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ラフレスタの白魔女(改訂版)  作者: 龍泉 武
第六章 騒乱の予感
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第八話 団長の企み ※

 街外れに建つ古びた屋敷。

 現在、この屋敷は獅子の尾傭兵団のラフレスタでの拠点として機能している。

 老朽化に伴い、長い期間誰も住む者の居ない放棄された貴族の屋敷であったが、この屋敷の敷地は広く、また、大きな中庭も有していため数百人規模の傭兵団を駐留させるに見合う物件であり、これに目を付けた先行部隊がそれなりの価格で買い取ったものである。

 その屋敷は急ピッチで改装が進んだ結果、奥に幹部達の集う部屋が用意されていた。

 この部屋に三人の戦士とひとりの魔術師が通され、昨日の戦闘の顛末を幹部達へ報告させられていた。

 報告は警備要請のあった貴族の屋敷から始まり、月光の狼達との遭遇、戦闘、そして、途中から割って入った現地警備隊との混戦状況について述べられている。


「・・・なるほど、以上か。解った。もう下がってよい」


 団員達から報告を黙って聞くヴィシュミネはそう結論を述べる。

 報告が終了したため、呼ばれた戦士三人と魔術師はこの部屋にいる意味はもう無い。

 彼等は静かに幹部の部屋から退出しようとする。

 しかし、立ち去る際に報告を労うためか、カーサから軽く団員達の肩が叩かれた。

 意外な激励を受けて少々驚いた四人であったが、カーサからは「もう行っていいわよ」と声をかけられると、納得したように頷き、本当にこの部屋から退出していった。

 そして、部屋に残されたのは幹部三人のみとなる。


「・・・カーサ、出してくれ」


 ヴィシュミネはカーサへ短く指示する。

 それはカーサが先ほど団員達に行った行動と関連していた。

 何も解っていないのは『激励を受けた』と思っている先程の団員四人達だけだ。

 カーサの手元に金属チェーンでつなげられた高純度な水晶のネックレスが四つ。

 このネックレスは少し前まで団員達の身に付けられていた物であり、獅子の尾傭兵団の団員達全員に支給されている装備品である。

 しかし、このネックレスには巧妙な魔法が仕込まれており、装着している本人達がこれを付けていると認識できない仕掛けが施されていた。

 そのネックレスにはかなり高純度の水晶がはめられており、それだけでも装飾品として価値があるように見えるが、カーサはこの高価そうな水晶を、惜しげなく地面へ叩きつける。

 水晶が地面に当たると、弾けるようバラバラになり、そしてしばらくすると、その破片から白い霞が立ち上る。

 霞はやがて空間を覆いつくほどに拡がり、そして、靄の中から映像が浮かび上がる。

 その映像は黒尽くめの人物と傭兵団員達が戦闘しているものであり、これが昨日の戦闘の記録の映像であることがすぐに解る。

 この黒尽くめの相手とは言わずと知れた『月光の狼』である。

 月光の狼の構成員は傭兵団の戦士が放つ豪快で巧みな攻撃を上手く躱しつつ、それぞれが手にしていた魔法の短剣で反撃をする様子が映し出される。

 傭兵戦士の攻撃を素早く躱し、直後に月光の狼の構成員が放つ鋭い反撃を傭兵戦士が盾で防ぐ・・・そのような光景が幾度となく繰り返される。

 ヴィシュミネは戦闘の様子を黙して観察。

 やがて場面は進み、月光の狼の構成員が逃走を図り、建物の外に映像が切り替わる。

 偶然にも街の警備隊とここで遭遇する事となる。

 若い魔術師風貌の女性が何かを叫ぶのと同時に、軽装の青年ひとりが警部隊の中から飛び出してきた。

 そして、彼は魔術師の放つ火球の魔法を拳で真っ二つにする。

 これは数多くの戦地を潜り抜けてきた獅子の尾傭兵団の幹部にも、驚きに値する映像であった。


「むう!これは魔力抵抗体質者ですな」

「そうね。しかもかなり強力な使い手みたい。厄介だわ・・・」


 声を挙げたのはマクスウェルとカーサであったが、ヴィシュミネはまだ黙したまま映像を凝視する。

 ただし、黙しているが無反応という訳ではない。

 片方の口角を歪ませ、その視線は肉食獣のように魔力抵抗体質者である青年の姿を射抜いていた。


(これは強者と認めたわね・・・)


 カーサはいつもヴィシュミネと行動を共にしているからこそ、彼がこの青年に興味を持ったことが直ぐに解った。

 それは興味と言うよりも、求めていた強者に出会えた喜びと言った方が良い。

 ヴィシュミネは時折こういった悪癖の顔を見せる時があるのだ。

 それは究極の戦闘を極めようとするヴィシュミネだからこその性かも知れない。

 カーサはそう心に評しながらも戦闘の記録に視線を戻す。

 場面は更に進み、傭兵の戦士のひとりが倒され、残ったふたりがこの青年に襲いかかる。

 戦士の攻めは戦いの手本として申し分ない攻撃であったが、青年は戦士から鹵獲した剣を巧みに使い確実に戦士の攻撃を防でいる。

 そして、この青年を支援する魔術師が現れる。

 急に突風が吹き、傭兵団の戦士二人を吹き飛ばしたのだ。


「むう! 風の魔法だね」

「無詠唱だったわ」


 マクスウェルとカーサが再び驚きの声を挙げる。

 無詠唱魔法はそれだけでも高等な技術であり、それを実行したのが若輩の女性魔術師だったのから、二重の驚きによる声。

 魔術師としての長い人生を生きてきたこのふたりでさえ、無詠唱で行使できる魔法はそれほど多くない。

 効率や威力を考えると、どうしても普通に詠唱する魔法には敵わない。

 威力は小さかったが、これほどスムーズに、しかも精度よく無詠唱魔法を行使できるというのはこの魔術師が熟練の域に達している使い手であると判断してもよい証拠だ。


「それでも、威力はそれほど強くないわね」


 カーサは負けず嫌いでそう評したが、マクスウェルが直ぐにそれを否定する。


「いや、彼女は意図的に威力を抑えていたのかも知れないねえ。あの青年の支援だけを目的にした可能性もありうるよ」


 マクスウェルの尤もらしい意見を悔しながらにも認めざる得をえないとカーサは直ぐに思い直す。

 それは彼女の齢が成せるものであり、ここで無駄な対抗心だけを燃やす女ではなかった。

 カーサの目的はこの無詠唱できる女性魔術師と対抗する事ではないのだ。

 ヴィシュミネを・・・自分の最愛の人の役に立つことが彼女の中では最優先だった。

 そんなヴィシュミネはようやくここで口を開く。


「無詠唱できる女性魔術師が居るとはなぁ・・・しかし、ここは世界最高レベルの魔女の学園を要する学園都市だけある・・・ん、待てよ。魔女の学園・・・」


 何か引っかかりを感じたヴィシュミネ。

 そして、長くない思考の末に、彼は魔力抵抗体質の青年と無詠唱の魔女の顔をどこかで見たことに気付く。


「カーサ悪いが、例の映像・・・ギエフが警備隊でやらかした時の映像を出してくれ」

「え? あっ、はい」


 突然の事でヴィシュミネの意図を理解できないカーサであったが、自分の敬愛する団長からの要求を拒んだりはしない。

 彼の要求どおり、ギエフの部下から回収した水晶のネックレスを探し出して、同じように地面へと投げつける。

 先程と同じように、水晶が粉々に砕けて白い霞となり、その時の映像が浮かび上がった。

 映像はギエフの気持ち悪い淡いピンク色の舌が、少女の顔を舐めているところから始まる。

 その映像を見て、カーサは「なるほど」と思う。

 先程の無詠唱を行った魔術師と同じ顔の女性だったからである。

 その脇で激怒する青年も、先程の魔力抵抗体質の青年と同じ顔だ。

 カーサは納得し、ヴィシュミネも「うむ」と自分の記憶が正しかったこと再認識をする。

 そしてマクスウェルだけは一応確認の意味も含めて、言葉に発してこれらの事をまとめる。


「なるほどね・・・これで、この魔女娘さんと、青年騎士くんの素性がハッキリしたということだね。無詠唱のお嬢さんはギエフ君の被害者であり、アストロ魔法女学院所属のハルさん。そして、魔力抵抗体質の青年騎士君はラフレスタ高等騎士学校所属のアクト・ブレッタ君・・・両名とも逸材だね」

「私も今になって思い出したわ。昨日、警備隊の詰所へ顔を出した帰り際、すれ違ったあのふたりよね」


 カーサからも指摘があったように幹部三人は既に映像に映るふたりと出会っていたのだ。

 そして、あのとき、ハルとアクトから特異な気配を感じていたことが印象に残っている。

 彼ら幹部達は幾戦もの戦地を潜り抜けてきた猛者達である。

 どうやら身体のどこかで無意識のうちに、この二人より脅威のようなものを感じていたのかも知れない・・・


「なるほど。面白いものだな」


 あまり感情を表に出さないヴィシュミネが不敵に笑う。

 この瞬間に、『アクト』と『ハル』という人物が、彼、いや、この獅子の尾傭兵団にとって気の置けない存在になったことを意味していた。


「魔力抵抗体質者の剣士アクト・ブレッタ、無詠唱の魔術師ハル、月光の狼、そして、白魔女か・・・この街にはなかなかにして楽しめそうな役者が揃っているようだ」


 強敵と想定される各々の名前を挙げるヴィシュミネ。

 最後の「白魔女」という固有名詞に対して特に戦慄を覚えるのはカーサとマクスウェルだ。

 無詠唱の魔女であるハルは驚きに値するまでも戦慄するまでには至らない。

 しかし、白魔女となると強者と言われている彼らでさえ、桁違いの脅威を感じさせる程の存在。

 膨大な魔力を自由自在に操り、無詠唱魔法で、隙も無く、そして、ただひたすらに強い凄腕の女性魔術師。

 月光の狼と行動を共にする彼女であるが、何故か市民からの支持も厚い存在である。

 目下のところ獅子の尾傭兵団の最大の敵と思われ、最大の障害になると予想している。


「白魔女かぁ~。楽に仕事を熟したい僕としてはなかなかにして楽しめない存在ですねぇ~」


 ヴィシュミネの戦闘癖に多少の抗議をするかのように、悪態をつくマクスウェル。

 彼にしても先日確認したギエフ対白魔女の戦闘映像を思い出して、頭が痛くなる思いだ。

 あの『魔術師喰い』として無敵の強さを誇るギエフを瞬殺する白魔女に、同じ魔術師として脅威を感じない方がおかしいのである。

 それほどまでに彼女の強さは出鱈目であった。

 特にギエフを倒すために放った正体不明の雷魔法。

 魔力を無力化できるギエフの特殊能力を完全に無視し、再起不能に近いダメージを負わせた白魔女の力は『侮れない』を通り越して、『理解できない』の意味不明の魔女だ。


「白魔女は常識外れの魔法を使えるようだし、それに白魔女の信者がこの街には多い事、多い事」

「それについては私も心当たりがあるわ」


 マクスウェルの愚痴に似た呟きに、珍しくカーサが追従する。


「きっとあの魔女は常時発動できる魅惑の魔法を使っているのよ。私には解るわ。私も同じ方面の専門家ですからね」

「魅惑の魔法かい? あんな不安定なものをよく使う気になるよね」


 マクスウェルがそう評するのも当然。

 魅惑の魔法と言うのは人の心を支配する魔法であり、相手から好意を引き出し、自分の有利になるようにするための魔法。

 しかし、その効果は一時的であり、限定的でもある。

 少しの刺激によって魔法が解けてしまい、元の状態に戻ってしまう。

 普通ならば、永久に人の心を支配できる魔法など、早速、おとぎ話のように夢のまた夢のような存在であった。

 このように『魅惑魔法』という存在は知っていても、実際にそれを多用してやろうとする者はいない。

 マクスウェルの知りうる唯一の例外と言えば、この目の前のカーサこそが『美女の流血』と呼ばれる麻薬のような薬品を媒介して、魅惑魔法に似た支配の魔法を行使しているぐらいである。

 そのカーサが「白魔女は魅惑魔法を使っている」と言うのであれば、それが事実なのだろう。


「ええ、白魔女は魅惑の魔法を使っている。しかも、相当に強力なものを常時発動させるタイプだわね」

「・・・それは、厄介だね」

「そう、厄介ね。知っているように魅惑魔法は暫くするとその効果が薄れて、やがて消えてしまうわ。しかし、この白魔女は元々に魔力が強力なこともあって、人の心に影響を与える時間も長い可能性が考えられるわ。私の見立てでは上手くかけられてしまうと、その効果は三ヶ月間ぐらい持続できるんじゃないかしら」

「三ヶ月かい!? それはますます厄介だな。聞くんじゃなかったよ」


 マクスウェルは増々面倒だと思う。

 魅惑魔法で人々の心を支配し、自分達の思いどおりの集団に仕立てて行く。

 それは、自分達『獅子の尾傭兵団』が今まで実践してきた支配方法だったから、余計にこの有効性が身に沁みて解る。


「マクスウェル、勘違いしないで。白魔女が人々にかけている魅惑魔法はおそらく『自分に敵意を抱かせない』こと。その一言に特化していると思う。それだから持続効果が長いし、その分、人の行動を全て制御するような強烈な支配まではできていない」


 カーサは白魔女の魅惑魔法について、自分なりに分析した結果を仲間に伝える。

 この事でヴィシュミネは白魔女が民衆から支持を得ているのだろうと納得した。


 「なるほど。恐らく白魔女はラフレスタの住民から嫌われるのを避けているのだろう。彼女の人気は自分を守る事に加えて月光の狼を守っている。月光の狼の行動が民衆の支持を得るようにも仕向けているのかも知れない」


 ヴィシュミネからこのような結論を述べるのは至極当たり前の話である。

 何故ならば、彼ら獅子の尾傭兵団も同じ手口で自分たちの支持者を増やして、支配地域を増やしていたからだった。

 ただし、彼等の手口はカーサの持つ『美女の流血』という魔法の薬品で人々の精神を強引に乗っ取り、そして、操るという強固な手段であったが・・・

 ヴィシュミネは短い思考の後、ある策をカーサとマクスウェルに説明する。


「それではこの白魔女の信頼を根底から覆す作戦を実施するとしよう。それは・・・・」


 ヴィシュミネから作戦の概要について説明を受けるが、頭の良いふたりはすぐにヴィシュミネの意図を理解し、そして、その作戦に感銘を受けることになる。


「ヴィシュミネ様は天才だわ! なかなか楽しい事をお考えになりますのね」

「そうだね。これが上手くいくと、白魔女と月光の狼の信頼は地に落ちるし、我々も多分に利益が得られる。私の所属先も喜ぶだろうし、研究所に対しても有利に交渉できる。一石四鳥だよ」


 ふたりが乗り気になったところで、ヴィシュミネは「それでは、早々に動くぞ」と言い、準備のために早々に席を立つ。

 そして、この日の夜から早速、彼らの作戦は実行される。

 

 

 

 

 

 

 ラフレスタの南門周辺はこの街の象徴とも言える学校がほとんど存在しない。

 その理由としては様々なことがあるが、この一帯の開発がラフレスタでもまだ歴史が浅く、近年になって開発された地区である事に加え、風紀があまりよろしくないというものある。

 近年、街の外壁を拡張してできたこの地域は、時の領主が『歓楽街』として整備した背景がある。

 帝都や周辺都市と比較しても小ぶりであるが、このラフレスタの歓楽街にもひととおりの社会の縮図が揃っており、酒を提供する店に始まり、女性が派手な衣装を纏い観客を楽しませる店などもある。

 これらの商売は風紀上あまり望ましいものではないが、それでも社会からは『必要悪』とされた需要もあり、どの街でも規模の違いこそあれ、存在しているのだ。

 この地域の歓楽街の建設を推し進めた当時の領主は、この歓楽街を欲望の抱えた男性の捌け口として利用させることを目論んでいたようで、このお陰で、街の平均的な治安が良くなったとも言われおり、それなりに効果があったらしい。

 そのように存在価値を認められていた歓楽街ではあるが、当然の如く、この街に暮らす学生達にとっては風紀上この地域に近付いてはいけない事になっている。

 ここで『なっている』とはラフレスタ領内の全ての学校が校則で学生がこの繁華街に近付くことを禁止にしているが、これが全て守れるようならば、そもそも校則で規定する必要はない。

 つまり、この校則を破る者が毎年少なからず存在している、と言う事実であった。

 現在も校則に背き、この地区に足を踏み入れた三人の学生がいた。

 彼等はラフレスタ商業学校に所属している三年生の悪友仲間であり、好奇心と誘惑に負けて、この歓楽街へやって来てしまったのだ。

 卒業の迫る彼等はここで大人への階段を登ろうというのが目的である。

 三人は生唾を飲み込み、少しばかりの勇気と伴に女性がサービスする大人の店の門をくぐる。

 彼らが選んだ店は刺激的な衣装を纏った女性が給仕するお店であり、この歓楽街の中でもまだ初心者の類のお店である。

 店内で緊張のあまりほぼ固まっていた彼らであったが、それでもなんとか楽しめた。

 自分達が大人への仲間入りができたと思う三人。

 そして、店を出た今となっては友人に対して虚勢を張るだけの気概が戻っていた。


「相手してくれたアリサちゃんが凄く可愛くてさぁ~」

「エリク、甘いな。俺の隣にいたジュリエットも身体を寄せてきてさぁ。スゲー興奮してきて困ったぜ」

「二人共、甘い甘い。僕はキスしちゃったよ」

「ちっ、ちくしょうミル! 抜けがけしやがった」

「うるさいマイク。同じ金を払うのだったら早い者勝ちさ」


 お店での出来事を武勇伝の様に語る彼等であったが、これも経験豊富な女性の演出である事に気付けてさえいない。

 だが、それは互いにとってマイナスになる事ではないのだ。

 男達客の方は気を良くできるし、女性店員の方はそれで常連客が得られれば、自分達の稼ぎも増える。

 彼女達を個人的に気に入れば、指名が貰える事になり、更に儲ける事ができる。

 そのために女は客に媚びを売る。

 そのことが解っていようと、いまいと、この商売に限りあまり意味のない話であり、男達も(てい)良く騙されていた方が幸せであったりするもの。

 そんな事などまるで解っていない若い男衆三人は先程のシチュエーションを、さも自分達で作り上げた武勇伝のように誇張し、語り合う。

 そんな彼らの姿はこの繁華街で目立つ者ではなく、むしろありふれた日常、誰もが気にする事では無い。

 そして、気良く語り合う三人は周囲をあまり気にする事も無く、人気の少ない路地に入ってしまう。

 普段ならば周辺の安全を警戒するところであったが、三人は自らの会話に夢中であり、そこまで気が回らない。


「だからマイク、お前は女のことがわかってねーんだよ」

「煩いよエリク、お前こそ男の浪漫ってのが解んねぇんだな~」


 女性をどう扱えば良いかについて、彼等なりに真剣に考えての議論に白熱していた。


「そんなに自信あるなら・・・私で試してみる?」


 議論が白熱している最中にそんな甘い言葉が耳元で囁かれた気がした・・・

 それはとても小さな声だが、それでも甘い言葉だけが頭に強く残る、そんな奇妙な印象。


「へっ?」


 三人の会話が急に止まり、その声の主を求めて周囲をキョロキョロと・・・

 周辺を見渡すものの、人の気配は無く、声の主は何処にも見当たらなかった。


「・・・こっち、こっち」


 すると、再び女性の声が聞こえた。


 彼等は夜中で光に導かれる蛾のように、声のする方へ足を向けてしまう。


「こっち、こっち」


 女性の声に引き寄せられるよう歩き、彼等はさらに細い路地へ入る。


「こっち、こっちよ」


 三度、その甘美の声が脳内に響き、彼等は細い路地を奥へ奥へと進んでしまう。

 そしてしばらく進んだ彼等は路地の奥にひとりの女性が立つのを視認する。

 その女性は薄暗い明かりの中でも満月のように明るく輝いていた。

 全身白いローブで着飾る長身の女性であり身体付は細身なのだが、それでいて女性として出るところはしっかりと主張していた。

 彼女がゆっくりと顔を覆うローブのフードを外すと、その豊かな銀髪とエメラルドグリーンの瞳が彼等を射抜く。


「「「うっ!」」」


 彼女の瞳と目が合った瞬間、三人は短いうめき声を挙げてしまう。

 それは彼女の美貌に自分の心が射抜かれてしまった音。

 銀色に流れる長い髪に大理石の様な白い肌。

 それでいて知性を宿らせている神秘的なエメラルドグリーンの瞳。

 顔の全面(・・)を覆う白銀の仮面でさえも、彼女の魅力を更に引き立てる衣装のように思えた。

 もし、上流貴族の令嬢を見慣れている者がいたとしても、これほど魅力的な女性と出会うことは叶わないだろう。

 貴族とは言え下流に近い生活をしてきた男子学生の三人は息をするのも忘れるぐらい目の前の絶世の美女から目を離す事ができなくなっている。


「・・・どうしたの?・・・私と遊んでみない?」


 そう言い身体をくねらせ、自慢の身体を強調する仕草をする。

 男達はもう限界だった。

 

「うおーーーっ!!!」

 

 獣の様な雄叫びを挙げて三人はこの女に襲い掛かった。

 まるで、三者三様に甘い汁に群がってしまう虫の如く・・・

 そして、この仮面の女性は・・・マイクとエリクに対して慈愛の表情を見せたが、キスしようとするミルには残念な気持ちになる。

 

「あなたは・・・もういいわ。魔力がいまいちだし、資質が無いわ」

 

 そう言って、ミルを遠ざけた。


「え?・・・そ、そんな! 僕、もうちょっと頑張るから」


 ミルはこの女からこれ以上嫌われないようするために懇願する。

 こんないい女など、果たして一生に一度味わえるかどうかなのだ。

 先程のお店の女とこの目前の女性と比べてしまうと、全てが曇って見えてしまうぐらいにいい女なのだ。

 そう思わせる程に目の前の女は絶世の美女であり、この肢体を何としてでも自分の物にしたい。

 それこそ、自分の命を差し出しても構わないと思えてしまう。

 ミルは再び女にキスを迫ろうと手を伸ばしたが、寸でのところで女に腕を掴まれてしまう。


「痛い。なんて力!!」


 あまりの怪力に骨の軋む音が聞こえ、それまで脳を支配していた甘美な興奮に替わって痛みという感覚が支配を広めていた。


「私はしつこい男が、嫌・い・な・の・よ!」


ブン


 女から拒絶の一言を聞いたミルは直後に浮遊感を感じた。

 一体何が起こったのか、初めは解らなかったが、すぐに全身を強く打ちつける衝撃が走り、自分が力任せに投げられたのを理解してしまう。

 あまりにも強く投げられたため、骨が折れて激痛が走る。

 反射的に身体を動かそうとしたが、骨が折れて自分の身体の自由が利かず、苦痛を口にする以外に術が無い。

 意識が薄れつつある彼が見たもの・・・それは、女に夢中になっているマイクとエリクの姿だった。

 

(マイク、エリク、そいつから離れろ!その女は・・・その女は・・・化物だ!)

 

 そう声に出して叫びたかったが、押し寄せた激痛のため既に声を発せる状況になかった。


「さぁ、貴方達は合格だわ・・・一緒に行きましょう」


 女は慈愛の籠った手付でマイクエリクを愛撫するが、投げられたミルからはその女の瞳に獲物を捕らえた肉食獣の光が宿っていることが解る。

 

(くっそう。くっそう!)

 

 ミルはそう罵声を挙げようとしたが、実際にそれが口から出ることが無い。

 それがこの魔女の魔法によるものとはミルの理解が追い付かない。

 そして、それをあざ笑うかのように、魔女はマイクとエリクを連れて、路地の暗がりへとゆっくり消え、ミルも自分の意識が暗闇へと沈んで行く・・・

 

 

 

 

 

 

 それからどれぐらいの時間が経ったのだろう。

 ミルは急に目を覚ます。

 どうやら、知らず知らずのうちに気絶していたのだろうか?

 それともあれは悪い夢で・・・という淡い期待も、全身から発せられた痛みによって否定されてしまう。


「おい、気が付いたか! 大丈夫か!?」


 そう発するのは若い警備隊の隊員。

 どうやら、あのまま意識を失った自分は運良く警備隊に保護されたようだった。

 

「意識が戻ったようだな?一体誰にやられた!」

 

 警備隊がミルの身体を揺らすが、その度に全身へ耐え難い痛みが走る。

 その痛みで、また意識を失ってしまいそうになるが、これだけは・・・これだけは伝えておかないと・・・

 

「お・・・女・・・白い仮面の・・・美女・・・銀髪の・・・化け物」

 

 必死にそれだけを伝えると、ミルは再び意識を手放し、暗闇の世界に落ちて行った・・・


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