、いろんな意味で注目される事になる。

 その中で、異質な視線に気付いたのは皇子殿下の侍女と言う名の密偵をやっているリーナであった。

 人通りの少なくなった街路に指しかかったところから、自分達をつけ狙う視線を感じていた。

 愚痴を言い合うふたりはまだ気が付かないが、リーナだけは自分達が悪意のターゲットになっていることに確信を懐く。


「ふたりともお喋りを止めて、今すぐ!」


 ふたりに警戒を促すリーナだが、その警告は少し遅かったと悟る。

 物陰から顔の全面を覆う仮面を装着した白いローブ姿の魔女が現れたからだった。


「お前は!」「えっ?」「出たわね」「ぎゃっ」


 エリザベス、サラ、リーナの順に声を挙げ、それに続いたのはたまたま居合わせていた知らない通行人の男性。

 彼は巷で悪女と噂の白魔女の登場に慄き、慌てて声を挙げて逃げ出してしまう。

 リーナもこの男と同じように逃避することを考えたが、彼女の勘からここで逃げても無駄だと感じた。

 それは、この目の前の仮面を被った魔女から放たれる殺気が、自分達を楽に逃がしてくれると思えなかったからである。

 

(これが白魔女かしら? 仮面の形が違うようだけど・・・迷っている暇はない・・・ならば、先手必勝)

 

 リーナは懐に隠し持つ魔法袋より自身の武器である戦槌を素早く取り出し、白魔女と思わしき仮面魔女に襲いかかった。

 

「やぁーーっ!」

 

 猛々しい掛け声と伴に疾走するリーナは瞬く間に白魔女へ迫り、凶悪な戦槌を振り下す。

 リーナはこれで勝った、と思った。

 魔術師を倒すため必勝法としては、相手が魔法を仕掛ける前に殺ることだ。

 リーナの踏込みは完璧であり、白魔女としてもリーナが凶悪な戦槌などを隠し持っているとは思ってもいなかっただろう。

 しかし、そう確信したリーナだが、ここで意識が途絶える事になる。

 理由は明白であり、相手に戦槌を撃ちつける前に相手の魔法が完結したからだ。

 魔女は信じられないほど素早く呪文を詠唱して、リーナに麻痺と昏睡の効果のもたらす魔法をかける事に成功していた。

 戦槌を振り下す途中で意識を失ったリーナは、そのまま力が抜けて、戦槌と共に地面へと倒れ込んでしまう。

 そして、その魔法はエリザベスとサラにも影響を及ぼす。

 彼女達も抵抗らしい抵抗をする暇なく、意識を奪われた。

 帝国で一流の間者であるリーナと、エリート魔術師のエリザベス、魔力視眼という魔術を見破る能力を持つサラ、彼女達全員が稀有な能力を持つこの三人でさえも一瞬で無力化してしまうこの仮面魔女は、それだけでも凄まじい技量の持ち主だと言える。

 こうして、三人の女性を確保できたことに満足する仮面魔女。

 

「呆気ないわね・・・あら! この顔は確かジュリオ皇子のところの侍女だわ」

 

 彼女はこのラフレスタで特に重要になりそうな人物は既に記憶している。

 彼女の記憶が正しいとすると、この女は使えることになる。


「これは早速、転移ね。この女の使い方は、あの人(・・・)が決めてくれるわ」


 リーナに転移魔法をかけて他の女よりも先に転移を行った。

 これで、あの人(・・・)が褒めてくれる、と仮面魔女は上機嫌になる。

 そして、残ったふたりの女について視線を移す。


「このふたりも魔力が高そうね・・・これはこれで私が使おうかしら・・・」


 そう思案していると、遠くから笛の音が聞こえた。

 これはこの街の警備隊の警笛である。


「対応が早いわ。そろそろ潮時ね」


 自分に近付く新たな集団の気配を感じたため、仮面魔女は早々に撤収する事を決意した。

 

 

 

 

 

 

 ロッテルは『白魔女』と思われる犯人と遭遇した時の対策を予め準備していた。

 二人一組で警備している者の内、ひとりが犯人と対峙し、もうひとりが増援を呼ぶルールは今までの警備隊の基本行動原理と同じだが、それにひと加えしている。

 それは各部隊が警笛に特殊な合図を設け、場所と状況を離れた者へ伝えるようにしていた。

 笛の拭き方と、音の切り方で相手の人数と犯行場所といった情報が解るように予め定められていて、それによって効率的、かつ、迅速に敵を包囲する訓練を行ってきたのだ。

 しかも直ぐに対応できるように、自分も含めて、できるだけ外で警らをしながら警戒する。

 そして今回、たまたまロッテルが同行していた部隊に白魔女発見の一報が寄せられ、足止め役としてロッテルが現場に急行したのだ。

 通報どおり、白魔女と思われる犯人を目視確認したロッテル。

 仮面魔女の足元には、ふたり(・・・)の女性が横たわっていた。

 ロッテルはその被害者の姿を見て我が目を疑う。

 見知った顔の女性達だったからだ。

 

「エリザベス女史・・・あと、サラ女史か?」


 そう声を出すロッテルと、白魔女と思われた犯人との視線が合う。

 犯人はロッテルをあざ笑うかのよう軽快に呪文を唱え、そして、詠唱の完了と伴にその姿が揺らぎ、やがて姿を消す。


「転移の魔法か!」


 魔術師との戦闘経験が豊富なロッテルは直ぐに相手が何らかの魔法を行使したのを看破したが、同時に、転移魔法で逃げられると追跡が困難であることも解っていた。

 それが解っているだけに腹立たしい。

 その上、消えた被害者の中にはジュリオ皇子の学友の女性が混ざっていたのも大失態だった。


「くそっ!」


 いつも冷静沈着なロッテルにしては珍しく悪態をつく。

 そして、暫くすると、彼に駆け寄る足音がひとつ。

 警備隊の面々が追い付いて来たか?と思ったロッテルだが、そこに現れたのはロッテルの予想しない人物だった。


「いやぁー、間に合わなかった。逃がしてしまいました。残念、残念」


 現れたのは、真夏の季節に不似合いな厚手の黒いマントとシルクハットを被った紳士風の男性。


「何奴だ!」

「ああ、すみません。私は怪しい格好をしておりますが、決して怪しい者ではありません。獅子の尾傭兵団のマクスウェルと申します」


 このような緊迫しているときに、多少ふざけたことを言い、いかにも礼儀正しく装い、紳士風の挨拶をしてくるこの男はロッテルのことを知っているようだった。


「一応確認させていただきますが、貴方様はジュリオ殿下のお付きの方で、ロッテル様でございますね」

「いかにもそうだが・・・貴殿は何故、私の名を知る?」

「私は獅子の尾傭兵団の顧問魔術師を担っておりますマクスウェルと申します。情報収集の過程でラフレスタ卿よりジュリオ殿下の事も教えて頂きました。ですので、ロッテル様の事も事前に承知している次第であります」


 恭しく礼をするマクスウェルに胡散臭さを感じるロッテル。

 この男をどう取り扱うか・・・と考えるが・・・所詮、傭兵団に所属する人間である、と思い直し、彼から感じた第一印象をあまり気にしないことにした。

 そんなマクスウェルは淡々と自分の話しを始めた。


「私めの専門は現場に精通した魔導で御座いますが、特に転移魔法を使って逃げた相手を追跡する技術は当代随一と自負しております」

「貴殿は一体何が言いたいのだ。私に何をさせたい?」


 ロッテルはマクスウェルの目的について手短に説明するよう求める。


「簡単な事でございます。最終的には我々『獅子の尾傭兵団』の持つ技術をジュリオ殿下にも買って頂きたいのですが、まずは手始めという訳で、今、この場でロッテル様のお役に立てないものかと具申している次第です」

「ふん、どうだか・・・本当に役に立つのであれば、今すぐ白魔女の居場所を探し出し、私の前に白魔女を連れてきて見せよ。彼奴の首に我が刃を突き立てる事が出来たならば、お前たちの働きをジュリオ様に伝えるのも考えてやらんでもない」


 人を食ったような態度のマクスウェルをどこまで信用してよいか判断に悩むロッテルだが、駄目が元々で白魔女の追跡と束縛という無理難題を要求する。

 ロッテルはきっと何らかの理由をつけて誤魔化す輩であろうと高を括っていたが、意外にもマクスウェルは頷いて見せる。


「お安い御用で、彼奴(きゃつ)の魔法の痕跡を辿る事は可能でしょう。しかし、私は非力な魔術師です。行った先々で賊が待ち構えているかも知れません。そこで御相談なのですがロッテル様もご同行頂けないでしょうか? 魔法戦士として高名な方が御一緒だと心強いですので」


 追跡可能と言うマクスウェルの言葉にロッテルは少々面を食らい、同行を求められたことに躊躇する。

 相手を試すつもりだったが、今度は自分が試された。

 魔法はマクスウェルの領分だが、剣はロッテルの領分だと暗に挑発しているようにも聞こえる。

 もし、これが何かの罠だしたら・・・どうする?

 悩むロッテルだが、時間も余り無いため、彼は即断する事にした。

 地方で有名になりつつある傭兵団の如き・・・大した企みができる筈もない・・・例え、何かの罠が用意されていて、自分が命を落とす結果になったとしても騎士団やジュリオ殿下が必ず報復をしてくれるだろう。

 それに自分の剣の腕には多少の自信もある。

 こうして、騎士としてのプライドを少し傷つけられたロッテルはマクスウェルからの誘いに合意してしまう。


「・・・解った。私も同行しよう」

 


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